衛星区(サテライト)とは都市からのエネルギーや物資の供給で成り立つ都市外居住区である。都市に属するものもあれば、どこにも属さず独立しているものもあった。
独立衛星区の中で最大級とされているのがイレングル区だった。都市が存在せず、その力も及ばない空白領域の中心にあるイレングル区は、周辺地域を結ぶ中継地であり交易拠点であった。複数の都市の思惑が絡み合うことで、独立を保ちながら都市に匹敵すると言われるほど巨大化していた。
イレングル区には様々なものが集まる。それは物資だけではなく、情報や自由器士もだ。
つまり、プロクトを誘拐したロドレマ団を追い、戦力となる自由器士を探すのにはうってつけだった。
ユーゾン・ゼン船長の高速船〈フルコム号〉でイレングル区へとやってきたオルデルドとフェイリナは、まず〈ファイトーム〉を共用格納庫へと預けた。
無いとは思うが、珍しい器体を覗き見た管理人に魔が刺す懸念もあったので、前払いの管理料は多めに渡しておく。
〈声〉は《俺が見ているから大丈夫だ》などと言っていたが、自分の身体である〈ファイトーム〉を動かすことができない〈声〉を当てにするわけにはいかなかった。
「ところで自由器士ってどうやって探すの?」
提案者であるはずのフェイリナはそんな疑問を呈した。
「……自由器士についてどこまで知ってる?」
「巨人器に乗る傭兵。都市外での護衛が主な仕事、でしょ?」
「うむ、まあそうだ」
市民の知識ではそんなものかとオルデルドは思った。
確かに自由器士の仕事は、危険な都市外で活動する輸送船や探査隊、あるいは衛星区を脅威から守ることにある。だが、金さえ払えばなんでもするという輩が大半である。自由器士と空賊の区別などはないというグストヴの言葉も間違いではない。
「イレングル区には自由器士の組合がある。普通ならそこで依頼を出すか人を探すかだが」
「見つかる?」
「内容が内容だからな。際限なく金を積めば誰だって雇えるが……」
もちろんオルデルドにはそんな金はない。
「知り合いを頼るしかないな。今も生きてればだが……」
自由器士組合は依頼人と自由器士を仲介し、仕事を振り分ける仲介組織だ。各地に似たような組織が存在する。
イレングル区の組合はかつて乱立していたが、抗争を経て十数年前にほぼ1つに統一された。
組合の本部は衛星区成立の初期に建てられた格納庫で、中に中小のコンテナ式の建物が雑多に並べられている。
建物の半数は組合のものではなく、自由器士や職員を対象とした飲食店で、それが左右に並び中央には椅子とテーブルが雑多に置かれていた。フェイリナは「フードコートみたい」と呟いていたが、オルデルドにはその意味が分からなかった。
開け放たれた元格納庫の扉を潜り、たむろする自由器士たちの間を抜けてオルデルドは進み、フェイリナが後に続く。自由器士たちは2人に興味がないようで、視線もよこさない。
オルデルドは中央にある建物の壁を欠き抜いたカウンターに着くと、向こう側にいる気怠げな様子の年嵩の男に話しかけた。
「用がある」
「何か」
「ダーラムに会いたい」
そう言われて、男は初めてオルデルドを見た。
「ダーラムさんは暇じゃない。用があるなら俺に言え。依頼か?組合加入か?」
「カーグルの息子が来たと伝えればわかる」
「だから用があるから俺に……カーグルの息子?」
復唱して、男は身を乗り出してオルデルドをまじまじと見つめた。
「お前もしかしてオルドか?」
「そうだ、バッケン」
「いやぁ、分からなかったぞ!あの時はこんなに小さかったからな!」
バッケンという男は、既に先ほどまでの気怠けさをなくし、気さくなおじさんに変貌していた。両手で30cmくらいを示すが、流石にそれは誇張だった。
「それで、ダーラムは」
「ああ、待ってろ。伝えてやる」
バッケンが手元をごそごそといじる。待つオルデルドにフェイリナが近付いて小声で尋ねた。
「この人が知り合い?」
「その部下だな」
旧知の仲のバッケンがいて助かった。彼以外だったら、一苦労させられただろう。
「会うってさ。案内が来るから待っててくれ」
待っていると、すぐに小柄な女が小走りでやってきた。息を切らした彼女は「ついてきてください」とだけ言い、早足で歩き出した。
通されたのは受付がある建物内のバーだった。狭い空間にカウンターとボックス席が並行している。外と違い、人はまばらだった。内装と調度品は統一感がなく、フェイリナは「雑貨屋みたい……」と残念そうに呟いていた。雑貨屋?
タイミングよくバックヤードからダーラムが現れた。杖を手にした恰幅のいい老婆だ。最後に会った時とあまり印象が変わらない。
「オルドの坊やか、デカくなったね」
「ダーラム」
開口一番、ダーラムはオルデルドの成長に驚いた。かつて見上げていた彼女は、今や見下ろす位置にいる。
「その太いのは?」
「ふと……!?」
ダーラムは隣に立つフェイリナを一瞥して聞いた。目立つことを隠せているからいいだろうに、フェイリナは不服そうだった。
「協力者だ」
「ふうん。それで、なんでプロクトは居ないんだい?」
「そのことで話がある」
「座って話そう」
ダーラムに導かれ、向かい合ってボックス席に座る。フェイリナは隣だ。ウェイターがそれぞれに飲み物を出す。
「父さんは誘拐された」
「奴が……」
前置きもなく切り出すとダーラムは驚いたが、そこから先は聞かず、オルデルドの用件を尋ねた。
「それで私を尋ねてきたのは?」
「父さんを助けたい。父さんを誘拐したロドレマ団の情報と、戦力になる自由器士が欲しい」
「ふぅん……」
ダーラムは腕を組んで考える様子だ。
「私の耳に入ることは教えてやろう。だが、オルドの坊やに自由器士を雇う金はあるのかい?」
「少しは」
「ダメダメ、全然足りないよ」
具体的な金額を言っていないのに、ダーラムは否定してきた。
「プロクトを助けるのは私闘で、ビジネスじゃない。それに付き合わせるんなら、普通の2倍3倍はいるよ」
ダーラムの言うことはもっともだった。フェイリナの提案を呑んだのはいいが、オルデルドの戦いに付き合う自由器士がいるとは限らなかった。
やはり当初の通り、1人で戦うしかないかと考えていると、ダーラムが提案した。
「オルドの坊や、巨人器は持ってるかい?」
「……持っている」
〈ファイトーム〉の所持について明かすか少し迷ったが、開示して構わない情報と判断して答える。
「なら自由器士になりな。チームを組んで依頼をこなして金を貯めて、しっかり報酬を払えば付き合う自由器士もいるさ」
「俺は兵士でも傭兵でもない」
「だが父親を助けたいんだろ?組合に登録すれば、あんたに合う自由器士を私が探してやろう」
ダーラムの誘いは魅力的ではあった。だがそれはプロクトを助けるために使う時間を自由器士稼業に注ぎ込み、足止めを食うことでもある。だが1人ではどうしようもないのも事実だった。情報網にしても権力にしても、ダーラムの方がいい上だ。
オルデルドは考え、そして決断した。
「……受けよう、その話」
「よし!じゃあ私は自由器士を探してやるから、オルドの坊やは登録を済ませな。ミッチ!頼んだよ」
ダーラムが席を立ち、バックヤードへ消えると、ミッチと呼ばれたオルデルド達をここへ案内した女が代わりに前に座り、色々と差し出してきた。
自由器士としての説明や組合員としての説明を聞かされ、サインを何度か書かされ、隊員の名を書かされることになった。
オルデルドは少し悩んで、自分の下にフェイリナの名を書いておいた。
「さて……」
統一感のない調度品に埋め尽くされた執務室の席に着くと、ダーラムは端末にリストを表示してオルデルドに紹介する自由器士を探し始めた。
いまさら危険なことに加担する理由はない。だがダーラムとしてはプロクトには恩があり、その息子のことは気に入っているつもりだった。だから、危険を冒さず、公平な範囲内で手伝ってやることはやぶさかではなかった。
実力があって、私闘に付き合え、自由器士としては素人なオルドの坊やにも従う分別を持った自由器士。その条件はなかなか厳しかった。
「となると、あいつらしかいないか」
ダーラムはしばらく前にイレングル区に現れた問題児たちを思い浮かべた。
組合による支援業務は多岐に渡る。自由器士が運用する格納庫の貸出もその一つだった。
オルデルドは割り当てられた格納庫へ〈ファイトーム〉を移動させた。
小規模な自由器士隊向けの格納庫だ。4体分の器体固定フレームと装備品の置き場がある。巨人器サイズの扉の反対側には、壁に張り付くように居住設備が設けられていた。
居住設備は共用の広間、風呂、トイレと数名分の個室から構成されていた。それらが縦に重なっている。階段で移動しなければならないことを除けば、おおよそ充実した設備と言えた。
この格納庫が無償――ということはない。報酬の中から徴収される組合費に含まれる。ダーラムは便宜を図ってくれるつもりだが、特別扱いをするつもりもないようだ。
《10年前の貸しがあるにしてはサービスが悪いな》
とは、〈声〉の感想である。ダーラムが抗争を経て組合のトップに上り詰めたのは、プロクトのおかげなのだ。
「踏み倒されないだけましさ」
オルデルドはダーラムが必要とあらば裏切りも辞さない相手だと知っている。あまり便宜を図られると逆に不信だ。
そのダーラムがオルデルドのチームに加われる自由器士を選び、送ってくるまで、オルデルドはフェイリナとともに〈ファイトーム〉のシステムを調べることにした。〈ドラドル〉との戦闘時、推進器が使えるようになったことについてだ。
フェイリナは以前と同じようにコックピットに入るオルデルドの後ろから指示すると言ってきたのでこれは断った。自制が効かなくなりそうだからだ。
今回は手持ちのモニターをコックピットの機器に有線で繋いで、外から操作できるようにした。通常の巨人器にも備わっているシステムチェック作業用の機能だ。これでオルデルドは落ち着いて操作ができる。
「組合のトップとどういう関係なの?」
フェイリナはモニターをチェックしながら尋ねてきた。
「10年くらい前にここにいたとき、ダーラムが組合の代表になる手伝いをしたんだ。父さんが」
当時のオルデルドは幼く、父の帰りを待つだけだった。
「ふうん……」
人間関係の確認程度のつもりだったのだろう。フェイリナの関心は〈ファイトーム〉にあり、それ以上ダーラムについては尋ねてこなかった。
「確かに、システムにドライバが書き加えられてる……信じられないけど」
一通りのシステムチェックを終え、フェイリナが言った。
「戦闘中に推進器が使えるようなった。それと武器の認証キーとか、通信コードもコピーできた」
「アクセス制限してる相手のシステムに介入したってこと?」
フェイリナはオルデルドの話を信じながら、驚きを隠せないでいる。
「相手は空賊団だ。認証設定とかしていなかったんじゃないのか?」
「20体も巨人器を持ってる組織が?」
「確かに、な……」
フェイリナの言うことももっともだった。バナディツ空賊団は多数の巨人器にそれを運用する空賊船、そして独自の巨人器まで保有していた。その動きも組織的だった。
「何なんだ?この器体は」
「先生は天界器士団の巨人器って言ってたけど、詳細が分からないから私に調査が任されたの」
彼女がどこの都市の所属か、それはあえて聞いていない。都市による都市外民への態度への不信、あるいは確信と、踏み込むことへの恐れがあったからだ。
「本当は色々試したいところだけど……でも〈ファイトーム〉には相手のドライバをコピーできるって分かった。これは今後大いに使えるかもね」
「内蔵武器も使えるようになる?」
「それは……どうだろう。〈ファイトーム〉のものと同等の機能を持った巨人器なんて、帝国か同盟くらいしか保有してないだろうし。推進器だって、見た限りだと器体設計で想定する機能に対応したドライバじゃないし」
そこからフェイリナは早口モードに入ってしまった。あらゆる可能性を述べ始める。
「ごめんくださーい!」
フェイリナを現実に引き戻したのは、第三者の声だった。
早速自由器士が来たのだ。ダーラムは仕事が早かった。
やって来た自由器士は、少年と少女の二人組だった。
背は少年の方が少し高い。2人とも都市外民らしい収納が多い緩めの上着を羽織っている。塗料をぶちまけたような短い黒髪は、少年は癖がなく、少女は癖が付いていた。
少年はマーセル、少女はマルシャと名乗った。2人はよく似た顔立ちで、自ら双子だと言った。
そしてマルシャは、なぜか先の曲がった鉄の棒を手に持っていた。尋ねるとスクラップ置き場から拾って来たそうだ。なぜ拾ったかは面倒だから尋ねなかった。
互いに名乗り終えると、マルシャの視線はフェイリナに向かっていた。それに気付いた彼女は、困惑気味に言った
「……どうかした?」
「樽みたいな体型ですね!!」
マルシャは大声で言った。フェイリナにはオルデルドが外套を被せたので、その身体付きが外部から隠されている。
マルシャの大変失礼な言葉に、フェイリナは無言で立ち上がると外套を払い、背中に流した。彼女の身体付きに合わせて整形された服に包まれた、凹凸が明瞭な身体のラインが露になる。
せっかく隠すよう着せたのに、とオルデルドは思ったが、この格納庫にはいまこの4人しかいないので言わないでおく。
「あー本当は絞まってるんですね!でもそのオッパイ本物なんですか?詰め物ですか?私にもください!!」
出るところが出ながら締まった身体を晒したフェイリナに、マルシャは薄い胸を張って遠慮も配慮もなく言った。
フェイリナは無言のまま胸元のボタンを外そうとして、オルデルドは慌てて止めた。
《確かに偽物の可能性もある。確かめる機会だぞ》
(うるさいぞ)
ここに来て〈声〉が響く。オルデルドは黙るよう念じたが、発声しないので届かない。
「お前の双子なんだろ、なんとかしろ」
オルデルドは無言でこのやり取りを観察していたマーセルに言った。どこを見ている。
「ああ、この方はあなたのコレですか。マルシャが失礼を。好きにしていいですよ。薄っぺらいけど一応女です」
「兄さん!可愛い双子の妹を売るんですか!?」
「買取費用がかかるから売るとは言えませんよ」
「ひど!」
下品な奴らだった。ある意味、都市外民らしい。オルデルドはこんなのしか来ないことに頭を抱えたくなった。
詳細な話は座ってすることにした。場所は格納庫の片隅にある居住区、そのリビングユニットだ。
マーセルは軽く自分たちの事情を話した。
元々はそれなりの規模の自由器士隊に所属していたが、隊が解散したため2人で独立。ここ最近イレングル区にやって来て組合に加入。直接依頼を受けずに助っ人として活動しているとのことだった。
元の自由器士隊が解散したのは戦闘による被害か人間関係のもつれか、だがそこは重要ではない。気になったのはそれ以前の経歴だが、自由器士なら元器士で戦闘中に逃亡したか、都市が敗戦して脱走したかが多い。珍しい例としては、独立武装勢力で訓練された少年兵が自由器士として独立することもある。少年少女という風貌の彼らは、もしかしたら後者かもしれない。
幸い、報酬さえ出ればなんでもすると言っているので、プロクトを助けるというオルデルドの私闘について話しても了承するだろう。
重要なのは実力と協調性だ。ダーラムがああ言った以上、彼女は適任者を選んだはずだが鵜呑みにする気はない。自分で確かめたかった。
正直にそのことを伝えると、マーセルは気分を悪くすることはせずに承諾した。
「いいですよ。相手の力を知りたいのは僕たちも同じですから」
「ではどうするか」
「近いところの仕事に出ましょう。実力を知りたければ、実際にやってみるのが一番ですから」
マーセルの言うことももっともだったが、力を図るに適した依頼があるとは限らない。
「そんな都合よく、近い仕事はあるとは限らないが」
「いや、あるかもしれませんよ?問い合わせてみたらどうですか?」
「そうだな……」
オルデルドは懐から板状端末(プレートデバイス)を取り出した。組合加入時に渡されたもので、イレングル区内であれば組合のシステムにアクセスし、依頼の授受などができるものだ。都市では全市民がこの手のデバイスを持っているらしいが、都市外民には馴染みが薄い。
板状端末で組合のシステムにアクセスすると、メッセージが入っていた。
『オルドの坊や。双子とは会えたか。会ったらこの仕事をやりな』
名前はないが、呼び方からしてダーラムだった。なんとも都合のいいタイミングで、怖いくらいである。
仕事の内容は、イレングル区に程近いサボージ採掘場を占拠した武装勢力の排除であった。条件は可能な限り早く実行、敵の殲滅、採掘場の被害は問わないとあった。
組合が送ってきた依頼を見せると、マーセルが話し始めた。
「サボージ採掘場はここの有力者の1人で、周辺の採掘場を取り仕切っているグディという人物のものですね」
「詳しいな」
「兄さんは無駄知識を蓄えるのが趣味なんですよ!」
あはあはと笑うマルシャを無視してオルデルドとマーセルは話を進めた。戦闘は論外なフェイリナは、視線を2人の間で左右させながら話を聞いていた。
「条件が気になるな」
「採掘場が敵に占拠されたのはつい最近みたいですね。早く取り戻したいからこんな条件になったのでしょう」
「殲滅!考えなくていいから楽ですね!」
「マルシャは静かにする」
「はい」
マルシャは素直に静かになった。
「それでどうします?受けますか?」
マーセルが尋ねる。彼らの力量を図ること、金の問題、諸々勘案すれば選択肢は一つだった。
「……受ける」
オルデルドは答えを告げ、板状端末から依頼を受諾した。
「では早速行きましょうか」
オルデルドとマーセル、マルシャは巨人器に乗り、サボージ採掘場へ向かうことになった。
フェイリナは格納庫に置いて行った。戻るまで出ないように言ってある。外套は着せたが、彼女を1人で出歩かせる気はなかった。
3人はイレングル区から出るゲートで待ち合わせた。オルデルドが〈ファイトーム〉に乗り待っていると、彼らの巨人器が来た。
マーセルとマルシャの器体は〈スタドルド〉だった。どちらも暗い灰色に塗られ、識別のためか一部がそれぞれ青と緑に塗り分けられていた。
マーセルの器体は三連装(トライ)メインレイルガンという、長銃身のレイルガンを3つ束ねた改造銃を抱えていた。
一方のマルシャの器体はタイタンバールという巨人器の全高ほどはある解体器具を担いでいる。他に共通して小型のレイルガンと対装甲ナイフを装備し、背中には長期行動用のコンテナを背負っている。
珍しいのはマーセルの〈スタドルド〉に偵察用の無人航空機が装備されていることだった。小規模部隊に無人機は有用だが、無人機使いは忌避されやすい。マーセルはそういう偏見を気にする性分ではないらしい。
無人機のことを除けば普及型である〈スタドルド〉に戦闘用の装備を施した、自由器士としてはよく見るスタイルだ。
ハイペス市製の自由器士向け巨人器の最新型のような強力な器体が望ましかったが、それは高望みというものだろう。
オルデルドの〈ファイトーム〉は目立つ器体を隠す外套をまとい、グストヴから奪った衝撃ハンマーを肩に担いでいた。武器はこれだけだ。
『なんですかそのマント。かっこいいと思ってるんですか?あ、フェイリナさんもマント着てましたね。分かりましたあなたの物って表現なんですね!』
マルシャは〈ファイトーム〉のいでたちを見るなり、そんなことを言った。
『武器がハンマーというのは……解体器具を好き好んで使うマルシャよりマシですね』
『あ!またひどい!』
「いいから行くぞ!」
わちゃわちゃと騒ぎ出す双子にうんざりして、オルデルドは必要以上に声を張り上げて宣言した。
《やかましい連中だな》
「まったくだ」
コックピットの中なので〈声〉が遠慮せず響いた。送信を切れば誰にも聞かれず〈声〉と話すこともできる。
〈ファイトーム〉と2体の〈スタドルド〉が、採掘場を目指して走り始めた。
サボージ採掘場の奪還任務は、急を要する依頼だったため敵情に関する情報は何もなかった。故に、偵察から始めなければならなかった。
採掘場が近づくと、マーセルは停止を指示し、オルデルドは素直に従った。
マーセルの〈スタドルド〉が膝をつき、バックコンテナに横付けされたカタパルトが斜めに倒れ、無人航空機を打ち出した。
カタパルトの加速と推進器の力で飛び上がった無人航空機はある程度の高度に達すると主翼を広げ、推進器を停止して滑空しながらサボージ採掘場へと向かった。推進器の駆動から探知を避けるためだ。
しばらく待つと、採掘場の上空に達した無人航空機から画像が送信され、各器体に共有された。
採掘場は数十箇所が無計画に掘られ、その穴が細く掘られた道で繋がっており迷路のような様相を呈していた。
その迷路の中では作業用巨人器が多数、採掘作業に従事しており、採掘場の周囲には戦闘用巨人器〈エンローグ〉の影があった。その数は4体だ。
『採掘場の中にも6体いますね』
画像を精査しているマーセルが言った。
「合計10体か」
『ちょうど1個器士隊分ですねぇ』
マルシャの言う通り、巨人器10体というのは1個器士隊に相当し、標準的な戦闘単位であった。ただし、それは器士団の話だ。10体も巨人器を運用する自由器士隊は少ない。
「3対10か。厳しいな」
『そうでもないですよ?』
オルデルドは敵味方の数を単純に比較して厳しいと判断したが、マーセルにとっては違った。
『敵は広域に分散していますから、集結される前に各個撃破してゆけば優位か互角に戦えます。それに相手は素人ですから』
マーセルは言い切った。
「なぜ素人だと?」
『10体で守るなら、警戒は別に立てて2箇所に巨人器を集結させておくべきです。多少の損害は覚悟して。それが採掘場の周囲に分散させている。これじゃあ各個撃破してくださいと言っているも同然ですよ』
確かに、マーセルの言う通りだった。採掘場の周囲に1体ずつ分散する〈エンローグ〉は相互に援護できる位置にいない。
『勝てる戦いです』
マーセルは断言したが、オルデルドは違和感を覚えていた。その原因を探るべく画像を眺めていると、あることに気がついた。
「採掘が続けられているな」
『あ、ほんとだ。忙しそー』
武装勢力に占拠されているにも関わらず、採掘が続けられている。作業を強要されているのか、採掘場の機材を武装勢力が使用しているのか。
「敵が働かせているのか?設備を使っているだけか?」
『さて、どうでしょうね』
マーセルは採掘継続について重視していないようだったが、オルデルドとしては気になる要素だった。
「作業員が働かせてられているなら、やりにくいな」
『何がです?』
マーセルの反応はどうにも鈍く、オルデルドの懸念を理解していないようだった。
「巻き込むかもしれないだろ」
『ああ、それなら巻き込んでも平気です』
「なんだと?」
マーセルの回答は、オルデルドの予想外のものだった。
『条件にあったでしょう。設備の被害は問わないと』
オルデルドは理解した。依頼者は作業員な安否を無視し、敵の殲滅と採掘場の奪還を優先しているのだと。そして、マーセルはそれを理解しながら問題視していなかったと。
『気に入りませんか?でも自由器士ってこういう仕事ですからね?』
出会ってからまだ短い付き合いにも関わらず、マーセルはオルデルドの内心を見抜いたかのように告げた。
《レーレイ区のことを思い出したか》
〈声〉が響いた。レーレイ区を空賊団が襲撃した際、戦う力を持たない者も容赦なく蹂躙された。
《彼の言う通りだな。これはこういう生き方だ》
他者の生き血をすすり糧とする。空賊団の人間を殺すのは構わなかった。義はこちらにある。これからはそうはいかない。
《嫌か?ならば父親のことは諦めろ》
それは選べない道だった。
「どんなことでもしてやるさ」
それは〈声〉への言葉だったが、マーセルの問いへの答えにもなった。
『では、行きましょうか』
『はい!殲滅です!』
2体の〈スタドルド〉が動き出す。オルデルドは〈ファイトーム〉をそれに続かせた。
サボージ採掘場の周囲には距離を開けて〈エンローグ〉が立っていた。右手にはレイルガンを持ち、左手には大盾を構え、背には対装甲アックスを吊るした標準的な装備だ。
サボージ採掘場は荒野にあり、その周囲は起伏に富んだ地形をしており、巨人器が丸ごと隠れられる岩まであるほどだ。
その岩の間から、マルシャの〈エンローグ〉が飛び出してきた。可能な限り発見されない距離まで接近していたのだ。
敵に気付いた〈エンローグ〉は大盾とレイルガンを構える。だが近すぎた。マルシャの〈エンローグ〉はタイタンバールをふるい、その湾曲した先端部で大盾を引っ掛けて引き寄せた。
途端に〈エンローグ〉は姿勢を崩し、射撃がままならなくなる。マルシャの〈スタドルド〉はタイタンバールを手放すと、右脚に取り付けた鞘から対装甲ナイフを引き抜いた。
左手でレイルガンを抑え、まず首に対装甲ナイフを突き刺して燃料供給ケーブルを切断し、〈エンローグ〉の火炎放射器を使用不能にする。そのまま抱きつくように拘束すると、逆手に持ち替えた対装甲ナイフをコックピットハッチへ一直線に振り下ろした。
ほとんど同時に、別の〈エンローグ〉も襲われていた。
岩陰から放り込まれた手榴弾から煙が吹き出し、〈エンローグ〉は何も見えなくなる。視覚のみならず電波や音響も妨害する物質を含んだ索敵阻害グレネードだった。
その背後に、マーセルの〈スタドルド〉が忍び寄る。左腕の鞘から対装甲ナイフを引き抜き、無防備な背部へと突き刺す。
搭乗者を失った〈エンローグ〉は痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
マーセルの〈スタドルド〉は阻害グレネードの効果範囲から抜けると、地面に置いた三連装メインレイルガンを回収した。
索敵阻害グレネードの煙が上がるのを見て、オルデルドは行動を開始した。
〈ファイトーム〉を岩陰から飛び出させ、全速で駆け抜けて〈エンローグ〉へと一気に接近する。
器体の推進器は使わない。制御が困難だからだ。
敵がこちらに気付いて大盾を構えた。大盾の表面には爆発反応装甲が取り付けられており、下手に近接攻撃を仕掛ければこちらが弾かれてしまう。
〈エンローグ〉の右側、レイルガンを持つ側へと大回りで回り込む。〈エンローグ〉は大盾を構えつつレイルガンを向けようと器体を回すが、それは不正解の動きだった。
ガラ空きの右背面へと、衝撃ハンマーを横薙ぎに振るう。
内蔵推進器によって高速で振るわれた衝撃ハンマーは、〈エンローグ〉の背部を直撃した。〈エンローグ〉は放物線を描いて吹き飛び、正面から地面に激突するように倒れ、数メートルを滑ってからようやく止まった。
衝撃ハンマーによる搭乗者へのダメージは、交通事故に匹敵するとも言われる。あの器体の搭乗者が普通ならば、自力での再起はできないだろう。
息を合わせたマーセルとマルシャによる同時奇襲に始まり、索敵阻害グレネードの煙を合図にしたオルデルドの強襲によって計3体の敵巨人器が撃破された。残るは地上部を警備する1体と、採掘場内の4体のはずだった。
『なるほど、早いですね』
通信でマーセルが話しかけてくる。
『残る1体も頼めますか?僕たちは先に中を』
「いいだろう」
2人の〈スタドルド〉は採掘場の中を降りながら合流を目指して動き始めた。オルデルドの仕事は残る1体の〈エンローグ〉の撃破だった。
衝撃ハンマーを肩に担ぎ、採掘場の外周を回るように〈ファイトーム〉を走らせる。
〈エンローグ〉が見えた。既にこちらに気付き、レイルガンを撃ってくるが、この距離では強化装甲に対して効果は薄い。多少の被弾は無視して真っ直ぐ走る。
しかし……
「相手は何者だ」
《どうかしたか?》
「この距離でレイルガンを撃つとは、まるで素人だ」
案の定、〈エンローグ〉は弾倉を空にしてしまった。もたもたと弾倉交換作業に入る。人間からして銃撃の間合いに見えて、巨人器にとって一瞬で接近できる距離だというのに。
〈エンローグ〉はようやくレイルガンに弾倉を取り付け終えたが、もう遅い。
飛び上がり、振りかぶった衝撃ハンマーを、頭へ振り下ろした。
轟音。衝撃波が砂塵を舞わせる。
膝がかくんと折れて、大地に倒れ込む。
関節部の保護が限界を限界を迎え、首があらぬ方向に曲がる。
〈エンローグ〉は動かなくなった。
その器体を見て、なおオルデルドの疑問は強くなった。
衝撃ハンマーを置き、しゃがんで〈エンローグ〉の外れた首に触れる。オルデルドの意思に従い、接触回路からあらゆる障壁を突破して器体システムにアクセス。通信の認証コードを手に入れる。
『見張りの連中に繋がらないぞ』
『さっきの煙はなんだ』
『敵だ!グディめ、自由器士を寄越して来たに違いない!』
『全員で武装しろ!』
敵勢力の通信を傍受した。慌てふためき、混乱しているのが伝わる。敵は本当に素人なのだろうか。
オルデルドは〈ファイトーム〉の頭だけを出し、採掘場内を覗き見た。移動するマーセル達と、混乱しつつも対応する敵勢力が見えた。
《彼らを援護しないのか》
「敵の正体を確かめたい」
〈声〉にそう告げ、オルデルドは〈ファイトーム〉をその場に留めた。
採掘場を降りながらマーセルはマルシャと合流した。拾った大盾を構えたマルシャの〈スタドルド〉が先を進み、マーセルの〈スタドルド〉は少し距離を離して後に続く。
岩陰から〈エンローグ〉が現れ、大盾を構えてレイルガンを撃ってきた。
言葉も交わさず、2人は連携する。マルシャの〈スタドルド〉が大盾で敵弾を防ぎつつ囮となり、その隙にマーセルの〈スタドルド〉が射撃ポジションに付き、両手で構えた三連装メインレイルガンを撃った。
長銃身のレイルガンを3つ束ねた大型武装である。高初速弾が順番に撃ち出され、巨人器単体ではあり得ない弾丸の雨を浴びせる。
精度が悪く有効射程は重さに似合うほどはないが、マーセルは敵を有効射程に捉えていた。
横合いから降り注ぐ弾丸の雨に、〈エンローグ〉が腰を落として構えた大盾で耐える。大盾の表面の爆発反応装甲が作動し、爆発が派手に連続する。
その隙に、マルシャの〈スタドルド〉が大盾を捨てて接近した。
マーセルの射撃が止む。だがそのタイミングは絶妙で、直後にマルシャの攻撃が加えられた。
巨人器サイズまで拡大された解体器具であるタイタンバールが振り下ろされ、〈エンローグ〉を強打する。
マルシャはタイタンバールの湾曲部を脚に引っかけ、〈エンローグ〉を転倒させた。
その無防備な背中に、タイタンバールを突き刺した。
出力は低いが対装甲ブレードである。その先端部は強化装甲を突き破り、コックピット内の搭乗者まで達した。
無力化した敵にはもう目もくれず、2人は移動を再開した。上空を旋回する無人航空機が送ってくる採掘場全体の映像を頼りに、迷路のような採掘場を迷うことなく進む。
通路を抜けた位置に〈エンローグ〉が待ち構えていた。マルシャの〈スタドルド〉は勢いをつけて通路を抜け、〈エンローグ〉の待ち伏せをすり抜ける。
その背後に、マーセルの器体が投げた電磁グレネードがぶつけられた。放出されたエネルギー波の範囲は狭いが、確実に〈エンローグ〉を短時間で麻痺させる。
その隙で十分だった。マルシャの〈スタドルド〉はタイタンバールで〈エンローグ〉の足を引っ掛けて引き倒し、転倒したその胸部へマーセルの〈スタドルド〉が対装甲ナイフを突き刺した。確実を期すため、素早く丁寧に3度も突き刺す。
先の通路から別の〈エンローグ〉が姿を現した。レイルガンを撃つ寸前、マルシャの〈スタドルド〉が投げた炸裂グレネードが直撃する。強化装甲に効果は薄いが、爆発の衝撃で〈エンローグ〉が通路の壁に激突した。
ふらふらと通路から出てきた〈エンローグ〉に、三連装メインレイルガンが容赦なく連射される。散々に打たれた〈エンローグ〉はタイタンバールを突き刺され、力無く倒れ、土煙を上げた。
マーセルとマルシャの器体は移動を再開し、ぐんぐんと狭い通路と広い採掘エリアを抜けて行った。
『楽勝ですねぇ兄さん!』
「まだ終わってないから油断しないこと」
『わっ!お母さんみたいな言い方!』
採掘エリアに出る。敵はいない。無人航空機からの映像をチェックすると、敵は次の採掘エリアに集結していた。
最後の敵を求めて通路へ入る。
『あの人、来ませんね』
「まだ上にいるみたいですね」
『何してるんでしょう』
「さあ」
実際のところ、オルデルドが敵を倒し終えてこちらの様子を伺っているのは把握していたのだが、口には出さない。
「……止まって」
無人航空機が送る上空からの映像をチェックしていたマーセルは、異変に気付いて停止を指示した。ここは1番広い採掘エリアだった。
残る3体の〈エンローグ〉が大盾を構えて近付いてきている。問題はその背後にレイルガンを手にした作業用巨人器の大群が続いていることだった。
サボージ採掘場を占拠した(依頼主にとっての)敵の正体は、採掘場で働いていた作業員だった。
敵の通信を聞く限り、オルデルドはそう判断した。
彼らは採掘場の持ち主であるグディから安値で過酷な扱いを受けており、そのことに不満を溜めて武装蜂起したのだ。
戦闘用巨人器をどこから調達したかは不明だが、なんらかの利害関係が絡み合い外部からもたらされたとも考えられる。採掘を続けていたのは、提供者との取引のためか。
採掘場の戦闘を覗き見る。
マーセルとマルシャの〈スタドルド〉は、3体の〈エンローグ〉を先頭に、レイルガンで武装した作業用巨人器と撃ち合っていた。弱小の相手とはいえ数の差があり、推されつつあった。
《お前は行かないのか?》
〈声〉が響いた。
「俺が行かなくても勝てるだろう」
数が多いとはいえ、作業用巨人器には違いない。マーセルとマルシャならば易々と殲滅できるはずだ。
《お前が行かなくても勝てることと、お前が行かないことは違う》
〈声〉は響き続けた。
《ルイスティン区が襲われたときのことを思い出したか?お前の父親が攫われたときのことを》
「……そんなことはない」
ここにいることを否定したくて、オルデルドは嘘をついた。〈声〉は指摘もせずに続けた。
《お前は善悪で戦いを決めるのか?ならば躊躇うことはない。敵はここを占拠した、依頼主にとっての悪だ》
「そういうことじゃない。ただ」
《お前は敵が悪いから父親を助けるのか?ならば、敵が弱ければ、悪くなければ父親を助けないのか?》
〈声〉は覚悟の話をしていた。父を助けるためロドレマ団を追う。その過程で自由器士として戦う。ロドレマ団はオルデルドにとって躊躇う必要のない悪だったが、自由器士として戦う相手に善悪はない。
ここに秩序などない。ただ、互いに目的があり、そのために力をぶつけ合う。強い方が、運がある方が残る。
オルデルドは父のことを思い返していた。
父は優れた巨人器乗りだった。戦う場面は数えるほどしかなかったが。父はその技術を息子のオルデルドに伝えながら、息子を自由器士にはしなかった。
こういうことを息子にさせたくなかったのかもしれなかった。それを聞くことは、今はできない。
《この仕事ができないなら、父親を助けるのは諦めろ》
「分かっている、そんなこと」
オルデルドは〈ファイトーム〉を立ち上がらせた。
作業用巨人器が装備する分のレイルガンが用意され、使うための改造も施されている。マーセルは敵の正体に関する予測が正しいことを確信した。
作業用巨人器に強化装甲はない。防御力は皆無だ。当然対装甲ブレードも使えない。
だがレイルガンは器体に若干の改造を施せば使うことができた。レイルガンの運用プラットフォームとしては頼りないが、撃つことはできる。
それが隊列を組めばそれなりの脅威だ。全滅する前に押し切れるかもしれない。それが目の前にあった。
三連装メインレイルガンを掃射すれば、強化装甲を持たない作業用巨人器は一掃できる。
だが
「くっ!」
3体の〈エンローグ〉は集中してマーセルの〈スタドルド〉を狙っていた。三連装メインレイルガンが脅威だと理解しているのだろう。絶え間なく射撃を加え、マーセルの器体が自由に行動できないようにしていた。
武装した作業用巨人器の隊列はのろのろと、しかし確実にマルシャへと向かっていた。
『わーっ!お客さん並んでください!』
弾幕に追い立てられて、マルシャの〈スタドルド〉が交代しつつ爆発グレネードを投擲する。直撃を受けた作業用巨人器がガラスコックピットを消滅させ、そのまま後ろへと倒れるが、それを見ても隊列は止まらない。
マーセルとマルシャは分断され、それぞれ岩陰に隠れた。そこに猛烈な射撃が加えられ、遮蔽物が削れてゆく。
だが、物量がそれを補った。遮蔽物が徐々に削れてゆく。
『どうしましょ!』
「弾切れを待って反撃します」
『盾の方が先になくなりますよ』
マルシャの言う通りだった。
彼はまだ来ないか。敵集団の奥へと視線を向けると
白い器体を駆け降りていた。
外套を脱ぎ捨て、傷だらけの白と灰色の装甲を纏った巨人器が急斜面を全速力で駆け下りてくる。勢いのまま飛び上がり、手にした衝撃ハンマーを振り上げ、武装した作業用巨人器の集団の中心へと振り下ろした。
衝撃ハンマーを受け、潰れるガラスコックピットの中に人間が見えた。突然迫る死に驚き、慄き、必死に逃れようとする人間は、コックピットごとハンマーで潰されていった。
斜面を駆け下りた勢いと内蔵推進器の加速を合わせた衝撃ハンマーの振り下ろしは、作業用巨人器を粉々に粉砕しながら地面を叩いた。
衝撃波が広がる。
オルデルドの視界には、レイルガンで武装した多数の作業用巨人器があった。
衝撃ハンマーを水平に構え、推進器を作動。横薙ぎに振るう。至近にいた作業用巨人器が複数、破壊されながら飛び散る。
ハンマーを手放して落ちていたレイルガンを蹴り上げて拾う。周囲の作業用巨人器に次々と撃ち込んでいった。
3体の〈エンローグ〉がこちらを向き、レイルガンを構える。その内の1体の背中、上部のコックピットハッチにタイタンバールが振り下ろされた。
『背中を向けてくれてありがとうございます!』
マルシャだった。彼女の〈スタドルド〉は一撃で無力化した〈エンローグ〉から離れると、別の〈エンローグ〉へと襲いかかった。瞬時に右手のレイルガンを絡めとる。
マーセルの〈スタドルド〉は三連装メインレイルガンを作業用巨人器の集団に掃射した。長砲身による高初速弾が、無防備な作業用巨人器を次々とスクラップに変えて行った。
オルデルドは器体にレイルガンを捨てさせ、衝撃ハンマーを拾わせた。残る1体の〈エンローグ〉に突撃する。
〈エンローグ〉は近距離にも関わらずレイルガンを向けてきた。〈ファイトーム〉が止まらなかったため、撃つ前に銃口の内側へ入られてしまう。
〈エンローグ〉の背後に回ったオルデルドは、衝撃ハンマーを大きく振りかぶり、推進器の勢いも乗せて振るった。背中に強烈な一撃を受けた〈エンローグ〉は、放物線を描いて飛び、頭から地面に倒れた。
マルシャの〈スタドルド〉は対峙する〈エンローグ〉の武装を全て剥ぎ取り、転倒させたその胸に対装甲ナイフを突き刺していた。
オルデルドも最後の一撃を繰り出す番だった。両手で持った衝撃ハンマーを振り上げて、推進器を起動。〈エンローグ〉の背中へと叩き込んだ。
インパクト系兵装としては規格外の威力が、〈エンローグ〉の背部装甲を粉砕し、フレームを歪ませた。例えば搭乗者が生きていたとしてと、悲惨な結果を迎えているだろう。
こうして、採掘場を占拠した武装集団は殲滅された。
念のため残敵を確認したが、無人の作業用巨人器10体の他には特に何も残っていなかった。
採掘場の通信設備を使って自由器士組合に任務達成の報告を入れる。後は依頼主のやることだった。
3人はサボージ採掘場を離れ、イレングル区への帰路についた。途中、マーセルが無人航空機を回収するのも忘れない。
3体の巨人器が荒野を行く。
「敵は元からここで働いていた作業員だった」
オルデルドは何となしに呟いた。
『誰かに武器を渡されて強行に走ったようですね』
マーセルは敵の正体について特に思うところないようだった。
「気付いていたのか?」
『グディは作業員に重労働を課していると噂ですからね。そのくらいの予測は』
オルデルドはダーラムという昔の知り合いこそいたが、今のイレングル区には詳しくないと思い知った。
マーセルは最初から敵の正体を察していたにも関わらず、この依頼になんの躊躇いも見せていなかった。
「なぜ言わなかった?」
オルデルドは既に選んだ。だからマーセルを非難できる立場にはなかったが、聞かずにはいられなかった。
『依頼主と敵の事情なんて気にしていたら、この仕事は務まりませんよ。それに』
マーセルはいったん言葉を切り、続けた。
『父親を助けようとしているあなたが、彼らと戦えるか不安だったので』
「なぜ、それを」
オルデルドは自分の目的を彼らに伝えていなかった。他に目的を知るのはフェイリナだが、彼女は何も話していない。
いや、1人いた。オルデルドが自分から話した相手だ。
『ダーラム女史から聞きました』
「あの人は……」
マーセルの答えは心当たりの通りだった。ダーラムはオルデルドの目的に付き合える人物を選んで送ってきたのだ。
オルデルドはダーラムに過度な借りを作るつもりはなかったが、こちらが隙を晒したところに貸しを押し付けられた形だ。
3人はイレングル区のゲートへと到着した。
『……お腹が空きました。兄さん、晩御飯はどうしましょうか』
マルシャがぼやく。太陽は暗くなりつつあった。
『それで、僕たちは合格ですか?』
マーセルは問う。今回の戦いは、彼らとチームを組むかのテストだった。
繰り返すが、オルデルドは既に選んだのだ。
オルデルド達が出かけている間、フェイリナは〈ファイトーム〉から吸い出した推進器のドライバを精査していた。
〈ファイトーム〉の重量や推進器配置を考慮したバランスではないため、これを雛形に調整してゆく。もっとも、満足のいくものではない。調整と試験を繰り返して最適なドライバを構築するべきだったが、手持ちの機材だけでは限界があった。〈ファイトーム〉を万全にするには充実した設備と相応の時間が必要となる。
それを言ったところで聞く人ではないというのは短い付き合いの中でも理解していたため、フェイリナは今できることをするしかなかった。
フェイリナの作業は、格納庫の扉が開くブザーと駆動音で中断された。
端末を置き、部屋の外の階段に出ると、扉の外に〈ファイトーム〉の姿があった。外套をまとい、衝撃ハンマーを持つその姿は出て行った時と同じだ。
格納庫へ〈ファイトーム〉が入る。その背後に〈スタドルド〉が2体続いた。
誰の器体か、と思ったがオルデルドが連れてくるのだからあの2人しかいないだろう。
3体の巨人器がそれぞれ器体を固定具へと固定する。フェイリナはそれを待って階段を降り、〈ファイトーム〉へと駆け寄った。
背中のハッチが開き、オルデルドが固定具の足場へと降り立つ。固定具の梯子を下り、格納庫の床へと降りた。
フェイリナはオルデルドに駆け寄ると、上から下まで眺めて異常がないことを確かめようとした。
「おかえりなさい。なんともなかった?」
「お前の大事な〈ファイトーム〉は無被弾だ」
「あなたの心配もしてるんだけど?」
〈ファイトーム〉を運用し、その性能を解き明かすためにはオルデルドが不可欠なのは事実だから、嘘は言っていない。
フェイリナはオルデルドの顔を見上げて、表情がいつも以上に硬いことに気付いた。
「どうかした……?」
「何が」
「何かあったの?」
「特に何も」
オルデルドは硬い表情のままそう答えるのみだった。その意味を察するには、まだまだ付き合いが短い。
「あの〈スタドルド〉は?」
「あの2人だ」
2体の〈スタドルド〉の首の後ろのハッチが開き、それぞれの器体からマーセルとマルシャが姿を現した。固定具の昇降機を使い、格納庫の床へと降りる。
「はぁー、終わりましたねぇ」
「楽な仕事でしたね。弾を使いすぎたかも」
「兄さんはケチですねぇ」
たわいもない会話を交わしながら、マーセルとマルシャはオルデルドのもとへやって来た。
「結局一緒にやるの?」
「そうだ。事情も承知してくれた」
マーセルとマルシャは、オルデルドの父親を助けるという目的に付き合うことを了承したらしい。自由器士を雇う提案をした身として、フェイリナは安堵した。
「ご飯にしましょうよ。お酒付けて。私はお腹が空きました」
飲酒を求めるマルシャに、フェイリナは少し驚いた。どう見てもマルシャは未成年だ。飲酒とは、都市外が無法地帯だということを改めて感じる。
「酒はともかく、いいだろう」
「ではカーグル隊の結成祝いといきますか」
「カーグル隊?」
マーセルがあげた隊名を、オルデルドは疑問を示すように復唱した。
「あなたが隊長だから、カーグル隊なんですよ」
「そういうものか」
「もう行きましょうよー」
マルシャが急かしてきたので、カーグル隊の自由器士3人と1人は店へと繰り出すのだった。
雰囲気に流されて2人して飲みすぎた。マーセルはそう告げて、夜風にあたるためにマルシャと共に格納庫の屋上へ上がった。
既にオルデルドとフェイリナは自室に引っ込んでいる。
「それで兄さん、なんて報告しますか?あの〈ファイトーム〉って器体、天界器士団のものじゃないですか?」
屋上の柵に寄りかかるように座るマルシャは、飲んだ量の割にははっきりとした喋りで尋ねてきた。
「彼らについて報告はまだいいです。ロドレマ団について追うとだけ。都市外組織を調べるのも僕たちの任務ですから」
「あは〜、情報を秘匿するつもりですねぇ。いっけないんだぁ」
マルシャはケラケラと笑った。
「乗ってる方についてはどう思います?」
「見たところ彼は天界人。父親を拐われたというのも本当でしょう。」
マーセルの勘だったが、オルデルドは人を騙すタイプではない。むしろ実直なタイプに思えた。
「それより気をつけるべきはもう1人の方です」
「ああ、フェイリナさんですね。オッパイ大きいですからね」
「そうです」
「およ?否定しない?」
胸はともかく、見た目がいいというのは気になる要素だった。無論、好感の意味ではない。
「彼は何も言ってませんでしたが、彼女は都市の人間でしょう」
「ふん……探りを入れます?」
「いや、尻尾を出すまで待ちます。こちらのことを知られたくないので」
「私たちに尻尾を見せる前に、オルデルドさんにお尻を見せる方が早そうですね!……もう見せてるのかな」
「うーん……それはないんじゃ?今も静かですし」
マーセルには、オルデルドがフェイリナを庇っているようにも見えた。〈ファイトーム〉の運用の協力者とだけ紹介されたが、巨人器に詳しいなら元市民というのが普通だ。問題は今も市民かもしれないということだ。
「酔いも醒めたし、戻りましょうか」
「そもそも酔ってません!まだ飲めますよ!」
「やれやれ……」
マーセルが屋内へ戻ると、マルシャはふらつきながら立ち上がって後を追った。
第3話「誰かを踏みにじる覚悟」 了
かんたん登場人物紹介
オルデルド:主人公。疑り深さと無謀さが同居する、結構単純なやつ。この度、なけなしの正義感を放り捨てた。
〈声〉:巨人器〈ファイトーム〉に宿る意思だが、性能には何も関係がない。実体がないせいで作者から頻繁に存在を忘れられ、後から台詞を入れられる。オルデルドについては所帯を持てば落ち着くかなぁと思っているので、とっととフェイリナをものにすればいいと思っている。
フェイリナ:後方支援系ヒロイン。出番を作るのを忘れそうで怖い。常識人ポジションのはずなのだが、割と非常識人。
マーセル:仲間その1。女装も可能な少年的美形。頭脳担当。便利すぎるので、主人公の意思決定を奪わないように気を付けなければいけない。
マルシャ:仲間その2。異常成人未発育女性。暴力担当。癒し。
プロクト:オルデルドの父。マ〇オでいうところのピ〇チ姫状態にある高齢男性。
ダーラム:自由器士組合の長。10年前、オルデルドのママになってもいいと思っていたのだが親子には逃げられた。全面的に味方のつもりなのだが、当の本人からは信用されていない。