ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
動かなくなったパンちゃん達の処理と食堂の片付けをヒナ率いる風紀委員に一旦任せ、モモイ達は給食部の二人に連れられ彼女達の畑に向かった。
「あれ、何も植わってない?」
案内された畑はしかし、冷たい黒い土がだだっ広く広がっているだけで、作物は何一つ植わっていなかった。
「はい。今は春先なので野菜を植えるのはこれからなんです。今は土壌処理剤を撒いて雑草が生えるのを防いでいる状態で...」
「お姉ちゃんメモメモ!」
「うん!」
すると突然、モモイが制服のポケットから小さなメモ帳とペンを取り出し、
「ジュリさんごめんなさい。今の『ドジョウショリザイ』って何ですか!?」
と、真剣な表情で質問を始めた。それに対し二人は今度は、混じり気の無い、本当の困惑の表情を浮かべる。
「あ、順番が良くなかった。先ずは説明しないと」
いきなり質問をしたことで二人を困らせてしまった事を反省し、モモイは順序立って説明を始める。
「私達、野菜作りの知識とかスキルとか、本当に全然無いんです。だから、得られるものは何でもメモっておこうって決めていたんです。どんな些細な事でも、ゲーム作りに役立つかもしれないから」
「成程、そういう事だったんですね」
「はい。急に質問してしまってごめんなさい!」
「どうかお気になさらず。でも...」
だがそこでジュリはまたまた、困った顔をする。
「今のお話だと、モモイさん達は本格的に野菜作りに関わりたいって感じですけど、それって凄く大変な事ではないですか?もし私達の畑を手伝うってなったら毎回ゲヘナに来てもらう事になるし、それと並行してゲームも作るってなったら...」
「大丈夫です!私達、もっと大変な状況でゲーム作ったことあるので!」
そこでモモイは心配ご無用とばかりに胸を拳で叩いてみせる。彼女の言う「大変な状況」。それは勿論、アリスを巡ってセミナーの会長、「調月リオ」と戦った一連の事件である。
「そ、そうなんですか...?それだったら...」
その時、フウカがジュリのエプロンの裾をくいくいと引っ張る。
「ねえジュリ。モモイさん達がここまで張り切っているんだし、あの野菜の栽培、一緒にやってみたら?」
ジュリは目を見開く。
「た、確かにこの人数なら道具無しでマルチシートも綺麗に張れるはず...。そうですね!やってみます!!」
「うん、頑張ってね!」
心躍らせるジュリを見て、フウカは応援の言葉を送ると共に、密かに安堵の息を漏らした。
後輩の熱意に水をかけるだけなのでこんな事口が裂けても言えないが、ジュリが台所に立つだけで食材と台所を破壊し尽くされる可能性が極めて高まる以上、彼女には出来るだけ調理以外の場で活躍していて欲しい、というのがフウカの本音だった。
そんな先輩の想いなど露知らず、ジュリはワクワク顔で、モモイ達にとあるお願いをした。
「あの、モモイさん。モモイさん達がそこまで仰るなら、お願いがあるんです。一緒に、南瓜の栽培を手伝っては頂けないでしょうか?」
「カボチャ?」
「はい。南瓜って、サラダや煮物は勿論、お菓子にもなる万能な野菜で、それに日持ちもするから私達給食部にはピッタリな食材なんです!でも、この規模の畑で作るには私一人の手じゃ難しくて。...どうでしょうか?」
それを聞き、4人は嬉しそうに顔を見合わせる。思ってもない願い出だ。
『はい!お手伝いさせて下さい!』
ジュリの申し出に、皆二つ返事で答えた。
「ありがとうございます!!では早速お手伝いを...と言いたい所なのですが、モモイさん達って今日は汚れてもいい服とかって、持って来て無いですよね...?」
「あ、言われて見れば確かに...」
今日は挨拶だけのつもりで、お財布と携帯、お土産以外のものは持って来ていなかった。でもジュリの言う通り、畑で作業をするなら長靴とか手袋とか、土で汚れても問題無い装備が必須だ。
自分達が準備不足だった事を知り、皆の顔に影が差す。
「あ、そんな顔しないで下さい!それに、今年植える野菜達の苗や種が届くのがまだ少し先で、今畑で出来る事って実はあまり無いんです」
それを聞き、モモイ達はほっと胸を撫で下ろした。
「ただその代わり、という訳ではないんですが。折角ゲヘナに足を運んでいただいたので、今説明できる知識について是非説明したいなって思うんです。如何ですか?」
もう誰も使わない、ゲヘナの旧校舎。そこで一番綺麗な教室を見つけ、モモイ達は席に着く。彼女達の視線の先には、ボロボロの黒板の前で、緊張のあまり背筋を不自然な程にピンと伸ばしている、ジュリの姿があった。
「ごめんなさい、こんな場所しか無くて...」
「大丈夫です!それにしてもジュリさん、先生みたい!」
「パンパカ―パーン!ジュリさんはモンスター使いから先生にジョブチェンジしました!ジュリ先生の授業、楽しみです!!」
ミドリとアリスの言葉を聞いて、ジュリは恥ずかしそうに肩を竦める。けれども、ジュリはゲーム開発部のちびっ子達よりも二回り近く身長が高い為、本当に先生と生徒の関係に見えた。
「そ、それじゃあ早速始めていきますね。今回教えることは、『キヴォトスの土』についてです」
「つ、土...ですか...?」
持参したノートを前にペンを握るユズが首を傾げる。
「はい。一言に土、と言っても美味しく立派な野菜を作る為には、その特徴をしっかりと知っておかないといけません。土の知識は野菜の栽培において、基礎中の基礎と言っても過言じゃありませんから!」
その言葉に一同、ペンを握る力が強くなる。
「...とは言っても、あまりに専門的な事を話してもつまらないし、何よりゲーム作りにも活かしにくいと思うので、今回はキヴォトスの中でも特徴的かつ代表的な土についてだけ説明します。なので、肩肘張らずに聞いて下さいね!」
その言葉に一同、肩に入れていた力をストンと落とす。彼女達が自分の発言に逐一分かりやすい反応を示すので、ジュリは思わず吹き出しそうになってしまった。
「まずは、『黒ボク土』。これは主に、私達ゲヘナ学園周辺の土地に広く存在する土です。火山灰で出来た土で、文字通り黒くて、その感触がホクホクしていることから、この名前がつけられています。勿論、私達給食部の畑もこの土ですよ!」
(黒ボク土...。ゲヘナ周辺の土...。名前は、黒くてホクホクしてるから)
モモイは直ぐにそれをメモに取る。
「そしてこの黒ボク土ですが...野菜を育てる事に関して言えば、これ以上無いと言っていい程の良い土です!含む栄養も多い上に水持ち、水捌けのバランスが良く、それに柔らかいお陰で耕しやすいと、文句のつけようがありません!」
「だから、ジュリさんの野菜はあんなに立派なんですね!」
「はい!ただ完全無欠、という訳では無くて、肥料の三要素と呼ばれる重要な栄養の一つである『リン』が不足しがちな土でもあるんです。だからこの土で野菜を作る時は必ず、リンを人の手で増やしてあげる必要があるんです」
「ふむふむ...」
モモイは、自分のノートやメモ帳にペンを走らせる。普段授業などまともに聞く事のほうが少ない彼女だが、今回ばかりは違った。
「それでは黒ボク土の説明はこのくらいにして、次は『ポドゾル』という土です。これは主にレッドウィンター連邦学園周辺、つまり雪が深く降り積もるような寒~い土地にある土です」
調子が付いて来たジュリはわざと身震いをして、その特徴を印象付ける。
「これは黒ボク土とは大きく異なり、野菜作りには適さない土です。栄養が少なく、それにとても低い気温の地域の土ということも相まって、何かを育てられたとしても野菜では無く、モミの木のような針葉樹がせいぜいとされています」
「ねえお姉ちゃん」
ポドゾルの特徴をメモろうとした時、モモイの隣に座るミドリが姉の肩を突いた。
「なに、ミドリ。今メモしてるんだから邪魔しないで...」
「この土の知識さ、ゲームの難易度に活かせたりしないかな?」
小声でそう話すミドリの目は、期待でキラキラ輝いていた。
「例えばハードモードでは栄養の無い土でどれだけ良い野菜を作れるか、みたいにすればやりごたえが出るし、何より私達が求めてるリアリティも出せるんじゃないかな?」
それを聞き、モモイの目も同じように輝きだす。
「確かに!でも、痩せた土地を肥やす方法なんてあるのかな...?」
「ジュリさんに聞いてみようよ」
「そうだね!」
するとモモイは威勢よく
「ジュリ先生!質問良いですか!?」
と、本当にジュリの生徒かのように手を挙げた。突然の出来事に、目を瞬かせるジュリ。しかしその数秒後ー
「はいどうぞ!」
ジュリは満面の笑みで、モモイの質問を許す。
誰かの前で自分の知識を教え、更にそれに興味を持ってくれた人が気になった事を聞いてきてくれる。それはジュリにとって、少しくすぐったいけど、それ以上に幸せに満ちた事だった。
※補足と参考資料
最後まで読んで頂きありがとうございます。今回登場した土壌についてですが、いずれもオリジナルでなく、現実に存在する土の種類をそのまま用いています。
火山灰が起源の黒ボク土がゲヘナ周辺の土、という設定はジュリの絆ストーリーで登場した彼女の一言
「ゲヘナ学園の直ぐそばに火山があることもあって、すっごく肥えていて、良い土なんですよ!」
に由来しています。
以下、参考資料
・https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/explain/D.html
農研機構ホームページ 「黒ボク土」
・https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/explain/C.html
農研機構ホームページ 「ポドゾル」