ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「ダメだ~!全っ然思いつかない!!」
立案者のくせに誰よりも早く音を上げたモモイは、額をテーブルに勢いよく振り下ろした。その衝撃でもう誰も手を付けない、湿気始めたポテトチップスが魚みたいに飛び跳ねる。
「こっちもダメ...。やっぱ情報拾うだけじゃリアリティ出ない...」
モモイに続いてミドリも、諦めの混じったため息を吐く。いつも通りモモイがゲームのシナリオを考える傍らで、ユズとミドリは野菜の栽培方法や家畜の飼育方法を調べていた。残るアリスは真剣な表情でパソコンにかじりつく彼女達の周りを子犬のように歩き回ったり、それに飽きたらゲームの続きをプレイしたりしている。
「ねえ、やっぱりさっきのシナリオでいかない...?農場を襲いに来るモンスターを農業の道具を使って撃退するってやつ」
机に密着させた状態の頬を器用に膨らませながら、モモイはミドリの顔を覗き込む。
「それさっきお姉ちゃんが『これじゃタワーディフェンスじゃーん!!』って自分でボツにしたやつでしょ?それにその路線で行くとしても道具の種類とか、それをどうやって使うかの情報がもっと無いと...」
その時「一度皆の調べた事整理しよう」とユズが提案して来る。確かにこのまま闇雲にリサーチを進めても埒が明かない気がする。
一同それに従い、各々が調べた内容の発表を始めた。
「私は野菜について調べてみたけど、先ずは何を作るか決めないといけないかもしれない。野菜によって畑に植える時期とか収穫する時期とか全然違うし。それにさっき連邦生徒会のマーケット管理部門のサイトにアクセスしてみたんだけど、同じ野菜でもブランド化とかしていると値段が全然違うみたい。こういう要素も拾っておかないと、ネットで叩かれるかも」
ミドリに続いて今度はユズが話す。
「私は馬とか牛について調べたけど、やっぱり動物のお世話って地味だったり汚かったりするから、それをゲームにしても面白くないんじゃないかなって思う。だからっていってそういう要素全然入れなくてもシミュレーションゲームぽく無くなるし...」
「だよね...。そもそも何作るとか何飼うとか決めないと、シナリオも上手く書けないだろうし...」
再び沈黙が部室を包む。見切り発車で始まったこの企画。早くも”詰み”の気配が忍び寄って来ていた。
「や、やっぱり難しいね...」
ぼそりとユズが呟く。専売特許である格闘ゲームやリズムゲームは勿論のこと、キヴォトスに存在する数多のゲームをプレイしてきた彼女でも、全く経験の無い事をゲームに落とし込むのは一筋縄ではいかなかった。
「でも2人にここまで調べて貰ったんだから、今更諦められないよ。それに農業のゲームって調べても全然出てこなかったから、上手く作れば本当にミレニアムプライスを受賞出来るかもしれない」
顔を上げたモモイは赤く染まる外を眺める。時刻はもう夕暮れ時。リサーチを始めてから、もう5時間近くが経過しようとしていた。
「疲労ゲージの蓄積を確認しました!このままでは皆倒れてしまいます!ゲージを減らす為に、甘いものを食べるべきです!」
モモイがパソコンに視線を戻した時、気を利かせたアリスがドシャン!と、お菓子の小箱を机の上に置く。それは以前に先輩である明星ヒマリから貰ったお菓子の詰め合わせだった。
「あ、ありがとうアリス」
やや遠慮がちに礼を言い、モモイは箱の中から甘納豆の袋を取り出す。
学校の大先輩からのプレゼント。それは何故だか分からないが甘納豆だったりおせんべいだったり、やたらとレトロなお菓子ばかりが入っていた。
皆そういうお菓子が嫌いという訳では無いけれど、部室に常備されているポテチやチョコとかと比べるとどうしても消費の優先度は低くなってしまい、ヒマリのお菓子はいつの間にか部屋の隅に追いやられてしまっていた。
「ねぇアリス~、どうすれば良いと思う?このままじゃ私達、またユウカにイジワル言われるよ~」
グミとは違う、独特のねっとりした食感の甘い豆を口に放り込みながらモモイはアリスに助けを求める。
そんな彼女に、アリスは自信満々に胸を張った。
「心配ご無用です!ゲームが作れないなら、ゲームをプレイすればいいんです!モモイはゲーム作りで困ったら、いつもそうやっています!」
「う、う~ん。本当ならそうしたいんだけどね...」
色々なゲームをプレイして分析。そこからインスピレーションを得たり、戦闘システムを考えたり。もし開発に行き詰まったら息抜きも兼ねてまたゲームを遊ぶ。それがゲーム開発部のやり方だ。
だけど今回は勝手が全然違う。そもそも似たようなゲームが中々無いし、野菜や動物を育てるのだって、勇者や魔法使いのレベル上げをするのとは訳が違うのだ。
「あ...」
だがアリスのそのアドバイスを聞いた途端、おせんべいを小さな口でハムスターみたいに齧っていたユズが何かを閃いたように目を見開く。
「ね、ねぇ皆。前にゲヘナの風紀委員長さんから野菜貰ったの覚えてる?一緒に戦ってくれた、そのお礼にって」
それは、澄んだ空が真っ赤に染まった日。学園都市未曾有の危機を皆で乗り越えた、忘れられない出来事。その激動の中でゲーム開発部はゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナと共に虚妄のサンクトゥムを攻略していた。
「あれ、そんな事あったっけ?」
「嘘、お姉ちゃん覚えてないの?私達じゃ料理出来ないから、チヒロ先輩に野菜カレーにしてもらって、それでヴェリタスの皆と一緒に食べたじゃん!」
「あ、思い出した!」と、ミドリの言葉でモモイはその記憶を引っ張り出す。
トマトやナスやピーマン。ヒナから貰った野菜はどれも大きくツヤツヤで、とても美味しそうだった。ただ、彼女達の中でそれを上手く調理出来るだけのスキルを持っている者はおらず、どうやって食べようかと悩んでいたところ、各部活のセキュリティチェックをして回っていた各務チヒロにその場面を見られ、結果として野菜達は彼女の手により、優しいコクがたっぷり詰まったカレーに生まれ変わったのだ。
「あの野菜、どれも立派で美味しかったよね~!確か、学校の中にある畑で採れたっていってたっけ?」
「うん」とユズは頷く。
「それでさ、上手くいくかどうか分からないけど、その畑を管理している人に頼んで、野菜作りを教えて貰うってのは、どうかな...?」
ハッとした表情で勢いよく自分に振り向いたモモイとミドリに怯みつつも、ユズは続ける。
「え、えぇっと。い、今の私達に足りないのって、情報は勿論だけど『一から野菜や動物を育てる』っていう経験でしょ?それならいっそのこと、自分達で経験してみるってのはどうかなって思って...」
「それだーッ!!」
天井に頭突きを喰らわさんとする勢いで、モモイが立ち上がった。
「うんうんユズの言う通りだよ!普段私達がゲームをするのと同じように、私達自身で野菜作ってみればいいんだ!」
「ま、待ってモモイちゃん...!」
しかしユズのか細い制止の声は、モモイの耳に届いてなどいなかった。廃部の危機が迫っていたとはいえ、立ち入り禁止の廃墟に躊躇なく侵入した事もある彼女だ。こうなったモモイを止められる人物はいないだろう。
「今日はもう遅いから、明日の朝にゲヘナに皆で行こう!私、外出届出してくる!」
明日の予定を勝手に決め、モモイは立ち上がった時の勢いそのままに部室を飛び出して行った。