ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「ジュリさん。ああいう類の雑草なら草刈りよりも除草剤を散布したほうが良いんじゃないのかい?うちの学校でも環境整備で良く使っているが、強力なものなら根は勿論、落ちた種までもしっかり枯らしてくれるから、長期的な効果も見込める。何か、使えない理由があるなら是非聞かせて欲しい」
何故、除草剤を使わないのか。ウタハからのその問いに、ジュリはパッと表情を明るくする。まるで「その質問を待っていた!」と告げているかのようだ。
「勿論です!ウタハさんの言う通り、除草剤は草刈りよりも楽な作業で、長い時間雑草の発生を防いでくれる優れものです。なのですが...」
そこでジュリは畑の向こう側まで続く畝の一本を指さす。
「実はある研究で、南瓜を始めとした一部のウリ科の植物は除草剤に含まれている特定の毒性物質を積極的に吸収してしまう、という結果が出ているんです。まだ正式に論文が発表されたものではないのですが、学校の皆さんが口にするものである以上出来る限り安全な野菜を作りたいので、今年は極力除草剤を使わない方針なんです」
「ふむ、成程。確か南瓜は栄養に乏しい土地でも僅かな栄養を積極的に吸収して育つ植物だと聞いた。それ程までに強い生命力を持つ植物だからこそ起こり得る弊害、という訳だね?」
「私も化学に詳しい訳では無いのでその研究をしっかり理解出来ている訳ではないのですが、実際南瓜は土の栄養を良く吸うせいで肥料を与え過ぎると『つるぼけ』という、実をつけなくなってしまう状態に陥ってしまいます。なのでウタハさんの仰る通りで概ね合っているかと思います」
(ちょ、ちょっと急に難しい話しないで...!)
ウタハがジュリに質問をした瞬間、これは情報を得るチャンスだと急いでメモを取り出したモモイだったが、二人が早口で喋る上に会話の内容も難しく、結局話の半分も書き取る事が出来なかった。そんな彼女を尻目にウタハは納得したような表情を浮かべると
「疑問が解けたよ。ありがとう」
とジュリに礼を告げる。
「それにしても、ジュリさんの作物にかける情熱はかなりのものがあるね。安全性を担保する為に未発表の研究にすら目を通しているとは...。ジャンルは違えど同じモノづくりを得意とする者として、その熱意を私達も見習わなきゃならないね」
「そ、そんな大げさです...」
敬意すら帯びたその言葉に、ジュリは思わず顔を赤らめる。そんな彼女にウタハは優しい笑顔を向けると、今度はアバンギャルド君もといケイに視線を移す。
「それじゃ今度こそ、仕事を始めるとしよう。ケイ、事前の注意点は覚えているね?」
「当然です」と、ケイは丸鋸が付いた腕以外をピンと伸ばしながら答える。分かりやすい声のトーンの変化に加え複数の腕がわちゃわちゃ動くお陰で、表情を映すモニターが無くともケイの感情は容易く読み取ることが出来た。
「作業中に誤って柵の支柱を切断しないようにすること。キックバックに十分注意すること。そして、何か異常が起これば直ちに回転を止めること。以上の三点です」
「流石だ。元々が機関銃だから熱や汚れには強いだろうけど、それでも何があるか分からないからね。アリス達が同じ場所にいるのなら、尚更注意を払わないと」
「あれ、そしたら私は操作しなくてもいいの...?」
控えめにアバンギャルド君を見上げるユズ。その声は、何処か寂しそうだった。
「はい。今回は作物を踏まないようにさえすれば良いので、精密な動作はそこまで必要ではありません。私のみでも作業と移動の両立が可能です」
「そ、そっか...」
「そんな顔をしないで下さい、ユズ」
「え...?」
再び見上げると、ケイがユズを見下ろしていた。リオのセンスが光る(?)、何とも言えないその顔をユズは見つめる。
「貴女が今日ここに来たのは、貴女達にしか出来ない仕事をする為です。であればそれに全力を注ぐのが筋というもの。それに...」
「...?」
「少し寂しいのは私も同じです。このアバンギャルド君に乗るのは今でも良い心地はしませんが...以前共にした耕耘作業は存外に楽しいものでした」
「ケイ...」
嬉しさと戸惑いが混じった表情をユズは浮かべる。一方のケイも自分の発言が照れくさかったのか
「さあ始めましょう」
と、そそくさと畑に入っていってしまった。ウタハ達に見守られながら、ケイは上げていた腕を草まみれの地面すれすれまで下ろし、丸鋸を回転させる。
キュリリリリリリッ!!
甲高い音を立て高速回転を始める丸鋸。そして目にも留まらぬ速さで動く無数の刃が触れた途端、無数に生える雑草達が次々と刈り取られ、くたりくたりと地面に倒れていく。
「草がどんどん斬られていきます!全体攻撃の斬撃技みたいです!」
草刈りを始めたケイに走り寄ろうとするアリスだったが、「危ないから近づいちゃダメ」とヒビキに止められる。
「何かブロック崩しみたいじゃない?」
「あ、確かに!この気持ちいい感じ、ブロック崩しと似てるかも」
ミドリの言う通り、無秩序に生えていた雑草がバッサバッサと斬られていく様は、上手くハマった時のブロック崩しに似た爽快感があった。
「うん、いい感じだ。ケイ、後10分程したら一度回転を止めて欲しい。ギアボックスに汚れが溜まってないか確認したいからね」
「了解しました」
徒歩でも追い越せる位のスピードで、ケイはゆっくりと草を刈っていく。そんな草刈りの様子をもっと見たくて、モモイ達はケイとエンジニア部について行こうとする。が、
「すみません...皆さんには別の仕事をお任せしたいので、一度集合をお願いします...」
とジュリに呼び止められてしまった。その声に4人は一斉に回れ右をして、土の上をペンギンみたいに走って彼女に駆け寄る。
「今日の仕事は南瓜の下に藁を敷く仕事になります」
「ワラ?ワラって、お米を刈った後に出て来るやつ...?」
「そうです。これを南瓜の下に敷く事で、土の温度を一定に保ったり、雑草の発生を防いだり、南瓜を地面に固定して雨風に強くしたり、色んな良い効果があるんです!元々はマルチシートという人工のシートを使う予定だったのですが、先日トラクターを譲ってくれた農家さんに壊してしまったことをお詫びに行ったら、『壊れたのはジュリちゃんのせいじゃなくて今までの私の扱いが悪かったせいだよ。寧ろあんなボロトラクターを壊れるまで使ってくれたんだからお礼の一つくらいしなくちゃね』って、大量の藁を譲ってくれたんです!そのお陰でシートを買うお金も浮いたんですよ!」
嬉しそうにそう語るジュリを見てふと、モモイはある疑問が浮かんだ。そういえばあのトラクターは何処にいったんだろう、と。
「ねえジュリさん。壊れたトラクターってどうしたんですか?もう捨てちゃったとか?」
「いえ。実はあのトラクターは今、エンジニア部の皆さんに預けているんです」
『え!?エンジニア部に!?』
全く同じ反応を示す才羽姉妹とユズ。アリスは一人、小さくなっていくアバンギャルド君の背中を見つめている。
「はい!しかも無償で、修理と改良も行ってくれるそうなんです!!耕作を手伝って頂いただけでなく、そんなことまで...私、どうお礼をすればいいか」
(いやいやそんな事は無いよ!エンジニア部に全部任せたら自爆機能とかキャッシュレス決済機能とか、どんなバカな機能付けられるか分かったもんじゃないんだから!)
だが感謝の極み、といった様子のジュリにそんな事言い出せる訳も無く、結局モモイ達は成長した南瓜の下に藁を敷く間、「どうかトラクターの形くらいは留めていますように...」と祈ることしか出来なかった。
もう何度目か分からない、ゲヘナで迎える夕陽。今日は午後の遅い時間に手伝いに来た事もあり、藁敷きは全体の3分の1位しか進まなかった。ジュリが仕事の終わりを告げ、皆で畑の出入り口まで戻ると、一足先に作業を終わらせていたエンジニア部が、アバンギャルド君のキャタピラ部分をスパナやハンマーで叩いていた。
「やぁお疲れ様。今日の仕事はもう終わりかい?」
モモイ達が近づいて来るのに気付いたウタハは、泥と汗で汚れた頬を拭う。疲れが見えてはいるが、その顔は達成感に満ちていた。
「うん、今日はこれで終わりだって。先輩達、何してるの?」
「付着した土を落としているのさ。以前動かした時よりも土が湿っているのが原因だと思うんだけど、キャタピラの隙間に物凄い量の土が詰まって、何度か動けなくなったんだ。流石の会長もこんな悪路を進めるよう設計はしてなかったみたいだね」
動けなくなった。その言葉に強く反応したアリスは心配そうにアバンギャルド君の顔を見上げる。
「ケイ、大丈夫ですか...?」
「アリス、そんな顔をしなくても私は無事ですよ。王女の侍女として生まれた私がこれしきで駄目になどなるものですか」
無事を示すかのように、ケイはアバンギャルド君の頭を一回転させる。それを見て、アリスはほっと安堵の息を漏らした。
「ただこの汚れだけは直ぐにでも落としたいですね...。全身が青臭くて堪りません...」
草刈りを終えたアバンギャルド君の全身には土だけでなく飛び散った草の破片が無数にこびりついていて、元の白いボディが分からなくなっていた。
「でもアリス分かります。その汚れは全部、ケイが頑張った証です!それにアリス、またケイと一緒に仕事が出来てとても嬉しかったです!!」
「それは違いま...」
私とアリスは同じ仕事などしていないでしょう。アリスの無邪気な笑顔を見て、ケイはその無粋な言葉を引っこめた。その代わりにケイは、腕の中で一番綺麗なものを、後ろで纏めたアリスの髪に近づける。
「アリスにも、畑仕事に精を出した証が付いていますね。失礼します」
ケイがアリスの髪から引っこ抜いたもの。それは太い一本の藁だった。いつの間にか髪の中に紛れていたようだ。
「わ!アリス、全然気付きませんでした。ありがとうございます!!」
「...どういたしまして」
「あ、ケイ!今笑ったでしょ!?声で分かったよ!!」
「急に大きな声を出さないで下さい、才羽モモイ。それに私は人工知能。感情持たぬ私が笑うなど、万に一つもあり得ません」
しかしそう言いつつも、ケイの言葉には隠し切れない喜びと達成感が含まれていた。そのお陰か、無表情なはずのアバンギャルド君の顔が、何処か嬉しそうに見えた。