自由器士隊「カーグル隊」は正式に結成され、本格始動した。
と言っても、すぐに依頼が来るわけではなかった。自由器士組合から依頼が送られるまではするべきことはない。
「〈ファイトーム〉を綺麗にしよう!」
隊が暇であることを知ったフェイリナは、朝からそんな提案をした。なお、昨晩飲み過ぎたマーセルとマルシャはまだ起きてこない。
「……?」
朝食をとっていたオルデルドは、突然の提案の意図を図りかねていた。
「〈ファイトーム〉は今、傷だらけでしょ?」
「確かに」
レーレイ区で初めて乗り込んだときは新品同然だった〈ファイトーム〉は、バナディツ空賊団のリーダー、グストヴの巨人器〈ドラドル〉との戦いで何度も攻撃を受け、傷だらけとなっていた。
強化装甲で守られた器体そのものに深刻な損傷はない。それはフェイリナによる器体状態の診断で分かっている。だが装甲の表面は傷だらけで、白い塗装はあちこちが剥げている。
しかし、戦えば器体が汚れるのは当然のことだ。器士団の器体ではないから見た目に気を使う必要もない。頻繁に塗り直せばお金と手間ばかりかかる。
「このままでいいだろう」
オルデルドは理由を省略してそう告げた。しかし。
「よくないよ!」
《このままでは悪い》
フェイリナの否定の声と共に、オルデルドの頭の中に〈声〉が響いた。
「先生から預かった大事な器体なんだから、綺麗にしておかないと!」
《洗浄をし、清潔にしておくべきだ》
フェイリナは敬愛する上司のため、〈声〉は自分が宿る器体のため、〈ファイトーム〉のクリーニングを主張してきた。肉声と頭に響く声、同時に聞かされてオルデルドは少し辟易とした。
フェイリナの主張はともかく、〈声〉のために器体をクリーニングすることはやぶさかではなかった。父も、身だしなみに気をつけ、清潔を保つように常々言っていた。今まで乗ってきた巨人器は借り物ばかりで汚れるに任せていたが、〈ファイトーム〉はオルデルドの器体だ。気をつけるべき身だしなみの内に入るだろう。
「では器体をクリーニングするか」
「やった!ありがと!」
《丁寧にやれ》
提案を承諾され、フェイリナは小躍りしそうな勢いで喜んだ。〈声〉は余計な指図をしてきた。
「おはようございます」
「はぁ〜ねむ」
そこにマーセルとマルシャがやって来た。マーセルは意識をはっきりとさせていたが、マルシャは眠たげだった。
「2人とも、朝ごはん食べたら手伝ってね?」
「ふえい?」
マルシャはまだ眠そうな顔で気の抜けた返事をした。
組合経由で巨人器の洗浄機材と補修機材、塗料を購入し、〈ファイトーム〉の洗浄作業が始められた。
オルデルドは〈ファイトーム〉に乗り、格納庫裏の広場へ器体を移動させた。
『じゃあ始めて!』
『はいはい。兄さんめ、逃げやがった……』
フェイリナが通信機で呼びかけると、〈スタドルド〉に乗るマルシャが応答し、手にした洗浄機からみ洗浄液を噴射し、〈ファイトーム〉に吹きかけた。なお、水没させるべきではない箇所にはシーリングをしてある。
ちなみにマーセルは「用事があります」と言ってどこかへ行ってしまい、3人でやることになった。
『なーんかいけない気分になりますねぇ』
マルシャがそんなことを呟くが、オルデルドには理解できなかった。
『巨人器だって汎用型なんだから、巨人器でやるのが1番でしょ』
『まあ、そうなんですけどね』
大まかに器体を洗い終わったら、今度は水分をとばす。
それが終わったら器体を格納庫に戻して、器体から降りて細かな傷を塞ぐ作業に入る。
それにはフェイリナも参加した。3人して補修機を持って作業する。
補修機は小型の立体出力機になっていて、入力された形状データを元に穴や傷を塞ぐことができる。〈ファイトーム〉の形状データはフェイリナが持っていたので、補修機を使うことができた。
数箇所目の傷を消して、マルシャがぼやいた。
「めんど〜。組合は自動補修機持ってるでしょ?なんでそれ使わないんですか?」
「あまりこいつを見られたくない」
「依頼で乗ってるのに?」
「む……」
昼食を挟み、傷消しが終わると今度は塗装だ。フェイリナが選んだ白い塗料を3人で塗ってゆく。
なお、元の色と微妙に違い、ムラになることをフェイリナが嫌がったため全身を塗ることになった。
塗装が終わる頃にはすっかり暗くなっていた。慣れない作業のせいで疲労感が濃く、マルシャもぼやく余裕がないようだった。
全ての作業を終え、3人して共用スペースでそれぞれ脱力していると、ようやくマーセルが帰ってきた。
「〈ファイトーム〉、綺麗になりましたね」
「そうでしょう?兄さんもやればよかったのに」
「用事があったんですよ」
作業を終えてそれぞれ疲労をにじませる3人を前に、マーセルは悪びれずに言った。
「器体の清掃を頑張った皆さんに悪い知らせです。ダーラム女史から仕事の話があるので、本部に来いと」
オルデルドとマーセルはダーラムのもとへ向かったが、フェイリナは疲労、マルシャは面倒という理由で来なかった。
「よく来たね。坊やたち」
組合本部建物のバーで顔を合わせるなり、ダーラムはオルデルド達を見上げて言った。
マーセルはともかく、オルデルドとダーラムは目線にかなり差ができている。坊や呼ばわりは不服だった。
「もう坊やというのは不適だと思うが」
「そんなつやつやの顔で、よく言うよ。座りな」
ダーラムは深いしわが刻まれた顔で言うと席を進めた。オルデルドとマーセルは素直に従う。以前と同じボックス席だ。
「それで仕事の話とは?ロドレマ団について何か分かったのか?」
「早合点するな。奴らについて耳に入ったら教えてやるから、今は自由器士の仕事をしな」
ダーラムはそう言うと、板状端末をテーブルに置き、地図を投影した。両端にイレングル区と都市が映し出され、その間を一本の線が結んでいた。
「ここに生活物資を運び込む輸送船が襲われた。それを護衛して欲しい」
「へぇ、いきなり大仕事ですね」
マーセルの言う通りだった。イレングル区のような衛星区は都市からの生活物資――エネルギー、食料、水、衣類、プレハブ建物、巨人器など―――の供給によって生活を成り立たせている。だからこそその輸送船の護衛は大役であり、実績ある自由器士隊にしか与えられない仕事だ。
「どうして僕達に?」
「見込んでんだよ。素直に受けたりな、マー坊」
「だって、気になりますから。結成したばかりの僕たちにこんな仕事を回すなんて、絶対に裏があるでしょう?」
坊や呼ばわりも気にせず、マーセルは追求する。
「相変わらずの長話だね。これを見な」
ダーラムは新たな画像を表示した。大きく損傷した輸送船が地面に墜落している画像だ。
「これは〈ピラジン号〉ですか」
「よく分かるね」
マーセルは画像の船の名前を当ててみせた。ダーラムは珍しく感心した様子だ。
「お前、全部の船を覚えてるのか?」
「必要なので」
「よくやるよ」
オルデルドはマーセルの記憶力と観察力き、感心と呆れを混ぜてつぶやいた。
「〈ピラジン号〉は資源と引き換えにしてオギキュス市から生活物資を持ち帰っていた。それが沈められたんだから一大事だ」
「資源……サボージ採掘場から取ったやつか?」
資源という言葉に、オルデルドは先日の採掘場の件を思い出した。
衛星区であるイレングル区が独立を保っているのは、地理や周辺都市の力関係の他に、こうして資源産地でもあるからだった。
「そこ以外もあるけどね。本題はそれじゃない」
「生活物資が入ってこなければ、イレングル区はたちまち干上がる。そういうことですね?」
「そうだ。次の船〈ダイギワ号〉を出すことになったが、今度は成功させなきゃならん」
ダーラムは真剣な様子だった。
「マーセルも言っていたが、そんな重大事を、なぜ俺たちに?」
「空賊に襲われても普通は武器を見せつけるかいくつかコンテナを渡してやるかすれば船は沈められない。それが沈められ、乗員も護衛も皆殺しにされた。受けてくれる隊がいないのさ」
「それは実績が泣きますね」
「全くね」
マーセルもダーラムも話が済んだ気でいるが、オルデルドは隊長として軽率に決めるわけにはいかなかった。他の自由器士隊が話を断ったのも、完全に責められることでもない。
「俺たちがそれを受けるとでも?」
「船主は周りの都市に顔が効く。区の危機を救えば他の連中もお前たちに注目する。お互いに利があるはずだよ?」
危険はこの道を選んだ時点で承知のことだ。後は目的のため、利があるかどうかでしかない。そしてダーラムの提案には利があった。
「受けよう、その話」
〈ダイギワ号〉の出発は3日後だった。それまでカーグル隊は依頼に出る準備を進める。今回、ダーラムは組合から準備費を出してくれた。それだけ重要ということだが、お陰でカーグル隊は武装を用意することができる。
依頼内容も含め、そのことを格納庫で待っていた女2人に伝えると、驚いたのはフェイリナだった。
「3日後?」
「今日で1日、明日で1日、明後日が3日後……お休み明日だけじゃないですか、もー」
マルシャは格納庫を出た時と変わらない姿勢のまま、たらたらと不満を述べた。
「いきなり過ぎない?」
「何かあるのか?」
「〈ファイトーム〉のドライバを組んでるの。応急だけど。完成すれば推進器がある程度使えるようになる」
以前は設備がないとできないと言っていたはずだが、身一つで巨人器のドライバを組むとは。オルデルドは彼女の技能に驚いたが、顔には出さない。
「どのくらいかかる?」
「完成したら入れてみて、テストして、再調整してテストして……上手いって6日」
「間に合わない。今回はいい。お前は残って作業を続けてくれ」
どの道、航路は往復して数日かかる。戻ってきた時にドライバが完成していれば、また次の依頼には間に合うだろう。
「でも敵は強いんでしょ?」
「護衛依頼の常連が全滅したそうです」
「相手は〈スタドルド〉か〈エンローグ〉あたりだろう。大丈夫だ」
マーセルの余計な補足を遮って言う。するとフェイリナは少し考え込んでから言った。
「私も行く」
「なに?」
「船の中で作業する。テストはできないかもしれないけど」
オルデルドは反対だった。巨人器に乗っていないフェイリナは、万が一船が落とされれば運命を共にすることになる。巨人器に乗る3人だけなら脱出も可能だ。
「いいじゃないですか。連れて行っても」
「よくない。巨人器に乗っているならともかく」
「でも失敗する気はないんでしょ?船ごと守ればいいでしょう」
マーセルとマルシャは楽観的だった。確かに依頼を失敗するつもりはないが、つもりで現実をどうにかできるわけではない。どうにかなるなら、そもそもこんなことはしていない。
「お願い。できるだけいい状態の器体であなたを送り出したいの」
フェイリナが目の前に立ち、胸の前で手を結んで真っ直ぐに視線を合わせてきた。
『彼女の試みがうまくいけば〈ファイトーム〉は強くなる。お前の目的も果たしやすい
連れていけ』
〈声〉が響いた。これで1対4、反対なのはオルデルドだけだった。
「……分かった。頼む」
カーグル隊は全員で輸送船の護衛任務に臨むことになった。
翌日、オルデルド達は組合からの支援金を使い武器装備を揃えた。その間、フェイリナは部屋にこもってドライバ構築作業を続けていた。
そして出発の日、カーグル隊が〈ダイギワ号〉に器体を積み込むと、船はイレングル区の港を発進した。
船長は無名の自由器士隊が護衛につくことにあからさまな不満を示していたが、彼もそれを采配できる立場ではないらしい。船はそのまま進んだ。
依頼に同行したフェイリナは、待機室でドライバ構築作業を続けていた。
その集中した様子に居心地が悪くなったオルデルド含めた3人はこっそりと待機室を出て、格納庫で暇を潰すことにした。
そこでオルデルドは、マーセルとマルシャの〈スタドルド〉に小さな変化が加わっていることに気付いた。
2人の〈スタドルド〉は暗い灰色を基調とし、識別用に一部がそれぞれ青と緑に塗られているが、新たに左二の腕が赤く塗られているのだ。まるで腕章だ。
「あの赤色はなんだ?」
「あれですか。カーグル隊の所属塗装です」
尋ねればマーセルはそう答えた。
「どうして赤色なんだ?」
仮にカーグル隊としての識別色を選ぶなら白だろうと、オルデルドは〈ファイトーム〉を見ながら思った。クリーニングの際、目立たない色に塗り替えようと提案したのだが、フェイリナと〈声〉に拒否されたので元のままだ。
「あら、自覚ないんですか。これですよこれ」
マルシャは自分の黒い髪を摘んで持ち上げてみせた。オルデルドは真似をするように自分の髪を触って、ようやくその赤い髪を模していると気付いた。
「……そんなに目立つか?」
「あなたの特徴を語るなら」
「嫌ならでけーオッパイのペイントにしましょうか?」
「赤でいい」
ちらりと待機室に目をやれば、フェイリナは同じ姿勢のまま板状端末を忙しなく操作していた。
〈ダイギワ号〉は何事もなくオギキュス市に到着した。都市に隣接して建設された港湾部のポートの一つへと着陸し、荷下ろし作業が開始された。
格納庫で息が詰まる思いをしていたオルデルド達3人は、甲板に出て風に当たりながら荷下ろし作業を眺めていた。なお、フェイリナは食事と仮眠時以外ずっと作業をしていて、今も続けている。何か手伝いたいが、何もしないことが1番の手伝いだった。
目線を都市の方へ向ければ、巨大な外周壁が見えた。その奥に背の高い建築物群が見える。港と都市を結ぶ橋は大きな門で隔てられ、その左右には武装した巨人器が立っていた。都市の港と言えど、門で隔てられたここは衛星区と変わりない。
「敵襲はなかったですねぇ」
甲板の柵に寄りかかり空を眺めていたマルシャが呟いた。
「資源輸送を妨害すれば、オギキュス市への攻撃になりますからね。狙うなら帰路ですよ」
マーセルが答える。そういえば彼らは、オギキュス市に着くまでやけにリラックスしていた。
「敵が何者か分かっているのか?」
「さあ……?空賊でも加工前の資源は欲しがらないでしょうし」
マーセルはとぼけた様子だ。だがサボージ採掘場の事情を把握していた彼のことだ。今回の件も調べてあるのだろう。追及したところでのらりくらりとかわされるだろうから、オルデルドは注視するに留めた。
話題が途切れることを嫌ったマルシャが口を開いた。
「フェイリナさん、本気でドライバを組むつもりなんですかね?」
「疑ってるのか?」
「巨人器のドライバ、組めますか?」
「いや……」
マルシャの言いたいことももっともだった。巨人器の開発とは器体設計ではなく、それを動かすドライバの開発が重要だ。大半の巨人器は〈スタドルド〉のシステムを流用しており、それを超えることができたのは巨人器を開発した天界国を除けば一部の都市だけだ。
「フェイリナさんが何者か分かってるんですか?」
「なんとなくは。本人が協力してくれるならそれでいい」
「不用心ですねぇ。絶対市民ですよ、あの人」
フェイリナが市民ということは本人に確かめたため分かっている。問題はどこの市民かということだが、幸運に天界国か旧時代の技術を手にした小都市でなければ……。
巨大な力の影がすぐ近くにあることを感じて、オルデルドはため息をつきたくなった。だが、この2人の前で弱気を見せるわけにはいかない。
「あ、分かりました!オッパイ目当てなんですね!チョロい人だなぁ」
「放り捨てるぞ」
凄んで言うと、マルシャはわざとらしく縮こまった。
「きゃー、怖い!兄さん!」
「マルシャが猫撫で声を出してもねぇ……」
「あ!ひどい!」
船の外では積荷の荷下ろしが終わり、積み込みが始められていた。
資源と引き換えにした生活物資の積み込みを終えると、〈ダイギワ号〉はオギキュス市の港を飛び立った。到着から数時間後、貨物の載せ替え作業が終わるなりさっさと追い出された形だ。例え外周防壁の外であっても都市外民に近づいて欲しくないという都市の心理が透けて見えた。
マーセルによると、これでもマシな方らしい。場所によっては都市から離れた飛地に貨物を降ろさせ、都市から出した船に載せて持ち帰る場合もあるという。
もっとも、カーグル隊にとって重要なのは都市と都市外民の関係ではなく、これから船を襲うであろう敵への対処だった。
「〈ピラジン号〉は夜間に襲撃されました。生存者がいないので詳細は不明ですが、船で乗り付けたのではなく巨人器で待ち伏せしたようですね」
「それ、船長に話したんですか?待ち伏せなら航路を変えればいいでしょ」
浮遊船はよほど高い山でもなければ、殆どの地形を無視して直進することができる。それ故に出発地と目的地が分かっていれば待ち伏せは容易だった。
「エネルギーを使うので、迂回はしないそうです」
「クソ船長じゃん」
マルシャは舌を出して吐き捨てた。襲撃が確定ならば、戦うしかない。
「それでどうするつもりだ?」
オルデルドはマーセルに尋ねたが、わざと作ったあきれた顔された。
「隊長がそれ聞いちゃうんですか?」
「考えがあるんだろ。話せ」
「待ち伏せには待ち伏せで返しましょう。それより問題は」
マーセルが目線で指し示した先には、ベッドに腰掛けて板状端末を操作し、ドライバ構築作業を黙々と続けるフェイリナがいた。
「あとどのくらいかかる?」
「……あと4時間15分」
フェイリナは一瞥もせずそれだけ答えた。
「広域通信で4時間半後に襲撃してって頼みましょう」
マルシャは真顔を作って言った。
フェイリナはただ黙々と作業を続けていた。手にした板状端末に指を滑らせる。
〈ファイトーム〉が〈ドラドル〉からコピーした推進器のドライバで使える部分はオンとオフだけだった。仕方がないので、それだけ使ってドライバの構築を行う。
〈ファイトーム〉は両肩と両腰に推進器を搭載している。推進器は角度をつけた旋回軸で旋回し、推力方向を変えることで多様な機動を可能とする設計だと推測できた。
両腰の推進器は似たレイアウトの巨人器を知っており、ドライバの内容も“覚えている”。それを再現してゆく。
問題は両肩の推進器だ。末端部に配置されたこれは、被弾リスクが高く、また噴射時のベクトルが極端になる。制御が難しい。
このレイアウトが持つ可能性に目をつむり、肩の推進器は腰の推進器と連動して動作するよう設定する。出力を抑え、腰のものをメインとすることで制御を容易にする。
問題は制御パターンだった。様々な運用を想定し、対応する制御を組まなければいけない。
本来はテストと修正を繰り返してデータを集めなければならないが、そんな猶予はない。想像だけでパターンを決めてゆく。
〈ファイトーム〉の寸法や重量は以前に測定したものだけで、機動時の特性に関するデータはない。これも想像と計算で補う。
(間に合え……)
一度だけフェイリナはそう念じて、全ての思考力をドライバ構築に注ぎ込んだ。
オギキュス市の警戒圏を出た〈ダイギワ号〉は、イレングル区を目指して航行していた。
頭上の太陽は暗くなり、暗闇に鈍い光を放つのみだ。
眼下には荒野。大小の岩が立ち並び、人間には踏破できない高低差がある。
その岩のいくつかが動いた。隆起したかと思うと、くしゃくしゃになって地面に落ちる。
岩ではない。岩を模した偽装シートだ。そしてそれを被っていたのは頭頂部まで8mはある巨大な人型のマシン、巨人器だ。
3体の巨人器が、手にした銃から先端に鉤爪が付いたワイヤーを打ち出した。鉤爪とワイヤーは〈ダイギワ号〉の各部に絡みつく。巨人器はワイヤーを巻き取って空中に上がり、次々と〈ダイギワ号〉に上がっていった。
巨人器が〈ダイギワ号〉の甲板に立つ。数は3体。それぞれ船橋と格納庫へ向かう。
船橋に取り付いた1体が対装甲ブレードを突きつけた。
『船倉を開け、積荷を捨てろ!さもなくば撃沈する!』
その背後で、起き上がる物体があった。彼らがそうしたように、器体を隠していた外套を脱ぎ捨てて白と灰色の巨人器が立ち上がった。
巨人器〈ファイトーム〉だ。
〈ファイトーム〉は衝撃ハンマーを振りかぶり、全身を捻って振るった。ハンマー内蔵の推進器の力も加え、無防備な背中へと叩き込む。
衝撃ハンマーの一撃は搭乗者にダメージを与え、器体は〈ダイギワ号〉の甲板を転がり、船から落ちていった。
2体の襲撃者の巨人器が、小盾とレイルガンを構えた。
夜間に輸送船に取り付き、船橋を制圧。待機中で無防備な自由器士隊を排除し、船倉を開けさせて積荷から密輸武器を捨て、離脱する。従わなければ撃墜。
それが先の輸送船を襲った敵の動きだった。それを推測したマーセルは、オルデルドに甲板での待ち伏せを指示した。
オルデルドは対峙する巨人器を見る。
腕と脚は〈スタドルド〉と同一だが、胴体は細く絞られている。扁平な頭部はセンサーが追加され、上に伸びている。全身が夜間行動のため真っ黒に塗装されている。
巨人器〈タヴィスド〉だ。天界国が都市外探査のため戦闘用巨人器をベースに再設計した〈スタドルド〉を、都市が戦闘用に再設計した器体だ。〈エンローグ〉と同様、〈スタドルド〉亜種に分類されるが、都市外民に供給されることはない。
つまりは都市、器士団の巨人器。マーセルはこれを予測していたようだ。
オルデルドの抱いた緊張が、現実感を得て高まる。たが父に鍛えられた冷静な精神の一部は落ち着いたままだ。
衝撃ハンマーを甲板に置き、対装甲ブレードと大盾に持ち替える。狭い船上では、回避機動は取りにくい。
通信が走る感覚。内容は分からない。奇襲で数を減らすことを優先し、通信コードを奪う暇はなかった。
『敵の巨人器が2体!いや3……4体!』
地上の見張りを任せた船員の報告が通信に入る。船の占拠に失敗したため、後詰が呼び出されたのだ。
「マーセル!マルシャ!」
だが、オルデルドは甲板上の敵と対峙しながら2人の名を呼んだ。
『わかってますって!』
『行きますよ、マルシャ』
〈ダイギワ号〉が船倉を開き、そこから2体の〈スタドルド〉が飛び降りた。
マーセルは後詰の存在も予測していた。2人が地上で後詰を抑える間に、狭い船上の敵をオルデルドが排除する。それがマーセルの作戦だった。
できるだけ早く敵を排除し、2人の救援に回らなければならない。オルデルドの〈ファイトーム〉は対装甲ブレードと大盾を構えた。
マーセルの〈スタドルド〉は地上に降り立つと、すかさず移動を開始した。マルシャの〈スタドルド〉も距離を離して移動する。
移動しながら無人航空機を上空へ射出する。旋回して戦況を把握するように設定する。
敵は〈タヴィスド〉が4体。こちらは〈スタドルド〉が2体。数も性能も不利だが、マーセルからすれば性能は絶望的なほど差があるわけではない。所詮は〈スタドルド〉の亜種だ。
ここを凌いで、オルデルドが来るのを待つ。彼も1対2を強いられているが、〈ファイトーム〉ならば挽回できるはずだ。
2人の〈スタドルド〉が、巨人器の胸や腰ほどの高さがある岩の間を縫って進む。相手もこちらの降下を見ているはずだ。〈ダイギワ号〉には行かせない。
岩の間から〈タヴィスド〉が姿を現した。大容量マガジンを装着したサブレイルガンと、小盾を装備している。
「マルシャ!」
『はいな!』
マーセルは三連装メインワープガンを斉射した。当たっても避けても、マルシャに狩られる。
〈タヴィスド〉は後方に飛び退いて弾丸を回避した。そこにマルシャの〈スタドルド〉に突進する。
そのとき、皮膚を突かれるような照準警報感覚がした。マーセルはとっさに器体を岩陰に隠すと、岩が弾丸で削られた。
メインレイルガンを装備した〈タヴィスド〉が2体、岩の上からマーセルの器体を射撃してきた。
武器の射程は同等、ならば隙を見て反撃する――――そう考えたマーセルの器体に、新たな照準警報があった。
「くっ!」
その場から移動して弾丸を回避する。敵が見えない。長距離射撃用のロングレイルガンだ。
3体の敵に2方から撃たれ、回避のため移動する内にすっかりマルシャから離れてしまった。
敵を十分に分断したと見たか、メインレイルガンを装備した2体はマルシャの方へ向かっていった。マーセルは追おうとするが、ロングレイルガンを装備した敵の射撃に阻まれる。
見事に分断されてしまった。このままでは1対3に陥り撃破され、マルシャも後を追うことになる。各個撃破の危機だった。
それにしても見事な連携と消費効率に悪いレイルガン中心の装備からして、相手は本当に器士団のようだ。
こうなればオルデルドを待つしかない。
オルデルドは〈ファイトーム〉に大盾を構えさせ、突進した。
標的にされた〈タヴィスド〉が盾を構えつつレイルガンを向ける。だが、その動きは明らかに間違いであった。
〈ファイトーム〉が大盾をぶつける。大盾は〈エンローグ〉用の装備で、表面に爆発反応装甲が貼り付けられている。本来は近接武器を爆発によって弾く事が目的だが、それを直接巨人器にぶつければ、強力な武器になる。
接触、作動、爆発。
推進力と爆発、二重の衝撃を受けた〈タヴィスド〉が吹き飛ばされる。そのまま背中から甲板に激突した。
『雇われ!船を壊す気か!?』
〈ダイギワ号〉が揺れ、船長が通信に喚いた。
(うるさい。遊覧船の乗客のつもりか。文句があるなら戦艦にでも乗ってこい)
と、内心で思うが口には出さない。
《うるさい船長だな。まるで遊覧船の乗客だ。戦艦に乗ってくればいい》
〈声〉が響いた。同じことを思ったらしい。こういう時は気の合う相棒だ。
もう1体の〈タヴィスド〉が、レイルガンを撃ってくる。オルデルドは大盾で弾丸を塞いだ。
大盾を構えたまま接近して対装甲ブレードを振るう。〈タヴィスド〉は間に合わないと見るや、レイルガンを手放して対装甲ブレードを抜いた。いい判断だ。
手放されたレイルガンが甲板に落下する。双方の対装甲ブレードと小盾がぶつかり合う。反強化エネルギーと強化エネルギーがぶつかり合い、拮抗する。
一瞬だけ大盾へのエネルギー供給を止める。対装甲ブレードが大盾を切り裂く。再び大盾へエネルギーを送ると、対装甲ブレードが止まった。
大盾を手放す。〈タヴィスド〉の搭乗者は、今度は判断を間違えてしまった。急激に重量が増えた対装甲ブレードに引っ張られ、右腕が無防備になる。
空いた左手を握り込み、〈タヴィスド〉の顔面へ拳を叩き込んだ。
巨人器の頭部に、人間における脳はない。だから殴りつけても直接的なダメージにはならない。だがセンサーの塊だ。突然視界が乱れれば、搭乗者は混乱する。
動きが止まったところに、膝蹴りを叩き込む。
のけぞり、無防備な姿勢を晒した〈タヴィスド〉に、対装甲ブレードを振り下ろす。
両断された〈タヴィスド〉が甲板に転がった。
そのときである。
『オルデルドさん』
マーセルから通信が入った。
「マーセルか。そっちは?」
『分断されて包囲されています。援護要請?』
「わかった。今すぐ……」
《後ろだ》
〈声〉が響く。振り返ると、大盾の爆発反応装甲で転倒させた〈タヴィスド〉がゆっくりと立ち上がるところだった。
胸部装甲は傷だらけだが、実際のとこ、器体は無傷だ。むしろ搭乗者の方が大きなダメージを受けたはずだが、復帰したことは驚嘆に値する。
「頑丈な奴だな」
『トラブルか?』
「いや。すぐに行く。任せろ」
オルデルドは〈ファイトーム〉をかがめさせながら、マーセルに言った。
彼らとの距離は遠い。だがオルデルドには、彼らを助ける自信があった。その根拠は分からない。だが、〈ファイトーム〉に乗っているとそう感じるのだ。
サブレイルガンの弾幕を全力疾走してかわしつつ、マルシャの〈スタドルド〉は〈タヴィスド〉に迫った。
横薙ぎに振るったタイタンバールは、素早く屈んだ〈タヴィスド〉の頭上を通過していった。
サブレイルガンの銃口が向けられる。マルシャはその射線に左腕の小盾を置いた。
連射された弾丸を、強化エネルギーを注ぎ込んだ小盾が弾く。片手でタイタンバールを振るうが、〈タヴィスド〉は素早く距離をとっていた。
「ちょこまかと!」
右腿のホルスターからショートレイルガンを抜き、射撃戦に応じる。だが連射力に優れたサブレイルガン相手では不利だった。
『マルシャ、合流を、』
「今行きます!」
通信に入るマーセルの援護要請。マーセルは今、3体の敵に追い立てられている。危険な状況だった。
マルシャの〈スタドルド〉が背を向けると、後退一辺倒だった〈タヴィスド〉が一転、急接近してくる。
「しつこい!」
今隙を見せることは危険だった。マルシャは合流を止め、目の前の相手への対処を優先した。
足を踏み外した〈タヴィスド〉が、ふらりと船外へ落下してゆく。
やはり搭乗者はなんとか意識を保っていただけのようだ。〈ファイトーム〉の一撃を無防備にくらい、〈タヴィスド〉は〈ダイギワ号〉から落ちていった。
「マーセルは」
戦域上空を周回する無人航空機からの映像を受信し、位置を把握する。だが遠い。〈ダイギワ号〉は進み続けているため、地上戦をするマーセル達は離れてしまった。
船を降りて彼らの元へ向かうにしても、地形は険しい。巨人器の機動力をもってしても間に合うか怪しい。
だが、やるべきはできるだけ急ぐことだ。
「行くしかないか」
いざ〈ダイギワ号〉から飛び降りようとした時、甲板のハッチが開いたことに気付いた。
『オルド!』
〈ファイトーム〉の音響センサーがフェイリナの呼び声を拾った。彼女はハッチから頭を出し、外気の冷たさと高空の風に怯みつつもこちらを呼びかけていた。
「何をしている。戦闘中だぞ」
『ドライバが出来たの!インストールを!』
その言葉を聞くなり、オルデルドは〈ファイトーム〉をハッチの近くに跪かせ、冷たい風を受けつつ器体を降りた
「間に合ったのか」
「うん。すぐにインストールを」
「待て。俺がやるからお前は船内へ戻れ」
甲板へ上がろうとするフェイリナを制する。彼女の運動能力を疑うわけではないが、航行中の船上で巨人器のコックピットまでよじ登らせるのは危険なのでさせたくなかった。
「やり方知ってるの?」
「知っている」
本当は知らないが、〈ファイトーム〉ならばデバイスを差せば機能するだろう。
「わかった。これを。あなたがしたい機動パターンを予測して推進器の連動制御を組んだから、思うように動いて」
フェイリナが差し出したスティック状のデータデバイスを受け取り、〈ファイトーム〉へ戻る。コックピットへ入り、スロットにデバイスを差し込んでから器体を再起動させる。
「使えるか……?」
《彼女を信じていないのか?》
「能力はまだわからん」
器体を立ち上がらせる。器体から流れる身体感覚の変化は分からない。〈ファイトーム〉はドライバを取得したのか、フェイリナが組んだドライバは機能するのか、ぶっつけ本番だ。
ハッチの方へ視線を向ければ、フェイリナはまだ頭を出していた。
「吹き飛ぶぞ。中へ入れ」
外部スピーカーで呼びかけると、フェイリナは慌てて船内へ引っ込みハッチを閉じた。
〈ファイトーム〉を歩み出させる。縁へ達すると、躊躇わず甲板を蹴って空中へ躍り出た。
「ちっ……」
マーセルはマルシャのような悪態を堪えた。
マーセルの〈スタドルド〉は3体の〈タヴィスド〉に追い立てられ、袋小路にいた。
射線は限定でき、狙撃も回避できるが、左右と背後の崖は戦いながら登るには難しい。入り口に地雷を仕掛け、三連装メインレイルガンを向けて待ち構えているが、敵が犠牲を覚悟で突入してきたら対応しきれない。
「マルシャ、来れますか?」
『もうちょっとでこいつ殺せるので、それまで待ってくださーい!』
飛ばしてある無人機を中継してマルシャに尋ねるが、答えは悠長だった。マルシャが間に合うかは怪しい。〈ダイギワ号〉と共に遠ざかるオルデルドは論外だ。
いっそ〈スタドルド〉の秘匿機能を使うか。規定違反だが、マーセルの知ったことではない。
だがマーセルの理性は、ギリギリまで自分を装うことを選んだ。いっそ早く来いと敵を待つ。
その時が来た。
メインレイルガンを構えた〈タヴィスド〉が袋小路に突入してきた。
センサーが動体を感知し、地雷が炸裂する。
地面と左右から爆発に殴りつけられた〈タヴィスド〉はさらに岩壁へと激突し、搭乗者は激しい衝撃に襲われた。
そこに三連装メインレイルガンを撃ち込んでやる。近距離のため全弾が命中し、〈タヴィスド〉は袋小路から弾き出された。
左腕のシースから対装甲ナイフを逆手に抜き、トドメを刺すべく倒れた〈タヴィスド〉へ肉薄する。
むき出しの脇腹へ対装甲ナイフを突き立てようとして、強い衝撃と共にマーセルの視界は転がった。
「ぐっ!?」
ロングレイルガンの狙撃だ。迂闊。スモークを焚くべきだった。
転倒の勢いのまま転がって起き上がる。三連装メインレイルガンは手放してしまった。左腿のホルスターからショートレイルガンを抜き、右手の対装甲ナイフと共に構える。
崖上にロングレイルガンを構える〈タヴィスド〉がいた。倒れた味方を庇うようにメインレイルガンを構えた〈タヴィスド〉が降りてくる。地雷を受けた器体も、ふらつきながら立ち上がった。
敵の数は減らせず、主兵装を失い射程では完全に不利だ。距離を取られて三方から撃たれ、動けなくなったところでトドメを刺されるのがいいところだろう。
マーセルは思った。自分が思い浮かべる走馬灯は誰だろうと。遠い記憶の中の若いままの母か、説明が面倒なので何も言わず置いてきた恋人か。まあ、マルシャではないだろう。
未来予想は一瞬のことだ。前衛の〈タヴィスド〉が跳ねるように動き出したとき、高台でロングレイルガンを構える〈タヴィスド〉の後方に光が見えた。
両肩と両腰の推進器から光を放ち、空中を矢のように飛ぶ〈ファイトーム〉が衝撃ハンマーを振りかぶった。その姿勢変化に合わせて各推進器が微細な調整を行い、そのまま器体を進ませる。
背を向ける〈タヴィスド〉の脳天へと衝撃ハンマーを振り下ろす。〈ファイトーム〉の加速、衝撃ハンマーの質量が合わさり、戦艦並みの一撃が〈タヴィスド〉を襲った。
認識外の攻撃に防御機構は働かず、〈タヴィスド〉の頭部はひしゃげて胴体へめり込み、膝は折れ、腰や足首の関節は弾け飛んだ。
数十の爆弾を集めて爆発させたような爆風が上がる。
その中に着地した〈ファイトーム〉は衝撃ハンマーを構え直した。
フェイリナの組んだドライバは完璧に作動した。
オルデルドが〈ファイトーム〉を船から跳躍させると、その意思に応じて推進器は作動し、大跳躍をさせた。
マーセルが飛ばした無人航空機の情報を辿り、オルデルドは敵へ向かって大跳躍を繰り返し、奇襲を成功させた。
狙撃器体の撃破に前衛の〈タヴィスド〉が気を取られた。
マーセルはそれを見逃さず、電磁グレネードを投擲した。1体は跳躍して回避したが、もう1体は反応が遅れ、高エネルギーの放射を受けて器体機能を一時的に麻痺させた。
その隙に接近し、無防備な脇腹へ今度こそ対装甲ナイフを突き刺す。場所を変えて2度、3度突き刺し、確実に搭乗者を潰す。
残る1体がその背中にメインレイルガンを向ける。だがそこに、推進器の力により斜面を滑り降りてきた〈ファイトーム〉が割り込んだ。横薙ぎに振るわれた衝撃ハンマーを、〈タヴィスド〉は射撃を諦めて回避した。
大振りな武器と見たのだろう。〈タヴィスド〉は目標を〈ファイトーム〉へと切り替え、メインレイルガンを撃った。
だが〈ファイトーム〉は左右の推進器を違い互いに向けると、その推力をもって素早く姿勢を半身にし、弾丸を回避した。
その〈タヴィスド〉へ、マーセルの〈スタドルド〉が電磁グレネードを投擲する。
〈タヴィスド〉は崖を駆け上って高エネルギーの放射を回避し、牽制射撃のため崖上からメインレイルガンを構えた。
その器体がのけ反り、痙攣する。メインレイルガンを下ろし、その銃口が地面と接触した。
2度、3度の切断音。〈タヴィスド〉が地面に崩れ落ちると、一部を緑で塗り分けた暗い灰色の〈スタドルド〉が現れた。
マルシャの器体だった。品がないことに倒した〈タヴィスド〉を踏みつけ、手には対装甲ブレードを握り、タイタンバールは持っていない。
対峙していた〈タヴィスド〉を強引に撃破してここまで駆けつけたようだ。
『あれれー?オルデルドさん、なんで先にいるんです?』
マルシャは自分より距離が離れていたオルデルドが先に駆け付けたことに驚いていた。
それよりもオルデルドが気になったのは、敵の正体だ。
「こいつら、ただの賊じゃないな?」
『でしょうね。彼らはルア市の器士団でしょう』
「ルア市?」
新勢力の名を呟くと、マーセルは武器を拾い上げながら説明を続けた。
『ルア市はダリフ市と対立していて、ダリフ市はオギキュス市からイレングル区経由で支援を受けています。彼らはその妨害に派遣された器士隊でしょう』
また新勢力の名前が出てきたが、オギキュス市は聞いた名前だ。〈ダイギワ号〉はイレングル区とオギキュス市を往復している。
「〈ダイギワ号〉の積荷は支援物資か」
つまり、衛星区の生活物資に紛れて武器兵器を運んでいるのだ。
ルア市は秘密の支援ルートを潰すために部隊を派遣し、オルデルド達はそれを倒した。
「都市と敵対することにならないか?」
飛ばしておいた無人航空機を使って周囲を捜索していたマーセルが、敵影なしを確認した。
『残敵なし。……本気で支援ルートを潰すには戦力が少ない。ま、大丈夫ですよ。どうせ苦し紛れの部隊派遣なんでしょうから。それに船の積荷は生活物資。非は彼らにあります』
結局、いくら懸念を抱こうともマーセルの言う通りでしかなかった。
3人は〈ダイギワ号〉への合流を目指したが、怖気付いた船長が船足を緩めなかったため、オルデルドが〈ファイトーム〉で追いついて半ば脅しのような形でマーセル達を回収させる一幕があった。
ともかくカーグル隊は〈ダイギワ号〉を守り抜いたのだ。
エネルギーや弾薬を補充する必要もあり、〈ダイギワ号〉の格納庫へと戻り、器体から降りた3人は待機室にフェイリナの姿を見つけた。
彼女はベッドの下段に横になり、寝息を立てていた。吐息に合わせて、胸元が規則的に上下している。
「もしかして戦闘中から寝てました?呑気だなぁ」
マルシャが暗に迂闊さを非難する感想を述べたが、オルデルドの思いは違った。
「休まずドライバを組んでいたんだ。仕方ない」
「ふうん、そうですか」
フェイリナは何も被らず横になっている。オルデルドは彼女にブランケットをかけてやると、反対側のベッドの下段に腰を下ろした。
そんなオルデルドに、マーセルは器体の補給作業に戻ると声をかけ、マルシャを連れて格納庫へ戻った。
「……どう思います?」
「まだ敵が来るかもしれないのに、おっ始めそうでヤですねぇ」
的外れなマルシャの応答に、マーセルは関節技をかけようかと思った。これは絶対にわざとだ。
「ドライバを組んだって話ですよ」
「えー?でも〈ファイトーム〉は噴射跳躍してたんだから、別に嘘じゃないですよね?」
「それです」
「?」
今度は分かってないらしい。マルシャは巨人器開発に関してはそこまで知識がない。もっともマルシャに言わせればマーセルが無駄知識を溜め込む趣味を持っているだけだが。
「巨人器に推進器を搭載する技術を持っているのは帝国か同盟か、あるいはハイペス市のような一部の都市だけ。つまりは」
「フェイリナさんは超天才ってことですか」
マーセルはマルシャの腕をとり、関節技をかけた。
「ぐぇぇぇ……帝国か同盟かその他かの都市の人ってことですよね」
「そう。しかも手持ち機材で、実用レベルで動作するドライバを組んだ、かなりの人材」
「そんな人がこんなところに?」
「そう」
突如マルシャが動く。一瞬のうちに体勢が入れ替わり、今度はマーセルが技をかけられた。
「やばいですね拷問……尋問して裏を吐かせましょう」
「ぐっ……隊長に勝手にそんなことするわけにはいかないでしょうよ」
「あの人は気付いてるんですかね」
「どうだか……マルシャ、しまってます、しまってますって」
「あっはっはぁ?兄さん口は達者なのに身体は内気なお嬢さんみたいですねぇ?」
双子の物騒なじゃれあいには気付かず、オルデルドはフェイリナの寝顔を眺めていた。
大人びた背丈や容貌、巨人器に関する優れた頭脳に反して、子供のようなあどけない寝顔だ。
わずかに空いた唇に注目していたことに気付いて目線を外すと、今度は呼吸に合わせて規則的に上下する豊かな胸の膨らみが目に入った。
《よし、手をつけろ》
オルデルドの見ているものを察した〈声〉が、また余計なことを言う。オルデルドは煩わしく思いつつ、フェイリナに関しては妙なことを言う〈声〉のことが気になった。
「なんでお前はフェイリナに関しては品がないんだ」
《俺に彼女への興味はない》
〈声〉はそっけなく言う。それはそうだろう。巨人器の意思である〈声〉にとって、人間の男も女も違いはないだろう。
《ただ、所帯を持てばお前も少しは落ち着くかもしれないと、それだけだ》
「どこで覚えたんだ、それは」
〈声〉が知るものはオルデルドが見聞きしたものだ。つまりオルデルド自身がどこかで聞いた概念なのだろうが、問わずにはいられなかった。
「それより、俺はそんなに落ち着きがないか?」
《無い。お前は頻繁に無謀な行動をとる》
「ん……」
〈声〉と言い合っていると、フェイリナが目をつむったまま身じろぎした。寝ている人間の前で騒ぎすぎたかもしれない。
オルデルドは〈声〉との会話を打ち切り、待機室を出た。
そこでマルシャに締め上げられるマーセルに気が付いた。
第4話「もつれた戦争」 了
用語解説(社会編)
都市:正式名称はライブポリス(生存都市)。エネルギープラントを中心とした各種プラントを備える都市国家。各地に点在している。都市同士は同盟、敵対、交易と関係は様々。
市民:都市に住む人々。市民権を持ち、都市への居住が認められている。都市が各地に建設され人類生存圏が拡大した「再進出」時代から時を経て、市民は都市外への関心を失っている。
器士団:都市が有する巨人器を主力とした戦闘部隊。都市による軍事作戦の中核となる。なお、歩兵部隊や浮遊船は別組織扱い。
器士:器士団に属する(=都市に所属する)巨人器搭乗者のこと。器士の社会的地位は都市ごとに異なり、アイドル的な人気がある場合から子供になって欲しくない職業上位である場合など様々。
都市外民:市民権を持たず、都市の外で生きる人々。都市外探査や都市間交易など、必要だが嫌悪されている都市外での様々な仕事に従事することで生活を成り立たせている。先祖代々都市外民という人は少なく、都市を追われた人かその子供がほとんど。
衛星区:プラントを持たず、都市からのエネルギーや物資の供給で成り立つ居住区。なお、都市直轄の衛星区であってもその住人は都市外民と見なされる。
独立衛星区:行政上どこの都市にも属さない衛星区。都市の管理下になくとも衛星区は特定の都市との結びつきが強いため、イレングル区のような独立性の高い衛星区は珍しい。
自由器士:巨人器に乗る傭兵。自由と書いて無法者と読む。