リバース・プラネット   作:TT-24_ケンタ

1 / 6
第1話「君はそこにいた」

 人類に敵対する正体不明の自律兵器群「自動戦機」によって人類の大半は駆逐され、築き上げた文明と文化は失われた。

 

 生き延びた人々は空中都市「天界」へと逃れ、残された技術から対自動戦機有人兵器「巨人器」を開発。“英雄”を先頭に反撃を開始。

 尊い犠牲と引き換えに、自動戦機を撃退した。

 

 人々は自動戦機の残党を警戒しながら、失われた世界の探索を開始した。

 地上で発見した旧時代の遺産を再利用して「生存都市(ライブポリス)」を築き、人類の生存圏を再拡大する「再進出」の時代が訪れた。

 

 最後に都市が建設されてから数百年後、突如として人類の再出発の地であり中心地であった天界が滅亡。

 地上に残された都市は天界が空いた穴を埋めるように激しく争い始めた。

 

 天界国が滅亡した「天落の日」から17年後……

 

 

 

 廃墟の都市を巨人がゆく。

 その巨人は金属で構成された非生命体だった。シルエットは人間に見えたが、ボディは角張り、胴体は前後に荷物を下げたように膨らみ、その背中にはさらにカゴを背負っていた。

 人間の5倍前後の巨体に関わらず、ひび割れた街道に残す足跡は小さなものだった。

 ゆっくり歩いているように見えるが、歩幅1つは人間のそれよりはるかに大きい。人間のための都市だったものは瞬く間に過ぎ去っていく。

 それは人間が自分自身を拡大するために作られたマシン「巨人器」だった。かつては機械の敵と戦うため、今は素のままの人間を拒む都市外環境で活動するために用いられている。

 

 

 オルデルド・カーグルは探索/戦闘兼用巨人器の〈スタドルド〉を操縦し、採掘場から拠点船まで帰るところだった。

 操縦と言っても、巨人器は人間の運動機能を利用して動かすマシンだから、コックピットに外を映すモニターや四肢を操作するための操縦桿やペダルはない。非接触神経接続によって外部情報はダイレクトに得ることができ、器体操作も自分の身体を動かすのと同じ感覚だ。狭いコックピットを外から観察することができれば、オルデルドは座席に座っているだけに見えるだろう。

「今日は成果なしだな。まったく……」

《父親は気にしないだろう》

 拠点が近づいたことで漏れたオルデルドの悪態に、反応した〈声〉を知覚する。

 その〈声〉はオルデルドには自分の声のように聞こえたが、それは彼の声でも彼の脳内で行われる自問自答でもない。別の者の〈声〉だった。

 オルデルドが〈声〉の存在を知覚したのは年齢を片手の指で数えられる時だった。オルデルドの安全を気にかける〈声〉に救われて以来、十数年会話を続けている。

「ヘッラーウのことだよ。奴を宥めるのになんて言ったらいいか」

《堂々としていればいい、と父親が言っていただろう》

「奴の気まぐれで父さんの扱いが変わるのはか避けたい」

《では上手く採掘場の連中に責任転嫁するべきだな》

 今回の〈声〉の助言はあまり頼りにならなかった。〈声〉は世間知らずなところがあり、オルデルドの見えないもの、聞こえないものは〈声〉も知覚することができない。

 だがオルデルドにとって〈声〉は唯一の友人、兄弟、もう1人の父親、相棒……そんな関係を築いた相手だった。

 

 

 旧時代都市の廃墟が途切れると、簡易建築物が無造作に立ち並ぶ居住区に出た。

 ここは衛星区(サテライト)のルイスティン区。人類生活圏の辺境で発見された旧時代都市の廃墟に寄生し、それを解体・資源化している都市外民達の居住地だ。

 簡易設計の作業用巨人器とすれ違いながら、オルデルドは〈スタドルド〉を拠点船〈ファートバイゼ号〉へ向かわせた。旧時代都市を発見した探査船で、今では衛星区の中枢となっている。

 〈ファートバイゼ号〉の格納庫に入り、固定装置(ハンガー)に器体を固定する。器体システムを稼働状態から待機状態へ変更し、巨人器システムの拘束から逃れたオルデルドは、器体のハッチを開いてコックピットからキャットウォークへ降り立った。

 そのまま船内の一角にある父親の事務室へ向かう。運良くルイスティン区の代表のヘッラーウには遭遇しなかった。作業員いびりが趣味のヘッラーウに捕まると長い。

 狭く急な階段を上がって、船の背にある居住区の一角に事務室はあった。

 尋ねてから錆の浮いたどドアを開けて入室する。

「戻ったよ、父さん」

「異常はないか?」

 自分でまとめた資料に目を通していたオルデルドの父、プロクト・カーグルは振り返らずに言った。

「何も。事故もなし。器体損傷なし」

「お前のことだ」

 今度は椅子を回し、振り返って言った。

 プロクトは口調が固く、息子の身を心配する言葉もそうは聞こえない。

「うん、万全」

 もっとも常にコンディションを万全に保つことを父親から教え込まれたオルデルドが、身の心配をされる必要はないと考えているせいでもあった。

「今日も成果はなし。そろそろヘッラーウに何か言われるんじゃないか?」

 カーグル親子のここでの仕事は旧時代都市の資源化ではない。そこから発見される旧時代の遺物の正体を明らかにすることだった。

 旧時代の遺物(現物、データを問わない)は中身も問わず売れる。都市を資源化して得られる利益など比較にならないほどだ。しかしその中身を知り、しかるべき相手を選べばさらなる高値が付く。ここの代表が期待しているのはそれだった。

 プロクトは天界人だ。天界とは人類再出発の地であり中心地であった空中都市だが、数十年前に滅んだ。

天界人は技術に精通しているという幻想を抱かれている。その価値は旧時代遺物に並ぶほどだ。もっともプロクトが技術に精通しているのは本当だし、ここの代表は天界を知らない天界人であるオルデルドを父親のおまけで特別扱いすることに不満を抱いているだけ、強欲だが頭の回る方だった。

 オルデルドの仕事はプロクトの助手として採掘チームが見つけた旧時代遺物“かもしれない”ものを集めて運んでくることだった。それが本物であることは稀で、こうして出ない日も多い。

「奴は都市を更地にするまで俺達を切るつもりはない。そういう手合いだ」

 成果の出ない天界人の親子に、ヘッラーウはよからぬことを思いつくのではないか。そう心配するオルデルドに対してプロクトは冷静だった。

「心配なら奴の機嫌を取って期待させることを心掛けろ」

「わかった」

 プロクトは壁に固定された机に向き直り作業に戻った。

 オルデルドはプロクトを見る。そして自分と似ているところを探そうとした。だが親子どころか祖父と孫ほど歳の離れた髪は白く、髪色が自分と同じ赤か確かめる術はない。幼き日の記憶も曖昧だった。加齢と苦労が刻まれた肌は、天界人特有らしい自分の濃い肌の色と並べても同じには見えない。年齢の割に伸びた背筋と高さを保つ身長は、背の高い自分と親子であることを証明するものになるのか分からない。

 天界のこと、母親のこと。オルデルドの生まれについて黙して語らない父が本当に父親なのか、解消されない疑問だった。

 だが男手一つで自分を育てた高齢の父への恩義も尊敬も感じている。そんな人の終の住処に、強欲な代表が支配する世界の端の衛星区が相応しいとも思えなかった。

 ならばどうするべきか。オルデルドの思案は、1隻の船の来訪が契機となって終わりを告げるのだが、今それを知る術はなかった。

 

 食堂に自分と父親の分のプレートを返しに行った際、運悪くヘッラーウに捕まってしまった。

 このルイスティン区を開拓した代表は、古参の部下によるとかつては冒険心あふれる勇敢な若者であったらしい。

 そんな話を信じられる風体ではない相手に今日の成果ゼロという事実を、機嫌を崩さないよう上手く伝えると、ヘッラーウは新しい話を持ってきた。

「プロクト殿に伝えろ。お客人だとな」

「客人?」

 ルイスティン区に来る人間など、行く当てがない都市外民くらいのものだが。

「俺も知られるようになったわけだ」

 オルデルドの視線の中で、ヘッラーウはアクセサリーで重たくなった体をゆすってわざとらしく笑った。

 

 

 父と共に「客人」を迎える準備を整えると、ヘッラーウの部下が彼らを連れてきた。リーダーらしき男と、部下であろう男女の3人だ。

 リーダーの男はアガム・レスティムと名乗った。彼らレスティム研究隊は船で各地を巡った旧時代遺物を回収し、解析してしかるべき相手に売り込む事業をしているという。今プロクトがルイスティン区でやっている仕事の移動版みたいなものだ。違う点は天界国の遺物も含まれる点かもしれない。

 目的はスカウトか。だがヘッラーウに話を通した以上そうではないはず。

 応接室の補修跡だらけなソファーに机を挟んでプロクトとレスティムが触る。オルデルドとレスティムの部下2人は、それぞれのソファーの後ろに立った。

 相手を見る。都市外民としては普通の格好だ。着るものがバラバラで、何かしらの道具を複数携帯している。だがどこか不自然だ。都市外民を装っているようにも見える。

 気になったのはレスティムの部下の若い女だ。

 背は女性にしては高い(流石にオルデルドほどではなかったが)。若干幼さが残る顔つきで、肌は艶やか。黒い帽子の下、背中へと伸びる明るい茶色の髪は先端にいくにつれ波打っていた。肌は首や手しかあらわになっていないが、合わせて成形された服によりその身体つきはむしろ強調されていた。

(都市の女か……?)

 一番場違いだ。都市外民にこんな女はいない。もっとも、オルデルドに都市に入った記憶はないが。

 オルデルドは一つの仮説を立てた。レスティムはどこかの都市の有力者かその子息で、冒険心に駆られて旧時代遺物探索に出た。部下の若い女は愛人で、冒険にまで連れ回している。

 不意に女と目があった。彼女の瞳はいつか見た“夜の太陽”と月が反射する静謐な湖を思い出させた。

 微笑を返されても失礼な仮説を見透かされたような気分になり、平静を装うしかなかった。

「我々は先日、ある巨人器を発見しました」

 レスティムが本題に入った。オルデルドは女について考えるのはやめ、父とレスティムのやり取りに集中することにした。

「今まで同型器体の発見例がない巨人器です。形式から見て恐らく天界器士団のものかと。我々は解析を試みましたが、起動できなかったのです。そこで天界人であるあなたに助力を頼みたいのです」

 オルデルドの関心は天界人のこと、つまりプロクトがここにいるという情報をどこから得たかだ。ヘッラーウの口ぶりからして、商品の箔付けのため宣伝していたのかもしれない。利を独占するだけに飽き足らず、利を広げんとする。そういう欲を抱くならここにいることも考え直す時が来たのだろう。ルイスティン区は隠れ蓑に過ぎない。

「私は巨人器には詳しくない。他を当たるべきだ」

 プロクトはにべもなく断った。

 だが断られたレスティムは、その反応を予想していたかのように平然としていた。

 そして続ける。

「そうでしょうか。私の師はあなたほど巨人器に精通した人物はいないと仰られていましたが」

 瞬間、オルデルドは内心で身構えた。これは、脅しかあるいは。

 親子の緊張を感じ取ったのか、レスティムは両手を見せるように上げながら続けた。

「私の師は、ぜひ“あなた方”の協力が欲しいと仰っています。あらゆる礼を惜しまないとも」

 この男、いやこの男の師という人物は自分も知らない父の過去を知っているのか―――オルデルドは相手を測ることができずにいた。

「オルデルド」

 レスティムの言葉にも態度を変えずにいたプロクトが言った。

「なんだい父さん」

「少し出ていろ。終わったら呼ぶ」

「だが」

「出ていろ」

 相手の前では理由を聞いても無駄だろう。オルデルドは、父を正体の知れない相手の前に残すことを躊躇いつつも部屋を出た。

 

 

 オルデルドは落ち着かない気持ちで〈ファートバイゼ〉の甲板に出た。既に“太陽は暗くなり”月と並んでいた。

 ここからは旧時代都市もルイスティン区の居住区、その反対側の船(特記なき場合空を飛ぶものを指す)の発着場も見渡すことができた。

 発着場の船は3隻。形式はバラバラで、1隻は資材運搬船、1隻は物資輸送船だからもう1隻がレスティム研究隊の船だろう。工業都市と知られるハイペス市製の普及型で、よく見る船だから正体を推し量る材料にはならない。

《彼らは何者だろうな》

「わからない。突然押し入ってこないあたり今までの手合いとは違うようだが」

 〈声〉がオルデルドにだけ響き、それに返す。オルデルドの意思を〈声〉に伝えるには、頭の中で言葉を浮かべるだけではダメで、実際に発声する必要があった。側からは虚空の誰かの会話しているようにしか見えないため、緊急時を除けば〈声〉が響くのはオルデルドが1人の時だけだった。

《あの女を気に入ったようだな》

「……そういうのじゃない。ただ、こんなところにいる人間じゃないなと思っただけだ」

 〈声〉はオルデルドの視界からそう判断したようだ。

「父さんのことを知っているようだった。何か分からないか?」

《忘れたか?俺の見るもの、聞くものはお前と同じだ》

 話題を変えるため違う話を振るが、返ってきたのはオルデルドにとって分かりきった常識だった。

「だがお前は俺が小さい頃から……待った」

 開けたままのハッチから誰かが甲板に出てきたため〈声〉との会話を打ち切る。

「誰と話してたの?」

 よく通る声は、さっきのレスティムの部下の女だった。彼女は甲板に出て、軽やかな足取りでオルデルドに並んできた。

 どうも〈声〉とのやり取りが船内にまで聞こえていたらしい。迂闊だった。

「考える時の癖だよ」

 怪しく思われた時のための答えを返す。考え事には違いないから嘘は言っていない。

「そっちの隊長の話は済んだのか?」

「私も追い出されちゃった」

 彼女はなんでもないように言った。

「先生から聞いたわ。あなた、プロクト・カーグルさんの息子さんなんでしょ?」

「そうだが、お前は?」

「私はフェイリナ・アンリミル。巨人器の専門家よ」

 彼女の名を知った。オルデルドは彼女が巨人器の専門家を名乗ったことに少し驚いた。

「オルデルド・カーグルだ」

「オルデルドっていうんだ。うんうん、オルドって呼んでいい?」

「……子供の頃みたいな呼ばれ方だ」

 フェイリナは名乗られたことに満悦なようで、呼び方を提案してきた。オルデルドは年齢が一桁の頃の呼び方をされて、むず痒い気分になった。

 それよりも距離を詰めんとするフェイリナの意図が気になった。父の過去を知る連中の一員が、何か聞き出したいのか。

 逆に聞き出してやろうか。そう思った理由に彼女への興味が含まれると〈声〉に指摘されたら、オルデルドは否定しただろう。

「さっき言っていた先生というのは?」

「私たちの上司で、私の恩人なの」

「ここには来てないのか?」

「先生は忙しい人だから。レスティムさんが代わりを任されたの」

 レスティム研究隊、あるいはそう名乗る一隊はより大きな組織の一部であるらしい。やはり都市との関係は確実だろう。

《この女、レスティムの言っていた設定を守らないな》

 〈声〉の指摘の通りだ。レスティムも最初から都市外民の一隊という設定を守る気がないようだった。手の内を見せ、こちらに握らせて信頼させる。先生なる人物はよっぽど父の協力が欲しいらしい。

「ここって旧時代都市から採掘してるんでしょ?」

「都市から、というか都市をかな」

「都市の建物とかを資源にしてるの?それってお金にならないんじゃない?」

「それはへ……代表の考えることだからな」

「勿体無いなぁ。ちゃんと調べればいいのに」

 フェイリナの言うことも最もだった。旧時代都市にどんな人々が住んでいたのか、何があったのか、そういう歴史の探究など興味も持たれず、削り取っているのだから。

「旧時代に興味があるようだけど、専門は巨人器じゃないのか?」

「うん、そう。でも無関係ではないし」

 フェイリナは促されるでもなく話を続けた。

「天界国で巨人器が開発されたときに使われたのは旧時代に確立された技術だからね。でもそれは全部じゃなくて、人類が天界国に逃げるまでに失われた技術はいくつあるか分からなくて、そういう技術が旧時代の遺構には残っているかもしれないからね」

「そ、そうか」

 結構早口だ。これは面倒なものを引き出したかもしれない。

「あ、ごめん。このくらい知ってるよね?」

「ん?まあな」

 オルデルドの困惑を感じたか否か、フェイリナは話を打ち切った。巨人器が天界国で開発されたことは知っていたが、それ以前の歴史など興味の範疇外だった。だが正直に言うと話が長くなりそうなので知っていることにしておいた。

「ごめんね、知らない人も多くてさ。変だよね初歩の話なのに」

 専門家というのは確からしいと、オルデルドは豊かとは言えない対人経験から思った。

「オルドはここで何をしてるの?」

「父さんの助手として、旧時代都市を回って遺物らしいものを探してる」

「じゃあ巨人器に乗ってるんだ?」

「〈スタドルド〉にな」

「格納庫で見たよ。どこにでもあるよね」

 (自称)巨人器の専門家にとって、普及型の〈スタドルド〉は好奇の対象ではないらしい。その視線は、なぜかオルデルドの身体に注がれていた。

「何?」

「え?」

「視線……」

「え、ああっ。たくましいな、って思って。巨人器に乗って長い人って、独特の身体付きしてるらしいんだけど、知らないから気になって」

 ……。オルデルドは彼女の身体付きについて率直な感想を述べようかと思って、やめておいた。

 彼女と話していると、体内に落ち着かない欲求を感じる。空腹のときに食べ物を前にした感覚が近いかもしれない。

 だがその欲求に従うことを理性が咎めた。生きるのに荷物は少ない方がいいというのが父の教えだ。話が済めば父は速やかにここを離れると言うだろう。重荷は持つべきではない。

 体内に湧くものから目を逸らすように空を仰ぎ見て、

 

 月の中に船の影を見つけた。

 

 その影は急速に大きくなり、そこから小さな影がいくつも広がった。

 奇襲。爆撃。敵襲。

《伏せろ》

「っ!」

 〈声〉の警告。オルデルドはとっさに傍のフェイリナに飛びついた。反応しきれない彼女の後頭部と背中に手を回し、覆い被さるようにして甲板に伏せる。

 彼女の身体が強く触れる。

 ミサイルが着弾した。

 

 オルデルドにとって幸いだったのは、ミサイルの目標が〈ファートバイゼ〉の周囲であり直撃を免れたことだ。

 至近に直撃していれば、伏せたとしてもただでは済まなかった。

「怪我はないか?」

「え……うん」

 身を起こして、とっさに庇ったフェイリナが傷付いていないか確かめる。本人は突然の事態に放心状態のようで、起き上がっても自分の身体を抱くように腕を回していた。

「何が起こったの?」

「敵の襲撃だ」

「敵って?」

「分からない。都市か空賊か……」

《来るぞ》

「……来るぞ!」

 〈声〉の言うとおり、上空の襲撃者の浮遊船は急速に高度を下げてきた。流れるような外装で覆われた、フロントヘビーなシルエットの浮遊船。船尾には海洋生物を思わせる尾を持っていた。

 その浮遊船から人型のシルエットが複数放たれる。その一つがぐんぐんと大きくなり、オルデルド達の目の前、〈ファートバイゼ〉の甲板上に降り立った。

 ボリュームある胴体と細長い手足、一つ目の頭部からは口のように円筒形の噴出口が突き出している。右手には斧、左手には大盾を持っていた。その身長は7mを超える。背中からフックが外れ、空へと昇っていった。

「これって〈エンローグ〉?」

《船内へ入れ》

「こっちだ!」

 立ち尽くして目の前の巨人器の器体名をつぶやくフェイリナは、ある意味肝が据わっているのかもしれない。オルデルドは感想を抱きながら〈声〉の導きに従い、彼女の手を引き、船内へ駆け込んだ。

 直後、〈エンローグ〉が振り下ろした対装甲アックスが舷側通路を滅茶苦茶に破壊する。2人が逃げた方向と逆側が攻撃されたのはただの運だった。

「どうするの?」

「格納庫だ!」

 オルデルドは父の元へ向かいたかったが、その通路は破壊されてしまった。別ルートを通る余裕もない。格納庫へ向かい、巨人器に搭乗して父を回収する。危険だがやるしかない。

《反撃する気か?危険だ。船倉でやり過ごせ》

(父さんを見捨てられるか)

 今度は〈声〉の警告に反した。他に人がいるから、念じるだけで返答はできない。〈声〉はオルデルドの身を案じてくれるが、それは常にプロクトを含む何よりも優先された。オルデルドにとってそれは相容れない。

 フェイリナの手を引き、船内を降って行く。内外で破壊が繰り広げられ、不規則な轟音が響いていた。

 それにしても彼女は見た目から想像するよりずっと冷静だった。都市の女かと思ったが、実は違うのかもしれない。

 格納庫へ出た。ちょうど他の〈スタドルド〉が船外へ出て行くところだった。ヘッラーウは専門の警備部隊を編成しておらず、〈スタドルド〉は探査用であると共に衛星区警備の任も担っていた。

 オルデルドは自分用の〈スタドルド〉のもとに向かおうとして、フェイリナをどうするか悩んだ。一番安全な場所ならこの船の最奥部だが、そこまで連れて行く時間が惜しい。〈スタドルド〉に同乗させるにしても、いくら居住性に配慮した器体とはいえコックピットは狭い。先ほど庇った時よりもさらに密着して長時間過ごすことになる。ハッキリ言って落ち着かない。

 そもそも、自分がどこまで配慮するべきなのか。少し話したところで彼女は身内ではない。ここは1人で船の最奥部に行くよう言うべきか。

 オルデルドがそう結論付けたとき、金属がぶつかり、叩きつけられる轟音が響いた。ハッチへ目を向ければ、船外へ出ようとした〈スタドルド〉が待ち伏せしていた〈エンローグ〉に飛びかかられ、地面に倒されて対装甲アックスを叩きつけられてた。

 〈エンローグ〉は対装甲アックスを背中に吊るすと、反対側からレイルガンを抜いた。電磁気力によって弾丸を発射する遠距離武器、その巨人器用だ。人間からすれば大砲と言えるサイズがある。

《格納庫を出ろ》

「逃げるぞ!」

 〈スタドルド〉に乗り込む暇はない。オルデルドは再びフェイリナの手を引き、通路へ駆け込んだ。

 直後に〈エンローグ〉は格納庫内にレイルガンを撃ち込んだ。残っていた〈スタドルド〉が次々と破壊される。強化装甲を持つ巨人器も、停止状態では防御力を発揮できない。

 駆け込んだ通路は船外に近い。徐々に父から遠ざかってしまっている。この事態にオルデルドは無力だった。

 脅威に追い立てられて走り回る内に船外へ出るタラップまで辿り着いてしまった。外の様子を伺うと、襲撃者は居住区まで〈エンローグ〉を投下して破壊を繰り広げていた。

 直接視界のためのガラス張りのコックピットが特徴的な、作業用巨人器が逃げ惑っていた。それに〈エンローグ〉が近付き、怯えて後ずさる作業用巨人器を嘲る様に蹴り飛ばす。

 作業用巨人器に高度な対衝撃システムなどない。転倒させられれば搭乗者は怪我を避けられないだろう。身動きが取れない作業用巨人器に、〈エンローグ〉は見せつける様にレイルガンを構えて撃った。

 砕け散るガラス張りのコックピットから目を逸らせば、最初の攻撃を免れたであろう〈スタドルド〉が〈エンローグ〉に襲いかかっていた。レイルガンを大盾で防がれると、〈スタドルド〉は対装甲ブレードを抜き、小盾を構えて〈エンローグ〉へ接近した。

 対装甲ブレードと大盾が、対装甲アックスと小盾がぶつかり合う。2体の巨人器は互いに両手の武器をぶつけ合わせ、力比べに突入した。

 だが、不意に〈エンローグ〉の頭部にある2本の棒に炎が灯った。そして中央にある噴出口から燃料が噴射され、左右の炎によって着火される。

 〈エンローグ〉の特徴である頭部火炎放射器だった。火のついた粘性の強い燃料を吹きかけられ、〈スタドルド〉が堪らず後ずさる。その隙が見逃される筈がなく、振り下ろされた対装甲アックスによって胴体ごとコックピットが引き裂かれた。

 周囲では敵がなく手持ち無沙汰な〈エンローグ〉が、居住区を破壊し、逃げ惑う住人を火炎放射器で焼き払っていた。

 ルイスティン区の全体が破壊にさらされていた。安全な場所などない。いつ襲撃者の気まぐれな残虐性に晒されるか。

「ねえ、私達が乗ってきた船に避難しよう!」

 フェイリナが袖を引いて言った。だがその提案は妥当ではない。発着場のその船に着くまでに襲われたらお終いだ。彼女は緊急事態に対して、自分の知っている場所に逃げ込みたくなっただけだろう。

 だが、予想外の賛同者がいた。

《その女の船に行け》

「なに?」

 〈声〉だった。思わぬ言葉に、第三者がいるにも関わらず応答してしまう。

 〈声〉は何に優先してオルデルドの身を案じてくれる。その〈声〉が一見リスクのある提案をした。

 真意は分からない。だがオルデルドにとって付き合いの長い〈声〉は信頼できる身内だった。

「分かった、行こう」

「着いてきて!」

 フェイリナの〈声〉の2人に一言で返答する。船外へ飛び出した彼女へ続いた。

 地面に降り立つと〈ファートバイゼ〉の下を潜り、反対側の発着場へ向かう。幸いにも、襲撃者の巨人器はどれも破壊活動に夢中で人間2人には関心を払っていないようだった。

 見た目より緊急事態に強い彼女は、見た目より脚が早かった。流石にオルデルドは余裕があったが、都市の人間に抱く印象とは違った。

 いつどこから撃たれるか、ずいぶん長く感じたが、2人は目的の船まで辿り着いた。ハイペス市製の普及型輸送船だ。

 タラップを駆け上がり、船内へ飛び込む。全力疾走を終えたフェイリナは激しく息をしていて、顎先からは汗が垂れていた。

《格納庫へ》

「格納庫は?」

「え?真っ直ぐ行ったところだけど……」

 〈声〉の指示に視線を遮られる。フェイリナの指した通路の突き当たりへ走った。

「ちょっと、どうする気!?」

 問いかけを背に、ドアを開けて格納庫へ入る。巨人器にも対応した10mを超す天井の高さがある大空間だ。

 先ほどまでの喧騒が嘘のような静かな空間に、その器体はあった。

 絞られた胴体部と力強い四肢を持った人型のシルエット。複数種類のセンサーを備えた頭部の両側面にはブレード状のアンテナ・カバー。肩と腰の外部装甲のようなユニット。背中に取り付けられた一対の細長いパーツ。暗い灰色のボディーに白い装甲を取り付けた様な外観だった。

 見たことがないタイプの巨人器だ。〈スタドルド〉とも〈エンローグ〉とも異なる。強いて言うなら帝国や同盟の使う最新型巨人器に近いかもしれなかった。

「あれ、誰も、いない……」

 追いついてきたフェイリナが格納庫の様子を見渡して言った。さらに走らされて息切れしていた。

「あの器体は?」

「さっきレスティムさんが説明してた巨人器」

 オルデルドはレスティムの説明を思い起こした。彼らが発見した形式不明の巨人器で、恐らく天界器士団のものと思われる。起動できなかったため、天界人であるプロクトの助力を求めた器体。

「私たちは〈ファイトーム〉って呼んでる」

 オルデルドは巨人器〈ファイトーム〉を見上げた。

 なぜ〈声〉はここに導いたのか。疑問を口にする前に格納庫が振動した。

「この船が攻撃されてる?」

《あれに乗れ》

 狼狽するフェイリナを横に、〈声〉が新たな指示を出した。

 疑問は尽きない。だが10年以上の相棒を信じるしかない。

 オルデルドは〈ファイトーム〉の固定ケージへ駆け出した。

「どうする気?」

「乗る!」

「それは誰にも!……もしかして先生は……」

 固定ケージに取り付けられた細い階段を駆け上がる。その背後で、フェイリナが何か納得した様に呟いたのが聞こえた。

「ハッチは?」

《背中だ》

 器体の腰のあたりの足場に立ち、背中へ回り込む。人間でいう背中の中ほどにあるハッチのグリップを掴み開く。

 暗いコックピットの中は外から見た通り、〈スタドルド〉よりはるかに狭い。長期行動を想定しない戦闘用巨人器のコックピットだ。そこに体を滑り込ませ、ハッチを閉じると内部は真っ暗になった。

 ハッチの位置は違うが同じ天界国製巨人器ならば内装機器は〈スタドルド〉を踏襲している筈だ。腕をぶつけながらも感覚を頼りに起動スイッチを入れる。

 果たして。

 

 

 

 先を見通せない暗黒の空間。宙に浮くプラットフォームに立つディセアは、彼にしか分からない何かを感じ取り振り返った。

「むっ……?」

 視線の先、湾曲したプラットフォームの中心にあるのはマシンの残骸だった。頭部らしきものと四肢の接続部から、それがかつて人型をしていたとかろうじて分かる。その胸部には大剣が突き刺さっていた。

「どうした、相棒?」

 ディセアは残骸に問いかける。この空間に響くのはディセアの声だけだったが、ディセアは何かを得たようだった。

「まさか、兄弟が……?」

 返答はない。静寂だけがあった。

 

 

 

 光を潜る様な感覚の後、オルデルドの視界は固定ケージの足場より高い、床面から8mの位置にあった。人間本来の視線より遥かに高いが、恐怖も違和感もない。むしろ本来の身体のような感覚さえある。

 この巨人器〈ファイトーム〉は起動を果たし、今やオルデルドの身体そのものとなっていた。

 エネルギーは十分。

 固定ケージの拘束が解放され、一歩踏み出す。

 腕を動かし、手を握る。細部は異なるものの操縦感覚は〈スタドルド〉と同じだ。

 だが一つ、明確に違うことがあった。

 普段の内に何かが存在する感覚ではない。自らが内にいる、包まれている感覚。

 幼い頃から疑問を抱き、得られなかった答えがここにあった。

 〈声〉はこの巨人器のものだったのだ。

「お前は、ここにいたのか」

《そのようだ》

 〈声〉が答えた。いつもの平静な口調だが、どこか驚いている様子だった。

「自分で分からなかったのか?」

《そうだ。たった今知った》

「ではどうしてここに俺を連れてきた?」

《分からない。ただ、そうするべきだと》

 追及は格納庫のハッチがあげた悲鳴のような破裂音によって遮られた。

 複数のセンサーが捉えた外部情報が、オルデルドへダイレクトに伝達される。オルデルドは視線を格納庫のハッチへと向けた。敵がハッチを破り、格納庫に侵入しようとしている。

 ハッチが破壊されるのも時間の問題だ。すぐにでも敵は踏み込んでくる。この〈ファイトーム〉が本当に天界器士団の戦闘用巨人器ならば、人間にはない器官―――推進器や固定武装などが施されている可能性がある。それらを探る時間はないが、この不思議な巨人器には自意識がある。ならば本人に聞けばいい。

「武装はあるか?」

《無いようだ》

 無いと言われた。

《格闘戦で対処しろ》

「……分かった」

 こうなれば巨人器の基本性能だけで戦うしかない。〈スタドルド〉と同じだと、オルデルドは自分に言い聞かせた。

 ふと、足元へ視線を向ける。フェイリナが固定ケージの操作盤のもとにいた。先ほど固定を解除してくれたのは彼女だったようだ。

「隠れていろ」

 スピーカーを使い呼びかけると、彼女は格納庫から出る通路へと駆けて行った。駆け出す前、「気をつけて」と言ったのが音響センサーを介して分かった。

 器体をかがめ、タイミングを図る。

 振り下ろされた対装甲アックスがハッチを切り裂き、床に叩きつけられる。裂けたハッチから〈エンローグ〉が見えた。

 今だ。

 対装甲アックスを振り下ろした隙を晒した〈エンローグ〉へと飛びかかり、頭部を掴む。腕を伸ばして掴んだ頭部を押し出すのに合わせ、足払いをかける。

 〈エンローグ〉は半回転し、頭から地面へと激突した。その手から対装甲アックスがこぼれ落ちる。そのまま腹を打ちつけるように倒れ、土埃と破片が舞った。

 巨人器は搭乗者の認識を出力制御に利用している。搭乗者が備えれば出力を上昇させ、強化装甲や衝撃キャンセラーの効果が上がる。逆に言えば、認識外の衝撃にはキャンセルが追いつかず、衝撃をもろに受けるということだ。

 オルデルドがプロクトから教えられたち対巨人器格闘術の一つだった。衝撃によって巨人器の最も脆い部位、すなわち搭乗者を破壊する。

 倒した〈エンローグ〉は首関節が壊れて頭部が脱落していた。襲撃者は構造強化エネルギーの基本出力を低く設定しているようだ。ここまでしてエネルギーを節約したいならば所属は都市ではない。自由器士隊か空賊のような独立武装組織か。

 〈エンローグ〉の搭乗者は衝撃で動けないか気絶しているはずだし、動けても頭部が脱落した器体では視界が確保できないが、念を押してコックピットを潰すか四肢を切断しておきたい。しかし今の〈ファイトーム〉は非武装で、武装を拾ったところで認証ロックがかけられているから使えない。

《次が来るぞ》

 オルデルドが逡巡していると、〈ファイトーム〉のセンサーが照準波を捉え、肌を突いたような感覚としてオルデルドに伝達された。同時に、〈声〉が警告する。

 倒した〈エンローグ〉の腕を掴み、屈むと同時に引き上げて盾にする。低出力状態の強化装甲を弾丸が砕いく。

 もう1体の〈エンローグ〉だった。今盾にしている器体と共に発着場を襲撃していたのだろう。それが大盾を油断なく構え、レイルガンを放ってきている。

 レイルガンの射撃が盾にされた味方に阻まれたことを見ると、その〈エンローグ〉はレイルガンを対装甲アックスに持ち替えた。同時に口火が灯り、近接戦闘の体制を整えて走り出す。

 来る。先ほどは奇襲が成功したが、今度は正面からの戦いだ。しかも相手は完全武装、こちらは素手。

 この状態ならば逃げろというのがプロクトの教えだった。だが、背後の船にはフェイリナがいる。置いて逃げた彼女が無事である保証はなかった。

 オルデルドの逡巡を察したように〈声〉が言った。

《武器を拾え》

「なに?」

 今の〈ファイトーム〉に襲撃者が使う武器の認証コードがあるはずもない。手にしたところで、対装甲アックスが反強化波を放つことはないし、レイルガンを撃つこともできない。

 だが、〈声〉の言うことだ。それに従って〈ファイトーム〉に乗った。ならば今度も信じよう。

 〈ファイトーム〉が盾にした器体を放し、対装甲アックスを拾い上げて立ち上がる。

 〈エンローグ〉は止まらない。使えない武器を手にしたことを嘲っているようでもあった大盾を前に出し、対装甲アックスを振り上げる。

 動きを予測する。火炎放射器は使わない。大盾でこちらの武器を弾き、対装甲アックスを振り下ろすつもりだ。

 ならば―――

対装甲アックスを横薙ぎの姿勢で構える。頭を狙う位置だ。〈エンローグ〉が大盾を持ち上げて〈ファイトーム〉の攻撃に備えた。

〈エンローグ〉の頭部が大盾に遮られて見えなくなる。

 今

 〈ファイトーム〉が大盾側へと転がるように飛び込む。

 〈エンローグ〉が大盾をずらし、対装甲アックスを正面へ振り下ろす。

 巨人器用の巨大斧が地面を叩き割ったとき、〈ファイトーム〉は〈エンローグ〉の背後へと回り込んでいた。

 そのガラ空きの背中、コックピットブロックへ対装甲アックスを叩き込む。

 強化装甲と同原理にして真逆の効果により物体強度を低下させる近接戦闘兵装は、効果を発揮した。ブレードが〈エンローグ〉の背面装甲を引き裂き、その奥の搭乗者までも破壊する。

 搭乗する人間という重要パーツを失った〈エンローグ〉は、突進の勢いのまま正面へと倒れ込んだ。

 

 

 〈声〉の言う通りだった。どういう訳か、〈ファイトーム〉は敵の武器を使うことができた。

 認証システムもかけない杜撰な武装組織なのか、それとも別の何かか。

 オルデルドの考えは、〈ファイトーム〉のセンサーが伝える新たな脅威に中断された。

《敵の船が戻ってきたぞ》

「くっ……!」

 ルイスティン区を爆撃し、巨人器を投下した襲撃者の浮遊船が再接近してきた。上空に船首から船尾へ窄まるようなシルエットを持つ、緑灰色と黒色の毒々しいストライプに塗られた船だ。

 浮遊船に空中から撃たレーレイ区ば今度こそ終わりだ。火力も防御力も浮遊船に分があり、巨人器のレイルガンでは有効打を与えられない。

 オルデルドは〈ファイトーム〉を発着場の船の影に隠した。こうなれば見つからないことを祈るしかない。

 浮遊船が発する音が徐々に大きくなり、やがて小さく転じていった。

 恐る恐る〈ファイトーム〉の頭を出すと、浮遊船は高度を上げながらルイスティン区を離れるコースに入った。その船尾からは無数のワイヤーが伸び、その先に巨人器を吊り下げていた。

 どうやら引き上げるらしい。

 オルデルドは助かったと思うと同時に疑問を抱いた。襲撃者は何のためにルイスティン区を襲い、どうして引き上げたのか。

「まさか……父さん!」

《まだ危険だ》

 オルデルドは〈声〉の警告を無視し、〈ファイトーム〉を飛び出させた。

 拠点船〈ファートバイゼ号〉へ急がなくては。

 

 

 〈ファートバイゼ号〉は浮遊機関を破壊されて航行不能となり、武装も破壊されていたがそれ以外に目立った損傷はなかった。それがオルデルドの不安を大きくする。

 〈ファイトーム〉で船の甲板へとよじ登り、船内へ入るハッチの近くで膝をつかせる。器体システムを停止させ、ハッチを開けて甲板は降り立つ。

 船内を進む。途中、ヘッラーウの死体を見た。全身を銃で撃たれていたが、装飾品はそのままだった。

 悪い予感を無視するようにヘッラーウを無視して進む。応接室に着いた。扉は開けたままで、嫌な臭いがした。

 応接室は血の海になっていた。人間が数名、血の中に横たわっていた。

 その中にプロクトはいなかった。代わりにレスティムを見つけた。駆け寄ると、まだ息があった。

「おい!しっかりしろ!」

「君か……」

「なにが……父さんはどこへ?」

「奴らに……連れて行か……れた。数も武装も……奴らが……」

 レスティムはそこから喋らなくなった。手には弾切れの拳銃が握られていた。

 

 

 襲撃者の素性は分かった。

 オルデルドはレスティム隊の船のところまで戻り、最初に倒した〈エンローグ〉を調べると搭乗者は生きていた。気絶していたそいつを引きずり出して叩き起こすと、吠えてきたので〈エンローグ〉の装甲に叩きつけて素直にさせた。

 バナディツ空賊団。そう所属を名乗った。そいつはそこに雇われた自由器士崩れらしい。

 有力な空賊団として噂を聞いたことがある。このあたりは活動域ではなかったはずだが、わざわざ遠征してきたようだ。

 目的は天界人の身柄。すなわち、オルデルドの父プロクト・カーグルのことだった。

 オルデルドはすぐにでも後を追いたかった。

 だが、父を守ろうとして死んだ者たちを放置することはできなかった。

 

 ルイスティン区の片隅、ここで死んだ者のための埋葬地に簡易な墓標が増えた。

 〈ファイトーム〉も使ったとはいえ、レスティム達を運び出して埋葬を終えた頃には夜明けが近い時間になってしまった。

 だんだんと“太陽が明るく”なってきた。

「ありがとう。みんなを弔ってくれて」

 オルデルドの隣に立つフェイリナが口を開いた。

 空賊団の襲撃時、その狙いがプロクトの身柄であることを察したレスティムは部下達を集結させた。だが結果として生き残ったのは別行動をとっていたフェイリナ1人だった。

「父さんを守ろうとした人達を放っておいたら、父さんの名誉に関わるからな。情けない息子にはなりたくない」

 オルデルドの返答に、フェイリナは目を丸くした。

「オルドって、器士みたいなこと言うね?」

「そうか?ただ、父さんの息子として恥じないようにしているだけだが……」

「それが器士みたいなの」

 フェイリナは控えめに笑った。

 器士。都市の武装組織である器士団に属し、巨人器に搭乗する者。巨人器に乗る都市外民とは違う、都市の花形職業だ。

 もしかしたら父は本当に天界国で器士たったのかもしれないとオルデルドは思った。だが、それを問う相手はいまここにいない。

 それと別に気になるのは、彼女が器士について知っていることだ。都市外民が器士の人柄について知っているわけがない。少なくとも、穏便な関わり方はしないはずだ。

「器士を知っているなんて、お前……いやお前達は都市の人間だな?」

「えっ……?そんなことないよ……?」

「誤魔化せてないぞ」

 フェイリナの視線は泳いでいて、誤魔化そうとしているのが明らかだった。

 父の存在が都市に嗅ぎつけられたことは分かった。どこかの都市か、それとも帝国か同盟か。これは、手に負えない事態になっているかもしれなかった。

 だとしても行動しないわけにはいかなかった。オルデルド・カーグルがプロクト・カーグルの息子であると自認するならば。

 弔いは済んだ。もう行かなければ。

 オルデルドが背後で膝をつく〈ファイトーム〉へ向かうため身を翻すと、フェイリナが引き留めた。

「どこへ行くの?」

「父さんを助けに行く」

 〈ファイトーム〉の背に周り、乗り込もうとしたオルデルドにフェイリナが駆け寄った。

「待って待って!それ持ってくつもり?」

「……俺の巨人器だが?」

「いやいやいや、私たちの所有物なんだけど?」

「……俺が動かせるから俺のものだが?」

 苦しい理屈なのは分かっているが、ようやく見つけた相棒の体を他人に預ける気はなかった。それ以上に、オルデルドは〈ファイトーム〉に対する言葉にできない執着心を感じていた。

「じゃあこうしよう!〈ファイトーム〉を貸してあげるから、データを取らせて」

「……自分のものを借りるとは?」

《俺はお前のものではないが?》

 〈声〉が挟まってきた。今返事できないから話しかけるな、とオルデルドは心に浮かべた。当然だが〈声〉には伝わらない。

「器体の調整もやってあげる。〈スタドルド〉とはわけが違う器体なのはわかるでしょ?」

 フェイリナの説得は続いた。確かに、オルデルドが搭乗したことがある巨人器は〈スタドルド〉かその亜種程度だ。天界器士団の高性能巨人器と思われる〈ファイトーム〉を扱う知識はない。彼女にその技能があれば助けになるかもしれない。

 だが、都市と関わるつもりはなかった。たとえ彼女が正直でも、彼女が所属する都市が一都市外民との約束を重視する保証はない。

《彼女の言うことももっともだ。父親を助けたければ手段を選ぶな》

 しかし〈声〉の意見は違った。

《お前1人でどうにかできる状況ではない。使えるものは利用しろ》

 〈声〉には珍しい強い口調だった。オルデルドが無謀な選択をしようとするときの口調だ。

 分かっている。父から戦闘訓練を受けたとはいえ、オルデルドは戦いを生業としてきた人間ではない。相手は有力な空賊組織で、敵はそれだけに留まらないかもしれない。

 1人で行くにしろ、彼女と行くにしろ、無謀なのは変わりない。オルデルドは自棄にも似た決意を新たにし、フェイリナの瞳に視線を戻した。

「分かった。いいだろう。手を貸してもらうから、データでも何でも好きにすればいい」

「……ありがとう!よろしくね!」

 フェイリナは説得が受け入れられたことに笑って、オルデルドの手を取った。しっとりとした手を振り払わないのは協力の証だった。

 “太陽は明るくなり”すっかりと朝になっていた。

 その明るさが前途を表しているのか、オルデルドにはまるで分からなかった。

 

 

 

第1話「君はそこにいた」 了

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。