ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「やあお待たせ。何とか一晩で完成させたよ。これがアバンギャルド君...」
「...!リオ先輩です!!リオ先輩がいますッ!!」
ウタハの横に立つ人物を見るや否や、アリスは彼女の声を遮り、リオのお腹に思いっきり飛び込んだ。その衝撃を抑えきれず、リオは「う...」という微かな呻き声を発する。
「ひ、久しぶりね、アリス...。元気そうでなによりだわ...」
「頭、撫でて下さい!!」
「わ、分かったわ...」
いつものリオなら難癖つけて断るところだが、ここは他校の校内、しかもその学校の生徒が見ている場だ。まるで子供が母親に甘えているかのような微笑ましい光景に、零れる笑みが抑えきれていないジュリを前にして、アリスを突っぱねる訳にはいかない。
リオは不器用な手つきで、アリスの小さな頭を撫でる。
「先輩の手、あったかいです...」
「も、もういいかしら...?」
「はい。ありがとうございました!」
ひとしきり頭を撫でられ満足したアリスはようやくリオのお腹から離れる。
「今日はケイは一緒じゃないんですか?」
リオの顔を見上げながら、アリスがケイの存在に言及したその時
「...アリス。私は、ここです」
どこからか、ケイの声が聞こえて来た。心なしか、いつにも増して不機嫌そうに聞こえる。
「ケイ?どこにいるんですか...?」
「ですから、ここです。リオの隣です」
「もしかして、ケイ...」
そこでアリス達は声の出所に気付く。ケイの声は確かに、リオとエンジニア部の間に佇んでいる、アバンギャルド君から聞こえて来ていた。
「ケイ、アバンギャルド君になったんですね」
アバンギャルド君の上半身がガタガタと小刻みに揺れる。どうやら本当に、このロボットに放り込まれてしまったようだ。
「はい。リオに身体を作って貰ってから、いつかこうなるのではと危惧していましたが、遂にその時が来てしまいました...」
「とても良い気分でしょう?アバンギャルド君は私の最高傑作にして...」
「貴女という人はどれだけ私の尊厳を踏みにじれば気が済むのですか!!??」
瞬間、アバンギャルド君が、武装を全て取り除かれた状態の腕達を忙しなく動かし始める。まるで、ひっくり返った大きなカブトムシがもがいているみたいだ。
「これならあのAMASとかいう一輪車でいたほうが幾分かマシでした!!加えてこの改造は一体何ですか!!??背中に隙間風が入って不愉快極まりないです!!」
「それに関しては私のせいではないわ。エンジニア部に言ってちょうだい」
ケイを含め、そのズレたセンスを他人から指摘されるのはもう慣れっこなのか、リオは表情一つ変えず、複数ある腕の内の二本で、まるでおんぶをするようにして固定されたロータリーを見つめる。
そう。エンジニア部は壊れたトラクターの代わりに何と、アバンギャルド君の後ろにロータリーを取り付けられるように改造して来たのだ。ケイが「背中に隙間風が入る」と文句を言ったのは恐らく、ロータリーに動力を伝えるシャフトをアバンギャルド君本体と接続する為に、背部に大穴が開けられているせいだろう。
「製作者の意匠を限りなく尊重した結果の改造だよ。本当は折角の機会だから陸海空両用のトラクターを作りたいところだったけど、生憎と時間が無かったからね。畑が耕せればとりあえずはそれで良いということで会長の最高傑作をお借りした、という訳だ」
暴れ回るアバンギャルド君に全く怯むことなく、ウタハは淡々と事情を説明する。
「そうですか、それならば仕方がない...ってそんな事で納得出来る訳無いでしょう!?それにこの帽子は何ですか!?正直に言って、意匠のセンスという意味では貴方達もリオとどんぐりの背比べです!」
「ノリツッコミまで出来るようになるとは驚きだ。かつてアリスを魔王にしようとしていたのが嘘のようだね」
「人の話を聞いて下さいッ!!」
ケイの言う通りアバンギャルド君の頭部には、申し訳程度に大きな麦わら帽子が被せられていた。こちらは間違いなく、リオでは無くエンジニア部の仕業だろう。
「まぁ落ち着いて欲しい。それにアバンギャルド君になったのが不本意なだけで、アリス達の力になりたいという気持ちは変わってはいないだろう?」
「...それはまぁ、そうですが」
腕の動きが、幾分か穏やかになる。
「畑で農作業...。王女を生活習慣病にさせようと試みているとしか思えない生活を相変わらず送っている貴方達がそんな事を始めたと聞いた時は耳は疑いましたが...」
「うぅ...。ジュリさんが聞いているんだからあまり大きな声で言わないでよ...」
しかしケイはモモイにお構いなく続ける。
「ですが理由はどうあれ、生物や自然に直に触れ、その環境で汗を流すというのは健康的な心身を作るのに非常に効果的です。私がリオやエンジニア部と共にここに来たのは、それを援助する為に他なりません」
「ケイ...」
その時、ここまでずっと蚊帳の外だったジュリがおずおずと口を開く。
「あの、お取込み中失礼します。この不思議なロボットさんが、本当に畑を耕してくれるのですか...?」
「勿論だよ、ジュリさん。この『アバンギャルド君Ver,AG』はかつて戦闘用に造られたロボットを平和利用すべく、私達エンジニア部が夜なべして改造した...」
「背中に穴を開け、尻尾みたいにシャフトを取りつけ、そして帽子を被せただけでさもアップデートを施したかのように言うのは止めて頂けませんか?それにAGはAgriculture(農業)を意味しているのでしょうが、安直が過ぎるとしか...」
しかし懲りずに毒を吐こうとしたその時、アバンギャルド君の首がグインと下を向き、眼下で不安そうに胸に手を当てるジュリを見下ろした。
「...いいえ、これ以上文句を垂れるのは非合理的ですね。ジュリさん、と言いましたか。見苦しい所をお見せして、大変申し訳ありません。私の名はケイ。横にいる調月リオによって生み出された人工知能です。今日は貴女のトラクターに代わってこのぶかっこ...不思議なロボットに搭乗しています。どうか、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
打って変わって丁寧な口調になったアバンギャルド君もといケイに、ジュリは丁寧にお辞儀する。因みに言うまでもないが「ケイがリオの作った人工知能」というのは、リオ達の間で予め考えていた嘘である。彼女の本当の正体を話そうとしたらそれこそ本当に作物の作付けが遅れてしまう為、致し方無い。
「よし、それでは始めようか。ユズ、これを」
ウタハはゲームのコントローラーをユズに渡す。
「こ、これは...?」
「これは以前君がアバンギャルド君を操作した時と同じコントローラーだよ。今からアバンギャルド君を動かすのは、君だ」
「えぇ...!?で、でもそれじゃケイはどうしてアバンギャルド君に...?」
その時、アバンギャルド君から本当に何かの尻尾みたいに生えているシャフトが回転を始め、それに伴いロータリーの刃もゆっくりと回り始める。
「私はこの農機具の回転速度、及び高さ調整を行います。土を満遍なく且つ適正な深さで耕耘するには、地面の微小な凹凸や傾斜を見極め、それに応じた操作が必要になります。ユズ、貴女はこのアバンギャルド君をひたすら真っすぐに走らせて下さい。そうすれば私は農機具の操作に専念出来ますので」
「う、うん分かった...。やってみるね...」
ユズはコントローラーを握り、スティックをゆっくりと前に倒す。アバンギャルド君のキャタピラが、ゆっくりと回り出した。
「では行きましょう。協力プレイ、開始です。アバンギャルド君、発進」
そして約一時間後。ジュリの畑はケイとユズの手によって、一面ふかふかの柔らかい土に変わっていた。格ゲーと音ゲーによって培われた正確無比な操作と、嫌々押し込まれたとは到底思えないケイの繊細な調整による成果を前にし、一同は歓喜の声を上げる。そして―
「これで問題無く植え付けが出来ます!本当に、本当にありがとうございました!」
夕暮れ時、ミレニアムの面々がゲヘナの校門を通る最後の瞬間まで、ジュリは彼女達に感謝の言葉を述べていた。