ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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11.5話 夜のミレニアムにて

夜のとばりが降りたミレニアムサイエンススクール。校舎の幾つかに明かりは灯っている以外は静寂に包まれた校舎に唯一、煌々と輝き且つ、ごうごうと滝のような音を立てている建物があった。その建物に向かって、一つの大きな人影がこそこそと近づいてゆく。

 

人影が向かう先は、エンジニア部の有する大きなガレージであった。そのガレージの前では、大きなサーチライト付のドローンによって照らされたアバンギャルド君が、半透明のレインコートを着た生徒の持つ高圧洗浄機によって大量の水を被っていた。昼間のような明るさと滝のような轟音はこのせいだったらしい。

 

洗浄機を持つ人物に忍び寄る人影。水音に加え、アバンギャルド君に意識が完全に向いているせいで、彼女はそれに気付いていないようだ。人影が、その細い手を伸ばす―しかしその時

 

「会長かい?」

 

「ひゃあっ!?」

 

洗浄機を止めてくるりと振り返ったウタハにびっくり仰天した人影は大きな水溜まりがある地面に勢い良く尻もちをついた。派手な水飛沫が、澄んだ夜空の上を星みたいに跳ねる。

 

「きゅ、急に話しかけないで...!腰がびしょ濡れになっちゃったじゃない...」

 

「だったらわざわざ背後からこっそり近づく必要なんてないだろう?会長がここに来ることなんて事前に知っていたんだから」

 

ぐっしょりと濡れた腰、というか尻を擦りながら、リオはのっそりと起き上がる。

 

「それは、その...ちょっと驚かせたかっただけよ、貴女を」

 

「合理からかけ離れた行動...。本当お茶目になったね、会長。これも全部、先生やゲーム開発部のお陰かな?」

 

「...分からないわ」

 

返答に困るリオを愉快そうに眺めながら、ウタハは被っていたレインコートのフードを外す。そんな彼女の両耳には無線式のイヤホンがはめ込まれていた。

 

「最近開発した『熱探知式音声識別イヤホン』さ。搭載されたサーモセンサーが周囲の物体を生物かそうでないかを検知して、生物が発する声や物音のみを取り込んでそれ以外のものはシャットアウトする。騒音が激しい現場でも的確な指示や意思表示を行える優れものさ。ま、本当に生き物の音しか拾えないから一回これで音楽を聴きながら作業をしていて火災報知器の音に気付かず、危うくガレージを燃やすところだったけどね」

 

「私に気付いたのはそのイヤホンのおかげという訳ね...」

 

ドッキリに見事に失敗したリオ。茶目っ気を覗かせたのが相当面白かったのか、やたらとニマニマしているウタハと目を合わせているのが恥ずかしくなったリオは、ウタハの背後にあるアバンギャルド君を見上げる。

 

今日の草刈りで泥まみれ草まみれになっていたアバンギャルド君はウタハの手によってその汚れを綺麗さっぱり落とされ、ピカピカになった白いボディをサーチライトの灯りによってキラキラ輝かせていた。

 

「今日はあの畑でどんな作業をしていたの?」

 

「今日は畑に生えた雑草の草刈りさ。ガトリングの部分が丸鋸に変わっているだろう?」

 

リオは視線を落とし丸鋸付の左腕を見て、僅かに眉をひそめた。

 

「また随分と単純なコンバートね。回転の向きを変える為のギアを取り付けただけじゃない」

 

「ご不満だったかな?」

 

「...いいえ。機械にとって最も合理的な構造はシンプルかつ扱いやすいものであることよ。その点アバンギャルド君は...」

 

しかしリオのアバンギャルド君に対する熱い気持ちが露わになりかけたその時、僅かに開いたガレージの扉から、同じく彼女の手になるAMASが近づいて来た。腹部に取り付けられた大きなモニターに、不満気な顔をいっぱいに映しながら。

 

「全く、何時まで待たせるつもりですか」

 

畑仕事を終えエンジニア部と共にミレニアムに戻ったケイは無事アバンギャルド君から離れ、元のAMASの姿に戻っていた。もっともこの姿で過ごす事に対しても彼女は依然として文句たらたらな為、真の安息は訪れてはいないのだろうが...

 

「ごめんなさい、用事が予定より長引いてしまって...」

 

「貴女に用事が無い事等、とっくのとうに知っています。ただ、あの畑に足を運びたくなかっただけでしょう。もしセミナーの後輩(早瀬ユウカ)に会ったらどうしよう、と」

 

ぎくりとして自分を見るリオに対し、ケイは呆れ顔を見せる。

 

「図星ですか...」

 

「まさかアリス達は話して無いわよね...?私がゲヘナに来た事...」

 

「気にすべきなのはそこじゃないでしょう!?何時までもコソコソしてないでいい加減セミナーに復帰したらどうなんですか、調月リオ!?」

 

モニターが怒り顔に変わり、ケイは両脇のマニピュレーターをじたばたと動かす。相当ご立腹なようだがアバンギャルド君の時と同じくそのボディがボディなだけに、故障した大きなロボットのおもちゃがじゃれついているようにしか見えない。ただそんな姿でもリオにとっては効果てきめんなようで、

 

「け、ケイ...!お願いだから大きな声出さないでちょうだい...」

 

とへっぴり腰になりながらケイに懇願する始末だ。そんな二人の様子を見て、ウタハは思わず吹き出してしまった。

 

「フフッ...!会長、そんなに心配しなくてもアリス達は会長の事は一切ユウカに話していないよ。勿論、ケイを迎えにここに来ることもね」

 

「良かったわ...」

 

大きなため息を吐くリオ。その様といい濡れた尻といい、かつて「ビッグシスター」と呼ばれ恐れられた人物とは到底思えない。

 

「ほら、さっさと帰りますよ!」

 

服の裾をケイに掴まれ、半ば引きずられるようにして踵を返すリオ。しかしそんな二人を

 

「あ、待って欲しい。会長に渡すものがあったのを忘れていた」

 

とウタハが止める。急いでガレージに入ったウタハは数十秒後、何かが入ったレジ袋を握って戻って来た。

 

「これは...?」

 

「トキの料理。晩御飯に食べてくれってさ。ちなみにメニューはトキ曰く『鶏むね肉とミックスベジタブルがたっぷり入ったふわふわオムライスです。ビタミンとたんぱく質を美味しく摂取できる、こんな完璧な晩御飯を作れる私は相も変わらず素晴らしいメイドだと思いませんか?感想とお褒めの言葉を待っています』とのことだ」

 

「あ、ありがとう。頂くわ...」

 

大層な名を冠したトキのオムライスを渡したウタハ。本当にユウカにでも見つかったら面倒だと思い、

 

「それじゃあまたね」

 

と別れを告げ、再びガレージに戻ろうとする。

 

「...待ってちょうだい」

 

しかしそんな彼女を、今度はレジ袋を握ったリオが止める。

 

「次いつ会えるか分からないから、これだけは言わせて欲しいわ」

 

「...何だい?」

 

リオはその赤い瞳で、もう殆どエンジニア部の所有物になっているアバンギャルド君を見つめる。

 

「えっと、その...アバンギャルド君を農業の為に改造してくれたこと、感謝しているわ。これは元々、アリスを消す計画の下で作られた戦闘用の機械。それを、食糧を生産するという必要不可欠な仕事の一助にするというのは、私では決して出来ない判断だわ。ありがとう、ウタハ」

 

「...礼には及ばないよ。ただ私達は、最近持て余していたアバンギャルド君を弄ってみたかっただけだからね」

 

字面だけでは冷たく聞こえるその言葉。しかしそれを発したウタハの声には確かに「どういたしまして」の気持ちが籠っていた。それをしっかりと読み取ることの出来たリオは微笑を浮かべ

 

「それじゃ失礼するわね」

 

と、ケイと共に闇に消える。尻から滴った雫を一定の感覚で地面に残しながら。




最後までお読みいただきありがとうございます。

今作のケイとリオの関係ですが、「復活したケイはその後なんやかんやあって、変わらずミレニアムから距離を置いているリオと一緒に暮らしている」という設定になっています。解釈違い等あるかと思いますがご了承ください。
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