元枢機卿のTS聖女は怠けたい。 作:匿名
物事には相応というものがある。この異世界においても例外ではない。盗賊の相手は、屈強な傭兵の仕事。雨漏りの修理は、熟練の
では問おう。いま私の目の前に降り立った、この巨大な神話の断片とでも呼ぶべき厄災の対処は、いったい誰の仕事なのか? 少なくとも私の仕事ではない。断じてだ。私はただ、冷めゆくスープを前にして、この茶番が終わるのを待っていただけの、しがない七歳児なのである。
森の木々を
そんな絶望的な盤面を前に、私の思考は極めてシンプルな結論に達していた。「面倒くさい」である。
この茶番を一刻も早く終わらせ、冷め切ってしまったであろう我が昼食の席へと戻りたい。そのためには、最も手っ取り早く、そして最も効果的な手段を講じる他にあるまい。
私は迷わず天を仰ぎ、右の中指をすっと立てた。バルガスたちの「マリアちゃん、竜を挑発しちゃダメ……!」と息を飲む気配がしたが、知ったことか。
もうたくさんだった。盗賊だのドラゴンだの、いちいち私の平穏を脅かさないでいただきたい。
聖なる罵倒の言葉が、今にも喉からほとばしろうとする。まさに、その刹那であった。
「この子に……手出しはさせません!」
アグネスが、私の前に立ちはだかったのだ。彼女は私を背にかばい、やわな身体を震わせながらも、自らが盾となるべくドラゴンに向き直る。その瞳に宿るのは、奇跡への期待ではない。純粋な善意と、悲壮なまでの自己犠牲の覚悟であった。
「私は聖女候補アグネス! 神に仕えるこの身、ここで弱き者を守るために捧げられるのなら、悔いはありません! だからマリア、あなたは、逃げて……!」
私は完全に虚を突かれ、動きを止めた。
なんのつもりだ。飛び回るドラゴン相手に何の意味がある。逃げられるわけがなかろう。
思考が停止したのも束の間、私の
もし、私がここでいつものように「クソッタレ」を放ち、この巨大なトカゲを天罰の雷で黒焦げにしたらどうなるだろうか?
アグネスのこの自己犠牲的な言動はまずい。集団ヒステリーに
ここに新たな神学論争が勃発する。『竜の炎で肉体を焼かれることと、聖女の名のもと行われる過労の炎に魂を焼かれること、いずれがより救済に近いか』。実に興味深いテーマだが、残念ながら実地研究に付き合っている暇はない。それに私の答えは決まっている。どちらも究極的に面倒くさいことになる!
私は立てかけた中指を
我が思考の迷宮に、絶望の行き止まりは存在しない。それは常に、打算という隠し扉へと続いているのだ。思考を重ね、勝ち筋を見出し、広げていく。
先ほど導き出したように、この竜を物理的に排除するのは愚策中の愚策であろう。ならば、言葉で穏便に帰ってもらうのが、最小の労力で最大の平穏を得る唯一の道ではないか。その一点において、私と彼は共通しているのではないか。
私は、悲劇の引き金にかかっていた中指をゆっくりと下ろした。神よ、見ていますか。あなたの用意した
ふぅ、と一つ深いため息が漏れる。そして、自分を
「アグネス。少し黙っていてください。聖女の仕事は、犬死にすることではありません。むしろ、いかに犬死にを回避し、最大の平穏を享受するか。そこにこそ神学の
凛とした我が声に、アグネスは「え……?」と困惑の表情を浮かべた。
私は彼女の反応など意にも介さず、神話そのものであるドラゴンと、真正面から対峙する。恐ろしい巨体を前に、我が脳内ではドーパミンがとめどなく生成されている。運命の
「――偉大なる竜よ。あなたのそのお仕事、さぞ骨が折れることでしょうな?」