リバース・プラネット   作:TT-24_ケンタ

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第2話「ただ 自分自身のために」

 機械の残骸を見つめつつ、ディセアは不動のまま待っていた。

 その背後に、人の気配が現れた。

「こんな時間に何のようだディセア」

 ディセアの立つ浮遊足場に、別の浮遊足場が近づいた。そこに立つ男は長身で、歳を重ねていたが、自分の年齢を忘れているかのような自信と覇気を纏っていた。知っている者が見れば、そのくたびれた制服が天界器士団のものだとわかるだろう。

「来たか」

「来たかじゃない。何時だと思っている」

 その男、キリヤリオは腕を組み、あからさまに不機嫌な態度をとって見せた。だが、すぐにニヤリと面白そうに笑った。

「しかし珍しいな。お前が呼びつけるなんて。何があった?」

「……朗報だ」

 ディセアは振り返って言った。そこに新たな浮遊足場が人1人を乗せて現れた。

「お待たせしました、ディセア」

「遅いぞ爆乳ババア。若作りに時間をかけすぎだ」

「私がババアならお前はジジイだ人斬り馬鹿」

 その女、ゾディレンはあからさまに怒ってみせるでもなく言い返した。キリヤリオの罵倒の後半とは反対に、ソディレンは顔も身体も若々しい女だった。

「それで、要件は」

 ゾディレンはキリヤリオを無視してディセアに本題を促した。

「“兄弟”が目覚めた」

「本当か?お前の妄想じゃないのか?」

「ほう……」

 キリヤリオは懐疑的な、ソディレンは興味深そうな反応を示した。

「“相棒”に反応があった。間違いはない」

 キリヤリオとソディレンは、ディセアの背後にある残骸に視線を向けた。もっともその〈声〉の響きはディセアにしか聞くことができない。正気か、狂気か、判断する術を2人は持たなかったが、それでもディセアに従っていた。

「インファズ」

「はい」

 ディセアに名を呼ばれ3人目が返事をした。その男もまた浮遊足場に立ち、いつのまにか彼らの元にいた。細身で、鋭利な印象の若い男だった。

「情報を集め、兄弟を探し出せ」

「了解」

 インファズは頷いた。

「お前達も備えておけ」

「いいだろう」

「わかりました」

 キリヤリオとソディレンもそれぞれ頷いた。

 そして

「これだけか?」

「ああ」

「昼になってからでよかっただろ。……帰って寝る」

「では」

「ごきげんよう、ディセア」

 3人は去り、この空間にいる人間は再びディセアだけになった。

 

 

 

 巨人器の専門家を自称する都市市民の美女フェイリナ・アンリミルと手を組み、誘拐された父プロクトを助けに行くと決めたオルデルドは早速行動を開始した。

 まず足の確保。オルデルドが巨人器〈ファイトーム〉に搭乗して戦闘したことで破壊を免れた浮遊船が、ルイスティン区からの退避者を乗せここを離れるというので、船長に乗船希望を伝えると共にレーレイ区へ進路を取るよう要望した。

 レーレイ区は交易拠点だが、近郊にバナディツ空賊団の拠点がある。これも取り残された空賊団の自由器士崩れから聞き出したことだ。

つまり、誘拐された父はレーレイ区近傍の空賊団の拠点に連れて行かれた可能性が高かった。 

 ルイスティン区に大損害を与えた空賊団のナワバリにわざわざ近づくことを、当然ながら船長は嫌がったが、死亡したルイスティン区の代表ヘッラーウの金庫の鍵を渡してやると約束したら揚々と了承した。

 次は拠点船〈ファートバイゼ号〉の自室から荷物を回収した。父の分もだ。荷物といっても、父の教えにより常に最低限に留めている。

 格納庫から巨人器用装備も回収しておく。元より軽装備しかなく、先の襲撃で破壊されたものも多いが、巨人器用のレイルガンと弾倉、ナイフタイプの対装甲ブレードを回収した。それと、〈ファイトーム〉に被せる外套もだ。あの器体のシルエットは都市外ではかなり目立つ。

 最後に〈ファイトーム〉を載せてきた浮遊船から、フェイリナを所持品ごと回収した。この女のシルエットも都市外では目立つ、とオルデルドは思った。

 船長は待機室付きの船倉を提供してきたので〈ファイトーム〉を載せ、2人して待機室に入る。携帯食糧をかじりながらフェイリナから〈ファイトーム〉についてのことを聞き出しつつ、船が出るのを待った。

 船が飛び立つと、オルデルドは待機室に2つある古いソファーにの片方に横になって寝た。襲撃のせいで一晩寝ていないのだ。

 船長の気が変わる危険もあったが、眠いので寝た。何かあれば〈声〉が知らせてくれるはずだ。

 

 

 オルデルドは目を覚ますと、異常がないことを確認した。反対側のソファーで眠るフェイリナも変わりない。

 時計を見ると4時間が経っていた。舷窓から船の外を見ると、人の世界ではない剥き出しの自然が広がっていた。

 まだ眠っているフェイリナには触れず、待機室を出て船倉へ入る。そこには〈ファイトーム〉が佇んでいた。オルデルドが今持ちうる唯一の戦力であり、幼少期から響く〈声〉の源であり、自分とフェイリナを繋ぐ巨人器だ。今は外套を被せ、細くも力強い器体を隠していた。

 器体の正面へと回り込む。複数種のセンサーを備え、側頭部にブレード状のアンテナカバーを持つ頭部を見つめた。

《起きたか。4時間しか寝てないぞ》

 〈声〉が響いた。この〈声〉がファイトームからしていることを知ったのはつい昨晩のことだった。

「この状況で眠れるか。それよりあいつが起きるまでに話したい」

 オルデルドが〈声〉意思を伝えるには頭の中で言葉を浮かべるだけでなく、実際に声に出す必要があった。そのため、誰もいない所でなければ会話ができない。

「フェイリナから聞いたが、この器体には内蔵武装と推進器が装備されているらしいな。なぜ使えない?」

 フェイリナ達はルイスティン区に持ち込む前に〈ファイトーム〉を調査しており、器体システムにはアクセスできなかったものの外観から機能や性能の推測を行っていた。

 それによると、両肩と両腰に装備された装甲のようなパーツは推進器であり、背部の細長い翼のようなユニットと両腕部装甲内には大小の対装甲ブレードが内蔵されているらしい。

 だが、先の戦闘で搭乗した際、それら装備が使える感覚はなかった。

 〈ファイトーム〉が全機能を発揮すれば、この先の戦いも勝ちやすくなるかもしれない。だが

《分からない》

 〈声〉の回答はなんとも期待外れなものだった。

「分からないとはどういう意味だ」

《確かに俺の意識はこの器体と共にある。だが器体の状態も機能も分からない。当然動かせない。知ることができるのはお前を通して知ったものだけだ》

 何と。他者の肉体を通した時は寝ていても知覚できるくせに、自分の器体には何もできないらしい。

「つまり内蔵機能は使えないのか」

《現状は》

「……外す。使えないならただの重りだ」

《待て。絶対にやめろ》

 〈声〉の口調には焦りと怒りのようなニュアンスが混じっていた。非常に珍しいことだ。

「使えないんだろ?」

《お前は合意なく服を脱がされて気分がいいか?髪の毛を全て引っこ抜かれて誇らしいか?》

 〈声〉にとっては尊厳の問題らしい。初めて必死に捲し立てられ、オルデルドは失笑を堪えた。

 〈ファイトーム〉は機械だ。それに〈声〉が宿っていると知っても、オルデルドは〈声〉機械や道具だと思うことはなかった。

「わかった。そのままにしよう」

 使えない装備を抱えたままにするのは無謀だったが、そこには単身父を救わんとすることと似た心理があった。

《この器体について知りたければ、彼女と調べてみろ》

 タイミングよく、目を覚ましたフェイリナが船倉へと出てきた。

 

 

「シャワー浴びたい……借りられない?」

 開口一番、フェイリナはそんなことを言った。少し不満げなのは身体を洗えていないからだろうか。

「金を払えば……でもお前はやめておいた方が」

「どうして?」

「……金以外のものも要求されそうだから」

 オルデルドは彼女から目線を逸らしながら言った。船に乗り込む時の船員の視線は危ないものがあった。

「そっか」

 理解しているか不明だったが、諦めたようだった。だが今までより距離を取られている気がする。

「……匂わない?」

「別に?都市外民の男どもの比べれば」

 オルデルドは清潔を重んじていたが、都市外民の中には風呂やシャワーの頻度が低い者が少なくない。彼らの体臭に比べれば無臭と言ってもよかった。恐らくフェイリナは都市で毎日入浴できるような生活を送っていて、昨日から入れていないことを気にしているのだろう。

「ならいいや」

 フェイリナはいつもの表情に戻ると、オルデルドの隣に立った。

「レーレイ区に着くまでに〈ファイトーム〉を調べたい。特に内蔵機能が使えないかどうか」

「いいけど、私たちも八方手を尽くしてシステムにはアクセスできなかったんだよ?」

「俺が乗ったら動いたから、俺が操作する。後ろから指示してくれ」

「それ、いい手だね!」

 フェイリナの同意を得られたので早速取り掛かる。危ないため一度〈ファイトーム〉を動かし、船倉の床に両脚を投げ出し、両手で器体を支える姿勢にして停止させた。器体を待機モードにし、ハッチを開く。

 後ろから覗き込むフェイリナの指示に従い、コックピットにあるシステムモニターを操作する。

 モニターの表示はオルデルドにはかろうじてわかるものが少し、全く分からないものがほとんどだった。

 それは〈声〉も同じらしい。フェイリナがいるため黙ったままだ。

 その彼女にはよく分かるらしく「下げて」「戻して」「なるほど」「へぇ」「えぇ〜?」などと指示を出しつつ感嘆をあげていた。巨人器の専門家というのは本当なのかもしれない。

 それはいい。それはいいのだが。

「なあ」

「ん?なに?」

「くっつきすぎじゃないか?」

 1人用の狭いコックピットでフェイリナがモニターを覗き込むには、オルデルドに密着しなければならなかった。結果、オルデルドは背中に柔らかな感触を感じながら作業することになっていた。それと、顔も近い。

「……嫌?」

「嫌じゃないが」

「ならいんじゃない?」

 フェイリナはなんでもないように言い、指示に戻った。結局オルデルドは密着されたまま作業を終えなければならなかった。

 

 

 一通りのシステムチェックを終え、オルデルドも背中の感触から解放された。

 待機室に戻り、フェイリナの所見を聞く。

 それによると、〈ファイトーム〉は全くの初期状態であるらしい。即ち、巨人器としての基本機能──身体感覚相互連動拡張操縦機能しか備えていないということだ。

 両肩と両腰の推進器や、ウイングや両腕部な内蔵兵装はそもそもドライバが存在しないため使用不能。加えて、レイルガンの射撃管制システムや格闘戦の支援システムすら備えていないらしい。

「つまり、今の〈ファイトーム〉は質のいい〈スタドルド〉程度の性能しかないってこと」

 フェイリナはそう結論付けた。

「〈スタドルド〉くらいの性能はあるんだな?」

「そうだけど、それはつまりまともな戦闘に耐えられないってこと」

「敵は〈エンローグ〉だ。勝てない相手じゃない」

「敵が1〜2体で奇襲できればね。でも集団で射撃戦になれば勝ち目はないよ」

 フェイリナは先程までと打って変わって深刻な様子だった。

「どうしてあなたにしか起動できないのか、それも分からなかった。ハッキリ言って実戦で使っていい巨人器じゃない」

 キッパリと断言するフェイリナに、オルデルドは場違いな感想を抱いていた。

(彼女、こんな真剣な顔をするんだな)

 いきなりあだ名で呼んだり、胸を押し付けてきたり、軽い女という認識だった。しかし巨人器の専門家という自認のもと、仕事には真剣なようだ。

「ドライバを組んで内蔵装備を使えるようにするにもゼロからになるから時間がかかる……数ヶ月は。現実的じゃない。そこで、提案があるの」

「聞こう」

「先生……私の上司の人に連絡を付けて、実戦部隊を派遣してもらう。あなたのお父さんの救出は彼らに任せる。オルドには私たちのところへ来て〈ファイトーム〉の解析に協力してもらわなくちゃいけなくなるけど、でも先生ならそれで手を打ってくれるはず」

 それは魅力的な提案に聞こえた。〈ファイトーム〉は期待した強力な巨人器ではなかった。相手は武名を馳せる空賊団。1人で戦える相手じゃない。とにかく父を助け出してしまえば、その後はどうとでもなる。

 だが。

「ダメだ」

「どうして?この後の生活のことなら、先生の力なら衣食住も保証してもらえるはず」

「お前の案じゃ遅すぎる。……空賊は父の身柄を誰かに引き渡すはずだ。そうなったら遅い。行方を追うのが難しくなる」

 それにまだお前のことを信用したわけじゃない、とは付け加えずに飲み込んだ。

「それは……でも、今の〈ファイトーム〉で戦うのは無茶だよ」

 オルデルドの懸念を彼女も理解したようだが、〈ファイトーム〉に対する懸念を譲るつもりはないようだ。

 オルデルドは時計を見た。レーレイ区まではまだかかる。

 今できることはもうない。オルデルドは身体を休めることにし、年季の入った固いソファーに寝転がった。

「着くまで寝る。……お前も寝た方がいい」

「でも……」

 オルデルドが目を閉じると、フェイリナは言葉を途切れさせた。。

 ソファーに腰を下ろす音がして、少しして身を横たえる音もして、やや不規則な船の稼働音だけが残った。

 

 

 

 

 船はレーレイ区へと到着した。

 レーレイ区は交易拠点として発展した衛星区(都市からの物資供給で確立する都市外居住区)だ。生存可能領域かつ浮遊船の発着に適した地形に、物資を集積し始めたのが始まりである。そこに都市外民が集まり、船乗りを相手にした商業を始め、その彼らを相手にした商業が始まり……という段階を踏んで発展した。

 レーレイ区の発展により新たな航行ルートが開拓され、従来ルート上の都市間抗争の影響を受けない物流が生まれた。レーレイ区の存在は複数の地域を繋げた。

 レーレイ区は簡易ながら数の多い浮遊船の発着パッドや大型の倉庫、多数のエナジカル・タンクが目立ち、人間用の居住区はそれらに張り付くように存在していた。

 だが、常に半数が埋まっていた浮遊船の発着場は空きが目立った。

 ルイスティン区からの退避船は、そんな状況下のレーレイ区へと着陸した。

 

 

 

 

 船長にヘッラーウの金庫の鍵を渡して別れを告げると、オルデルドは〈ファイトーム〉に乗り込んで船から降りた。その際、コンテナに詰めた巨人器用装備も降ろす。

 器体を巨人器の共用格納庫に預ける。船乗りは空賊と区別が曖昧な者も多いが、共用格納庫の管理人は内外に利権が絡む信用商売だ。目を離しても大丈夫だろう。ある程度は。

 器体から降りて、大きなキャリーケースを引っ張るフェイリナと合流する。

 何か言いたげな彼女に行動予定を告げようとしたとき、話しかけてくる者がいた。また女だった。

「そこの方」

「……何か?」

 フェイリナの前に出て、その女に対応する。整った容貌も多少くたびれているが器士団の制服らしき服装も都市外民らしからぬ女だった。

 それとも、ルイスティン区に籠っている間に世相はずいぶん変わったのだろうかと、オルデルドは背後のフェイリナに思いを馳せつつ冗談半分に考えた。

「私はセイリン。あなたの巨人器を見かけましたが、あなた、自由器士ですね?」

 自由器士。巨人器を駆る傭兵。都市の有する器士団に属する器士とは巨人器に乗り戦うという点を除けば真逆の存在だ。

 もちろんオルデルドは自由器士ではない。巨人器に乗って積極的に戦ったことは数えるほどしかないし、それで金銭を得たことはない。このセイリンと名乗った女は何か勘違いしているらしい。

「実力者とお見受けしました。ぜひ、私の上官に会っていただきたい」

 慇懃ながら自信満々で間違える女の出現に、オルデルドは不安を覚えた。

 

 

 セイリン“少尉”の上官はムダーシュ“大尉”と名乗った。

 階級を付けているが器士団ではなく、マネジメント業務や部隊指揮を受け持つ傭兵らしいと分かった。恐らくは器士団に所属していたが、脱走なりして傭兵になったのだろう。彼らの都市外民らしからぬ格好にも納得がいく。

 髭面で年齢が分かりにくいムダーシュの雄弁な語りを要約すると、一年前にバナディツ空賊団がレーレイ区近郊に拠点を構え、周囲を航行する浮遊船に略奪行為を働いた結果、レーレイ区に立ち寄る浮遊船が激減した。

 ここに暮らす人々や周辺地域の危機であり、レーレイ区の代表は空賊団の討伐を決意し、討伐部隊の編成と指揮のためムダーシュ達が雇われたのだということだ。彼の説明はこの3倍は長かった。

「我が副官は、君を実力ある器士と見た。ぜひ討伐隊に参加してもらいたい。活躍如何により報酬は弾もう」

 ムダーシュはそう締め括った。

 オルデルドとフェイリナは、彼らが作戦準備と指揮のため貸し与えられた宿の一室へと通されていた。

 フェイリナはオルデルドの後ろに立って対応を任せていたが、ムダーシュの長話に辟易しているのが滲み出ていた。

 空賊団を攻めるというなら渡りに船だ。1人で拠点に突撃するよりずっと成功率が上がる。だが、事情を明かしたところで彼らが父の救出に同調するとは限らなかった。

「……どう攻める気だ?場合によっては付き合う気はない」

「ふん、私の手腕を疑うか。まあいいだろう」

 ムダーシュはセイリンに指示し、地図を投影させた。そこにはレーレイ区と空賊団の拠点の周辺地形図が示されていた。オルデルドはすかさず地図に目を通し、できるだけ内容を記憶する。

 ムダーシュはレーレイ区より数キロ離れた山を指した。

「このマウント・ポートを空賊団は占領している。元々はレーレイ区の第二発着場として整備されていた山だが、奴らはそれに目を付けて奪い取った」

 セイリンが表示させた写真には、森の中に突出する岩が剥き出しになった台形の奇妙な山が写っていた。

「見ての通りマウント・ポートは守りに適している。地上から接近しようとすれば山の上から撃ち下ろされる。そして我々にはここに乗り込めるような装甲の船はない。そこでだ」

 ムダーシュは芝居がかかった動作で腕を広げた。

「私は長距離砲を用意させた。器士団が要塞攻略に使うものだ。空賊船が不在の内に長距離の曲射で空賊団を混乱させ、器士隊を突入させる。予想される空賊船の行動予定から、不在時を狙って作戦は明日実行する」

 オルデルドは焦りを覚えると共に、安堵も感じた。彼らは誘拐された被害者の存在など考慮せず、空賊団を攻撃するつもりだ。危険な状況であり、間に合ったとも言えた。

「君も突入隊に加わってくれ!」

「断る」

「なにっ?」

 オルデルドの鋭い拒絶に、ムダーシュは眉を顰めた。あからさまに不機嫌になる。

「俺は空賊団に誘拐された人質を追ってここにきた。そのプランは人質の存在を考慮していない」

「……そうか。気の毒だが、我々にはこの作戦しかない。この衛星区の安定と地域の交易を守るため、空賊団は叩き出さなければならない」

 ムダーシュは一度建てた作戦を修正するつもりはないらしい。そもそもオルデルドは彼が変心して協力してくれることを期待していなかった。

 時間との勝負だが、それは元からだ。

 オルデルドは身を翻し、宿の出口に向かった。

「待って、1人で行くつもり?」

「そう言った」

「無謀だって!」

「だとしても行く」

 ここにきて初めてフェイリナが口を開いてオルデルドを引き止めようとする。それがムダーシュの注意を引いた。

「待て!」

「いたっ!?」

 ムダーシュはフェイリナに駆け寄ると、彼女の腕を掴んで引き寄せた。険しい表情のセイリンも駆け寄り、捕らえたフェイリナを引き取る。

「行くのは勝手だ!だが“貴様の女”は預かる!私の作戦の邪魔などさせんからな!」

 その宣言にフェイリナは目を丸くした。つまりは人質宣言だった。

「……俺の女じゃない。勝手に着いてきただけだ」

「えっ……?」

 オルデルドはそう言って宿を出た。ムダーシュがまだ喚いていたが無視した。困惑したままの彼女ごと。

 

 

 一直線に共用格納庫へ向かい、〈ファイトーム〉へ乗り込む。持ってきたコンテナから武装を選ぶ。

《彼女を置いてきてよかったのか?》

 ここまで来て〈声〉が話しかけてきた。

「連中とやりあって、父さんを助けに行く邪魔をされたくない」

 答えながら武装を選ぶ。大したものはない。対装甲ナイフとショートバレルのレイルガンを選ぶ。そのまま〈ファイトーム〉で格納庫を出る。白い器体色は目立つが、改める暇はないため外套で補う。

 目指すはバナディツ空賊団の拠点、マウント・ポート。身長9メートルの巨人器を身体としたオルデルドは歩み出した。レーレイ区を出て、覚えた地図の通りに進む。すぐに森になったが、木は巨人器より若干低い程度だから迷わない。

《なぜ彼女が寝ているとき、手を出さなかった?》

「なんだ突然」

 〈声〉はいつもの調子のまま、雑談でもするように始めた。

《お前、彼女が寝るまで待ってただろ?》

「そういう関係の相手じゃない」

 〈声〉がこのようなことを言うのは初めてだった。

《そうでもないはずだ。彼女はお前に意図した身体接触をしてきた。あれはお誘いというやつだ》

「あいつは俺が〈ファイトーム〉を持ち逃げしないか不安なだけだ。だからあんな露骨なことをしてくる」

 オルデルドは以前、父目当てで近付いてきた若い女のことを思い出した。その女は半分自由器士隊、半分空賊のような組織の所属だった。どうなったかは言うまでもない。

《ならば応じてやればいい。円滑な協力関係が築けるだろう》

「……お前が俺に周りくどいことを言うな。つまりこれをやめさせたいんだな」

《そうだ》

 〈声〉はあっさりと肯定した。

《父親を助ける以前に、生きて帰れる可能性が低い。やる意味はない。今すぐ戻って、やはり無理だったと言え。そして彼女の提案を呑め。彼女に好きなように慰めてもらえ》

「俺に父さんを見捨てて女遊びをする情けない息子になれと言いたいのか」

 オルデルドの言葉には苛立ちがこもっていた。〈声〉が異論を唱えることなど珍しいことではないが、ここまで露骨な言い方はなかった。

《父親の息子であると自分に証明したければ、父親の教えを守って助けに行くな》

 だが、次の〈声〉にオルデルドは冷や水を浴びせられたようだった。思わず〈ファイトーム〉の歩みを止めてしまう。

 オルデルドの父、プロクトは様々な教えを息子に与えた。その一つに「俺の身に何かあっても、自分の身を守ることを最優先にしろ」というものがあった。今のオルデルドはそれを破っている。

《今のお前は父親の誘拐という事態に、自傷的な代償行動をとっているに過ぎない。無謀と知りながら助けに行くのも、好意を抱きながら女に手を出さないのも同じことだ》

 〈声〉はオルデルドの空虚をこじ開けて晒すかのようだった。

 誘拐された父のため、命を捨てて助けに行く。誘拐された父のため、女に手を出さない。

 分かっている。最初から。ただ、自分自身に対して証が欲しいだけだと。祖父と孫ほど歳の離れたあの人の息子であるという行動が。

 分かっているから、オルデルドは〈ファイトーム〉を再び歩ませた。

 数メートルの高さがある木々の間を縫うように走り、住居ほどはある高さの崖を滑り降り、人間が容易に流される川を歩いて渡り、断崖を駆け上がる。人間の5倍の大きさがある巨人器の機動力の賜物だった。

「フェイリナに言っていないことがある」

 しばらくして、オルデルドは会話を再開した。

「ルイスティン区の戦闘で〈ファイトーム〉は認証がかけられたはずの敵の武装を拾ってすぐに使えた。この器体には未知の部分がある。お前含めて、だが」

《それに賭けるのか。やはり無謀だな》

 空賊団の拠点マウント・ポートが近くなった。ここでオルデルドは一旦歩みを止めた。〈ファイトーム〉をしゃがませる。

《どうするつもりだ?》

 〈声〉が言った。オルデルドが応じないと分かって、もう引き返せとは言わない。

「空賊船が離れるのを待つ。討伐隊の情報によればもうすぐだ。奴らの保有する巨人器は20体ほどらしい。ルイスティン区が襲われた時、10体が空賊船から投下された。つまり居残りは10体だ」

《それでも1対10だ。離れた後は?》

「……あれだ」

 木々に埋もれて空を見ていたオルデルドは、目当てのものを見つけた。

 回転翼タイプの自動警備機(ドローン)だった。設定されたルート上を飛び、異常を検知して通報する。空賊団はこれによって拠点周辺の警戒を行っていた。

「あれを落として、様子を見にきた巨人器を倒す。繰り返して数を減らす」

《全器体で見にきたらどうする?》

「それなら好都合。拠点に突入する」

《1体1体潰している間に討伐隊が仕掛けるかもしれないぞ》

「……半分近くやったら行く」

 苦しい作戦なのは分かっている。敵が思う通りに動いてくれるとは限らない。

《それなら、俺に考えがある》

 〈声〉が考えを話し始めるとともに、マウント・ポートから空賊船が飛び立った。

 

 

 

 

 エッドは飛び立つ空賊船の後ろ姿を気だるげに眺めていた。

 エッドは元器士の自由器士だった。故郷の都市が近隣都市との抗争で苦戦して開いた徴募事務所の列に並んだのが始まりで、器士というには足りないものがあったが、器士団に属する巨人器乗りという点では一応は器士だった。

 所属部隊が敗北し、敵に投降するというところでエッドは逃げ出した。エッドが徴募事務所の列に並んだのは仕事がなかったからで、敵が捕虜を取らず殺していると聞けば降伏する覚悟などなかった。

 エッドの逃走から始まる混乱で部隊は投降に失敗したが、それは彼の知るところではなかった。逃げ出したエッドはあちこちを転々とし、今は仲介を通してバナディツ空賊団に所属している。

 空賊団は本来の団員と仲介を通した雇われで扱いに差があったが、その日をやり過ごせればよいエッドにとって大きな不満はなかった。こうして略奪に参加できず拠点の守りという貧乏くじでもだ。

『監視ドローンの信号が途絶した!エッド!暇してんだろ見てこい!』

 不満と言えば、拠点の留守を預かるワンディ隊長がスピーカーで怒鳴り散らかしてくることくらいだ。

 エッドは渋々格納庫へ向かい、〈エンローグ〉へと乗り込んだ。器士団時代と同じ器体というのが皮肉だった。

 浮遊船が1隻着地してもまだ余裕があるのがマウント・ポートの頂上だった。エッドの〈エンローグ〉は格納庫を出てゲートを潜り、斜面を下ってゆく。途中、防衛用の砲台とすれ違う。

 剥き出しの斜面を降りるとすぐに森に入る。そのままレイルガンと大盾を構え、監視ドローンの信号が途絶えた地点に向かった。

 どうせ故障だ。ドローンを新調すればこんな面倒したくて済むのに、とエッドは思った。

『エッド!状況報告をしろ!』

「こちらエッド、もうすぐドローンの信号途絶地点に着きまーす」

 通信で怒鳴るワンディに、エッドは適当な返事を返した。器士団に入った時の教官を思い出すから苦手な相手だ。

 目的地に着き、エッドの〈エンローグ〉は視線に被りそうな高さの木々の中でドローンを探した。ほどなく見つける。

 ドローンはボディから伸びるプロペラを支えるアームが千切れて墜落していた。その破壊部分は、ちょうどレイルガンで撃たれたような跡だった。

「なんだこれ……?」

 エッドはそれが何者かに撃ち落とされたものとは思い当たらず、また周囲の警戒もしなかった。彼の頭にあったのは、この仕事が早く終わってくれないかということだけだ。

 突如、視界が暗転する。

「なっ、なんだよ!?」

 エッドがただ困惑する合間に、器体の肩を掴まれる感覚。対応する間もなく、右肘から先が分断された感覚、右膝を貫かれた感覚がした。

 生身の人間のような、冷静さを吹き飛ばされるような痛みはない。だが視界、武器、機動力を奪われて、エッドは混乱の底に叩き込まれた。

 ここにきてようやく、エッドは自分が襲われていることに気付いた。さらに器体の全身を刻まれ、貫かれ、死が迫る感覚にエッドは恐怖した。

「たっ、助けて!誰か!」

 エッドは通信で叫んだ。叫んだ途端、ハッチを突き破って頭上から差し込まれた対装甲ナイフがエッドをあらゆる恐怖から解放した。

 

 

 

 〈ファイトーム〉に搭乗するオルデルドは、撃ち落とした警備ドローンの調査に来た空賊団の〈エンローグ〉を撃破した。

 1体で出てきて、しかも無警戒だったのは幸運だった。難なく背後を取り、頭部を対装甲ナイフで切り落として視界を奪い、続けて武器を持つ右腕と機動力の要である右脚を破壊して無力化に成功した。

 搭乗者を潰すのは救援要請を出させてからだったが、コックピット内を破壊せずに搭乗だけ潰すのは少し慎重にしなければならなかったが、成功した。

「これでどうだ……?」

 〈エンローグ〉のコックピット内に器体の指を突っ込むと、オルデルドは器体の通信機能を意識した。

『エッド!応答しろ!エッド!……総員戦闘準備!エッドが襲われた!3体、俺に続け!』

 やかましい男の声が通信に流れる。これは空賊団の通信だ。

 〈声〉の提案とは、空賊団の巨人器から通信システムと敵味方信号を奪うことだった。

 ルイスティン区の戦闘で〈ファイトーム〉が認証ロックのかかったはずの武装を使えたのは、認証キーを敵の巨人器のシステムからコピーしたからだった。〈ファイトーム〉にはかなり高度はシステム戦能力があるらしい。

 それを応用し、通信システムを奪ったのだ。

 〈ファイトーム〉について知らないと言っている〈声〉がこんな提案をできた理由を聞くと、

《ひらめきだ》

 と返された。器体について何も知らないと言っていた癖にこんなことをできたことも含め、オルデルドは追及を後回しにした。

 撃破した〈エンローグ〉の信号は〈ファイトーム〉のものとして生きている。オルデルドはその信号を止めた。

『エッドの信号途絶!急ぐぞ!』

 遅れて空賊団の指示が通信に飛ぶ。オルデルドはその場から離れ、山と麓で様子を伺った。その際に、対装甲アックスを奪っておく。

 程なく、拠点のゲートから4体の巨人器が飛び出してきた。これで拠点に残る巨人器は半数ほどのはずだ。

 脅威は頂上から撃ち下ろしてくる砲台だったが、これは問題ない。頃合いを見て、斜面を駆け上がる。

 砲台が見える。浮遊艦船用の連装レイル砲塔を地上転用したものだった。巨人器が装備すれば大きく機動性を削がれる規模のレイルガンを2門備え、それを連射できる危険な存在だ。

『敵だ!3番砲台、射撃しろ!』

 空賊団の通信が聞こえる。

 オルデルドは〈ファイトーム〉の敵味方信号を入れ直し、斜面を登り続ける。

 砲台が旋回、2本の砲身がこちらを向く。肌を刺されるような感覚は、〈ファイトーム〉のセンサーが捉えた照準だ。

『撃てない!撃てないぞ!どうなってるクソッ!』

 だが、砲台が発砲することはなかった。照準は追尾されていたが、なお発砲はない。

 〈声〉の作戦通りだった。敵から奪った敵味方信号により〈ファイトーム〉を空賊団の巨人器と認識した砲台は発砲できないでいる。敵味方識別に搭乗者の認識も絡む巨人器ならともかく、単に信号で敵味方を識別する砲台には撃てなかった。

 砲台に取り付き、照準装置をレイルガンで破壊し、旋回装置を対装甲アックスで引き裂く。これで砲台は無力化できた。砲台を乗り越えるとマウント・ポートの頂上だった。

《通信塔を破壊しろ》

 頂上は3分の2が空賊船の発着を行うエリアで、3分の1が居住区、格納庫、保管庫などだった。居住区の近くへ建つ通信塔にレイルガンを撃ち、破壊する。間に合っていれば、空賊団は空賊船へ救援要請をできない。

《格納庫へ急げ》

「分かっている!」

 オルデルドは〈ファイトーム〉を全速で走らせ、格納庫内へ飛び込んだ。

『敵っ!?』

 そこでは6体の〈エンローグ〉が動き出そうとしていたところだった。既に起動状態だった丸腰の〈エンローグ〉に対装甲アックスを叩き込み、固定ハンガーに収まり今搭乗者が乗り込んだ3体へ立て続けにレイルガンを撃ち込む。起動前の巨人器は、巨人器が携行する小型のレイルガンでも簡単に破壊できる。意図せずにルイスティン区の意趣返しになった。

『こいつ!』

『馬鹿、よせ!』

 残る2体の内、1体が格納庫内でありながら火炎放射を放った。至近だったので回避が遅れてしまったが、〈ファイトーム〉を隠す外套を盾にすることで直撃を免れた。

 着火された粘性の強い燃料を吹きかけられ、炎上する外套を放り捨てて格納庫の外へ転がり出る。

 格納庫から2体の〈エンローグ〉が出てきた。1体は武装がなく、1体は対装甲アックスを持っていた。炎上する格納庫から、空賊団の構成員が逃げ出すのが見えた。

『格納庫の中で火炎放射をする馬鹿がいるか!』

『こいつの相手が最優先だろうが!回り込め!』

 2体の〈エンローグ〉の搭乗者は先ほどから行為について揉めていたが、協力して〈ファイトーム〉と戦うようだった。左右に分かれ、前後から襲い掛かろうとする。

『こっちは燃料切れだ。囮になるからお前がやれ』

『よし分かった』

 相手は連携について通信していたが、それを敵に聞かれているとは露にも思わなかっただろう。

 先ほど火炎放射器を使用した丸腰の〈エンローグ〉が踊りかかってきた。通信通りなら燃料切れだが、口火を灯し、火炎放射をする構えだった。

 火炎放射を警戒したこちらが下がったところをもう1体が襲う算段だろう。だが、燃料切れは当の本人から聞いている。

 オルデルドは〈ファイトーム〉を丸腰の〈エンローグ〉に突進させた。相手はあからさまに狼狽えた動きをした。

『こ、こいつ!』

 対装甲アックスを振り下ろす。丸腰の〈エンローグ〉は思わず両腕をクロスさせたが、それで防げるはずもなかった。両腕ごと胴体を正面から切り裂かれ、〈エンローグ〉が崩れ落ちる。

『スディゴ!』

 残る1体が対装甲アックスを構えて突進してくる。だが、距離が遠い。オルデルドは振り返り、レイルガンを撃ち込む。怯んだところに接近して対装甲アックスをふるい、胴体を横一文字に切り裂いた。

 これで格納庫に残っていた〈エンローグ〉は全滅させた。残るは麓へ降りた4体だった。

 オルデルドは器体を翻し、ゲート付近の砲台へ飛びついた。そのまま〈ファイトーム〉の未知の力で砲台のコントロールを乗っ取る。

『スディゴ!バザル!アヘッジ!ヘナン!誰か応答しろ!』

 空賊団の通信にあのやかましい声が入った。巨人器の通信能力はそこまで高くなく、通信設備の中継がなければ明瞭な通信が難しくなる。麓へ降りた4体は状況を把握できないでいるようだ。

『戻るぞ!上で何かあったようだ』

 降りた4体が斜面を登る。オルデルドは砲台を操作し、射撃を開始した。

 大口径の砲弾が短い間隔で放たれ、まともにくらった〈エンローグ〉の両腕が千切れ飛び、転倒して斜面を転がっていった。

『何をする!撃つな!』

 拠点が襲撃され、砲台が乗っ取られているとは思いもしない隊長格が叫ぶ。その合間にもオルデルドは次の標的を砲台で撃った。今度は両脚を失った〈エンローグ〉が斜面を滑り落ちていった。

『クソッ敵だ!砲台の死角から登れ!』

 残る2体が左右に分かれる。せめてもう1体を撃破したかったが、死角に入られてしまった。

 オルデルドは砲台の使用を諦めて、登ってくる敵の迎撃に向かった。

 他の砲台も乗っ取られていることを恐れたのか、敵の迂回距離はそれほどでもなかった。壁を乗り越えようとした〈エンローグ〉を撃つと、敵は姿勢を崩して落下し、地面に激突した。素早く駆け寄って対装甲アックスを振り下ろし、撃破。

『こいつが全部やったのか!』

 通信に流れる声に振り返ると、残る1体の巨人器が壁を乗り越えて着地したところだった。隊長格の男が最後に残ったようだ。

 その巨人器は〈エンローグ〉ではなかった。比べると腹部の燃料タンクがなく、頭部は球形。火炎放射器をレーザー砲に換装した派生型〈コウローグ〉だった。

 空賊団の隊長格は拠点に対する攻撃を全て〈ファイトーム〉によるものと断定していたが、派手に炎上する格納庫に関してはオルデルドのせいではなかった。

 〈コウローグ〉は右手のレイルガンを捨てると、左手の大盾を構えて突進して来た。

「こいつが最後だ!」

 これを倒せば父さんを探せると、オルデルドもまた戦意を新たに敵に向かった。

 だが〈コウローグ〉の右手が空なのが気になった。巨人器用のレイルガンは巨人器に対して効果が低いとはいえだ。その右腕は丸ごと通常型と異なっていた。

 右腕が振るわれる。

「うっ!?」

 オルデルドは咄嗟に〈ファイトーム〉をしゃがませた。〈コウローグ〉の右腕、その手首から伸びる光る線が〈ファイトーム〉の頭上を通過した。

《スタンウィップだ》

「ああ、初めて見た」

 放電し対象機器にダメージを与え、鹵獲や無力化を行う鞭型の武装だった。〈コウローグ〉の鞭のリールが装備された右腕を見たときに気付くべきだった。

 〈ファイトーム〉を後方へ跳躍させ、スタンウィップの攻撃範囲から離れる。

 不意打ち失敗を見て、〈コウローグ〉はスタンウィップを伸ばしたまま回転させ、こちらを牽制していた。

 厄介な武装だった。リーチは長く、当たれば機器に異常が出て、そのまま敗北するかもしれない。

 だが、悠長に戦う余裕はなかった。

 再び接近する。〈コウローグ〉が右腕をふるい、スタンウィップが放電しながら飛ぶ。〈ファイトーム〉は手にしたレイルガンを掲げ、スタンウィップを絡め取った。

『なにっ!?くっ!』

 器体にまで影響が寸前にレイルガンを手放す。〈コウローグ〉は先端に重量が増えたスタンウィップを制御できず、ウィップはあさっての方向へ飛んでいった。

 咄嗟に構えられた大盾をよけ、対装甲アックスで右肘を断ち切る。武装を失った〈コウローグ〉の球形の頭部に拳を叩き込むと、その器体は小さな放物線を描いて飛び、地面に激突した。

「……ふぅっー」

 オルデルドは熱い息を吐いた。〈コウローグ〉はまだ動けるが、拠点の制圧は成ったも同然だった。後は〈コウローグ〉を完全に無力化し、父を探し出して脱出するだけだ。

 だが。

《時間切れだ》

「どうした?」

《空を見ろ》

 〈声〉に従って空を見廻し、それを見つけてオルデルドは心臓が跳ね上がるのを感じた。

 空賊船だ。船首から船尾へとボリュームが絞られてゆく海洋生物的シルエットで、緑灰と黒のストライプに塗られたバナディツ空賊団の空賊船だった。

 

 

 両舷の推進器から推進光を放つ空賊船は、あっという間にマウント・ポートの上空に達してしまった。そして船尾部分に吊り下げられた多数の巨人器がワイヤーで降下させられ、〈ファイトーム〉を取り囲むように着地した。

 形勢は一気に逆転した。もはや、逃げることも難しい。

「通信塔の破壊が間に合わなかったか?」

《恐らくは通信が途絶えたのが引き金だろう》

 プラン失敗の原因を探るのは、現実逃避的な行為だった。

 周囲を取り囲む〈エンローグ〉は油断なくレイルガンと大盾を構えていた。居残り組との練度差があるようだ。つまり相手は空賊団の精鋭だろう。

 いくら巨人器用のレイルガンが巨人器に対して効果が薄いとはいえ、それは1対1の状況における話だった。集団から一斉射撃を受ければ、じわじわとなぶり殺しに遭う。

 オルデルドは、〈ファイトーム〉は動けない。だが周囲を取り囲む〈エンローグ〉もまた発砲してこなかった。

 何かを待っている?そう疑問を抱いたオルデルドは、確かめるべく頭上の空賊船に視線を向けた。

 空賊船の船尾のクレーンには、新たな巨人器が吊り下がっていた。ワイヤーで降下してくる。その巨人器は〈エンローグ〉系統とは全く違うシルエットを持っていた。

 新たな巨人器が〈ファイトーム〉の正面に着地した。その巨人器は全体的にボリュームがあり、力強く、頑強であることが外観から分かった。何より目を引くのは、髑髏を思わせる形状の白い頭部だ。

 全く知らない系統の巨人器だ。既存の器体の外観を変えただけのカスタム巨人器とは異なる、独自設計の器体に違いない。

『たった1体の巨人器で我々の拠点に攻め込み、陥落させるとはな。惜しかったな。〈フレイグナーツ号〉が戻らなければ、お前の勝ちだった』

 その大柄な巨人器の外部スピーカーから、男の声が響いた。その巨人器自身が喋っていると錯覚するような、腹の底から響くような低音だった。

『見たことのない巨人器に乗っているな。いいだろう、投降して器体を明け渡せ』

《命だけは助ける、とは言っていないな》

「ああ。空賊にしては正直だ」

 投降して器体を開け渡せば、人間はなぶり殺し。それだけの損害は与えていた。

『周りを見ろ、空を見ろ。逃げられんぞ』

 その言葉通り、〈ファイトーム〉は10体前後の〈エンローグ〉と未知の巨人器に囲まれ、上空には〈フレイグナーツ号〉という空賊船がいる。一斉射撃を受ければ、器体はバラバラに砕かれるだろう。

 父を助け出す以前に、自分の死が近い。そう認めると、オルデルドはむしろ落ち着いた気持ちになった。

 〈ファイトーム〉が対装甲アックスを構える。それが返答だった。

『自ら死を選ぶか。……よし、俺が相手をする。お前たちは手を出すな!』

 空賊が告げると、周囲の〈エンローグ〉はレイルガンを下ろした。そして大柄な巨人器が手にした武器を両手で構えた。長い柄の先端にブロック状の打撃部。切断による器体の破壊ではなく、衝撃による搭乗者の破壊を目的としたインパクト系兵装のハンマータイプ、衝撃(インパクト)ハンマーだった。

『我はバナディツ空賊団を率いるグストヴ・バナディツ!この器体は〈ドラドル〉!』

 相手、空賊団のリーダーのグストヴが名乗りを上げる。巨人器〈ドラドル〉が衝撃ハンマーを構えた。

 オルデルドは名乗りを返さなかった。敵に名乗る名はない。

『名乗らんか。器士の矜持も知らんと見える』

 グストヴには反応しない。代わりに死地に巻き込んだ相棒へ話しかける。

「お前の言うとおり、欲望に従って彼女を抱いておくべきだった」

《ここから生き延びて彼女を抱く、とは言えないのか?》

 〈声〉はあくまでオルデルドの生存を諦めるつもりはないらしい。

 だがオルデルドの人生に希望も期待も必要ない。目の前の現実の受容だけが、生存への光明なのだから。

 〈ファイトーム〉と〈ドラドル〉が、互いに突進した。

 

 

 〈ドラドル〉の足は無限軌道で構成された独特の構造だった。両足の無限軌道を動かし、砂埃を立てながら滑るように進んで来る。

 〈ドラドル〉の背中には推進光が見えた。推進器を装備することで肥大化により低下した機動性を補う、一撃離脱タイプの巨人器と見た。

 まず一撃を回避し、対装甲アックスを叩き込む。オルデルドは戦い方をそう決めた。

 〈ドラドル〉が衝撃ハンマーを両手に持ち、上段に構えた。振り下ろすつもりだ。

 接近。〈ドラドル〉が衝撃ハンマーを振り下ろし始めるより一拍早く、〈ファイトーム〉が機動を変える。正面から直線に突っ込んでくる〈ドラドル〉の右へと小さく跳躍する。

 〈ファイトーム〉がいた空間を、衝撃ハンマーの打撃部が通過してゆく。

 〈ドラドル〉の背中が見えた。旋回しつつ、そこへ対装甲アックスを振り下ろす。

 その背中が、高速で旋回した。左から衝撃ハンマーが迫るのが見える。

「ッ!」

 予想外の動きに反応が遅れる。衝撃ハンマーが迫る。視界が回り、地面と空が交互に見える。

 気が付けば、〈ファイトーム〉は地面に倒れ伏していた。器体ではなく、オルデルド自身の肉体が痛みを訴える。

「なんだ、今のは……」

 器体を起こそうとするが、うまくいかない。

《ハンマーに推進器が仕込まれているのが見えた》

 〈ドラドル〉の武装はただの衝撃ハンマーではなかった。推進器が内蔵されており、変則的な機動変化が可能なのだ。

 ようやく回復し、ゆっくりとだが起き上がる。〈ドラドル〉は倒れた〈ファイトーム〉を攻撃せず、距離を離したまま様子を伺っていた。

『ほう、よく立った!頑丈なやつだ!』

 立ち上がった〈ファイトーム〉に、グストヴは賞賛の声を上げた。

 手放した対装甲アックスは幸運にもすぐそばに転がっていた。拾い上げて、まだ使えることを確かめる。

《切り返しがハンマーの速さじゃない。対装甲ブレード以上だと思え》

 〈声〉の言う通りだった。戦い方を変えなければ負ける。

『ゆくぞ!』

 〈ドラドル〉が背中から推進光を放ち、地面を滑るように突進してくる。衝撃ハンマーを上段に構える、先ほどと全く同じ姿勢。

 今度はこちらから近付かず、相手が来るのを待つ。来た。

 振り下ろされた衝撃ハンマーを避ける。ハンマーは地面を叩かず空中で止まり、柄が回転させられ、打撃部の反対の推進器が稼働。斜めに振り上げるように〈ファイトーム〉の胴を狙う。

 オルデルドは〈ファイトーム〉を屈ませて衝撃ハンマーの切り返しを避けた。

 間髪入れず衝撃ハンマーが先程の軌跡を逆再生するかのように振り下ろされる。それを後方へ跳躍して回避した。

「くっ!」

 〈ドラドル〉は器体の推進器とハンマーの推進器を併用し、高速回転しながら突っ込んできた。脚では逃げられない。

 フェイントを仕掛ける。その場に止まって、器体を逸らしてハンマーを避ける。〈ドラドル〉はハンマーを振り上げ切って、隙を晒した。

 今だ。対装甲アックスを振り上げる。

 だが、〈ドラドル〉は背中の推進器を使い、器体そのものをハンマーのようにして体当たりを仕掛けてきた。至近距離だったため衝撃は小さいが、〈ファイトーム〉の攻撃は止められる。

 振り上げられた衝撃ハンマーに、対装甲アックスを振り下ろして応じる。だが、グストヴのハンマー捌きは大胆にして繊細だった。柄を滑らしてハンマーを伸ばし、対装甲アックスの柄を叩いた。

 対装甲アックスが〈ファイトーム〉の手から弾き飛ばされ、くるくると回りながら空賊団の建物に激突した。だが、オルデルドにそれを眺める余裕はなかった。

 グストヴが操る〈ドラドル〉の攻撃は重く、速く、正確であった。オルデルドの〈ファイトーム〉も回避を成功させ続けたが、反撃の余裕はなく、また回避のペースを徐々に乱されていった。

 遂に限界が訪れた。〈ドラドル〉が衝撃ハンマーで突きを繰り出し、オルデルドは不意の攻撃に対応できず〈ファイトーム〉の胴を強く打ち据えられた。

 怯んだところに続く横薙ぎの殴打が直撃し、打ち飛ばされた〈ファイトーム〉は粗末な小屋に激突して止まった。

 観戦する空賊達が歓喜を上げ、リーダーを称える。

「ぅ……」

 オルデルドの視界が歪み、耳鳴りがする。平衡感覚が損なわれ、立っているのか、逆さまになっているのかも分からない。脳が締め付けられるような感覚がした。

 巨人器という強固な殻に包まれた人間という脆いパーツは、今まさに壊されようとしていた。

 だが、オルデルドは立てるようになると、再び器体を立ち上がらせた。視界はぼやけ、器体を真っ直ぐ立たせることも困難だったが、それでも立った。

『まだ立つか。こんなやつは初めてだ』

 グストヴの言葉と共に、〈ドラドル〉が衝撃ハンマーを構え直す。

《次で死ぬぞ》

「そう……か……」

 〈声〉が警告する。自分の生死などどうでもよかった。

《お前に勝てる相手じゃない》

「そうか……」

 〈声〉が告げる。勝敗など関係なかった。

《今のお前ではこの器体を扱いきれない》

「そうか」

 〈声〉が宣告した。ならば誰が扱える。

『いい加減に倒れろ』

 〈ドラドル〉が背中とハンマーから推進光を放ち、今までで最大の速度で突撃してきた。

《戦闘能力を参照》

 

 

 〈ドラドル〉が突進する。背中と頭上に掲げた衝撃ハンマーに内蔵された推進器と、脚部に内蔵された無限軌道によって地面を滑るように進む。

 目指すは〈ファイトーム〉。白と灰色の装甲は傷と埃だらけだったが、器体そのものの機能は全く損なわれていなかった。危機にあるのは、中の人間であった。

 〈ドラドル〉の接近に〈ファイトーム〉は動かない。

 間合いを図った〈ドラドル〉が衝撃ハンマーを振り下ろす。ハンマーの先端が、正確に〈ファイトーム〉に迫る。

 最後の一撃が加わる。

 その寸前、〈ファイトーム〉の両肩と両腰のパーツが動き、その後部から光を放った。

 〈ドラドル〉と同じ推進光だった。振り下ろされた衝撃ハンマーを推進器の加速も載せたサイドステップで回避する。

『同じことを!』

 〈ドラドル〉もまた衝撃ハンマーを推進力により切り返して振り上げる。

 〈ファイトーム〉は上体を反らしてハンマーを回避し、同時にその柄に手を伸ばし掴んだ。

『なにっ?』

 グストヴの意図に反して衝撃ハンマーが推力噴射を続ける。姿勢を崩した〈ドラドル〉は手に膝蹴りを叩き込まれ、柄を手放す。

 〈ファイトーム〉は着地し、奪い取った衝撃ハンマーを水平に振りかぶる。

 突然〈ドラドル〉の胴体正面の装甲が開き、二門の大口径短砲身砲が現れた。〈ファイトーム〉へ目掛け、砲弾が発射される。

 迫る砲弾を〈ファイトーム〉はハンマーの推進器を使い、バランスを崩した駒のように回転して回避した。そこから素早く体勢を立て直し、ハンマーと両肩と両腰の推進器を使い、全身で加速のついたハンマーを振り、〈ドラドル〉の胴体へと叩き込んだ。

 グストヴは驚きながらも咄嗟に〈ドラドル〉を浮かせ、衝撃ハンマーの打撃を緩和した。

 〈ドラドル〉が背中から地面に激突するように倒れる。

 グストヴの受けた衝撃は深刻なものではなかった。頭を振り、〈ドラドル〉を立ち上がらせようとする。

 それよりも速く、〈ファイトーム〉が両肩と両腰、頭上に構えたハンマーから推進光を放ちながら跳躍し、〈ドラドル〉の頭部に衝撃ハンマーを振り下ろした。

 

 

 オルデルドの〈ファイトーム〉を通した視界には、擱座した〈ドラドル〉の姿があった。

 〈ファイトーム〉と衝撃ハンマー、双方の推力を合わせた振り下ろしは、〈ドラドル〉の頭部とその後方にあるコックピットブロックに損傷を与えていた。

背中のコックピットブロックに手を伸ばす。ひしゃげた外装を引き剥がすと、搭乗者のグストヴ・バナディツの姿があらわとなった。

 空賊団のリーダーというから、ヘッラーウのような姿を想像していた。だがグストヴはがっしりとした体格の、歳を重ねた髭面の男で、飾り気とは無縁の格好をしていた。巨人器という暴力に対して無防備に晒されても、慌てふためくことなくこちらを見つめていた。

 リーダーの危機に対し、〈ファイトーム〉を空賊団の〈エンローグ〉が取り囲み、レイルガンを向ける。

「下がれ。お前達のリーダーをすり潰されたいか」

『全員下がれ!誰も撃つな!』

 外部スピーカーで宣言しつつ、衝撃ハンマーをグストヴに突き付ける。通信に指示が飛ぶとともに〈エンローグ〉がレイルガンを下げて数歩ずつ下がった。

「上もだ!見えているだろう?」

 そう告げると、上空の〈フレイグナーツ号〉が砲塔の照準を外し、砲身が水平に戻った。

 改めてグストヴに向く。彼はコックピットから這い出て、脚と腕を組んで座っていた。逃げも隠れもしないという態度だった。

『若いな白いの。それなのにやるな。1人でこのバナディツ空賊団を打ち倒すとはな』

 グストヴの言葉を音響センサーが拾う。

『衛星区の連中に雇われたか?』

「奴らは関係ない。俺はお前達が攫った人間に用がある」

『攫った?俺たちは人攫いなんて小さいことしないさ』

「誤魔化すな!」

 オルデルドはハンマーをグストヴへ近づけた。周囲の〈エンローグ〉の動きに緊張が走る。

「お前達はルイスティン区を襲撃し、天界人を誘拐した!どこにいる!?」

『それで交渉のつもりか若者。俺を殺したところで、部下達はお前を逃さない。もう少し、穏便に妥協点を探ろうって気はないのか?』

「人攫いがよく言う。答えろ。答えなければお前もお前の部下も皆殺しにする」

『できると思っているのか?』

「すると言った」

 沈黙と緊張が走る。今にも暴発しそうな雰囲気があった。

『その天界人とやらとお前は、どんな関係だ?』

 グストヴは息を吐いてから聞いてきた。

 敵に教える義理などなかった。だが、オルデルドの中に下した相手に宣言したい欲求が生まれた。それは勝利宣言にも似た欲求だった。

「父親だ。俺の」

『……ほお』

 グストヴが驚いた顔をして、髭を撫でた。

『父親のために息子が命をかけたか』

 グストヴが小さく呟いたのを、〈ファイトーム〉の音響センサーは捉えた。

『ルイスティン区から攫った天界人なら、依頼主に引き渡した』

「なんだと?」

 間に合わなかった。最悪の答えだった。空賊団が販売目的で誘拐したなら猶予もあったが、初めから買い手がいたとは。

 オルデルドはグストヴを潰して、その部下も皆殺しにしたい衝動に襲われた。だが、まだ聞くことがある。

「依頼主は誰だ」

『言うと思うか?信用問題だ』

「空賊が自由器士のつもりか?」

『違いがあるか?』

 グストヴはニヤリと笑った。オルデルドを世間知らずとからかうような笑いだった。。

『……まっ、勇敢な息子に免じていいだろう。依頼主はロドレマ団だ。連中に引き渡した』

「ロドレマ団?」

『知らんか?人間を売り買いしてる連中だ。言っておくが拠点は知らん。依頼が来たのも初めてだ』

 ここまでして得られたのは主犯の組織名だけかと、オルデルドは意識が遠くなる気分だった。

『どうする?俺たちを皆殺しにするか?』

 グストヴは挑発的に笑って言った。

 徒労に対する苛立ちをぶつけたい気持ちはあった。だが、約束を違えるのは父の教えに反していた。

「いや、約束だからな」

 オルデルドはグストヴの前から衝撃ハンマーを引いた。

「……レーレイ区ではお前達の討伐隊が編成されている」

『んん?』

「長距離砲と器士隊でここを攻めるつもりだ。俺が抜け駆けしたから、焦っているかもしれないな」

『それで1人で乗り込んできたか。……なぜ教えた?』

「約束だからな。とんだ徒労だったが」

 彼らにもう用はなかった。オルデルドは器体を翻し、グストヴの前から歩み出した。

 去ろうとする〈ファイトーム〉に、周囲の〈エンローグ〉がレイルガンを向ける。

『待て!』

 通信にグストヴの声が流れた。

『行かせてやれ。それより、ここを引き払うぞ』

 空賊団の巨人器は武器を下げ、マウント・ポートを去る〈ファイトーム〉の背を見送った。

 

 

 マウント・ポートを降り、森に入ってレーレイ区への帰路を歩む。グストヴの指示通り、空賊団の攻撃はなかった。振り返れば滞空していた〈フレイグナーツ号〉が降下するのが見えた。討伐隊が来る前に積めるだけ物資を積み込み、拠点を引き払うのだろう。

 衝撃ハンマーを受けすぎたため、今にも気絶しそうだった。だが、安全を確保するまでは気を失うわけにはいかない。

《なぜ討伐隊のことを教えた?》

 〈声〉の疑問。確かに父を誘拐した実行犯である空賊団の今後に配慮する必要など心情的にもないはずだった。

「討伐隊は父さんごと空賊団を攻撃するつもりだった」

《幼稚だな》

 〈声〉は辛辣だった。オルデルドが感情的判断をするとこう反応するので、いちいち怒る気にはならない。

《討伐隊に知られたら彼女がどう扱われるか分からんぞ》

「あいつが俺に何の関係がある」

《好きなんだろ?好きな相手ができたのは10歳のとき以来か》

 痛いところを突かれてオルデルドは黙る。

 正直に言えば、〈声〉の言う通りオルデルドはフェイリナを好いていた。一目惚れと言える。距離の近さも仕事への責任感も、それを加速させた。

 だが、好きだからなんだというのだ。どうするというのだ。自分が慮るのは父だけでいい。それに彼女の背後には都市がいる。彼女への感情など、何の合理も利もない。

「戦闘中に推進器が使えるようになったが、あれは?」

 捨て去るべき感情を捨て去りたくて、オルデルドは話題を変えた。

《敵の推進器のドライバをコピーできたようだ。体当たりを受けたときに接触回路が触れて偶然パスが通ったようだ》

 〈声〉は素直に話題の変更に応じた。

 〈ファイトーム〉の器体に備えられた機能は、それを使うドライバが欠如しているため使うことができないでいる。だが、今回の戦闘で似た機能を持つ巨人器と接触すればドライバをコピーして機能を解放できるとわかった。

《初めての内蔵機能をよく使いこなせたな》

「……ひらめきだ。2度もできる気がしない」

 〈声〉の疑問ももっともだった。巨人器は(ドライバがあれば)人間にない部位も操作することができるが、四肢のような人間にある部位と異なりある程度習熟が必要だ。オルデルドは推進器を内蔵した巨人器に乗ったことがない。だが、先ほどの戦闘では自分自身で思うほど使いこなしていた。

 なぜ使いこなせたのか、オルデルドには分からなかった。〈声〉のような曖昧な答えしか返せなかった。

 レーレイ区が近付いて、再び〈声〉が響いた。

《これからどうするつもりだ?》

「船を探してレーレイ区を離れる」

《彼女も連れて行け》

 フェイリナのことだった。この機会に離れようとしたことを見抜かれていた。

「あいつは」

《彼女と父親が攫われたことは無関係だ》

 〈声〉はオルデルド遮って言った。

《それに協力すると約束したはずだ。父親の名誉を重んじるなら約束を守れ》

 それは否定できない指摘だった。そして、オルデルドにとって免罪符でもあった。

 

 

 

 

 フェイリナはムダーシュらに囚われてしまったが、扱いは丁重だった。

 討伐隊が司令部とした宿の一室に押し込められたが、身体検査はされなかった。食事も出たしシャワーも使え、ふかふかのベッドもあった。都市市民であるフェイリナにとって、ルイスティン区へ出発してからの慣れない船旅を強いられた後では快適な環境だった。客人待遇と言える。

 オルデルドが無謀な行動に出て、〈ファイトーム〉ともども危険に晒されていることは大変気に掛かった。そのような状況下で、快適な環境を享受することは気が咎めたが……フェイリナは享受することにした。

 彼女にはオルデルドに同行して戦いを助けるような力はないし、先生に連絡を取る手段もなかった。そもそも、ここから抜け出す技能もない。

 ならば、身体を休めて体調を整えるのが合理的だった。

 無論、ムダーシュという指揮官やその部下達の視線や、セイリンという女副官の表情は気になったが、やはり何かできるというわけではない。

 彼ら討伐隊にオルデルドの援護をするよう説得するのは、ムダーシュの性格からして可能性が低いだろう。

 フェイリナにできることは、状況の変化を待つことだけだった。

 なのでまず、フェイリナはシャワーを浴びた。1日ぶり、かつ水の使用量を気にしなくていいシャワーは生き返る心地だった。

 シャワーを終えたらベッドに横になった。船のものに比べればずっと質がよく、疲労感が溶けて出てゆくような錯覚がした。

 これからどうするか、考えたところでどうしようもない。だから〈ファイトーム〉について考えることにした。

 〈ファイトーム〉は先生が持ち込んだ天界国製巨人器だ。技術者ではない先生は器体についての詳細は分からず、フェイリナが調査を任された。

 今まで起動もできない「沈黙の巨人器」であったが、オルデルドという搭乗者を得て起動し、システム調査も可能となった。そのシステムもまた、巨人器の基本システムしか備えていないという不可解な状態だった。

 〈ファイトーム〉は器体の組み上げまで行われたが、専用システムの構築前に天落の日を迎えた試作器体なのだろうか。

 オルデルドについても考える。〈ファイトーム〉を動かすことができる知る限り唯一の人物。赤い髪の若い天界人。

 都市外民と聞いたから、どんな粗雑な人か不安だった。しかし想像に反して彼は知的で判断力も高い。それでいて無謀なほど家族想いだった。容貌も、服装さえ整えれば都市市民と言っても疑われないだろう。

 先生のためにも、オルデルドにはぜひ協力して欲しい。〈ファイトーム〉を持ち逃げされるかもしれない懸念から、慣れない誘惑なんてしてしまったが反応に乏しかった。興味がないのだろうか。傷つく。

 結局彼は、静止も聞かず無謀にも空賊団の拠点へ単身向かってしまった。〈ファイトーム〉は失われ、彼は死ぬ。先生の期待には応えられない。

 急に考えるのが鬱屈としてきたのでフェイリナは思考を止めた。ベッドに仰向けになったまま、ただただ時間が過ぎるのを待つ。

 フェイリナの意識をまどろみから引き戻したのは、巨人器の足音だった。フロートエンジンによって重量を低減したことで独特な足音がするのが巨人器だった。

 そしてこれは、〈スタドルド〉や〈エンローグ〉とは違う、より上位の器体の足音だった。

 フェイリナはベッドから飛び起きた。

 

 

 

 〈ファイトーム〉がレーレイ区の入口まで戻ってきた。その報告に、ムダーシュ達は司令部を飛び出した。生きて帰るとは思わず、死ぬか逃げ出すかだと思っていたからだ。

 レーレイ区の入り口に着いたムダーシュ達は、その目で五体満足な〈ファイトーム〉を見た。被っていた外套は失われ、代わりに新しい武器を肩に担いでいた。

「戻ってくるとは思わなかったぞ!」

 ムダーシュは〈ファイトーム〉に向かって叫んだ。

「貴様は空賊と取引でもしたのか!」

『乗り込んで戦っただけだ』

 器体の外部スピーカーから搭乗者の声が発せられる。肉声とは印象が変わるが、オルデルドの声に違いなかった。

「信じられるか!」

『これでもか?』

 〈ファイトーム〉は肩に担いでいた武器を地面に下ろした。金属塊に長い柄を取り付けたインパクト系兵装、衝撃ハンマー。打撃部に推進器を内蔵したものは、バナディツ空賊団を率いるグストヴの象徴的武器だった。

 戦利品を提示され、ムダーシュは信じるしかなかった。彼は単身空賊団の拠点に乗り込み、戦い、勝利して帰ったのだった。

 この時点でムダーシュの頭から、オルデルドの事情など抜け落ちていた。あるのは、討伐隊の編成が無駄となり、レーレイ区の指導部から報酬が支払われず、それどころか今までの経費を請求されることだった。

 空賊船が戻ったという監視からの報告もあったが、ムダーシュにとって一刻を争う事態だった。

「……作戦開始だ!討伐隊を動かせ!」

「しかし空賊船が戻ったという報告も」

「いいからさっさとやれ!」

「は、はい!」

 ムダーシュの指示を受けて、部下達がバラバラと駆け出してゆく。その中には、険しい表情のセイリンもいた。

『おい、俺の連れはどこだ?』

「お前に構っている暇はない!我々が戻るまで、ここで大人しくしていろ!」

 ムダーシュは〈ファイトーム〉にそれだけ叫んで、討伐隊の集結場所まで走り出した。

 

 

 

 衛星区が騒がしくなったのに気が付いたフェイリナは、身だしなみを整えて荷物をまとめ、すぐに動ける準備をした。

 状況が動いたのだから、考えることもできるかもしれない。フェイリナは前向きだった。

 外に出ても見張りの女性兵士(まだ子供だった。かわいそう)がいる。準備を終えても、待つしかない。

 と、思っていたらセイリンがやってきた。ムダーシュの副官の女性で、フェイリナから見てなかなかの美人だった。たぶん、元市民だろう。

 セイリンは言った。

「あなたの同行者が戻りました。荷物を持って裏から出てください」

「それはあなたの上官の指示?」

 いきなり解放されるとは思わなかったので、意図を確かめる。

 セイリンは険しい表情のまま、フェイリナに顔を近づけ、瞳を覗き込まれる。近過ぎて2人の身体が触れ合う。

「あなたは危険なんです。大尉にとって」

「わたしが?」

「自覚、ないんですか?」

 セイリンはそう言って、フェイリナをつついた。

 彼女はムダーシュがフェイリナを気に入って、自分の居場所が奪われるのを恐れている。そう理解した。

「あなたの同行者にも伝えてください。早くこの衛星区を出ろと」

 フェイリナはセイリンに続いて廊下に出た。見張りの少女兵士はいなかった。裏口まで案内される。

「ありがとう」

「礼は不要です。さっさと消えてください」

 セイリンはフェイリナが歩き出すのを確認してから屋内に戻った。

 向けてくる視線は終始敵対的だったが、フェイリナはセイリンのことが嫌いではなかった。一度お茶してみたかったとも思っていた。

 フェイリナは取り敢えず巨人器格納庫を目指した。それと同時に、通信機で呼びかける。

 すぐに応答があった。

『無事か?今どうしてる?』

「出してもらった。格納庫に向かってる」

 彼の無事な声に込み上げてくるものもあったが、いまは合流を優先する

『すぐにここを離れる。発着場に来てくれ』

 荷物を引っ張って駆け足で発着場に着くと、傷だらけだが五体満足の〈ファイトーム〉の姿を見つけてフェイリナは心から安堵した。

 側の待機室から、オルデルドが船乗りらしき人物を伴って出てきた。船乗りは発着場のへ走り出し、オルデルドはこちらを見つけた。

 フェイリナはオルデルドのそばまで寄る。彼の無事な姿を見て安心した。彼もまた、〈ファイトーム〉と並ぶ先生のため必要な存在なのだから。

「……何もされてないな?」

「うん?快適だったよ?」

「そうか」

 オルデルドはフェイリナの頭の上からつま先まで一通り視線を巡らせてから聞いた。彼女の正直な感想に特段の反応はなかった。

「それより船乗りと話を付けた。護衛がいなくてここを出られないと言っていたやつだ。俺がもしもの時に船を守る代わりに載せてもらうことにした」

「行き先は?」

「イレングル区だ。そこからならどこへでも行ける」

 イレングル区は都市に匹敵するとも言われる最大級の衛星区だった。

「詳しい話は船で話す。行こう」

 

 

 その浮遊船〈フルコム号〉は全長100m未満の高速輸送船タイプだった。ペイロードは物足りないが速さという利点を持つタイプだ。浮遊船としては低コストなため、駆け出しの船長が所有していることが多い。

 〈フルコム号〉の若船長ユーゾン・ゼンもその事例の1人だった。討伐隊に参加する自由器士の輸送を請け負ったはいいが、帰りの護衛がいないというミスを犯してレーレイ区に足止めされていたらしい。

 〈ファイトーム〉と武装を積んだコンテナは船倉に搭載し、2人は船室に通された。すぐに〈フルコム号〉はレーレイ区を飛び立った。

 船室でオルデルドは事の顛末を話した。空賊団の拠点への奇襲がうまく行ったこと、空賊船が戻ってきて包囲されたこと、空賊団のリーダーと一騎打ちになったこと。

 そして、空賊団に誘拐されたオルデルドの父プロクトは既に依頼主のロドレマ団に引き渡されていたこと。

 船室に一つだけあるソファー(古い)に並んで座り、話を聞いた。

「……これからどうするの?」

「依頼主の名前しか分からなかったからな。とりあえず、イレングル区で情報収集か……」

 突然、オルデルドの声が小さく途切れていった。どうしたのかと振り向くと、フェイリナへもたれかかるように倒れてきた。

「ちょっ、ちょっと!?」

 思わず離れようとしたが、フェイリナの力ではオルデルドの身体を支えることはできず、むしろ姿勢を崩したことで身体が下敷きになってしまった。

 まさか、そのつもりに?そういえば大昔の器士は、戦場にパートナーを帯同して戦闘後の昂りを沈めさせたという。パートナーの数に限りはなく、器士達はその数を競ったという。現在の器士団はそのような風習は認めておらずしばし器士の……

 などと、フェイリナは困惑しながら巨人器に関連する知識を思い浮かべていたが、オルデルドは胸に顔をうずめたまま動かない。明らかに様子がおかしかった。

「……大丈夫?」

「……俺はどうなってる?」

 恐る恐る尋ねると、か細い声で質問が返ってきた。

「え……?」

「……立ってるか?寝てるか?」

 あなたは女性を押し倒して、胸に顔をうずめています。そう伝えてやろうかとも思ったが、様子がおかしい方が気にかかった。

「どうしたの?」

「衝撃ハンマーをくらい過ぎた。保たせてたが、もう限界……だ……」

 フェイリナはオルデルドの状態を理解した。衝撃ハンマー、巨人器の保護システムを超過する衝撃を加えて搭乗者そのものにダメージを与える巨人器の兵装の直撃を受けたのだ。その衝撃は交通事故のようなものだ。それを何度も受けたオルデルドが、ここまで行動できたのは驚きだった。

 頑丈な人だな。フェイリナはそう思い、好奇心のまま彼の身体を触ってみた。なるほど、これが器士の身体付き……

「……どうなってる?」

 オルデルドが自分の状態を聞いてきた。触られていることも分からないようだが、フェイリナは咄嗟に手を浮かせた。

「ソファーに寝てるよ。後は私に任せて、ゆっくり休んで?」

「そうか……ありがとう」

 それきり言葉が途絶える。息はあるから眠っただけだ。

 敵襲があったらどうしよう。船員が来たらどうしよう。そうしたらオルデルドを起こさなければいけないが、起こしたところで彼が戦えるとは思わなかった。

 このまま何もないことを祈るしかない。第一、下敷きになっているからここから動けない。

 フェイリナは一つできることをした。オルデルドの背をさすり、胸元にある頭をなでる。こんなこと、誰もが味わえることではない。気を失った彼はこうされていることが分からないだろう(かわいそう)。でもこれは、フェイリナが彼に送る勝利の報酬だった。

 

 

 

 

 〈フルコム号〉がイレングル区に着くまで、敵襲はなかったし船員が来ることもなかった。

 それはつまり、到着までフェイリナはオルデルドの下敷きになりながら抱きしめることを強いられたということだ。身体が大変辛い。1人快適な宿を享受した因果応報だろうか。フェイリナは因果応報など信じていないが。

 オルデルドを起こす。彼が少し身を起こした隙にその下から抜け出し、何でもない顔をしてそばに立った。

 目覚めたばかりの彼は寝ぼけているのか、しばらくぼうっとしていたが、水を飲むと普段の調子に戻った。何をされていたかは、認識していないようだった。

 体調を聞くと「寝たら治った」と返された。本当に頑丈な人だ。

「提案があるの」

「なんだ?」

 船室で下船準備を進めていると、フェイリナが切り出した。動けない間に考えていたことだ。

「自由器士を雇おう。お父さんを助けるために戦うなら、オルド1人じゃ危険過ぎるから」

 オルデルドにも味方がいればずっと戦いは楽になる。〈ファイトーム〉を失うリスクも減る。それがフェイリナの考えだった。

「雇うだけの金が足りるかどうか」

「それはどうにかしないといけないけど、でもお父さんを助けるんでしょ?そのために必要なことは全部しなくちゃ」

「……わかった。そうしよう」

 オルデルドはフェイリナの提案を呑んだ。

 この船とはイレングル区までだから、〈ファイトーム〉を降ろして共用格納庫に預けなければいけない。2人は船倉へ降りて準備をした。

 〈ファイトーム〉には再び外套が被せられていた。イレングル区は人が多いから、目立つ器体を隠すのは重要だった。

 さて船から降りようというところで、オルデルドがフェイリナを呼び止めた。

「待った……これを被れ」

 オルデルドはフェイリナに何かを被せた。それは、フード付きの外套(人間用)だった。

「これは?」

「お前は目立つ。都市外民には見えない」

 フェイリナは外套を被った自分を見回して言った。

「太って見える」

 フェイリナは胸が大きい。外套は胸囲に合わせて広がったまま、腰まで垂れる。外から見れば、いい格好には見えない。

「構わないだろ。俺が知ってるんだから」

 オルデルドはまるでなんでもないように言った。だがフェイリナはこの行為を独占と保留と捉え、少なからず彼が自分に興味を持っていることに安心を覚えた。

「ふふっ、そうだね」

 フェイリナは笑いながら彼の〈ファイトーム〉とお揃いだなと思った。

 

 

 

第2話「ただ 自分自身のために」 了

 

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