ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
陽が段々と短くなり、夏の終わりが少しずつ近づいて来たキヴォトス。モモイ達が最後に畑に呼ばれたのはそんな夏の終わりと秋の訪れをほんのりと感じられる、心地の良い晴れた日だった。この半年でこれでもかと汚したヒビキのツナギを着るモモイ達の髪と、そんな彼女達の手によって育てられた南瓜の蔓と葉を、涼しい風が撫でる。
「この半年間、本当に本当にお疲れ様でした!今日はいよいよ収穫です!皆さん、準備はよろしいですか?」
『はいっ!!』
ジュリの言葉に畑に集まった6人のうちモモイ、ミドリ、ユズ、アリスの4人が威勢よく返事をする。その一方で残りの二名は
「よろしくね、皆...」
「はい、よろしくお願いします...」
と、ゲーム開発部達に比べかなりのローテンションだ。そんな二人にモモイとアリスが
「先生もっと元気出してよ!」
「ケイも楽しそうにして下さい!」
と激励を飛ばす。
遂に始まろうとしている南瓜の収穫。その応援に先生と、三度アバンギャルド君に乗ったケイが駆け付けてくれたのだ。
「う~ん...。本当なら私も元気よく返事したいところだけど...。野菜の収穫ってこれまでの苦労が報われる、農業で一番嬉しい瞬間でしょ...?それなのに植え付けを手伝っただけの私が皆と同じ位はしゃいでるってのも何か違うかなぁって...」
「え~、そんな事気にしなくていいのに!」
モモイは不満そうに口を尖らせる。常に明るく自分達を元気付けてくれるシャーレの先生だが、生徒達を尊重したい気持ちが優先してしまうのか、時々変なところで気を遣って遠慮がちになってしまうのが玉にきずだ。
「モモイさんの言う通りです!確かに私達に比べて先生が南瓜に触れていた時間が短いのは事実です。しかし、だからといって成長した野菜を見て喜んではいけないなんて、そんなことは決してありません!それに...」
ジュリはツナギのポケットから南瓜を切る為のハサミを取り出すと、それをペン回しのようにくるくる回しながらいたずらっぽくウインクをしてみせた。
「収穫は嬉しいと同時に一番大変な作業なので、気合を入れないと先生でもばててしまうかもですよ?」
「ジュリ...」
常に元気はつらつなゲーム開発部と一緒に仕事をしてきたからだろうか。いつも少し控えめな彼女からは考えにくいそのお茶目な姿に先生は少し驚く。でもそれと同時にその姿は、料理が出来ないことで何処か自分に自信が無さそうだったジュリが、精神的に成長した証にも見えて、先生は嬉しくもあった。
そんな生徒の様子を見た先生は直ぐにいつもの調子を取り戻した。
「そうね!ただでさえ運動不足なんだから、私も気合い入れてやらないとそれこそ皆に迷惑かけちゃうわ!」
「うん、やっぱり先生はそうじゃないと!」
「ありがとうミドリ。という訳で私も頑張るから、ケイちゃんも元気出して!」
先生は隣に立つアバンギャルド君をコンコンと拳で叩く。
「ですからその呼び方は止めろと何回言えば...まぁいいでしょう。今日でこの姿ともおさらばと思えば、頑張れます」
「ま~たそんな可愛くないこと言っちゃって!アリスから聞いてるんだからね、今日はエンジニア部が来れないからってケイちゃんが自分からアバンギャルド君に乗るって言い出した事!」
アバンギャルド君の頭が恐ろしい速さで傾き足元に立つアリスを見下ろした。麦わら帽子がその顔に暗い影を落とす。
「あ、アリス...!ど、どうして話してしまったんですか!?しかも1番知られたくなかった人物に...!」
「うぅ、ごめんなさい...。今日は皆都合が合わなくて、お手伝いに来てくれる人が誰もいなくて...。その中でケイだけがお手伝いに来てくれるのが嬉しくてつい話してしまったんです...」
今日は最後の大仕事ということでゲーム開発部の面々は今までお世話になったメンバーに収穫の手伝いを提案していたのだが、エンジニア部もヴェリタスも、ユウカもスミレもレイもリオも皆それぞれ予定があり、結局名乗りを上げてくれたのはケイだけだったのだ。
「相変わらずケイちゃんはツンデレだね~!ここまで一緒にやってきたんだから素直にアリス達と同じ時間を過ごしたいって言えばいいのに!ね、アリスもそう思うでしょ!?」
「止めて下さい先生!!それ以上茶化すようなら首根っこ掴んで振り回しますよ!?」
「あ、ヤバい声がマジだ...。逃げろッ!」
「待ちなさいッ!!」
自分はリオによって生み出された人工知能である。その設定をすっかり忘れ去り先生ににじり寄るケイ。しかしケイが本当に自分を傷付ける気などない事が分かりきっている先生は迫るアバンギャルド君の腕から逃げ回りつつ
「おかしいわね...。AIに怒りの感情なんてそんな非合理的なこと、有り得るはずがないのだけれど。回路の故障かしら」
などと下手くそなリオの真似で変わらずケイを揶揄う。
「うわ~ん!全部アリスが悪いんです!ケイ、先生を虐めるのは止めて下さい!」
「虐められているのは寧ろ私のほうですよアリス!!」
そんな二人をアワアワしながら追いかけるアリス。そして3人のコミカルな鬼ごっこをジュリも含めた残りの者達はケタケタ笑いながら鑑賞していた。
「はあ、もういいです...!」
運動不足と言いながら子犬のようにすばしっこい先生を捕まえるのを早々に諦めたケイは忙しなく動かしていた4本の腕を停止させる。
「ありがとうケイ。お陰で身体があったまったわ!」
そんなケイに礼を告げる先生。おちょくるととても良いリアクションをしてくれるケイはお調子者の先生にとって格好の獲物であり、故にその顔には罪悪感など微塵も表れていなかった。
「それはどうも。私も良い準備運動になりましたよ、全く...」
「ふふっ。ケイさんは先生ととっても仲良しなんですね!」
以前リオにじゃれついていたアリスを見ていた時と同じ笑みをジュリを浮かべる。ケイの正体はともかくとして、彼女に感情が無いという嘘はとっくのとうにジュリにバレているようだ。
「さて、先生もケイさんも元気になったところで、改めて収穫の段取りを説明します!皆さんこちらを」
ジュリは足元においた箱から、先程まで指先で回していたものと同じハサミを人数分取り出し、先生達に渡す。
「このハサミで蔓に付いた実を切っていきます。南瓜の実はヘタで蔓と繋がっているので、そのヘタを実の根元からパチンッ!です。まずは一つ、私が切ってみせますね」
ジュリは一足先に畑に入ると濃緑の大きな南瓜を一つ蔓ごと引っ張り上げ、蔓と実を繋ぐヘタをハサミで切って見せた。
「で、デカ!?南瓜ってこんなに大きくなるの!?」
普段八百屋やスーパーに行くことなんて滅多にないこともあり、モモイはジュリの顔と同じ位大きな南瓜を見て思わず声を上げた。
「私もびっくりです!ですが畑に入れば分かりますが、蔓と葉の下にはこんな大きな実が沢山成っていますよ!」
「アリスも早く南瓜ゲットしたいです!ジュリさん、私も畑に入っていいですか!?」
「勿論です!」
ジュリの許可を得た瞬間、アリスはハサミを片手に蔓と葉のジャングルに飛び込むと、早速大きな南瓜を切り取り、それを天高く掲げる。勇者がアイテムを手に入れた時お決まりの決めポーズだ。
「パンパカパーン!アリスは南瓜を入手しました!!」
「アリスズルい!私も!」
「先生も行こう!」
「勿論よ!ユズ、一緒に頑張ろうね!」
「う、うん...!」
アリスに続いてモモイ、ミドリ、ユズ、先生も畑に入り、次々に南瓜を切り始める。邪魔な蔓と葉を掻き分けてその下にゴロっと転がっている南瓜を収穫するのは何だか宝探しをしているみたいで、皆あっという間に抱えきれない量の南瓜を採ってしまった。
「いや~思ったより楽しいわね収穫って!でもジュリ、この採った南瓜どうやって畑の外まで持っていくの?一々中と外を往復するんじゃ、効率悪いし...」
「ご心配なく!そのお仕事はトラクターとケイさんに行って頂くので!」
するとその言葉が合図であったかのように、畑の隅に停まっていたトラクターのエンジンが突然自動でかかり、二機のドローンを伴いながら独りでに皆の前に走って来た。クルセイダー戦車の猛るエンジンにより車体全体がブルブルと震えているトラクターの後部には、上部が空いている一辺が1メートル程の正方形のコンテナが取り付けられていた。
「おぉ!これがエンジニア部が言ってた、自動運転のトラクターだね!?」
「はいそうです!採った南瓜はトラクターが背負っているこのコンテナにどんどん放り込んでいって下さい!そしてケイさんのお仕事はこのトラクターと同じです。ケイさん、トラクターが停まっていた場所にこのコンテナが山積みになっているのが分かりますか?」
ケイはアバンギャルド君の首をフクロウのように180度回転させ、コンテナの位置を確かめる。
「はい、確認できました。それでは私もあれを持って、皆さんの採った南瓜を受け取れば良い訳ですね?」
「流石ケイさんです!よろしくお願いしますね!」
「承知しました」と告げたケイはすぐさまコンテナ達の元へ向かい、四本の腕で二つのコンテナを、鍋を両手で持つようにして運んで来た。
「良いねケイちゃん!リオも言ってたけど、アバンギャルド君に乗ってるケイちゃんも凄い良い感じ!」
「また貴女はそうやって...うん?」
ニカッと笑う先生を恨めしそうに見下ろしたその時、ケイは先生の斜め後ろに、まだ採っていない大きな南瓜があることを確かめた。
「先生。貴女の後ろ、まだ南瓜が残っていますよ?」
「...え?あ、ホントだ。見落としてたみたい、ケイありがとう」
見落としていた
その言葉が、ケイにとある悪だくみをもたらした。
「見落としていた、ですって?先生、それは実に良くありません。この南瓜は全て、アリスやジュリさん達が丹精込めて育てたもの。私達はそんな作物を採らせて頂いている立場なのですから、一つ残らず収穫するのが礼儀、というものでしょう?」
「そ、そうだねケイ。で、でも急にどうしたの...?口調もやたら含みがある感じだけど...」
そんな意味深長な調子で、ケイは続ける。
「『そうだね』、同意の言葉を頂きました。ならば先生、貴女は大人として責任を持ってその言葉を守らなければなりません。そしてもしそれが達成出来なかったとすれば、相応の罰を受けるべきですね?」
「け、ケイ...?」
ケイは今度はモモイのほうに視線を移す。
「モモイ、提案です。これからの収穫で先生が見落とした南瓜一つに付、先生が1000円分のお菓子を奢るというのはどうでしょう?」
「ケイ!?」
だが時すでに遅し。その提案を聞いた瞬間、モモイの口角が上がると共にその両目にそれはそれは邪悪な光が宿る。
「さっすがケイ!良い事言う~!先生は大人なんだから私達の南瓜、見落とす訳無いよね!?そんなペナルティ、へっちゃらだよね!?」
「う...」
するとそんなモモイに悪ノリしたミドリとアリスが
「うんうんお姉ちゃんの言う通り!先生が私達の南瓜取り忘れるなんてあり得ないよ!」
「先生がハードモードを選択しました!全クリ出来なければお財布にダメージです!」
と追い打ちをかけて来る。
「ゆ、ユズ...!あ、貴女は私の味方でしょう...!?先生にそんなヒドイ事、する訳無いわよね...!?」
思わぬ罠に嵌められた先生は跪き、おどおどするユズに助けを求める。しかし―
「え、えっと...。わ、私達が頑張るから、せ、先生は気楽に収穫してくれたほうが嬉しいかな~って...」
「ユズもそっち側かよ~!こ、こうなったら徹底的にやってやろうじゃないの!!ケイ、しっかり見てなさいよ!!私が通った後には南瓜なんて一つも残さないんだから!!」
ユズにまで突き放された先生はケイの「ちゃん」呼びすら忘れ、蔓を引きちぎる勢いで掻き分け、目に付く南瓜を次々と切ってゆく。そんな先生を、コンテナを持ったケイがゆっくりと付いていくのだった。
「あ、先生。早速一つ目です。今投げ飛ばした蔓にまだ、小さな実が残っていました」
朝早くに終わった収穫は、その日の夕暮れ時まで続いた。真っすぐに続く南瓜の畝に沿って皆で横一列になって南瓜を切り、それを後ろから追従するケイとトラクターが持つコンテナに入れる。コンテナが一杯になったらケイとトラクターは畑の外に出て、コンテナを入れ替える。そんな作業を丸一日、繰り返す。
「終わった~ッ!!」
最後の南瓜をコンテナに放り込んだ時、モモイは疲労と達成感からその場にぺたんと座り込んだ。見上げると、オレンジ色に美しく染まったキヴォトスの空にカラスが飛んでいる。この景色をここで見るのもこれで最後かと思うと、ちょっぴり名残惜しい。
「お疲れ様でした。ところで先生...」
「えぇ分かっているわケイ。全部で6つの見落とし。合計6000円のお菓子ね」
先生は腰に手を当て、仕方なく息を吐く。ケイ達との約束を守るべく奮闘した先生だったが、結局幾つかの見落としをケイに看破されていた。
「...そうですね。しかし先生、最初の一回を除いては、大きいものを敢えて残していたように見えましたが...。それに6つというのも...」
「あ、言っとくけどゲーム部に奢る分は4000円だけだからね!残りの2000円はジュリとフウカに!」
「...そうですか」
「皆後で何食べたいかモモトークで教えてね!」と言って給食部とゲーム部のもとに駆けていく先生に、ケイはそれ以上何も言えなかった。やっぱり、先生には敵わないみたいだ。
「皆さんお疲れ様でした!!こんなに沢山の南瓜が採れるなんて、夢みたいです!本当に本当に、ありがとうございました!!」
「ジュリ凄いわ!これだけの南瓜なら毎日使っても一か月は持ちそう!!」
用意された数十基のコンテナ全てに詰まった南瓜達を見て、ジュリとフウカは嬉しさの余りその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。そんな二人に続いてゲーム部もそれぞれ感嘆の声を上げる。
「やったねお姉ちゃん!本当にこんな沢山の野菜を作れたなんて、正直信じられない!」
「アリス、野菜栽培クエスト、完全クリアしました!!」
「うん!やり遂げたんだね、私達!!」
そして皆で一通り豊作を祝った後、モモイ達は改めてジュリに礼を告げる。ゲーム開発の為に用いる農業の知識と経験。それを沢山得られたことに。
『ジュリさん、本当にありがとうございました!』
「こちらこそありがとうございます!私も皆さんと出会えたことで、沢山の経験と出会いに巡り合うことが出来ました!この経験は一生忘れません!」
そしてジュリは4人に深く頭を下げた後、こう告げて来た。
「あの、皆さんは1週間後に何かご予定はありますか?実はフウカ先輩と相談して、お世話になった皆さんを誘って南瓜料理を使った打ち上げパーティーをやろうと考えているのですが...」
4人は目を輝かせる。本当はこれから本格的なゲーム開発に向け部室に引きこもることを考えていたのだが、そんな魅力的なお誘いを断るなんて出来ない。
「勿論行くよ!ジュリさん達の料理、すっごい楽しみ!!」