ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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4.5話 ヒナとフウカ

「...うん?」

 

モモイ達を案内したその日の夜、残っていた書類仕事を終わらせ、就寝前の校内パトロールを行っていたヒナは食堂の前で足を止める。

 

扉に近づき耳をすますと、「ふ~んふ~ん♪」という鼻歌が聞こえて来た。空耳では無い。フウカの声だ。

 

「こんばんは...」

 

扉をそっと開くとそこには、薄暗いキッチンに立ち、コンロの横で大量の玉ねぎを切っているフウカの姿があった。

 

「あれ、ヒナ委員長。こんな夜中にどうしたの?」

 

ヒナに気付いたフウカは手を止め、ピリッと鼻を突く玉ねぎの匂いを洗い流した後ヒナに歩み寄る。

 

「校内の見回りをしていたら、貴女の声が聞こえたの。それで気になって」

 

「あれ。もしかして今の鼻歌、外まで聞こえてた...?」

 

フウカは照れくさそうに自分の頬をかいた。

 

「えぇ。随分と楽しそうだったからつい、ね?あれから何か良いことでもあったの?」

 

ジュリの事は勿論、美食研究会に絡まれたり、日々の過酷な調理に疲弊したり。ゲヘナの生徒にあるまじき善良な心根の持ち主であるフウカは、ヒナに負けず劣らずの苦労人だ。今日だって、料理に失敗した上に自分達の活動場所をめちゃくちゃにしてしまい肩を落とした後輩を見て、思うものが無い、なんてことは無いはずだ。にもかかわらず、今のフウカの鼻歌は、とても上機嫌だった。

 

「うん。実はジュリの事でとっても良い事があって...あ、良かったらそこに座って聞いて。今、お茶も淹れるから」

 

「分かったわ」

 

ヒナは一番近くの椅子を引き、ちょこんと腰かけた。そして間もなくして、ほかほかと温かい湯気を出すティーカップが差し出される。

 

「これはラベンダーのハーブティー。飲むと寝付きがとっても良くなるの。もし飲みにくいと思ったらハチミツと砂糖を用意するから、遠慮なく言ってね」

 

「お気遣いありがとう。まずはそのまま頂くわ」

 

ヒナは熱々のハーブティーを、ほんの少しだけ口にする。

 

「美味しい...」

 

鼻の奥を、優しいラベンダーの香りが包んだ。普段ヒナが口にするホットドリンクは専らアコが淹れてくれるコーヒーだが、そんなコーヒーとは大きく異なりフウカのハーブティーは、まるで花畑でのんびり寝転がっているような、そんな穏やかな心持ちにさせてくれた。

 

「良かった!」

 

寝不足のせいかいつもつん、と細められているヒナの目が穏やかに緩んだのを見て、フウカはにっこりと微笑み、そして今日の出来事について語り出す。

 

「それでジュリの事だけど、あれから畑にモモイさん達を案内した後に実はあの子、旧校舎でモモイさん達に授業をしていたの!」

 

「授業...?それって先生みたいに、モモイさん達に何かを教えていたってこと?」

 

「うん。教卓の前に立って、それでモモイさん達に、キヴォトスの土について色々教えていたの。私それを教室の外でこっそり見ていたんだけど、モモイさん達が色々な質問をしてくれるのもあって、その時のジュリの顔、とっても幸せそうで!それにジュリの説明もすっごく分かりやすくて、私びっくりしちゃった。あの子にあんな才能があったなんて」

 

言葉を紡ぐ度に、手に持つ紅茶と同じ位に温かな感情が溢れ出るフウカを見て、ヒナは更に表情を和らげる。彼女が上機嫌だったのは、どうやらこれが理由だったようだ。

 

「それは素敵な出来事だったわね」

 

「うん!それにモモイさん達がお手伝いを申し出てくれたお陰で、今年は初めて畑で南瓜が育てられそうなんだ。前々から作りたいとは考えていたんだけど、私達二人だけではどうしても難しくて諦めていたから」

 

そこでフウカは自分のハーブティーを一口飲み、ヒナを真っすぐと見据えた。

 

「ヒナ委員長。モモイさん達にジュリを会わせてくれた事、改めてありがとう。あの子、大好きな料理が出来ないせいで、自分の力で誰かを笑顔にさせたことがあまり無いの。だけど彼女達と一緒なら、その経験をいっぱい得られるかもしれない。...本当なら料理が出来るようになるのが一番なんだけどね」

 

(自分の力で誰かを笑顔に、か...)

 

困ったように笑うフウカのその言葉でヒナはふと、この前万魔殿主催のパーティーでピアノを披露したことを思い出す。

 

今まで風紀委員としてゲヘナの悪童達をちぎっては投げ、ちぎっては投げの生活を送って来た自分にとって、あの時のピアノは初めて、自分の持つ力で誰かを心から笑顔にさせた経験だったのかもしれない。

 

演奏を終えて、風紀委員のメンバーや先生からの拍手を浴びた時に感じた、心がふわふわするようなあの多幸感は今でも忘れられない。

 

 

 

 

もしゲーム開発部との関わりで、努力が実らずいつもしょげてばかりのジュリがその気持ちになる事が出来るのなら

 

 

 

 

そう思ったヒナは再びハーブティーを口にした後、こんな言葉をフウカに投げた。

 

 

「そうね。でも、自分の力で誰かを笑顔にさせるって、他には代えられない、とっても幸せな事だと思う。だからその形はどうあれ、開発部の皆さんとの経験はジュリを必ず成長させると思うわ。私もジュリの事、応援しているからね」

 

その言葉で、フウカの瞳は星空みたいに輝き出す。ジュリの努力を誰よりも傍で見ている彼女だからこそ、響くものがあったのだろう。

 

「ありがとう!!」

 

ヒナは微笑みながらフウカに大きく相槌を打つと、残りのハーブティーを飲み干す。そして

 

「もう遅いからこれで失礼するわ。ごちそうさまでした」

 

と礼を言い、静かに食堂を後にした。

 

 

 

 

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