元枢機卿のTS聖女は怠けたい。 作:匿名
十七話
意識がゆっくりと浮上してくる。最後に感じたのは、全てを飲み込む『無』の奇妙な感触と、あの不合理な聖女候補の、実に迷惑千万な自己満足に満ちた微笑み──だったはずだ。
ならば、ここは天国だろうか。だとしたら随分と
視界に広がるのは、二度の人生で見飽きた貧しい農家の粗末な天井。 薄暗い部屋に差し込む朝日の中で舞い上がる埃《ほこり》が、まるで天国からの迎えを告げる天使の梯子のように、しかし実際は単なるハウスダストとして、きらきらと輝いている。
思考を巡らせるうち、頭の鈍痛と共に記憶が奔流のごとく蘇ってきた。教皇になる直前に死に、聖女として過労死し、やがては世界の終焉を見届けたはず……。しかし、妙だ。何か一つ、決定的に重要な記憶が、まるで難解な神学書の最終章、その結論だけが破り取られているかのような、実に知的好奇心を
「マリア? 大丈夫かい? まったく、自分の誕生日だからって、はしゃぎ過ぎて柱に頭をぶつけるなんて」
目の前の光景は、過去二度の人生で経験した「聖女候補」としての始まりと全く同じだ。質素な朝食を囲む、ありふれた貧しい家族の食卓。だが決定的に何かが違う。両親や兄姉が私に向ける視線には、かつて感じた「金の卵を産む鶏」を見るような、粘りつく打算の色がない。ただ少しばかり手のかかる末娘(目を離すと柱に頭をぶつけてひっくり返るお馬鹿さん)に向ける、ありふれた家族のそれだ。
私の内で、二つの思考が激しくせめぎ合う。
(妙な違和感があるが……しかしこれは……私が望んだものではないか? 教皇でもなく聖女でもなく、ただのマリアとして。このまま平穏に過ごせるのではないか?)
怠惰の悪魔が、甘美な言葉でそう囁く。
だが、あの『無』はどうなる。世界をまるごと飲み込みかねない、あの究極の面倒事を放置して、真の平穏などあり得るのか。
そして何より、アグネスの自己満足が気に食わない。あの不合理なまでの善意の塊は最後、私を生き永らえさせるためだけに『無』に飲まれた。あの自己中心的な自己犠牲をこの世界のどこかで、私以外の別の誰かに振り撒き続けているとしたら。
それは断じて許しがたい。
結論は出た。
真の平穏とは、全ての面倒事を排除した先にしか存在しない。ならば、あの災厄とやらにも決着をつけてやらねばなるまい。そのためには聖女という権威を借りるのが最も効率的であろう。ただし、聖女になるのは私である必要はない。あの善意の暴走機関車、アグネスこそが適役だ。彼女を聖女の座に押し上げ、私はその陰で安寧を貪る。パーフェクト。
どうせ今日が誕生日ならば、夕刻には教会の馬車が迎えに来るはずだ。ならば話は早い。再び聖都ルクスへと乗り込み、内部からこの世界の歪みを解明してやろう。今回に限っては、今までの不運すら追い風である。
しかし、私の完璧な計画は、実に間抜けな形で破綻した。
日が暮れるのを屋根裏部屋(悲しいかなここが末娘の寝室である)で待ち続けたが、いくら待てども、あの尊大で趣味の悪い純白の馬車が村の小道に現れることはなかったのだ。
痺れを切らした私は夕食の席で、さりげなく、しかし核心を突く質問を投げかけた。
「あの──お父さん、お母さん。今日、何か忘れていませんか? ほら、教会からのお迎えとか……聖女の話とか……」
両親はきょとんとした顔を見合わせた後、たまらずといったように笑い出した。
「マリア、お前は本当にプリマ様のお伽話が好きだよな。聖女に選ばれるのは簡単なことじゃないんだぞ」
「七つにもなって、まだ聖女様ごっこかよ」
兄姉からもからかわれる始末。
熱くなる顔とは逆に、私の背筋には冷たいものが伝っていた。
あり得ない。前の二回とは何かが違うのか。まさか生まれてから今に至るまで私は
焦燥感に駆られた私は、最後の手段に打って出る。一人きりの部屋の窓を開け放ち、夜空に向かって、これまで数々の奇跡を呼び起こしてきたあの聖なる言葉を、今度こそ明確な意志を持って囁く。これこそが私が聖女であるという、動かぬ証拠となるはずだった。
「――Maledicte!(クソッタレ!)」
――しかし、世界は応答しない。
これは実に奇妙な話だ。私の「クソッタレ」は、神学的に言えば、天地創造の際に神が仕込んだ、万物の理を問いただすための聖句であったはず。それがまるで、返事のない天上の法廷へ嘆願書を投げ込むがごとき虚しさで、夜空に吸い込まれていく。
私のラテン語の発音が、この地方の訛りに毒されて不明瞭となってしまったのだろうか?
ならば、より普遍的で、格調高い発音で試みるべきだろう。
「……Maledicte」
今度はねっとりと囁くように、しかし一音一音に意志を込めて。信仰心の足りぬ見習い神官に、典礼の何たるかを教え諭すように。
結果は同じであった。夜は静まり返り、聞こえるのは、私の高尚な問いかけとは何の関係もないコオロギの鳴き声だけ。これはもはや、神による意図的な黙殺と断定せざるを得ない。
よろしい。ならばこちらも相応の態度というものを見せてやらねばなるまい。
「Maledicte! 聞こえているのだろう! この世界の創造主たる御方は職務怠慢にも程があるぞ!」
私の怒りはついに、単なる不敬へと変質した。もはやこれまでだ。この世の神との不毛な争いに、いま終止符を打つ。私は窓枠に足をかけ、ありったけの知性と神への呪詛を込めて、両手の中指を天に叩きつけてやった。
「いいだろう! この私をただの村娘に
私が、自身の知性の全てを賭けて放った、壮大なる虚無への宣戦布告。その荘厳な瞬間は、しかし、実に即物的な形で中断された。
──ところで「冷や水を浴びせる」とはよく言ったものだ。議論が白熱し、収拾がつかなくなった際に、水を差してその勢いを削ぐ行為を指す、実に的を射た比喩表現である。だが、今この瞬間、私の頭上で執行されたのは比喩でも何でもない。純度百パーセント、正真正銘、物理的な『冷や水』であった。神学論争の歴史において、これほどまでに雄弁かつ野蛮な反論があっただろうか。いや、ない(反語)。我が母は、古代の哲学者ですら思いつかなかったであろう、最も直接的で、最も効果的な議論の終結方法を、いとも容易く実践してみせたのだ。
ずぶ濡れの髪のまま呆然と振り返ると、そこには鬼の形相の母が、空になった水差しを片手に立っていた。
「マリア! いい加減になさい! あなたももう七歳なんだから、明日からは鶏小屋の仕事を一番にやってもらいますよ」
「し、しごと……?」
私が最も忌み嫌うその言葉。それは聖女という特殊な責務とは全く質の異なる、逃れようのない日々の、単調で救いのない労働を意味していた。聖職者という高等遊民から、神の使いではなく鶏の使いっ走りに、その
力も、知識も、そして神とのホットラインすらも一方的に切断された私は、初めて真の「無力」を突きつけられた。
聖女として祭り上げられる地獄と、ただの無力な人間として労働を強いられる地獄。どちらがマシかと問われれば、少なくとも前者には、あのお転婆を
強烈な焦燥感と、これまで味わったことのない種類の絶望が、私の心を支配していた。