ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
ケイ達の助けにより、無事畑を耕し終えたジュリ達。しかしそれでも、実際に野菜を植え付けるまでにはまだ行き届かないらしい。それでもモモイ達は飽きることなく、畑を訪れる。
「ではまた、説明をさせて頂きますね!」
足元に人数分の
「今日行うのは、『土づくり』という作業になります。ミレニアムの皆さんの助力により耕されたこの畑ですが、残念ながらこのままではまだ、野菜を植えるには不十分な環境なんです。皆さんは以前私が話した、黒ボク土の特徴を覚えていますか?」
「はい!」と、一番に答えたのはミドリだった。
「確か、栄養が豊富で水捌けも水持ちも良いけど、その代わり『リン』っていう栄養素が不足しがちな土、でしたよね?」
「その通りです。加えてリンは作物が最初に育つ為に必要とされている栄養なので、特にこの畑ではそれを加えてあげることが必須です。それに自然の状態ではどうしても土の中の栄養が偏りがちで、これも作物の生育にはよろしくありません。なので...」
ジュリはその場に屈み込み、足元の袋の一つを指さした。
「人の手で肥料を撒くことで、畑を最良の環境にしてあげる必要があるんです。この袋にはリンを始めとした肥料が入っていて、これを今から畑に撒いていきます。あ、それとちなみに、種蒔きや植え付けの前に畑に加える肥料は『元肥』と呼ばれています。良ければ、これも覚えておいて下さいね!」
(あ、やっちゃった。メモ帳学校に忘れちゃった...)
いつも通りジュリの教えてくれた知識を記録しておこうとツナギのポケットに手を突っ込んだモモイはそこで初めて、いつも使っているメモとペンが無い事に気付く。だが幸い他のメンバーが今の話を素早くメモっていた事に加え、ジュリが直ぐに鍬を握って作業を始めたので、忘れた事を悟られずに済んだ。
「最初に私がやってみせますね」
鍬を持ったジュリはそれでまず土を掘り起こし始める。深さが10cm位の穴を作ったら横に移動して、自分の身体に対して垂直になるように、長さ1m程の溝を作る。
「まずはこんな風に溝を作ったら、次は肥料を」
次にジュリは肥料の袋を一つ手にするとそれを破き、中の肥料をそっと溝に流し込んだ。白くてコロコロした、小さなビーズみたいな肥料が溝の中に小川みたいな線を描く。
「そして肥料を流し込んだら、最後に掘った土を埋め直します」
最後にジュリは再び鍬を握り、掘った土を引っ張るようにして溝に戻す。
「ここから約1週間置くことで肥料が土に浸透し、栄養バランスの取れた良い土壌になるんです。今回は開発部の皆さんが居るので、手分けして施肥を行っていきましょう。アリスさん、貴女は肥料を運ぶのを手伝って頂けませんか?」
「勿論です!アリス、力仕事は大得意です!」
アリスはニコニコしながら、その華奢な身体で肥料の袋を一度に四つ、軽々しく持ち上げる。普段から100キロ以上あるレールガンを持ち歩いてる彼女ならこのくらい朝飯前だ。
「ありがとうございます!それではモモイさんとミドリさんは私達の少し先で、土を掘り起こしていって下さい。そしたらそこに私とアリスさんで肥料を入れるので、最後にユズさんが土を戻す...という流れでいきましょう」
『分かりました!』
残りのメンバーもアリスに負けず劣らずの笑顔で各々鍬を持つ。しかし
(今の作業、この畑全部でやるんだよね...)
そんな笑顔の裏側でモモイはずっと向こうの畑の縁を見て、自分の心が重くなるのを確かに感じた。
1000人を優に超えるゲヘナの生徒達の食事を賄う為にあるというこの畑。具体的な大きさは聞かされていないけれど、慣れない作業をしながらとはいえ一周するのに30分近くかかる広大な畑に、これからただひたすらに肥料を撒いてゆく...。正直、気が遠くなる作業だ。
(でも、やるしかない...!)
まだ野菜も何も植わっていないのにここまで多くの人を巻き込んでおいて、今更辞めるなんてことは言い出せない。モモイは覚悟を決めて、鍬を握る手に力をこめた。
ジュリが最初に肥料を撒いた溝の直ぐ近くに鍬を刺し、土を掘る。そうして姉妹が作った溝に、ジュリが肥料を流し、その後ろを肥料袋を持ったアリスが続き、最後尾のユズが土を戻す。4月の良く晴れた日の、柔らかな黒土の上で、5人のゆっくりとした行進が、畑を肥やしてゆく。そして、太陽が真上に昇り詰めかけた時
キーンコーンカーンコーン
お昼を知らせるチャイムがなった。それを聞いて、モモイは額に流れる汗を拭う。
「もうお昼ですね。休憩にしましょう」
『はぁ...。疲れた...』
ジュリのその声で、モモイ、ミドリ、ユズの3人は鍬を杖のようにして身体を支え、疲労困憊、といった具合の大きなため息を吐く。
「皆さん本当にお疲れ様でした。フウカ先輩がお昼ご飯を作ってくれているので、戻って一緒に食べましょう」
「わーい!お昼ご飯楽しみです!」
そんな中で唯一元気はつらつなアリスが、空になった肥料の袋を旗みたいに振り回して喜ぶのだった。
「皆お疲れ様!これ、お昼ご飯ね」
歩きにくい畑をえっちらおっちら戻って畑の出入り口に辿り着くと、そこにはレジャーシートを広げ、そこに大きなお重箱を置いたフウカが待っていてくれた。皆が靴を脱いでシートに上がると、フウカはお重箱を開ける。
『わあ、美味しそう!!』
二段のお重箱にはそれぞれ、色とりどりのおかず、みっちり詰められた大きなおにぎりが入っていた。フウカから渡されたお手拭きで土で汚れた手を綺麗にした後、4人は飛びつくようにお昼ご飯を手に取る。
「...!美味しい!」
「こんなジューシーな唐揚げ、食べたこと無いかも!」
「アリスのおにぎり、鮭が入っていました!ユズのおにぎりは何が入っていましたか?」
「私のはエビマヨだったよ!アリスのも美味しそう!」
フウカの用意してくれたお弁当はどれも、びっくりするくらい美味しかった。おにぎりは勿論、唐揚げも、卵焼きも、野菜が苦手な開発部が普段ならまず口にはしないきんぴらごぼうや漬物さえ、口に運ぶ度に溜まった疲れが溶けていくようだった。そうしてピクニック気分で暫くお昼ご飯を楽しんでいると
「こんにちは。今日も頑張っているみたいね」
皆の前に、ふらりとヒナが現れた。
「ヒナさんこんにちは!」
「こんにちは、ジュリ。今日は何をやっているの?」
「今日は開発部の皆さんと土づくりという作業をやっています!」
「土づくり...?」
「はい!土づくりというのはですね...」
モモイ達といつも一緒にいるせいで農業の知識を誰かに語ることが当たり前になっていたジュリは張り切って土づくりのあれこれをヒナに話し始める。途中、フウカが
「ちょっとジュリ、委員長は忙しいんだからあんまり長い話は...」
と止めようとしたがそれをヒナ自身が
「私は大丈夫よ」
と遮った。もっともそれはモモイ達のように農業の知識に興味がある、というよりも、「応援する」と誓った後輩の気持ちを尊重したい故だろう。
「それじゃ最後に掘った土を戻して、元肥の作業は終わるのね?」
「その通りです!あ、でも南瓜に関して言えばそれだけでは終わらなくて...」
だがジュリが某エンジニア部の説明好きな一年生みたいになりかけた時、急にヒナが顎に手を当て険しい顔になり、何かを考えるような仕草をし始めた。
「えっと、ヒナさん...?」
困惑する一同を前に、難しい顔で少しの間考え込んでいたヒナ。そしてやや遠慮気味に、こう口を開く。
「ねぇジュリ。午後の作業について、無理を承知でお願いしたいことがあるのだけれど、聞いてくれるかしら...?」
「おいそこ!肥料が少ないんじゃないか!?」
「そ、そんなことは無い...!それにさっき給食部が言っていただろ!南瓜は栄養を吸いやすいから多少量が少なくても問題ないって...」
「つべこべ言わずに動けっ!これは刑務作業だということを忘れるな!!」
「な、なんて理不尽な...」
イオリの喝に、温泉開発部のマークが描かれたヘルメットを目深に被った生徒達がひいひい言いながら肥料袋を抱え直す。
ヒナがジュリに行ったお願い。それは、この前牢屋にぶち込んだ温泉開発部の面々を、刑務作業と称して畑で働かせる、というものだった。その中には当然、部長である鬼怒川カスミも含まれている。
「ここは以前から掘ってみたいと思っていた給食部の畑...。だがそれを目の前にして掘削も発破も出来ないどころか、自分で掘った土をまた自ら戻さねばならないとは...。こんな屈辱が許されていいはずが...」
「口じゃなくて手を動かしなさい」
「ひぃッ...!?わ、分かった...。真面目に働くから銃をちらつかせるのは止めて欲しい...!」
鍬を握りながらカスミは悔しさを露わにさせるが、直ぐ傍で宿敵のヒナが睨みを利かせている為、もはや彼女に出来ることは何もない。
「ね、ねえミドリ...。やっぱりヒナさんって怖い人だったんじゃないかな...?」
「う、うん...。私もそう思う...」
顔をくしゃくしゃにさせて涙を流すカスミと、そんなカスミを容赦なく働かせるヒナを見て、少し離れたところで作業をする二人は、出会う以前から抱いていたゲヘナ風紀委員長のイメージを少し取り戻してしまうのだった。
だがそんなヒナの願い出と百を超える部員を抱える温泉開発部の活躍(?)により、数日かけて行う予定だった元肥の施肥はその日の17時頃に終了した。
「本当にごめんなさい、ジュリ。貴方達の仕事を罰として利用してしまって...」
帰宅の時間になったモモイ達を見送った後、ヒナはジュリに謝罪する。
「気にしないで下さい!それに農業は時間との戦いなので、仕事が早く終わるに越したことはありません!」
「そ、そうなの?それならいいんだけど...」
ゲーム開発部がいる中で犯罪者共を畑に入れる。この提案をした時点でヒナは「ジュリが提案をのんでくれたとしても、それは風紀委員長としての立場を使ってジュリに無理強いをさせるのと同じではないか」と自分の行いを後悔していたのだが、土で汚れたジュリの笑顔を見て、彼女が本心でそれを言っていることを悟った。
それにヒナの狙い通り、半日の農作業で温泉開発部は皆へとへとに疲れ切っていた。肉体的な疲労により...というよりは温泉開発がしたくて仕方がない場所の上でそれが出来ずに無理矢理働かせられた、という精神的な疲労のほうが大きいのだろう。
「ふ、風紀委員長...。仕事はこれで終わり...だろう...?」
土の上でぐったりしているカスミに、ヒナは冷たい視線を送る。
「それを決めるのは私じゃないわ。ね、ジュリ?」
視線を戻したヒナと目が合った時、ジュリはヒナの濃紫の瞳の奥に強い光が宿っているのを見逃さなかった。建前ではジュリに判断を委ねているが、本音ではこの問題児達にもっと反省を促したい。その光はジュリに、そう告げていた。
「えぇと...。流石に時間が遅いので、今日の仕事はこれで終わりにしたいと思います。皆さん、お疲れ様でした」
「おぉ...!有難い限りだ...!これ以上ただ土を動かすだけの作業など、我々温泉開発部には耐えられない...」
「ですが...」
「...?」
キョトンとした顔で自分を見上げるカスミに、ジュリは困った笑顔でこう告げる。
「折角こんなに早く元肥の施肥が終わったので、温泉開発部の皆さんには明日、南瓜の畝作りをお手伝いして頂こうと思います...」
「う、畝というのは畑に作る、小山のように土を盛り上げる場所だろう...?ということはまた明日、この地獄を味わうというのか...ひ、ひぇえええ!!」
「あはは...。今回は流石に部長も私達も堪えるね...」
夕暮れのゲヘナの空にカスミの情けない悲鳴とメグの力無い笑い声が響いた。