ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
真夏の空の下、太陽の光を存分に吸収して熱くなった土の上で、5人のツナギに取り付けられた空調のファンの音がうるさい位に鳴っている。
「あつい~...」
草の茎を握る力が誰よりも弱くなっているモモイ。遂に限界が来て、その場にへたり込むように尻もちをついてしまう。
「大変!大丈夫ですかモモイさん!?」
「ちょっとおねえちゃんだらしないよ...」
モモイに急いで駆け寄るジュリと、姉を咎めるミドリ。そんな二人もモモイと同じ位の汗をかいていた。
「ごめんなさい、無理をし過ぎました...。一度休憩しましょう。モモイさん、立てますか?」
「うん、大丈夫...」
ジュリの手を借りてモモイが立ち上がった後、5人は一度作業を中止し、うだる暑さの畑を逃げるように後にした。
時期は夏。あれから更に成長を遂げた南瓜は畑いっぱいに蔓を伸ばし、もはや足の踏み場が無い程になっていた。そんな中でジュリとゲーム開発部の4人は蔓と葉の間を縫うようにして生えている大きな雑草達を除去していたのだが...
「ぷは~ッ!生き返った~!」
エアコンの程よく効いたゲヘナの医務室でフウカに渡された冷たいレモネードを一気飲みし、モモイは満足気に息を吐く。
「問診の結果を見ても問題は無さそうですね。先程の血液検査も異常はありませんでした...」
モモイの横でクリップボードを持つセナが留められた紙に何かを書きこむ。異常無しと告げたその声が何処か不満気なのは、きっと気のせいだろう。
「な~んだ、やっぱ元気なんじゃん。心配して損した...」
復活したモモイに冷たい視線を投げながら、ミドリは仕方の無さそうに溜め息をつく。
「でも大事なさそうで本当に良かった...。ごめんなさい、ジュリって頑張り屋さんなのは良いんだけど、そのせいでちょっと無理し過ぎちゃうところがあるから」
「ううん!フウカ先輩が謝る必要なんてないよ!寧ろ謝らなきゃいけないのはわたしのほうなんだから」
「そうです!おねえちゃんがあんなところで倒れなければまだ雑草取れてたかもしれないのに...」
「み、ミドリ...?そ、そこはもう少し心配して欲しいというか...」
そう言いつつも、モモイは内心で耳が痛いと感じていた。
ただそこにいるだけで体力を奪われる暑さ。そんな中で南瓜の蔓を踏まないよう地面を這うみたいに移動しながら、無数に生えた雑草をひたすらに引っこ抜く、終わりの見えない作業...
あの時音を上げたのは体力の限界が来たからじゃなく、「もう止めたい」という心に負けてしまったからだ。その事実は誰よりも、自分自身が分かっていることだった。モモイは結露のびっちり付いたレモネードのコップをぎゅっと握る。その時
「モモイ大丈夫ですか!?」
医務室の扉が勢いよく開きアリスが中に突撃してきた。その後に
「モモイちゃん大丈夫...?」
「失礼します...」
ジュリと、その後ろに隠れながらユズが入ってくる。
「大丈夫だよ、アリス。心配かけてごめんね」
「モモイ!!良かったです!!」
空のコップを握るモモイが元気そうなのを確かめると、アリスはそんな彼女に思いっきり抱きついた。先程までジュリとユズの二人と一緒にミドリよりも長くシャワーを浴びていた事もあり、その長い髪からは石鹸の良い匂いがした。
「アリス良い匂い...」
「はい!ジュリさんが洗ってくれたんです!」
モモイ達が雑草を抜く間、アリスはまたまたその怪力を活かし、皆が抜いた雑草を纏めて担ぎ上げて畑の外に捨てる仕事をしていた。そのせいで彼女の髪は雑草の種やら根っこやらが絡みつき、ひどく汚れていたのだ。
「モモイさん、本当に大丈夫ですか...?」
ユズを足元にくっつけながらモモイの顔を覗き込むジュリの顔は、見てるほうが心配になるくらい弱々しいものだった。それに殊更に罪悪感を募らせたモモイはこちらもアリスをくっつけながら勢いよく立ち上がり
「元気だよジュリさん!それに、私のせいで仕事を中止させちゃってごめんなさい!!」
と、無事と謝罪を同時に伝えた。
「良かった...。本当にごめんなさい、今日は暑くなるって分かっていたのに無理をさせてしまって。今日の作業はこれで止めにしたいと思います」
(え、もう止めちゃうの...?)
元気も取り戻したし、これから名誉挽回と心の中で意気込んでいたモモイは思わぬところで出鼻を挫かれる。そんなモモイを追い打ちをかけるように
「クロノスの報道では本日の最高気温は12時頃で28℃。真夏日とまでは行かない気温ですが、農作業のような重労働では熱中症の危険も十分にあります。賢明な判断でしょう。救急医学部としても、生徒達の無理はさせられませんので」
と、セナが告げて来た。
「ま、待ってジュリさん。でも、あの雑草達を早く抜かないと、南瓜大きく育たないんでしょ...?だったら止めるのはまずんじゃ...」
モモイは今日の作業の前に教えて貰ったことを思い出す。雑草というものはどれだけ頑張って対策をしても生えてきてしまうものということ。そして畑に生えた雑草は土の栄養を吸ってどんどん成長と繁殖をしてしまい、南瓜の成長を妨げるだけじゃなく、病気の原因にもなってしまう邪魔者であるということ。
「それは勿論そうなんですが...」
「私、本当に元気になったから!お願いジュリさん!もう少しだけ草取りやらせて!」
「でも、モモイさん達の目的はゲームを作ることでしょう...?だったらこれ以上無理に辛いことをする必要は...」
「それは違うよ!!」
モモイは大きな声でそれを否定する。あまりに大声だった為ミドリ達は勿論、普段無表情なセナですら驚きの余り目をぱちくりさせている。
「確かに最初は私もゲームを作る為の知識を経験が貰えればそれでいいと思ってた。でも、植えた作物がどんどん成長していくとことか見てて、ゲーム作りとか関係なしに最後まで育てたいって思ったの。頑張って作ったもので誰かを幸せにする...それってゲーム作りと一緒だから!」
「そうだよジュリさん!それにケイやエンジニア部にもいっぱい手伝って貰ってるのに、私達だけ辛いから辞めるなんて出来ないよ!」
「う、うん、モモイちゃんやミドリちゃんの言う通りだと、思う...。私も最後まで、頑張りたい」
「アリス、シャワーを浴びて全回復しました!雑草討伐クエスト、再受注の準備出来ています!」
4人の熱意を受け、どうすべきかあわあわするジュリ。すると
「...予報では14時頃から曇りに天気が変わり、それに伴って気温も20℃以下まで落ちるようです。その程度なら、注意を払いながらであれば問題ないでしょう」
「ジュリ。午後からもう一度、やってみたら?」
セナとフウカ。先輩達に背中を押され、ジュリは落ち着きを取り戻しつつ、大きく頷く。
「分かりました。それでは14時から再開しましょう。でも、無理は厳禁ですからね?」
『はい!』
元気よく返事をした一同。その時
ピコンッ!ピコンッ!
ユズのケータイから二回、モモトークの通知音が響いた。誰からの連絡かと、ケータイを取り出すユズ。
「えっと...スミレ先輩とチヒロ先輩からだ...えっ...!?」
「どうしたのユズ?」
「先輩達も農作業、手伝いたいんだって...。だからジュリさんに大丈夫か聞いて欲しいって...」
ジュリが予定した通り14時に再び畑に戻ったゲーム開発部。しかし幾分か涼しくなったそこにはいつもの四人だけなくスミレとレイ、そしてヴェリタスの4人組がいた。全員、薄手のウインドブレーカーを身に着けている。
「これが南瓜なんだ。初めて見たけど、こんなに大きくなるんだ」
「私も初めてですね。所々に咲いている黄色い花が綺麗です」
初めて見る南瓜に興味深々なチヒロとスミレ。そんな彼女達とは対照的に
「あのスミレ先輩...念の為もう一度聞くんですけど、畑で雑草取るのが本当にホームランを打つのに繋がるんですか...?それに今日は野球部も練習無い日だからゆっくりしようと思っていたのに...」
「うぅ...。葉っぱが沢山...。この間キャンプ行った時にエナドリ不足で草食べてたの思い出す...」
「暑い、暑すぎます...。どうしてこんな暑い日に畑仕事なんて...先生もいないのに...」
「ゲーム部のそのツナギ、良いな~。エンジニア部が作ってくれたんでしょ?汚れにも強そうだし、私もグラフィック用に一着作って貰おうかな~」
レイとハレ、コタマ、マキの四人は南瓜にはあまり興味を示していなかった。というかハレとコタマに関しては、既に意識が半分飛びかけている。普段夏はエアコンがガンガン効いた部屋に引きこもりっぱなしの彼女達にこの暑さは堪えるだろう。
「練習が無い日だから、というのは身体を動かさない理由にはなりません。それに雑草を抜く際の中腰の姿勢はスクワットの姿勢に良く似ています。畑から邪魔者を排除しつつ足腰を鍛えられる。これ程理に叶った運動はありませんよ」
「ほら、他校の人が見てるんだからシャキッとする!これはこの前に野菜貰ったお礼なんだからしっかり働くよ!」
「あはは...。皆、相変わらずだね...」
不満たらたらの顔で先輩達に喝を入れられるレイとヴェリタスの3人を見て、モモイ達は苦笑いを浮かべる。しかし理由はどうあれ、また頼もしい助っ人が来てくれた。その事実はモモイ達を更に力付ける。
「ミレニアムの皆さん、今日は応援本当にありがとうございます!!早速始めていきましょう!」
「よ~し、先輩達に負けないようにしないと!!」
誰よりも早く畑に突撃するモモイ。それに続いて残りの者達もぞろぞろと畑に入ってゆく。
「...うん?」
重い足取りで南瓜の蔓の間を歩いていた時、コタマは不意に視線を感じ、顔を上げる。
「あれ?どうしたの?」
畑の奥の方をじっと見つめるコタマに、横を歩いていたマキは子犬のように首を傾げる。
「...気のせいでしょうか。向こうの方から視線を感じたのですが...」
しかしコタマの視線の先には雑木林が広がっているだけで、何かがいる気配は無かった。
暫くはそれが気掛かりだったコタマだったが、作業が始まって直ぐ、物凄い速さで畑から雑草を引っこ抜いていくモモイ達についていくのに必死で、そんな事は半分消えかけていた意識と共に忘却の彼方に飛んで行ってしまった。