ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
その一 温泉開発部の皆さんへ
薄暗いゲヘナの地下牢。悪事を働いた生徒達が入れ替わり立ち替わりで放り込まれるこの牢屋は風紀委員会や万魔殿の管理が行き届いていないこともあってどの壁も打ちっ放しのコンクリートで構成されており、冬は寒く夏は暑い。加えて空調の効きもすこぶる悪いので真冬と真夏の時期は文字通りの地獄と化す。その環境がここに入る者達にとって”いい薬”になっているのも、また事実だが。
そんな牢が並ぶ廊下の最奥、滅多に使われることの無い取調室に、鬼怒川カスミは通されていた。如何なる時でも飄々とした、腹の内を読ませない余裕の表情を浮かべているカスミだが、今だけはそうもいかなそうだ。
(今日は待ちに待った釈放の日...。しかしその直前に部長の私だけを呼び出すとは何を考えている、風紀委員長...)
今回の温泉開発部の罪状は「まだ建造物が辛うじて残るアビドス砂漠の一帯に大量の爆薬を仕込んで温泉を掘り当て、温泉と砂風呂が売りの超大型スパ施設を建設しようとしたこと」だ。
幸い風紀委員会の活躍により爆破は未然に食い止められたものの、その規模が前回の「わくわく温泉大作戦」を上回る規模であったことと、爆心地の直ぐ傍にアビドス高校が存在していたせいでシャーレを含んだ連邦生徒会までもが動く大事態に発展。結果として先生にも多大な迷惑をかけたことでヒナの逆鱗に触れてしまい、カスミ達はゲヘナでも異例の長さの懲役を被っていたのだ。ジュリに迷惑なのを承知で彼女達に畑仕事を強いたのも、ヒナの怒りがまだ冷めていない証拠であった。
「もう殆ど人がいない砂漠を再開発してアビドス自治区の再興に貢献しようとする我々を止めるなんて、風紀委員会も人が悪い」と当初は粋がっていたカスミも、何時までも釈放が言い渡されないことやそんな中部員全員で連日の農作業をやらされたこと、そして何より巡回の時にいつもこちらを睨んでくる風紀委員長の、鬼人のような眼差しによるストレスで、今やカスミは親とはぐれた子猫のように小さく、弱々しい姿になっていた。
「ごめんなさい、待たせたわね」
そんなカスミの前に取調室の扉を開け、ヒナが現れた。目の前に腰を下ろした小さな身体から未だに滲み出てきている、自分に対する怨嗟を機敏に感じ取り、カスミはぶるっと身震いをする。
「それじゃ改めて、今日であなた達は釈放よ。言うまでもないことだけど、もう二度と他校の自治区で温泉開発なんてやらないで。もしまたシャーレに迷惑をかけるような大事を起こしたら、今度こそ容赦しないから」
「わ、分かっているさ...。今度のことで私達も精神的に大きなダメージを受けた。暫くは大人しくしているとしよう...」
ヒナによって再起不能にされ、熱い砂に頭から捨てられた部員達の生足がまるで墓標のように飛び出している凄惨(?)な光景を思い出し、カスミは再び身震いをする。あれで手加減をしていたというのなら、今度彼女に攻撃されることがあれば命すら危ういかもしれない...。
「それは良い心がけね。そしたらゲヘナを出る前にこれ、受け取って」
ヒナがぶっきらぼうに差し出したもの。それはケーキ等を入れる時によく使われる、紙製の白い箱だった。
「これは...?」
「これは給食部からの差し入れよ。畑仕事を手伝ってくれたこと、釈放前にどうしてもお礼を伝えたかったんですって」
ガタンッ!!
瞬間、カスミはまるで幽霊でも見たかのような表情で、椅子から転げ落ちるように立ち上がり、その箱から一目散に距離を置いた。
「...どうしたの?」
「わ、わ、私に毒を盛ってなにをしようというんだ...!?この中に入っているものは劇薬か!?それとも自白剤の類か...!?」
そう。カスミは渡されたそれをジュリ達からの純粋なお礼の気持ちとしてではなく、衰弱した自分を更に貶める為の毒だと勘違いしたのだ。もっともこれまでの行いと彼女の立場を考えれば、無理も無い話だが。
箱に怯えるカスミを見て、ヒナは溜め息一つの後、こう告げる。
「まあ、食べるか食べないかは好きに決めてちょうだい。ただ一つ言っておくけどそのお菓子、既に外に出ている部員達全員にも配ってあるからね」
カスミの顔から、血の気が引いた。
「あ、部長やっほー!遅かったね!」
風紀委員に囲まれながら地下牢の入り口の前で部長を待つメグは一番に、白い箱を持って外に出て来たカスミの姿を見つけた。
「め、メグ...!まさか渡されたもの、食べてしまったのか!?」
「うん!この南瓜のパイ、とっても美味しいよ!!」
「甘いものなんて何か月ぶりかな...。美味し過ぎて、涙出てきちゃった...」
「私も...」
「お菓子って、食べるだけでこんなに幸せな気持ちになれるんだね...」
絶望するカスミをよそにメグとその他の部員達は各々の箱を早速開き、中に入っていた南瓜パイにかぶりついていた。舌がおかしくなりそうな牢屋の冷や飯を何か月も味わって来た彼女達にとってそのパイは、天国からの贈り物と言っても過言では無いだろう。
「お、お前達...!温泉開発部はキヴォトスでも一、二を争うテロリスト集団なんだぞ!?そんな私達に無償で振舞われる菓子など、ろくなものが入っていないに違いない...!」
「え~?でも私達これ食べてから時間経ってるけど、何とも無いよ?」
「そうです部長!それに仮に毒か何かが入っていてお腹を壊したり錯乱状態になったとしても、こんな美味しいものを食べられるなら背に腹は代えられませんよ!」
能天気なメグ達に呆れつつ、カスミは手元にある箱を改めて見下ろす。
本当ならこんなもの、口になど出来ない。しかし既に仲間達が同じものを胃袋に収めてしまった以上、部長として食さないという選択はもはや選べない。カスミは覚悟を決め、箱を開いた。中から掌サイズの美味しそうなパイが二つ、顔を覗かせる。
(み、見た目だけではやはり分からない...。もはやこれまでか...)
カスミはパイを一つ手に取り、一息にかぶりついた。
歯ごたえのあるパイのサクサク食感。中に詰められた南瓜のクリームの、濃厚な舌触りと程よい甘さ。更にそんなクリームの中に仕込まれた、ローストされた南瓜の種のポリポリした食感。牢に入れられていた時では絶対に味わえないそれらが、乾ききったカスミの舌と口に、残酷な程に流れ込む。
「どう?美味しいでしょ?」
カスミは直ぐには答えず、暫く口をもぐもぐさせていた。しかし喉を大きく鳴らしてパイを飲み込んだ直後、彼女の黄色い瞳に、涙が浮かび上がって来た。
「くそっ!美味しいっ!美味しいじゃあないかっ!!風紀委員会め、私達を貶める為こんな美味なものに毒を仕込むなんて...!悪魔でもここまで惨いことはやらないぞ...!」
最後まで毒が混じっているということに疑いを持たず、カスミは顔をくしゃくしゃにしながら給食部のパイを頬張っていたのだった。