ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
モモイの興奮冷めやらぬまま迎えた翌日。彼女達は立派な校門をくぐり、慎重な足取りでヒナとの集合場所である校舎前の噴水に向かっていた。
「あれってミレニアムの子だよね?」
「へ~、
「小っちゃくてカワイイ~」
すれ違う生徒達のそんな声が聞こえてくる。客人としてきっちりとした着こなしをしているモモイ達とは対照的に、ネクタイやリボンをつけていなかったりスカート丈を短くしたり、殆どの生徒が思い思いのスタイルで制服を着崩していた。
ゲヘナ学園。キヴォトスでも指折りの問題児が集うこの学校の悪評は当然モモイ達も知っている。故にアリスを除いた三人は、「校内に入った瞬間にカツアゲでもされるんじゃないか」とおっかなびっくりになっていた。
だが幸いにも物珍しい視線を送られるだけで特にこれといったトラブルは起きず、一行は無事に噴水に辿り着く。
「あ、いました!レベルカンストのガチ勢さんです!!こんにちは~!」
噴水の淵に座りながら本を読んでいるヒナを見つけるや否や、アリスは無邪気に彼女に駆け寄って行く。いつも通りの人見知りを発動して今までアリスの背後に隠れていたユズは身を隠すものを失くし、直ぐ近くに立っていたモモイの背にサッと身を寄せてしまう。
「アリスさんこんにちは。久しぶりだけど、元気そうでなによりだわ」
本を閉じたヒナはアリスに儚げな笑顔を浮かべる。続いてヒナはアリスの後ろにいる三人に気付くと
「モモイさんにミドリさん、ユズさんもこんにちは。皆、スランピアでの戦闘以来ね」
と、彼女達にも挨拶をした。
『こんにちは。今日はよろしくお願いします!』
「よ、よよよろしくお願いします...」
知った顔に出会えてようやく安心できた三人は、ヒナにぺこりとお辞儀をする。
戦場以外の場所で初めて見るヒナの姿。廃遊園地「スランピア」ではその凄まじい戦いぶりに度肝を抜かれたが、今の彼女にはそんな鬼のような気迫は微塵も無く、寧ろその身長と控えめな言葉遣いのせいで、一度会っているにもかかわらず2つ年上の先輩とは思えなかった。
「これお土産です!」
「他校のお世話になるならお土産の一つでも持っていきなさい」とユウカに言われ、ここに来るまでに買ってきた、有名なケーキ屋さんの焼き菓子詰め合わせセットが入った紙袋をモモイはヒナに渡す。
「あら、ありがとう。でも、私はただ貴女達を案内するだけだから気持ちだけ受け取るわね。このお菓子は給食部の2人に渡してあげて」
「給食部の皆さんの分も用意してあるので大丈夫です!これは風紀委員の皆さんで食べて下さい!」
見るとモモイだけでなく、ミドリの腕にも同じ紙袋がぶら下がっていた。それを知り、ヒナは寝不足の瞳をぱちくりさせる。
「わざわざ2つも買ってきてくれたの?ここのケーキ屋さん、結構値段高いはずなのに...」
「気にしないで下さい!」とモモイは景気良く答えた。確かに思いもよらない出費にはなってしまったが、これから得られる経験にゲーム開発の全てがかかっている以上、こういう細かい所にもお金を出し渋ってはいられない。
「そう...。それじゃあ遠慮なく頂くわね。改めてありがとう」
袋を受け取ったヒナは礼を言うと、4人を連れて早速フウカ達の待つ食堂へと向かった...のだが。
ドガンッ!バカンッ!ガラガシャーンッ!!
食堂の扉にヒナが手をかけた瞬間、何かが床か壁に激しくぶつかる音が響いて来た。それと共に
「パンちゃ~ん、お願いだから暴れないで下さい~!!」
「ちょ、ちょっと!その鍋だけはダメ!!」
という情けない声が食堂から聞こえてくる。
「はあ...。あの子、また失敗しちゃったのね...」
ヒナは残念そうに溜め息を吐くと扉から手を放し、代わりに肩にかけた愛銃のコッキングレバーを握った。
「ごめんなさい。少し、待ってて頂戴」
何が何だか分からない、という顔をしているモモイ達に短くそう告げると、ヒナは扉を勢いよく蹴り開き、稲妻のような速度で食堂に突撃していった。呆気に取られる8つの瞳に一瞬だけ、紫色の触手が生えた、パンケーキの化け物のようなモンスターが映った刹那、激しい銃声が響き渡る―
「ありがとう...。委員長が居なかったら、今日の夕飯のシチューがダメになってるところだった...」
「ご迷惑をおかけしました...」
突撃から数分後。めちゃくちゃになった食堂の中でフウカとジュリは、騒動を鎮圧してくれたヒナに何度も何度も頭を下げていた。そんな二人の背後には山積みになって煙を吐いている、「パンちゃん」達がいる。
「気にしないで。それにしても、今回もダメだったの...?」
「今日はチーズケーキを作ってみようとしたの。この間の喫茶店で普通にパンケーキが作れたから、似たような作り方のチーズケーキでも成功するんじゃないかと思って。でもお砂糖とかクリームチーズをボウルに入れて、いざ混ぜようって泡立て器を入れた瞬間に中身がまたパンちゃんになって...」
「やっぱり、私に料理は出来ないんでしょうか...」
ヒナに事情を説明するフウカの横で、ジュリはしょんぼりと肩を窄める。この中の面子で一番身長の高いジュリだったが、また料理に失敗した事に酷く落ち込んでいるせいで、その姿は一番小さく見えた。
「あれ、委員長の後ろにいるのってもしかして...」
ようやくヒナに頭を下げるのを止めた時にようやく、フウカとジュリは扉の影に隠れてこちらの様子を窺うモモイ達の存在に気付く。
「えぇそうよ。ミレニアムのゲーム開発部の皆さん」
モモイ達に振り返ったヒナは彼女達に優しく微笑むと「もう入って来て大丈夫よ」と告げ、食堂内に入るよう促した。
「あ、あのすいません。う、後ろにいるモンスターは...」
お土産のお菓子を渡し、互いに自己紹介を済ませた後、ヒナの横に立つモモイは早速パンちゃんに言及する。
「あれは『パンちゃん』って言って、私が料理をしようとすると、その料理がこの子達に変わっちゃうんです。今回は...」
「モンスターを作れるんですか!?」
ジュリがパンちゃんについて説明を始めた途端、アリスが目を輝かせて彼女に駆け寄った。
「え、えっと...?」
困惑するジュリをよそに、アリスはまくし立てるように言葉を続ける。
「凄いです!!これはランダムイベント、『モンスター使いとの出会い』です!!アリス、ジュリさんをパーティーに...」
「アリス、ちょ~っと静かにしてて」
このまま放っておけばどんな失礼な言葉が飛び出るか分からない。モモイとミドリは興奮するアリスを急いでジュリから引き剥がしその口を強く抑えた。
「あ、あはは...。開発部の皆さんはとっても元気ですね...」
もがくアリスを必死に押さえつける二人を見ながら、ジュリとフウカは困ったような笑みを浮かべる。その時、一人残されたユズがおずおずと二人の前に立った。
「あ、あの...!ひ、ヒナさんからもう説明されていると思うんですけど、私達これから農業のゲームを作りたいって考えてて。で、でも私達農業の知識なんて全然無いから、それで畑を持ってる給食部のお二人に助けて頂きたいんです...!お、お願いできますか...!?」
部長としての立場を果たすべく、ユズは人見知りを必死に堪えてそれを願い出た。
そんな彼女に、二人はにこりと微笑む。
「えぇ勿論よ。私達もゲームなんて作ったこと無いからどれだけお力になれるか分からないけど、同じように『何かを作って誰かを笑顔にしたい』って思う立場の生徒として、出来る事なら何でも協力するわ」
「はい!私も同じです!私達の作る野菜が、お腹を一杯にする以外にも誰かの役に立てるなら、喜んでご協力します!」
その快諾を聞き、4人はぱぁっと表情を明るくする。先ずは第一段階クリアだ。