ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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18話 とても幸せな一日

ジュリとフウカは笑い声で溢れるテーブルを一旦離れ、冷蔵庫に向かう。

 

(まさか、またパンちゃんに戻ってたりなんかしてないよね...?)

 

冷蔵庫の扉を開いた時、フウカは胸に嫌な高鳴りを覚えた。しかしそんな心配とは裏腹に、ケーキはヒナがしまった時のまま、冷蔵庫のど真ん中に大人しく鎮座していた。

 

ジュリはケーキを取り出す前に、背後のセナとヒナを見る。彼女と目が合った時、二人は優しく微笑み、小さく頷いた。

 

「私がケーキを食べてから3時間近く経ったけど、特に身体に異常は無いわ。だから大丈夫だと思う」

 

「もし皆さんが体調を崩されたら、私がミレニアムに出向いてでも治療致します。ですからジュリさんのケーキ、遠慮なく振舞って下さい。何より私自身も食べてみたいので」

 

席を立つ少し前、お腹いっぱいになったゲーム開発部に誘われて彼女達が持ってきた携帯ゲーム機で生まれて初めて格ゲーをしていたフウカの横でジュリは、二人と「本当にあのケーキを食べても大丈夫か」と、最後の確認を取っていたのだ。

 

口にすれば例外なくお腹を壊すパンちゃん。ケーキに戻った今でも正直、胸を張って振舞えるものでは無い。それでも先輩達の後ろ盾はジュリの背中を確かに押してくれた。ジュリは冷蔵庫に手を入れ、落とさないよう慎重にケーキを取り出した。

 

「これでトドメです!光よ!!」

 

「だからそのコンボはバグだから無しだってアリス!...ってジュリさんそれ何!?」

 

アリスに見事な3タテをかまされ、天を仰いだモモイは視界の端に大きな南瓜を持ったジュリを捉え、急いで首を元に戻した。他の者達も見慣れないケーキに会話を止め、視線が釘付けになっている。

 

「こちらはデザートの南瓜のチーズケーキになります!」

 

「すごーい!それ、ケーキなんだ!!あ、写真撮って良いですか?」

 

「はい、勿論です!」

 

ジュリの許可を得たマキは彼女がテーブルに置いたケーキに携帯をかざし、パシャパシャとシャッターを切る。派手な南瓜に入ったケーキは確かに、写真に残しておきたい程に映えるものだった。目で皆を楽しませることが出来た、という点ではパンちゃん様々である。

 

ジュリは厨房から包丁と人数分のケーキ皿を持って来て、大きなケーキを器用に切り分け、その間にフウカは先程作っていた紅茶を人数分のティーカップに注ぐ。以前ヒナに振舞ったハーブティーではなく、今度は甘いケーキと相性の良い渋めのアールグレイだ。

 

『頂きます』

 

全員分のケーキと紅茶が配られた後、一同は早速フォークでケーキを口に運ぶ。ヒナは笑顔で美味しいと言ってくれたが、果たして...

 

 

「美味しい...!」

 

思わず頬に手を当てるユウカ。

 

「これ本当に手作りなの?べちゃっとした感じも全然無いし、お店で売ってるものって言われても疑わない自信がある...」

 

そう言いながら、フォークを動かす手が速くなるチヒロ。

 

「程よい甘さも紅茶と相性抜群です。流石、給食部ですね」

 

「やっぱりチーズケーキって言ったらこの感じね。ジュリ、とっても美味しいわ」

 

上品に紅茶を啜るセナとヒナも、賞賛の言葉を忘れない。

 

「美味しい~!!」

 

「こんな上品な甘いもの食べたの、久しぶりかも」

 

「そうですね。私達が部室で口にする甘味は専ら妖怪MAXとスナック菓子なので。それに南瓜が入っているので先程の食事と合わせビタミンもこれで十分取れました。という訳でチヒロ、今日の夕食はサラダを抜いても...」

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

ハレとマキはモクモクと口を動かしてケーキをどんどん口に運び、コタマもそんな二人と同じペースでケーキを食べつつもチヒロと相変わらずのやり取りを繰り広げている。

 

「あれ、スミレ先輩食べないんですか?だったら私、貰っちゃおうかな~?」

 

「だ、ダメです...!」

 

とっても美味しいけど糖質が...とか無粋な事を考えてしまい手が止まっていたスミレはその腹の内を見透かしたレイにケーキを狙われ、珍しくその飄々とした態度を崩し、慌てて皿をレイから遠ざける。

 

「うん。この前のドーナツに続いて、素晴らしいケーキだ。これもフウカさんが作ったのかい?」

 

「いいえ!これは全部、ジュリが一から作ったものなんです!!」

 

ウタハからの問いに、ジュリよりも早くフウカが答えた。

 

「そうだったんだね。一年生の時点で立派に野菜を育てるだけでなく、こんな美味しい料理まで作れるなんて。普段ジャンクフードばかり食べているのが、何だか恥ずかしくなってくるよ」

 

「その通りですね...。これを機会に私達も食生活を見直すべきでしょうか...」

 

「この前の体育祭から、また太ったみたいだしね」

 

「わっ、止めて下さい...!結構気にしてるんですから...」

 

少しばつが悪そうに笑うウタハと、その後ろでヒビキに脇腹を突かれ、危うく手にしていた紅茶を溢すところだったコトリ。三人共既に、半分以上ケーキを食べている。そして

 

「これジュリさんが作ったの!?ごちそうさまでした!とっても美味しかったよ!!」

 

「あれ。今更だけど、もしかして私達今日初めてジュリさんの料理、食べた?」

 

「そ、そうだね...。半年ぐらい一緒に居たのに...」

 

「でもジュリさんのケーキ、とっても美味しかったです!!ジュリさんはモンスター使いと農家、料理人のジョブを持っている上級職です!」

 

ウタハとの会話を聞いていたゲーム開発部はジュリに向かって無邪気な笑顔を向ける。既に四人のケーキ皿には何もなく、紅茶だけが残っていた。

 

ジュリは、テーブルを見る。皆、自分が作った料理に美味しいと言って食べてくれた。皆、自分が作った料理で笑顔になってくれた。

 

ジュリはフウカと先生を見る。自分が料理をすることで酷い目に遭う事を承知で、どんな時も自分を応援してくれた二人。何時も自分を見守ってくれた二人。

 

そんな二人はジュリと目を合うと何も言わず、ただ優しく微笑んだ。だけど、ジュリにとってはそれだけで、十分だった。目頭が、熱くなる―

 

 

プルルルルッ!!

 

 

だがその時、フウカの携帯が鳴らした着信音が、溢れかえたそれを辛うじて堰き止めた。フウカは画面を開き、かかってきた相手先を見て首を傾げる。

 

「料亭『狐火』...。百鬼夜行にある高級料亭からどうして。間違い電話かな...」

 

それでもとりあえず着信ボタンを押して電話に出てみるフウカ。しかしどうやら間違い電話では無かったようで、

「ほ、本当ですか...!?」とか「美食研究会の勧めで...」とか「と、取り敢えず本人に聞いてみます...!」と言った言葉を電話口から漏らすフウカの表情が、どんどんと明るくなってゆく。美食研究会、というワードが出て来たにもかかわらず、だ。

 

そして電話を切ったフウカは開口一番、嬉しそうにジュリにこう告げた。

 

「百鬼の料亭がジュリ達の南瓜、買いたいんだって!」

 

 

 

パーティーがお開きとなり、お腹いっぱいになったミレニアムの皆を見送った後、食器を片付けたジュリとフウカ。しかし今日の仕事はこれで終わりではない。二人はヒナと共に、もうすっかり暗くなった中、風紀委員会が所有する倉庫群の前に立ち、昼間フウカが話していた料亭の店主と話をしていた。ヒナの計らいで収穫した南瓜は全て、普段武器が保管されているその倉庫の一つに納められていたのだ。

 

「それじゃ毎度あり!料金は今日中に口座のほうに振り込んでおくから...」

 

「あの、すみません...」

 

気前よく別れの挨拶をして、南瓜のコンテナを一つ積んだトラックにほくほく顔で乗り込もうとした柴犬の姿の店主を、ジュリは呼び止める。

 

「ん?どうしたんだい?」

 

「本当にこの南瓜をお料理に使うのですか...?先程も言いましたがこの南瓜、玉直しをしていないんです。なのでどれも皆形は良くないですし、黄色い部分も沢山...」

 

南瓜の玉直しとは実の色と形を綺麗にする為、収穫直前に実を動かしたりプラスチックのトレーを下に敷いたりして日光が全体にまんべんなく当たるようにする作業で、これを行わないと味に大きな変化は無いものの、形が少し歪になったり日光が当たらなかった部分が黄色くなったりして、見栄えが悪くなってしまう。もし八百屋やスーパーマーケットに南瓜を売ろうとするのなら必須の作業だ。

 

ただ元々学校内で消費することを目的に育て、売ることは視野に無かったジュリは他の作物との兼ね合いも考慮し、見た目の良さを捨てる代わりに作業の簡素化を図っていた。しかしそんな南瓜を高級料亭の者が買いたいと言い出してきたのだから、困惑するのも無理は無かった。

 

「お気遣いありがとうよ嬢ちゃん。でも黄ばんでいる部分は皮を外してしまえば見栄えの問題もなくなるから気にしないでくれ。それに...」

 

店主は荷台に積まれた南瓜を見上げる。

 

「美食研究会の勧めだからまず間違いは無いとは思っていたが、実際に自分の目で見て分かったよ。『これは良い南瓜だ。こいつならうちの料理に出しても恥ずかしくない』ってね。若いのにこんな良い野菜を作れるなんて素晴らしい才能だよ。誇りな、嬢ちゃん。それじゃ!」

 

爽やかにそう言い残した後、店主は今度こそトラックに乗り倉庫を後にした。右折したトラックが旧校舎の影に消えた時、ヒナは疲れの混じった溜め息を吐く。

 

「ごめんなさい、私のミスだわ。まさか美食に侵入されていたなんて...。地雷の配置、考え直さないと...」

 

料亭の店主がジュリ達の南瓜の存在を知った理由。それは他でも無い、美食研究会の仕業だった。店主曰く以前食事をしに来た美食研究会が

 

「ゲヘナの給食部で作っている南瓜を使った料理をここで是非食べたい。きっと素晴らしいものを味わえるから」

 

と願い出て来たそうで、彼女達のお墨付きを貰っている野菜とはどんなものなのだろうと気になり、ハルナから教えて貰ったフウカの電話番号に電話した、というのが事の顛末らしい。

 

普段からゲヘナの食堂を吹っ飛ばしたり気に入らない飲食店を木っ端微塵にしたりしている美食研究会が珍しくゲヘナの生徒の活躍に貢献したのだ...とはいえゲヘナの正門を堂々とくぐる事の出来ない彼女達が南瓜の様子を知っていた、それ即ち彼女達に畑の様子を観察出来る程には侵入を許していたことに他ならないので、ヒナがため息を吐くのも当然である。

 

「でもお陰で思わぬ臨時収入が出来たわ!委員長、本当にこのお金、私達で使っていいの?」

 

「勿論よ。これはジュリ達の頑張りが学外でも認められた証。だからその報酬は貴女達が使うべきだわ。でもくれぐれも万魔殿には見つからないようにね...ん?ジュリ、どうしたの?」

 

ジュリは自分の胸に手を当てて、トラックが去った先を見つめていた。その瞳には、キラキラしたものが浮かんでいる。

 

「フウカ先輩...。私、夢を見ているんじゃないのかなって、思うんです...。こんなに幸せな気持ち、初めてです...」

 

料理を成功させ、パーティーを素晴らしいものに出来ただけでなく、南瓜までかなりの値段で売れてしまった。料亭の店主が提示してくれたお金が入れば、少なくとも今年中は予算不足に悩む心配は無いだろう。

 

ジュリの頬に、光の筋が伝う。もう、抑え込むことが出来ないようだ。

 

「ありがとうジュリ。本当に、お疲れ様。頑張ったね」

 

フウカはそんな後輩の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。それがジュリの心を抑えていたものを、完全に崩す。

 

「ありがとう、ございます...」

 

フウカに撫でられながら、ジュリは喜びの涙をさめざめ流す。ヒナはそんな二人をずっと、暗い中でも優しく見つめていた。

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