湿度が高いウマ 作:お試し
ウマ娘の彼女たちは走るために生まれてきた。そんな彼女たちをサポートし、走りの頂点へ導く役目を持った者達をトレーナーと呼ばれている。走ることにウマ生を捧げた彼女たちと共に頂点を目指すトレーナーは苦楽を共にし、その過程で固い絆で結ばれるという。とあるウマ娘によると匂いが合うトレーナーとは相性が良いらしい。
「…久しぶりだね…トレーナー」
「ッっ…ああ、ライツ…今はライツ博士か?」
「ライツでいいよ…もう、過ぎたことさ」
苦笑しながら、車椅子に乗ったウマ娘は自らの足をさすった。その行為は何ともない、思ってないと伝える行為だったのかもしれない。だが…その動作に、その行為を
そんな心境が顔に出ていたのか、彼女は無意識に震えていた自分の手を握り、ただゆっくりとそこにいた。そして彼女の家の中へ引かれていく。
「すまない…君の前から逃げてしまって…あの時は自分でも感情の整理ができなかったんだ」
「君のせいじゃない!俺が、俺がもっと前が詰まった時の対策を君にッ」
シュガーライツ…数年前のトゥインクル・シリーズで大怪我を負い引退したウマ娘。一時期ニュースで取り上げられ、よくある悲報の一つとして世に知れ渡ったのは過去の話…。
…彼女の輝きを、彼女の足を、彼女のウマ生を…走る意味を…全てを奪ったのは自分だ…あの時は新人だったなんて言い訳だ、彼女の専門トレーナーとしてやれることはもっとあったはずなんだ…
もっと輝くはずだった、彼女ならG1、もしかしたら凱旋門賞だって!
『ごめんねっトレー…ナーっ・・・一人に・・・してくれ・・・』
今でも覚えいる。普段から走るためにレポートや研究で注意しても目の下にクマを作りながら、時間を費やすライツが…小さく、とても消えてしまいそうにベットで泣いていた。怪我の直後で動かせない脚を、まだ希望があると思っていた時を、共にまたトレーニングをして返り咲く事を夢見ていた時を…医師から聞いた信じたくない現実を・・・トレーナーとして俺の口から伝えた時を…。
彼女は一人の少女だった
『ま、まってくれライツ!』
『…すまないトレーナー、私はもう走れない…君ならきっと、別な子を勝たせて』
『ッライツ!俺は君のッパアぁ・・・ぅぁ』
あの時…言葉にすべきだったんだ。俺は君のパートナーだって、例えどんなことがあっても俺が支えるって。
おまえのせいだ
彼女の瞳が怖かった 彼女の心が怖かった 彼女の人生を奪った自分が写った目を見れなかった。ライツはそんなこと言わない、知っている、でも…怖かった。一番つらいのは彼女なのに俺は自分可愛さに言葉にすらできなかった。
ライツがトレセン学園の門を出ていく時、俺はただ見ているだけだった…本当は辞表も用意していた。彼女が学園に荷物を取りに来る時、俺も一緒に行く予定だったんだ。胸元に用意して、あとは理事長室に持っていけばよかった。
でも…未だに俺はトレセン学園にいる。ライツからの最後の言葉は俺のバ倒じゃなかった、ただ別な子を勝たせてくれという優しい願いだったから。俺は最後までライツに甘えていた、今も、昔も。
「あれから互いに歳を取ったね、トレーナーの君も貫禄が出る男になった」
「俺なんてひよっこのままだよ…君は…変わらないな…あの頃のまんまだ」
「よしてくれ、もう30代になる女だよ」
「…頭がいいのは知ってたが、あれからすぐ博士号まで進んだな」
顔を赤らめたライツに心の底から変わらないなと、己の記憶と当てはめていく。あの頃と変わらない見た目、口調、優しい彼女の瞳…今ならちゃんと見ていられる。自分は歳を取ったが、そのおかげでここにいられるぐらいには成長できたのだろうか。
彼女が用意していたのだろう、客間にワインと二つのグラスが置かれている。彼女と向かい合うように座り、改めて彼女と対面する形となった。彼女が互いのグラスにワインを注いでいるのを眺めるように時が過ぎていくにつれ、彼女もあの頃とは違うのだなと、自分の内で現実を受け入れていくのを感じた。
「私が工学の方に進んだのは知っていたんだね」
「君のことは追ってはいたんだ…でも、自分から連絡する勇気が」
「ふふ…相変わらず変なところでヘタレだねトレーナー?」
「そうだな、俺は昔からヘタレだよ。ライツに会うのも、ライツから連絡が来なければ行く勇気も出なかった」
「でも…来てくれた」
「・・・ああ」
互いに赤いワインで口を潤しながら、元のトレーナーとウマ娘…パートナーに戻ったように時間が過ぎて行った。話が進むにつれ、現在担当している子の事を聞かれた。
「俺の担当してる子か…最近チームを組んでな、アストンマーチャン、ケイエスミラクル、メジロパーマー、ラインクラフト、それと…なんか流れでチーム入りしたスティルインラブ。どの子もいい脚してるが、なんというか一人一人しっかり見ないといけない子が多いな…特にアストンマーチャンはなんというか、彼女自身も言ってたがしっかり彼女を見ておかないと消えそうな雰囲気なんだ」
「そうか・・・トレーナーもチームを組むぐらいに能力を付けたんだね」
「トレーナー…ではないな。チームの子には全員、教官と呼んでもらうようにしてるし」
「…え」
ライツは驚いたようにトレーナーの言葉の真意を聞いた。
「俺をトレーナーと呼ぶのはライツ…君だけだ」
その言葉を認識した時、ライツの瞳は左右に揺れトレーナーを見ていられなかった。トレーナーもアルコールのせいで言わなくていいことを言った自覚もあり、瞳を気まずそうにそらした。言い訳のようにトレーナとしての仕事はしていると続けているが、ライツの頭には入ってこなかった。
「…少し、飲みすぎたようだ」
「あ、ああ…そのよう、だね。ベットがあるから横になりなよ」
「いやそれは」
「いいから…トレーナーが体を壊すのは見たくないな」
「っはいはい…ありがとう、少し横になるよライツ」
トレーナーは教えられた部屋までフラフラの足でゆっくり歩いていった。
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寝息が聞こえる部屋の中…暗闇の中でライツは見つめていた。
「ふふ…そうか、トレーナーも私と…」
トレーナーを愛おしいと、手で撫でていく。あの頃は恥ずかしく、口にも出せなかった思いが出てくる。
「好きだ、今も昔も…もうすぐだ、もうすぐ本当の愛を伝えられる」
まだ完成はしていない。データも足りていない、意識を移すまでは上手くいっているが…まだ足りない。トレセン学園に改めて協力してもらうことになるだろう、その時はまたトレーナーに会いに行く。
無意識に今はまともに動かない脚を握り潰すように握り続ける。
走れない私が嫌だった、走れない現実が許せなかった、走れない自分が情けなかった・・・でも一番いやだったのは…そんな姿を君に見られることだった。
あきらめられたらよかった
「・・・できないよっトレーナーッ」
走りたい…どこまでも走りたい。トレーナーと共に栄光を掴みたい。その思いが脚が駄目になっても消えないのだ、消したくないのだ。だから私にできる形で戻って来た。
「メカウマ娘が完成すればまた走れるから…また…走ってる私を愛してよ、トレーナー」
トレーナーの手に己の手を絡め夜が過ぎて行った。
チーム名『デルフィヌス』(いるか座)
「わたしの全力受け止めて♡」