元枢機卿のTS聖女は怠けたい。   作:匿名

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十一話

 においフェチドラゴンとの茶番劇――もとい、極めて高度な神学的対話を経て、東進。我々一行がたどり着いた『アレア』という街は、私の怠惰を極めた魂がついに巡り合った約束の地とでも言うべき場所であった。巨大な城壁には私の魂の母国語たるラテン語で、およそ労働という名の原罪に苦しむ者たちの、最も純粋な福音が刻まれていたのだ。

 

『Laborare est orare, sed non laborare est divina(労働は祈りなり、されど労働せざるは神の如し)』

 これは実に興味深い神学論争の発展形である。聖ベネディクトゥスが説いた「労働は祈り」という思想はあまりに有名だが、それはあくまで人間側による神への働きかけに過ぎない。しかし、この街の無名の哲学者は、その先に進んだのだ。労働せざる、すなわち何もしないこと。それは、全てを神の采配に委ねきるという絶対的信頼の表明であり、もはや「祈る」側ではなく、万物を創造し、ただ静観する「神」の視座に近づく行為である、と。見事だ。かつて私が神学問答で説いた思想の、完璧なる実践者がここにいたとは。

 

『Somnus est imago mortis(眠りは死の似姿(にすがた)なり)』

 実に真理である。死こそは、神が人類に与えたもうた唯一にして最大の福利厚生、すなわちあらゆる責務からの完全なる解放だ。であるならば、その「似姿」たる睡眠は、いわば天国の前払い、あるいは分割払いで享受する神の慈悲に他ならない。この街の住人たちは、夜ごとベッドに入るたび、敬虔な巡礼者のごとく、束の間の天国を訪れているのだろう。なんと信仰深き人々か。

 

『Deus vult... fortasse cras(神はそれを望みたまう……たぶん明日あたりに)』

 これぞ究極の信仰告白だ。「Deus vult(神はそれを望みたまう)」とは、かつて聖地奪還を叫んだ狂信者たちのスローガンだが、彼らはあまりに人間の側の都合で神の御心を解釈しすぎた。この預言者は違う。神の御心はあまりに深遠であるがゆえ、即座に行動に移すことこそが傲慢であると知っているのだ。「fortasse cras(たぶん明日あたりに)」という絶妙な余白は、神の計画の壮大さに対する畏敬の念の現れであり、人間の矮小な性急さを戒める、実に高等な神学的配慮だ。そんなに急がずとも、明日から頑張れば良いのである。

 

 真理の福音は他にも無数に書かれている。おお、見よ。魂の叫びを。労働という原罪から逃れ、神の領域――すなわち究極の怠惰――に近づかんとする、名もなき求道者たちの痕跡を。私はこの街『アレア』に、いわば宗教的サンクチュアリを見出したのである。

 

「この文字は何と書いてあるのでしょう?」

 

 隣でアグネスが、不思議そうに首を傾げた。もちろん、私にはこのありがたい聖句の意味が痛いほどわかる。しかし、ここで私がスラスラと解説などしてしまえば、「博識で聡明なマリア様!」という、実に面倒な人物像が再構築されかねない。期待という名の重荷は、もう懲り懲りなのだ。

 

 私は純真無垢な子供の顔を完璧に貼り付け、神妙な面持ちで壁を見上げた。

「わたしには文字は読めません。でも……この壁からは、とても深く、とても神聖な気配がするのです。長い間、人々の祈りを受け止めてきた壁なのかもしれませんね」

 

 その言葉に、アグネスの瞳がぱあっと輝いた。

「言われてみれば、そのように見えてきました! さすがですわ、マリア! あなたの清らかな魂には、私には感じられないものまで伝わるのですね!」

 

 彼女はそう言うと、うやうやしく壁の前にひざまずき、深く頭を垂れて祈りを捧げ始めた。怠惰を讃え、労働を放棄することを神聖視する言葉の数々に、真正面から祈りを捧げる純真な聖女候補。あまりにも倒錯的な絵面に私の口元が意地悪く歪んだ。おお、いけない。この愉悦はいささか破滅的である。

 

 祈りを終えたアグネスが立ち上がる。彼女は文字が読めないながらも、あの壁に刻まれた言葉の群れから、何か言いようのない違和感を受け取ったのかもしれない。どこか釈然としない、悲しげな表情を浮かべていた。

 

「マリア……私には分かりませんが、先ほどの壁からは、神聖な祈りというより……どこか人々の諦めにも似た、悲しい心が伝わってくるようでした。気のせいでしょうか……」

 

 純真な彼女が感じ取った不安は、街の内部へ足を踏み入れた瞬間に現実のものとなった。日が高いうちから酒場は開け放たれ、労働にいそしむ者の姿はなく、人々は日陰で酒をあおりながら無気力に空を見上げている。

 

 その活気のない、澱んだ光景を目の当たりにして、アグネスははっと息を呑んだ。

 

「ああ……やはり、気のせいではありませんでしたのね!」

 彼女は壁の方角を振り返り、再び目の前の怠惰な光景へと視線を戻す。

「壁から感じたあの気配は、この街全体を覆っていたのです! なんということでしょう……神に祈りを捧げるべき人々が、こんなにも魂の光を失っているなんて!」

 

 アグネスの瞳が、使命感の色で輝いた。

「神は、この哀れな子羊たちを救うために、私たちをここへお導きになったに違いありませんね! マリア、私は決めました。聖女候補として、この街の堕落の根源を見極め、彼らを救う道を模索します!」

 

 高らかに宣言する彼女に、私は純真無垢な子供の笑顔で頷く。

 

「アグネス様のそのお考えこそ、神の御心に違いありませんわ。私はアグネス様に従います」

 

 しばらく、まともなベッドで眠ることが出来そうでよかったです! と心の声が喉をついて出ないようにするのが精いっぱいであった。

 何にせよ、この街にはびこる怠惰のにおいは嫌いではない。ゆっくり英気を養わせていただこうではないか。

 

 かくして我々一行は、この怠惰の都に数日間滞在することになったのである。

 

 *

 

 滞在初日。

 アレアの連中は、広場の噴水で実にくだらない賭博に熱狂していた。泉に浮かぶ盃に後ろ向きでコインを弾き入れ、見事入れば、それまで泉に投げ込まれた全コインを総取りできる。ただそれだけの、知性と労働からの完全なる逃避であった。一攫千金を夢見る強欲の坩堝(るつぼ)を眺めながら、私はこの街がますます好きになっていた。

 

 無論、我が守護天使アグネスが、この魂の堕落を見過ごすはずもない。彼女は群衆をかき分け、悲壮な顔で叫んだ。

 

「皆様! このような卑しい賭け事はいけません! 日々の誠実な祈りこそが、真の奇跡を呼ぶのです!」

 

 ああ、始まった。善意による正論ほど、場の空気をぶち壊すものはない。彼女は自説を証明するため、祈るように目を閉じてコインを弾く。

 

 神の悪趣味か。真実、聖女としての奇跡か。カシャン、と小気味よい音を立て、コインは盃の中へ。

 

 一瞬の沈黙。群衆の視線は、奇跡そのものよりも、泉に溜まった銅貨の山に注がれている。総取りの権利を得た聖女様がどう出るか、固唾を飲んで見守っているのだ。

 当のアグネスは、溜まったコインには目もくれず、誇らしげに胸を張った。

 

「ご覧なさい! これが祈りの力です!」

 

 その瞬間、群衆の熱狂が爆発した。

「奇跡だ!」「しかも金に興味がないだと!?」「女神だ!」「俺たちの女神だ!」

 

 彼らが熱狂したのは、奇跡に対してではない。奇跡を起こした上で、その報酬をあっさりと放棄した「無欲」という、この街の思想とは真逆の存在に向けられた、倒錯的(とうさくてき)なまでの崇拝であった。

 すぐさまバルガスが狂信者第一号を名乗り出て、彼女の前に(ひざまず)く。

「アグネス様こそ真の聖女! 俺は最初から信じておりました!」

 

 アグネスは、地道な祈りでは決して得られなかった、直接的で爆発的な賞賛の快感に、戸惑いながらも頬をバラ色に染めていた。承認欲求という麻薬は、善意という糖衣に包まれると、より効果を発揮するらしい。

 

 その夜、高揚した彼女は、生まれて初めて夜の祈りを忘れ、満ち足りた表情のまま眠りに落ちた。さて、無欲の女神様は、明日もその無償の奇跡を安売りなさるのか。実に興味深い見世物である。

 

 *

 

 滞在二日目。

 翌朝、アグネスは「皆様が笑顔になるのなら」などと、実にそれらしい言い訳を呟きながら、吸い寄せられるように再び泉へと向かった。そこには昨日以上の人だかりができており、彼女の登場を今か今かと待ちわびていた。自称・女神の第一使徒バルガスが、すでに信者たちを見事にまとめ上げている。

 

「女神様、母のぎっくり腰のために!」「次はうちの店の商売繁盛を!」

 

 バルガスを筆頭に、街の俗物たちが彼女の一投一投に過剰な意味と期待を乗せていく。アグネスは「人々の期待を裏切れない」という善意と自己犠牲の心から、もはや後戻りできない。成功すればお布施が集まり、失敗しても「次こそは!」と励まされる。その即物的で分かりやすい循環に、彼女は完全に心を奪われていったのである。

 

 私は宿屋の窓からその光景を眺め、至高の平穏を貪っていた。

「哀れなアグネス。民衆を救うつもりが、民衆という名の鏡に映る自分自身に恋をしてしまったか。ナルキッソスもかくや、という悲劇、いや喜劇の幕開けだな」

 

 天敵が自ら見世物となってくれるおかげで、私の生活はかつてないほど快適になった。――はずだった。

 

 滞在三日目。

 昼餉(ひるげ)の刻を過ぎても、私の部屋の扉がノックされることはない。

 

『女神チャレンジ』は完全に街の恒例行事となり、アグネスは私の世話どころか、食事の時間すら忘れてコインを弾き続けている。やがて、我が忠実なる内臓たちが契約不履行を訴え、一斉蜂起の銅鑼(どら)を叩いた。ぐぅ、という切実な音は、平穏の終わりを告げる鐘の音であった。

 

 魂の饗宴(きょうえん)も、腹の虫が鳴いては台無しだ。高尚なる精神活動というものは、常に満たされた胃袋という俗な土台の上にしか成り立たぬらしい。かの哲人セネカ先生も「生きる術に追われる者は、生きることを考える余裕を持たない」と仰ったが――おそらく彼も、空腹時には同じ顔でパンを探していたに違いない。

 

 ──滞在四日目。

 餓えと疲労でふらつきながら、私は宿の窓から広場を見下ろした。そこでは、昨日までと同じ光景――いや、正確にはより純度を増した愚行が繰り広げられていた。群衆の中心で悦に浸るアグネスは、もはや聖女候補ではなく、『コイン投げが妙に上手い女』という、極めてニッチな分野の有名人に成り下がっている。そしてその足元では、バルガスが信徒というよりはファンクラブ会長の顔で、サイリウムでも振り出しそうな勢いで声援を送っている。 我が一行は、もはや機能不全などという生易しい状態ではない。アグネスは偶像(アイドル)となり、バルガスは偶像(アイドル)オタクと化し、そして私は、不本意ながらも餓死寸前の殉教者候補である。

 

 当初は高みの見物を決め込んでいた私だが、いよいよ看過できなくなってきた。彼女が自身の偶像崇拝に夢中になるあまり、私の食事という、最も神聖にして不可侵な儀式を三度にわたって忘却したのである。これは単なる職務怠慢ではない。寄生先が寄生主へのエネルギー供給を断つという、生態系の根幹を揺るがす重大な契約違反なのだ。私がその気になれば七歳児の育児義務を怠った保護者というレッテルを張ってやることもやぶさかではない。最高裁まで争ったっていい。

 

 もはや仕方あるまい。あの承認欲求という名の麻薬に溺れた乙女を、その下品な偶像の座から引きずり下ろし、再び私の庇護者という名の専属世話係へと回帰させるための、面倒千万な計画に着手するとしよう。誤解のないように申し述べておくが、これは決して報復ではない。いわば、神が誤って俗世に落としたもうた聖女候補の魂を救済する、慈悲深き導きに他ならない。そして何より、マリアちゃん(7)という稀有な才覚を秘めた尊い美幼女が飢え死にの危機に瀕している現状を打破するための、崇高なる聖戦なのである。

 

 私は懐から最後の乾パンを取り出し、屈辱の塩味と共にひと齧りした。そして熱狂する群衆の中から、自ら女神の第一使徒を名乗り出て、その大柄な体で信徒の壁となっている男に、静かに狙いを定めた。神が最初の預言者を選んだ時も、きっとこのような心境だったに違いない。さあ我が最初の使徒よ。これからお前に偶像の正しい壊し方という、ありがたい福音を授けてやろう。

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