ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
電気柵を設置してから、また少しの時間が経った。時期は4月の中頃。いよいよ、本格的な農作業が始まろうとしていた。以前ミドリを電流から守ってくれたヒビキ謹製のツナギを着て畑に立ったモモイ達の前には、今度は古びた小さいトラクターがあった。
「アリス、トラクターって初めて見ました!この後ろに付いている機械は一体なんでしょうか!?」
畑に着くや否や、アリスはジュリの後ろにある、レトロなそのトラクターに視線を完全に奪われていた。
「これはロータリーという名前の機械で、畑を耕す為には欠かせないものです」
ジュリは背後のトラクターに取り付けられた、台形のカバーの下に複数の回転刃を並べた農機具を指さす。
「この鉄の刃で土を砕いて掘り起こして、柔らかくする。そうすることで作物の根が生えやすくしたり、土に空気を混ぜてより良い土にすることが出来るんです」
「これ、ジュリさんが動かすんですか?」
そう聞くユズもまたトラクターに強い関心があるようで、視線は殆どジュリの後ろに行っていた。
その問いに、ジュリは「はい」と少し恥ずかしそうに答える。
「私はまだ一年生なのでバイクとかトラックは運転出来ないんですけど、以前からお世話になっている農家さんに『この規模の畑なら自分でトラクターを動かせるようになったほうが絶対に良い』って言われて、それで頑張って覚えたんです。このトラクターも、その農家さんから譲り受けたものなんですよ」
そしてジュリはトラクターにひらりと乗り込んだ。普段のおっとりした彼女からはあまり想像がつかないその軽快な動きに、モモイは少し驚く。
「それでは早速動かしていきますね!今日は何かを教えたり体験して頂くことは出来ませんが、良かったらトラクターが通った後の土の上を歩いてみて下さい。ふかふかでとっても気持ちいいですよ!」
ジュリはトラクターのキーを回した。ブルンブルンブルンッ!という途切れ途切れのエンジン音と共に、くすんだマフラーから黒煙が噴き出す。
「では、行きます!」
アクセルをそっと踏み、ジュリはトラクターを前進させる。それと同時に、ロータリーの刃が高速で回転を始めた。その速度たるや凄まじく、並んだ複数の刃が一枚の円盤に見える程だ。
ロータリーが硬い土の表面に触れる。すると刃が触れたその場から、ゴロゴロとした塊になっていた土があっという間に砕かれ、砂のようなサラサラな見た目に変化する。その変貌ぶりに驚いたモモイ達はジュリに言われた通り、トラクターが通った後の土に足を踏み入れる。すると
「柔らかッ!こんなにフワフワになるの!?」
「とってもふかふかです!アリス、大きなスポンジの上にいるみたいです!」
「わわっ!足が沈んじゃう...」
「でもこれはこれで歩きにくい...」
柔らかくなった土に、4人はそれぞれの性格に合ったリアクションを示す。だがその時
プスンプスンプスン...
豪快に鳴り響いていたトラクターのエンジン音が突然消え、ゆっくり回っていた四つのタイヤがぴたりと停止してしまったー
「あ、ここもオイル漏れしてる。これで10か所目」
「わわっ!見て下さいよこの溶接の仕方!これじゃエンジンの熱が籠って、下手したら爆発しちゃいます!」
「う~ん...。正直に言って、今までまともに動いていたのが不思議な位だね」
ジュリのトラクターが故障して動かなくなってから数時間後。彼女のトラクターは開発部のSOSに駆け付けたエンジニア部の三人によって、その数多ある不具合を次々と看破されていた。
「ウタハ先輩、どう?直りそう...?」
モモイの心配そうなその声に、ウタハがその顔を煤とオイルまみれにしながらトラクターの腹下から出て来る。
「うん、無理だ」
「うそぉ!?ウタハ先輩でも直せないの!?」
あまりにもきっぱりとしたその言葉と態度に、モモイは信じられないと言った顔をする。
かつて古代兵器の「ウトナピシュティムの本船」すら動かせるようにしてみせた彼女が、こんなオンボロのトラクターは直せないなんて...。そんなことあるんだろうか。
「いや、言い方が良くなかったね。この程度の機械、私達に直せない何てことは無い。だけどそれを実行しようと思ったら、かなりの時間がかかることになる」
ウタハに続いて、エンジンを調べる為に開いたボンネットに上半身を突っ込んでいたコトリが顔をぴょこんと出した。こちらも、煤とオイルで顔中を汚している。
「説明しますね!見ての通り、このトラクターはとても古いので内部のパーツも相応に古い規格のものが使われています!ボルトやナットはサイズさえ同じなら今のものでも代替出来ますが、ラジエーターやオイルエレメントのような部品はもう製造が終了しているものばかりです。あ、ちなみにオイルエレメントというのは...」
「つまり、このトラクターを直す為にはもう作られていないパーツを入手する必要があるってこと。キヴォトス中を走り回ってそのパーツを持っている人を探すか、それともいっそのこと一からパーツを製造してしまうか。個人的には後者のほうがロマンがあるけど、いずれにせよ時間がかかる。部長が言おうとしているのは、そういうこと」
コトリの説明癖がフル稼働する前に、油圧系統を診ていたヒビキが現状を簡潔にまとめる。
「それでも、どうにかならないでしょうか...?このままでは作付けが大幅に遅れてしまいます...」
「他の農家さんから別のトラクターを借りてくる、というのは出来ないのかい?」
焦りと動揺が隠しきれていないジュリとは対照的に、ウタハはいつも通りの飄々とした態度で問う。
「今は今年の作付けに向けてどの農家さんも忙しくなってくるので、突然大事なトラクターを貸してもらうのは難しいと思います...。申し訳ありません、私の準備不足です...」
「いや、ジュリさんが謝る必要は無いよ。ただ、もし修理を私達に任せるとしても、少なくとも向こう一か月はこのトラクターは使えないと思ったほうが良いね」
「どうしましょう...。私達だけじゃこの大きさの畑を手作業で耕すなんてとても...」
困り果てるジュリを前に、ウタハは「ふ~む」と顎に手を添え、背後のトラクター...ではなく後ろのロータリーに視線を移した。
「ジュリさん。一つ、提案なんだけど」
そして再びジュリに視線を戻したウタハは、こんな事を提案してきた。
「あのロータリーという機械を一晩だけ、貸してもらう事は出来ないかな?」