元枢機卿のTS聖女は怠けたい。   作:匿名

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二十八話

 生ける伝説とでも呼ぶべき老婆と視線が合ってしまい、気まずい時間にげんなりしていると、我々が通り抜けてきた石扉が、再び(きし)みながら開いた。

 

 雪原の部屋の冷気の中へ、新たな合格者の一団がなだれ込んでくる。その様相は異様というほかなかった。誰もが立派な体躯を持ち、黒い服にサングラスという、およそ聖女候補とは思えぬ統一された出で立ち。しかも全員が、先の暗闇でよほど無茶な進行をしたと見え、満身創痍であった。

 

 そんな傷だらけの男たちの中から、一人、まるで汚れを知らぬかのように背筋を伸ばした女性が姿を現す。黒地に金の刺繍が入ったドレス。きっちりと結い上げられた髪。彼女は自分の部下である黒服たちを一瞥(いちべつ)すると、扇子を一つ取り出し、ぱちりと開いた。

 

「二十人で入ったというのに、残ったのは私を含めてたったの四名? だらしないわねぇ」

 

 開いた扇子で、何度か優雅に風を送る。しかし、すぐにその動きが止まった。

 

「って、寒いじゃないの。何なのここは?」

 

 そこでようやく、彼女は円卓を囲む我々の存在に気が付いたらしい。その視線はプリマ、アベル、アグネス、筋肉コンビ、竜人、と順に値踏みするように流れ、最後に私のところでぴたりと止まった。

 

「あら、ごきげんよう。マリアさん」

 

 ──なんだと? 私は訝しむように視線を返した。なぜ、この女が私の名を知っているのか。

 

「これは失礼いたしましたわ。わたくし、ヴィオレッタ・バルベーラと申します。アジェンタムにて、ささやかながら商いを営んでおりますの」

 彼女は完璧な淑女の礼をしてみせる。

 

 商業都市アジェンタム。欲望の坩堝(るつぼ)。合点がいった。この女、あの街の裏社会を牛耳る女狐か。ならば、私の情報を掴んでいたとしても不思議ではない。

 

「それにしても、マリアさん。道中のライバルを大勢、カタコンベの方へと誘導してくださったとか。おかげさまで、想定よりずいぶんあっさりと、この聖女の座を頂けそうですわ。感謝いたします」

 

 扇子の奥で、瞳が明らかに笑っていた。あからさまな挑発である。腹立たしいことだが、相手は四人。こちらは六人。人数的には優勢だ。余裕をもって接してやればよい。

 私がこの高飛車な女狐にいかなる神学的皮肉を返してやろうかと言葉を選んでいると、あの忌まわしき声が響いた。

 

「さて、時間となりましたな」

 いつの間にか入ってきていたシメオン監督官が、後ろ手に石扉を閉める。

「最終試験、『聖女選挙』の会場へと移動しましょう。こちらですぞ」

 

 彼は楽しそうに、雪原の奥にある扉へと我々を促す。 扉の先は、先ほどの寒々しい場所とは打って変わって、よく暖房の行き届いた部屋であった。壁には大きな暖炉があり、燃え盛る炎がしっかりと部屋を暖めている。部屋の中央には円卓。更にその中心には、ぐつぐつと煮えたぎる巨大な鍋が一つ、湯気を立ち昇らせている。

 

「皆さま、第二次試験の突破、ご苦労様でした。さあ、どうぞお掛けになって。長時間にわたりお疲れでしょう。まずはこの鍋でもつつきながら、満足のいくまで投票を行おうではありませんか」

 

 シメオンが着席を促す。我々マリアチーム6名、ヴィオレッタ一行4名、そしていつの間にか席に着いていたプリマが円卓を囲む。

 

「ルールは至って簡単。得票率は、そうですねえ、ちょうど10人いますし、9割もあればよろしいでしょう」

 

 9割だと。正気か? あの地獄のように続いたコンクラーベでさえ三分の二で決まるというのに。

 

「時計回りに、この投票箱を回します。順番が来た方は、ご自分の信じる聖女の名を用紙に書き、箱に入れること。……ああ、それから」

 

 シメオンは、実に楽しそうに鍋を指さした。

 

「投票なさった方は、その都度、必ずこの鍋のスープを一杯、お召し上がりください。神への誓いとして、ね」

 

 そして彼は、悪魔の契約書を読み上げるように、最後のルールを付け加えた。

 

「得票率が9割を満たなかった場合、その投票用紙はすべて、あちらの暖炉で神聖なる火にくべ、浄化させていただきます。そしてもちろん、9割に達するまで、この神聖なる儀式を繰り返す。ただ、それだけのことです」

 

 最初は誰もが、そのルールの本当の恐ろしさに気づいていなかった。アグネスなどは「聖なる試練!」と高揚としており、バルガスに至っては「鍋! ありがてえ!」と目を輝かせている始末だ。

 

 やがて最初の一巡目が始まった。ヴィオレッタの部下である黒服の男が厳かに一票を投じ、おもむろにスープをすする。

 

 次の瞬間、男は「ゴベアァッ!?」と、およそ人間のものとは思えぬ悲鳴を上げた。「み、水……! 水を……!」 涙と鼻水と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、男が床を転げ回る。そしてシメオンから手渡されるのは湯気の立ち昇る白湯である。

 

 なんだ、これは。ただのスープではない。私の鼻腔を突いたのは、硫黄と、およそこの世のものとは思えぬほどの唐辛子の異臭。これは、地獄の釜の煮汁か何かか!

 

「さあ、次の方、どうぞ」シメオンは平然と投票箱を回す。

 

 阿鼻叫喚であった。バルガスが「魂が燃える!」と叫び、ザンギが「筋肉が溶ける」と泣き、アグネスは「神よ!」と祈りながら失神しかけている。アベルは「おお……生を感じる……!」などと桃色の吐息を漏らしていたが、論外である。私もひと匙口にしたが、以前アベルに飲まされたレッドスープよりも遥かに舌を焼いた。

 

 やがて、地獄の一巡目が終わる。 シメオンは集まった投票用紙を数えると、にこやかに立ち上がった。

 

「アグネスが6票に、ヴィオレッタが4票。残念です。得票率9割には到底及びませんな」

 

 そう言うと、彼は全ての投票用紙を、無慈悲にも暖炉の炎へと投げ入れた。

 

 ゴウッ、と異様な音を立てて紙が激しく燃え上がる。その瞬間、私は肌で感じた。暖炉の炎の勢いが、明らかに先ほどよりも増している。部屋の温度が、確実に一度上がった。強力な燃料となる特殊な用紙を使っているのか。

 いずれにせよ、大変なことになった。この投票戦は、人数的有利がまるで意味を成さないのである。

 

 私の額から、大量の汗が噴き出し始めていた。




いっぺんに推敲した為、戸惑っている方がいるかもしれません。
話の大筋に変わりはないので、お気になさらず!
ただ「ここすき」は大幅にズレてしまいました。まことにごめんなさい。
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