リバース・プラネット   作:TT-24_ケンタ

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第5話「雇われたちの競争」

 輸送船〈ダイギワ号〉の護衛任務を終え、カーグル隊はイレングル区に帰還した。

 自由器士組合による依頼紹介は、一定のインターバルが設定されている。事後処理や休養のためだ。緊急事態でもなければ、カーグル隊もしばしの休息に入ることになる。もっとも〈ダイギワ号〉の護衛任務は規定のインターバルを無視した緊急のものだったのだが。

 先の任務で隊の巨人器は深刻な損傷を受けなかったため、必要な事後処理は消費したエネルギーと弾丸の補充程度であった。マルシャは主武装であるタイタンバールをなくしていたが、ありふれた巨人器用解体器具である。補充は弾丸より容易だった。

 

 

 格納庫、巨人器が出入りするため空いた空間の真ん中で、オルデルドとマルシャが対峙している。

 防具を身につけ、それぞれ手には模擬刀と模擬棒を持っている。

 オルデルドは模擬刀を持ったままリラックスしたように立ち、一方のマルシャは両手で模擬棒を構えていつでも飛びかからんとしていた。

 しばらく対峙が続き、しびれを切らしたマルシャが襲いかかる。

 一見無防備な体制から一転し、オルデルドは模擬刀を振るって応じた。

「あれ、意味あるのかな」

 オルデルドとマルシャによる格闘訓練を眺めながら、フェイリナが呟いた。

「搭乗者の格闘戦能力はダイレクトに器体に反映されます。有益な訓練ですよ」

 共に訓練を眺めるマーセルはそう答えた。

「巨人器は片手で武器を使えるし、機動性も段違いなんだから、過度な格闘訓練なんて変な癖が付いちゃう」

「そうですか」

 曖昧に答えて、マーセルはフェイリナの発言を吟味した。

 生身の格闘訓練は巨人器の操縦に有用。

 人間と巨人器の能力は大きく違うため、過度な格闘訓練は逆効果。

 どちらも本当のことだ。ただし、前者は〈スタドルド〉のような旧型の巨人器、後者は帝国や同盟など一部勢力が有する高性能巨人器における常識だ。

 そもそも巨人器は片手で長剣を扱えるようなパワーを備えている。だから生身の格闘訓練もそれに合わせて軽い訓練装備を使うのだ。

 だが高性能な多機能巨人器は固定武装や推進器を装備し、形態こそ人型ではあるがその動き・能力は人間と大きく異なる。生身の訓練はそこそこに、実際に搭乗しての訓練が有効であると言われている。

 問題はそのことをフェイリナが知っているということだ。彼女の所属は天界国の技術を導入した高性能巨人器をまとまった数で運用する勢力、つまり帝国と同盟のどちらかということになる。

 そのどちらかはあまり問題ではない。問題なのは〈ファイトーム〉の存在を嗅ぎつけられれば、もう一方が介入してくる可能性が高いことだ。二大勢力は相手に対して優位に立つため、血眼になって旧時代や天界国の遺産を奪い合っている。

 オルデルドはそのことをどこまで考慮しているのか。そう考えながら格闘訓練を眺めていると、決着がついた。

 マルシャがタイタンバールを模した模擬棒を巧みに振るい、オルデルドの手から模擬刀を奪い取った。

 そのままトドメとなる一撃を繰り出そうと模擬棒を振りかぶったところに、オルデルドが突進する。懐に入られたマルシャは対応できず、体格差もあって捻り上げられてしまった。

「あばばばばば!ずるいですよ!」

「実戦でも相手に“ずるい”なんて言うのか?」

「兄さんみたいなこと言わないでくださいよ」

 オルデルドがマルシャを離す。マルシャは痛みを飛ばすように手を振った。

 オルデルドは観戦していたマーセルに視線を向けてくる。

「お前はやらないのか?」

 マーセルは普段の格好だ。2人のように防具は身につけていない。

「僕はいいです」

「兄さん、格闘戦だとザコですもんね。ザ〜コ」

 マーセルは視野の広さと観察力こそ評価されているが、反射的に動くことが苦手である。射撃戦の方が得意だったが、巨人器においてそれは優位とは言い難い。

 つまり、あんまり強くないのである。

「実力不足なら、なおさら訓練するべきじゃないのか?付き合うぞ」

 オルデルドはさらりとそんなことを言った。実は訓練馬鹿かもしれないと、マーセルは脳内の人物評価に書き加えておいた。

「遠慮します」

 マーセルは男性にしては細身だ。一方でオルデルドはずっと背が高いしがっしりしている。相手をさせられたら放り投げられて終わりそうだ。

 2人が防具を外し始めたのを見て、フェイリナが声をかけた。

「訓練はおしまい?ならシャワー浴びてね」

「この程度で?」

「汗かいたでしょ?綺麗にしなくちゃ」

 イレングル区は水源が豊富とはいえ、大半の衛星区は超圧縮水タンク頼りだ。都市外民の常識として水は貴重である。

 些細なことでシャワーを浴びろと言うフェイリナは、市民であることを隠す気がまるでないとマーセルは呆れた。

 

 

「仕事だよ、お前たち」

 オルデルド達を呼び出したダーラムは開口一番にそう告げた。

 呼び出しに応じたのは前回同様、オルデルドとマーセルである。

「早いんじゃないか?」

 〈ダイギワ号〉の護衛任務からまだ数日だ。組合が設定する猶予期間を過ぎていない。

「緊急の仕事だ。こうでもなきゃ、新米のお前達に回せる仕事はないよ」

 ダーラムなりの配慮であるらしい。いいように使われているとも言えるが。

 もっとも躊躇うつもりはない。器体も自分自身も疲弊していない。父を早く助けるため、怪物の口にだって乗り込む覚悟だ。

「内容は?」

「メーラクン基地のことは知ってるか?」

「探査隊の調査拠点ですね」

 オルデルドが知らないと言う前に、マーセルが答えた。

 自動戦機によって一端天界国まで追いやられた人類社会は、『再進出』によって再び版図を広げたが、未踏領域はまだ世界の大半を占める。都市や衛星区は、上空から発見した適地に建設されたものだ。当然、その周囲は未知の領域のままである。

 故に、探査事業は継続され、調査拠点として基地も建設されている。

「知ってるか。なら話は早いね」

 ダーラムは状況の説明を始めた。

 メーラクン基地はイレングル区より浮遊船で2時間のところにある未踏領域の調査拠点だ。イレングル区に本部を置く探査隊が築いたものである。

 そのメーラクン基地が突如として探査隊本部と音信不通になった。不審に思った探査隊本部は連絡役を送ったが、探査隊がこれを攻撃。本部は探査隊による反乱と判断した。

「依頼は反乱の鎮圧か?」

「気が早いね。最後まで聞きな」

 カーグル隊としての最初の任務が採掘場の反乱の鎮圧だったので今回も同じと思ったが、ダーラムは話を聞くよう促した。

「調査拠点にはかなりの数の巨人器がある。こいつを鎮圧するにはこっちも相応の数のチームを投入しなきゃならないが、依頼主にその気はないみたいだね」

「何故だ」

「理由は聞かないのが組合の決まりだよ」

 後ろ暗い事情があろうと利益のためなら構わないのが組合のスタンスだ。だが、オルデルドは組合の利益の都合などに付き合う気はなかった。

「や、お金の問題でしょう。複数の自由器士隊の投入とその母船の調達。結構かかりますから」

「邪推で話すんじゃないよ、マー坊」

 マーセルの考察を遮り、ダーラムは話を本題に戻した。

「依頼は調査拠点にある探査データの回収。それだけだ。相手の戦力をかわしてうまく拾ってきな」

「成果だけ回収して、後は兵糧攻めと交渉で白旗を上げさせるつもりですね」

「だから邪推で話すなマー坊」

 ダーラムに咎められても、マーセルは話を止める気はないようだった、

「依頼主は恐らくエルテデノ。ここの有力者の1人で、都市とも繋がりがあります。どうします?」

 マーセルの勝手な考察に、ダーラムはもう小言を言わなかった。2人してオルデルドの回答を待つ。

「……やろう」

「なら準備しな。船はこっちで用意する」

 

 

 メーラクン基地への出撃は翌日となった。カーグル隊は急いで準備を済ませ、各々巨人器に搭乗して発着場へと移動した。

 組合が用意したメーラクン基地行きの浮遊船は〈フルコム号〉であった。オルデルドとフェイリナがイレングル区に来る際に乗った小型の快速船である。

「よぉ、また会ったな?」

 焦茶色の髪を整えた、若船長のユーゾン・ゼンは顔見知りのオルデルドを見て、ニヤリと笑った。

「仲間が増えたな?あの姉ちゃんはどうした?」

 ゼン船長はフェイリナを見ている。彼女の姿がなく、代わりにマーセルとマルシャがいることを疑問に思ったらしい。

「留守番させる」

「そうか、それは残念だ」

 何が残念だ、と問い詰める言葉は飲み込む。会わせなければいいことだ。

 今回は同行させる理由がないため、フェイリナにはイレングル区に残るよう言い渡しておいた。本人はやることがないと文句を言っていたが、それは同行させても同じだ。

 フェイリナはあれこれ同行する理屈を述べていたが、「帰りを待っていてくれ」と言うと急に引き下がり、胸の前で手を合わせて「待ってるよ」と言った。

 〈フルコム号〉はカーグル隊とその巨人器3体を乗せ、メーラクン基地を目指して飛び立った。

 

 

 メーラクン基地は探査拠点だが、単に浮遊船の発着場と物資倉庫を建設しただけの拠点ではない。地下に広がる旧時代施設を利用しているのだ。

 未踏領域と探査隊は一見して荒事と無縁に思えるが、実際は危険な仕事である。同業者との競争は時に武器の使用にまで発展し、中には他の探査隊の成果を横取りする盗賊同然の探査隊もいる。

 そのため、メーラクン区は地下施設を利用して防備を固めているのだ。浮遊船の発着こそ地上で行うが、重要な物資やデータは、地下施設に収容している。

 依頼の目的である探査データは地下施設内に格納されていた。

 即ち、カーグル隊は反乱を起こした探査隊の巨人器を突破して地下施設内に侵入しなければならないのだが、これに関しては依頼主から突破口が提供されていた。

 地下施設は全体が利用されているわけではなく、使われていないエリアが大半である。そうしたエリアは封鎖しているのだが、その解除暗号がマップとともに依頼主から提供されていた。

 一方で探査隊には解除暗号が渡されていない。封鎖区画の解除暗号は本部が管理しているそうだ。

「まあ、イレングル区の本部にふんぞり返っている人たちのやることですからね」

 とは、マーセルの感想だ。

 同じ都市外民の中にも使うもの、使われるものの差が生じるのはルイスティン区と同じだった。

 

 

 イレングル区を出て数時間、〈フルコム号〉は敵に見つからない距離で着地した。小型船の〈フルコム号〉は着地場所を選びやすい利点を持つ。

 キャビンにやって来て到着を知らせたゼン船長は一つ質問をして来た。

「ところで、誰が船の護衛に残るんだ?」

「全員で行くから誰も残らないが?」

「……なんだと?」

 ゼン船長は以前、イレングル区からレーレイ区へ自由器士を運ぶ仕事を請け負い、後で護衛がいないことに気付いて困っていたところでオルデルドと出会ったのだ。

 自前の戦力を持たないゼン船長は似たような失敗をしていた。だが、自由器士組合とは運んだ隊を連れ帰らない限り報酬は払われない契約だ。自分の船だけ帰るわけにはいかなかった。

「帰りの足がないのは俺たちも困る。見つからないように祈っている」

「気付かれやしませんって」

 マルシャの楽観的な意見に、ゼン船長はガックリと肩を落とした。

 

 

 それぞれの巨人器に乗り込み〈フルコム号〉を出たカーグル隊は、メーラクン区を目指して慎重に進んだ。

 メーラクン区周辺は背の高い木々が生い茂り、巨人器であっても姿を隠して移動するのは容易だった。

 ただしそれはトラップを隠しやすく伏兵しやすいということでもあり、マルシャが先行して安全を確認しながら進んだ。

 そうして僅かな距離を〈フルコム号〉の乗船時間と同じだけかけ、ようやく進入口にたどり着いた。

 なお、トラップや伏兵の類はなく、慎重すぎるとマルシャが文句を言った。

 進入口は地下施設に複数ある出入り口の一つで、探査隊は使用せず封鎖されていたものだ。

 巨人器が2体横並びに立っても余裕がある大型のハッチ、その脇にある接触部にマルシャの〈スタドルド〉の手が触れる。すると接触回路を介して解除暗号が認証され、ハッチがゆっくりと開いた。

 ハッチが開くと照明が付き、内部が明らかになる。巨人器2体が横並びできる幅の通路が斜めになり、下へと伸びていた。

『提供されたマップの通り、エレベーターになってますね』

『リフトを呼びます?』

『ええ』

 接触回路を通じてマルシャが操作すると、昇降機が斜めの通路を登って来た。巨人器が複数体乗せられる広さのもので、家が建てられそうな大きさがある

『マルシャは先に降りてトラップの有無を確認』

『えぇー、私もこれ乗りたいです』

『隊長?』

 渋るマルシャに対し、マーセルはオルデルドに何かを促した。これは隊長として指示しろということらしい。

「マルシャ、安全確認を頼む」

『はいはい、しょうがないですねぇ』

 マルシャの〈スタドルド〉はタイタンバールを背負い、両手足を使って傾斜した通路を下って行った。

 〈ファイトーム〉とマーセルの〈スタドルド〉が昇降機に乗り、マルシャが進むのを待って昇降機を下降させた。その前に、マーセルは入り口にセンサー式地雷を仕掛けるのを忘れない。

「この施設はなんだ」

『探査隊が見つけたのだから、旧時代……自動戦機と戦っていたときの拠点でしょうね』

 それは人類が天界国へ逃げ込む以前の話だ。そこから未知の領域と化した世界を探査し、各地に都市を築いて今がある。ここはずっと昔に築かれた設備のはずだが、状態はそれが信じられないほどにはよかった。

「よく稼働状態で残っていたな」

『探査隊が整備したみたいですね。それに自動戦機は人を狙って設備の破壊は最低限にしていたそうですし』

『ちょっとー、人が仕事してるのに雑談ですか』

 マルシャが文句を言ってきた。無視すると騒がれそうなので、2人して会話を打ち切る。

 昇降機が止まると、再びの大きなハッチの前でマルシャの〈スタドルド〉が待っていた。

 オルデルドは依頼主から提供があった施設のマップを思い出す。

「この先が格納庫だったな」

『ええ。さらに進んだところにエレベーターシャフトがあって、下ったところにデータルームがあります。目標はそこですね』

 先の格納庫は探査隊が使用しているため、敵がいる可能性があった。

「よし……行こう」

 オルデルドが合図すると、マルシャがハッチを開ける。マーセルの〈スタドルド〉は三連装メインレイルガンを構えて警戒する。

 ハッチがゆっくりと開き、格納庫内が明らかとなる。小型の浮遊船が入る広さの格納庫は、巨人器を固定するハンガーや物資用や居住用のコンテナが雑多に並べられていた。見える範囲に敵の姿はない。

 マルシャの〈スタドルド〉を先頭にして、エレベーターシャフトを目指し格納庫内を進む。

 進入口の反対側、シャフトへ出るハッチに近づいた時、マルシャの〈スタドルド〉が足を止めて腕を上げた。停止の合図だ。

『地雷があります』

『はい?』

 マーセルが訝しむのも無理はない。この格納庫を利用するのはここを拠点とする探査隊であり、その彼らが出入り口に地雷を仕掛ける理由はない。

「つまり……避けろっ!」

 嫌な予感を覚えて周囲を見回したとき、オルデルドはそれを見た。

 積み上がったコンテナの向こう側から、放物線を描いて何かが放り込まれて来た。

 手榴弾だ。

 オルデルドの警告に反応し、マーセルとマルシャの〈スタドルド〉も爆発から逃れるべく移動する。先ほどまで3体の巨人器がいた場所は爆発が覆い、壁になっていたコンテナを吹き飛ばした。

 オルデルドは〈ファイトーム〉を後方へ跳躍させて爆発から逃れた。着地し、衝撃ハンマーを構えたとき、それを見た。

 爆煙を切り裂いて現れた白い巨人器が、マルシャの〈スタドルド〉へと襲いかかった。

 両手に中盾を持った白い巨人器は、その盾でマルシャの〈スタドルド〉を殴りつけた。

『ぐえっふ!?』

 マルシャの妙な悲鳴と共に、その器体が格納庫の床を転がる。

 白い巨人器――〈両手盾〉の背部ユニット右側に取り付けられたレイルガンが独立作動して狙いを定め、弾丸を連射した。狙われたマルシャは、器体をそのまま転がして射撃から逃れつつ、手榴弾を放る。

 〈両手盾〉は背部ユニットの推進器を作動させつつ床を蹴り、手榴弾を飛び越えてマルシャへと襲いかかる。

『マルシャ!……ぐっ!』

 マーセルの〈スタドルド〉が〈両手盾〉へ三連装メインレイルガンを向ける。だが3つの砲口から弾丸が発射される前に、横合いから飛び込んできた弾丸の雨がマーセルの〈スタドルド〉の姿勢を崩し、膝を着かせた。

 煙の中から、両手持ちの連射型レイルガンを撃ちながら〈スタドルド〉が姿を現す。その連射型レイルガンは給弾レールでバックパックと繋がっており、絶え間ない連射を行ってきた。

 マーセルの行動を可能にし、マルシャを援護させる。オルデルドは一瞬で判断して、敵の〈スタドルド〉を標的と定めた。

 〈ファイトーム〉の両肩と両腰の推進器を作動させ、敵の〈スタドルド〉へと一気に接近する。

 敵は〈ファイトーム〉の機動と速度が予想外だったらしく、対応が遅れる。衝撃ハンマーを振り上げ、内蔵推進器を作動させて一気に振り下ろし----

 打撃部への着弾で逸らされたハンマーは、床面を叩き、大きく陥没させた。

 振り向けば、〈両手盾〉がマルシャを攻撃しながら背部ユニットのレイルガンをこちらに向けていた。

(なんてやつだ)

 視野の広さ、対応力。かなりの強敵だ。

 敵の〈スタドルド〉は後退して連射型レイルガンを〈ファイトーム〉へ向けようとした。主武装に拘るとは、近接戦闘は苦手らしいと分析しつつ、衝撃ハンマーを水平に構える。

 だがそこ行動にも〈両手盾〉は対応してみせた。マーセルの射撃を飛び上がって回避し、そのまま低い放物線を描いて接近し、〈ファイトーム〉を中盾をで殴りつけた。

「ぐっ……」

 速度と全重量からなる落下の運動エネルギーを乗せた一撃は、〈ファイトーム〉を大きく吹き飛ばした。オルデルドは衝撃に耐えながら、ハンマーを落とさないよう抱えて器体を転がせ、その勢いを利用して立ち上がった。

 敵の〈スタドルド〉は連射型レイルガンをマーセルとマルシャに向かって掃射し、その行動を抑止している。

 〈両手盾〉は攻撃せず、こちらの行動を待っていた。その機会に、オルデルドは〈両手盾〉を観察する。

 〈スタドルド〉や〈エンローグ〉とは異なる均整のとれたシルエット。頭部の縦スリット型のセンサー。器体は上半身が白、下半身が黒で塗り分けられている。背部には独立可動するレイルガンや推進器をまとめたユニットを背負い、両手には中盾。

 工業都市とも呼ばれるハイペス市が自由器士向けに開発・製造する最新型巨人器〈マルセナヤ〉のカスタムタイプだ。

 希少な〈マルセナヤ〉タイプを使い、両手の盾で打撃するという特異な戦闘スタイルから、名のある自由器士の可能性があったが、詳しくないオルデルドは名前が思い当たらなかった。

『同業者みたいですね。雇い主はエルテデノのライバルかあるいは』

 敵側の〈スタドルド〉と交戦しながら、マーセルが敵の正体を考察する。

 不統一な器体は器士団ではない。探査隊に雇われた自由器士かといえば、それにしては施設内でトラップや手榴弾を使い損害に配慮していない。同じ目標を狙うライバルというのが妥当だ。

『どうします?』

「2人で引きつけて、1人が目標を回収する」

『振り分けは?』

「俺は白いやつ。ガンナーは任せる」

『では僕が。マルシャは目標へ』

『はいはい』

 マルシャの〈スタドルド〉が、ハッチ付近に仕掛けられた地雷を撃ち壊して制御盤に取り付く。敵の〈スタドルド〉はマーセルが射撃により牽制する。

 ハッチが開き切る前にマルシャの〈スタドルド〉がエレベーターシャフトへと身を踊らせた。それを見届けて、オルデルドも動き出す。

 敵は手練だ。対応される前に性能で押し潰す。

 衝撃ハンマーを水平に構え、両肩と両腰の推進器を作動させて急接近。内蔵推進器も使い、衝撃ハンマーを横薙ぎに振るう。

 〈両手盾〉は動かなかった。直立したまま〈ファイトーム〉を待ち構える。

 衝撃ハンマーが直撃する寸前、〈両手盾〉が動く。

 左手の中盾を上げて、ハンマーを受け止める。そのまま盾を動かし、ハンマーは滑るように受け流された。

(うまく流された!)

 〈両手盾〉はその動作の勢いのまま回転し、盾による鋭い突きを繰り出した。その一撃を、攻撃に失敗した〈ファイトーム〉はかわせない。

「がっ!?」

 背中に打撃を受けた〈ファイトーム〉は、胴から床面に叩きつけられる。

 オルデルドは衝撃に苦しみながら、器体の右手の衝撃ハンマーの内蔵推進器を作動させた。

 内蔵推進器の推進力だけで床に転がった衝撃ハンマーを振るい、〈両手盾〉の足を絡め取ろうとする。

 だが〈両手盾〉は飛び上がってハンマーを回避し、そのまま〈ファイトーム〉の背中を踏みつけた。

「ぐぅっ!」

 両肩と両腰の推進器を左右互い違いに作動させ、強引に起き上がりながらハンマーを振り上げる。

 だがこれも〈両手盾〉は回避した。〈ファイトーム〉の背中から飛び去り、衝撃ハンマーは虚しく空を叩いた。

 オルデルドは〈ファイトーム〉を立ち上がらせ、再び〈両手盾〉と対峙した。先ほどと変わらず〈両手盾〉は待ち構えている。

 敵は反応速度に優れ、相手の攻撃を全て受け流し、反撃する流れを基本戦法としている。その反応速度は、〈ファイトーム〉の全速力であっても超えられない。

 オルデルドは父の指導を思い返した。

 

「巨人器の防御は搭乗者の防御反応により行われる」

「対装甲ブレードや機動装甲による防御と、強化装甲の出力制御だ」

「これを突破するには相手の防御反応を上回る必要がある」

「飽和攻撃だ。機動と手数を組み合わせ、相手の防御を飽和させろ」

「火力も一撃の速度も巨人器の本質ではない」

 

 衝撃ハンマーは一撃の速度に長けた武装だ。連続攻撃には向かない。元の持ち主は可能としていたが、オルデルドはそこまでこの武装に慣れていない。

 ならば、と衝撃ハンマーを床に置き、指を開いて構える。

 〈両手盾〉も対応するように構えた。応じるつもりだ。

 相対する2体の巨人器が、同時に駆け出す。その拳と盾が激突した。

 

 

 マルシャの〈スタドルド〉は小型浮遊船がすっぽりと入る広さのエレベーターシャフトを降り、目標のデータデバイスがある区画へと到達した。頂部は開放されており、赤黒い曇り空が見えた。

 このエレベーターシャフトは本来小型浮遊船用で、地下格納庫に船を降ろすためのものだ。しかし巨大なエレベーターは故障しており、船の格納庫としては使われていない。

 探査隊の活動記録は、一旦ここに集約された上で本部へと運搬される。つまりはこのデータさえ回収してしまえば、反乱を起こした探査隊など依頼主の煮るなり焼くなり思いのままということだ。

 依頼主の提供した情報通り、マルシャはデータデバイスを発見した。巨人器が掴めるサイズで、物理的に持ち運べるよう配慮されていた。

「ほいっと」

 マルシャはデータデバイスを引っこ抜くと、吸着機構を使ってそれを器体に貼り付けた。

 後は上で戦う2人と合流し、脱出するのみである。

 シャフトを登って戻ろうと縁に立ったそのとき、器体の足元に1発の弾丸が突き刺さった。

「うわっちょい!?」

 とっさに器体を遮蔽物へ隠し、ペリスコープを出して敵を探る。

 別の敵がいたのか、戦闘に気付いた探査隊の巨人器が降りてきたのか。

 逡巡は僅かだったが、その間に敵は次の行動に移っていた。空いたハッチから、中へ手榴弾が投げ込まれる。

「!」

 手榴弾は煙を散布し、光学情報を阻害する。そこに、影が飛び込んでくるのをマルシャは見た。

 咄嗟にショートレイルガンを撃つが外れる。煙はすぐに消え、影の正体が明らかになる。

 前後に長い胴体部と折り畳まれた脚部、そして普通の巨人器の腕。全高は通常の巨人器の半分ほど。

 ミニ巨人器〈ゴルフェン〉だ。〈スタドルド〉と同じく探査戦闘用巨人器に分類されるが、小型化によって閉所活動にも対応したより洗練された器体だ。しかも、一定の戦闘力を持っている。

 しかも1体ではなく、2体。

『データデバイスを盗んだのはお前か』

 片方の〈ゴルフェン〉の外部スピーカーから、女の声がした。気の強そうな女の声で、マーセルが泣かせたがるだろうなとマルシャは呑気に考えた。

『渡せ。渡せば見逃してやる』

「わかりましたぁ……」

 気弱に答えて、マルシャは器体にデータデバイスではなく、手榴弾を抜かせた。

 〈ゴルフェン〉に向かって手榴弾を投げる。

「とでも言うと思ったかぁ!」

 巨人器の投擲力によって、砲弾のように真っ直ぐ飛んだ手榴弾は〈ゴルフェン〉を直撃した。

『ぎゃあっ!?』

『バンベッタ!こいつ!』

 手榴弾が直撃した〈ゴルフェン〉は吹き飛ばされ、壁に激突する。もう1体の〈ゴルフェン〉は折り畳んだ脚部を伸ばし、跳躍した。

「チビ助が脅しになりますかよ!」

 マルシャはタイタンバールを背中から抜いて、飛びかかって来た〈ゴルフェン〉を弾いた。〈ゴルフェン〉は着地して手にしたショートレイルガンを撃つ。

『こいつ、温情をかければ!』

 手榴弾を直撃させた〈ゴルフェン〉が起き上がり、動き出す。

 2体の〈ゴルフェン〉はマルシャの〈スタドルド〉の周囲を走り、時に跳ねながらレイルガンを撃ってくる。

「ちょろちょろ、とっ!」

 マルシャは〈ゴルフェン〉を追いかけ、タイタンバールを振るう。だが全高5m弱のミニ巨人器は攻撃を巧みにすり抜けた。

「お?おお?」

 もしかしてこれは、翻弄されているのでは?とマルシャは焦りを覚えた。

 

 

 握り込んだ拳の一撃は、盾によって逸らされた。空いた隙に突き出されるもう一方の盾を、下腕部装甲で受け止める。

 膝蹴りを繰り出せば、相手もまた膝蹴りを繰り出して受け止められる。

 オルデルドの〈ファイトーム〉の攻撃は、ことごとく〈両手盾〉に受け止められていた。

 オルデルドはこの相手に、父に似たものを感じていた。無論、父が乗っているなどとは思わない。実戦で父が相手になれば、熾烈な連続攻撃に守りを削がれ、容赦なくトドメを刺されるだろう。

 似ているのは訓練の際の父であった。防御に徹した父は、未熟なオルデルドの攻撃をことごとく受け止めた。

(相手は手練だ)

 巨人器乗りとして相当の経験を積み、生き延びてきたと分かる。オルデルドは器体越しに老練な自由器士の姿を想像した。

 衝撃ハンマーで一撃必殺を狙っていたときよりは戦うことができている。だが、戦えているだけだ。倒すことができない。

 マーセルを気にかける余裕もない。敵側の〈スタドルド〉と弾幕の応酬をしていることは分かるが、有利か不利か見極めるまではいかない。

 そこに通信が入った。

『こちらマルシャ。データデバイスは確保しましたが敵2体と交戦中―!』

 マルシャからだ。依頼主から提供された上位の通信コードにより、施設の通信システムを使った明瞭な通信が可能であった。

『合流して援護は可能ですか?』

『それ私の台詞ですよー』

 マルシャは緊張感なく返してきたが、どうやら苦戦しているらしい。

『そろそろ決めないとまずいですよ』

「分かっている」

 戦いが長引けば、外の探査隊の巨人器がなだれ込んでくる危険性が高くなる。

 相手に効くかわからないが、やるしかない。

 オルデルドは〈ファイトーム〉を後方に跳躍させ、〈両手盾〉と距離を取った。懸念した射撃はない。〈両手盾〉は迎撃の構えをとる。

 地面を蹴ると同時に両肩と両腰の推進器を作動。急加速して〈両手盾〉に接近する。

 加速距離を確保しての最大速度での突貫攻撃だが、衝撃ハンマーを構えた先ほどと異なり今度は素手だ。直前まで何をするか分からせない。

 〈両手盾〉が右腕の盾を真っ直ぐに突き出す。眼前に迫るそれを、〈ファイトーム〉は両手を伸ばして掴み取った。

(スラスター、カット!)

 推進器を停止させ、揃えて脚を振った勢いで盾を掴んだまま〈ファイトーム〉を倒立させる。

 巨人器1体分の重量が重しのようになり、〈両手盾〉が右腕を引っ張られる。

 このまま壁か床に叩きつけるつもりだったが、〈両手盾〉は冷静に対処した。掴まれたままの盾を切り離し、〈ファイトーム〉という重りから解放される。

 だが、防御の要である盾を片方もぎ取ることはできた。

 〈ファイトーム〉は一回転して着地し、オルデルドは見た。

 いち早く体勢を立て直した〈両手盾〉は、空いた右手で背部ユニットのホルダーから引き抜いた何かを投擲した。

 あれは柄付きの投擲弾だ。柄を指で挟んで複数発を同時に投擲できる----そう理解したときには遅かった。

 接触と爆発が3連続する。

 寸前で強化装甲の出力を最大にし、破損を免れたのはオルデルドの反応速度の賜物であった。だが〈ファイトーム〉は吹き飛ばされ、壁に激突した。

 衝撃ハンマーの一撃を受けたような衝撃に晒され、オルデルドの視界は明滅し、平衡感覚が失われる。だがこれで気絶しないあたり、オルデルドは頑強な肉体の持ち主であった。

 視界と平衡感覚が回復すると、オルデルドは器体が横たわっていることを理解した。

 〈両手盾〉は右手で折りたたみ式の対装甲ナイフを引き抜いた。

(トドメを指すつもりか)

 立ちあがり、戦わなければいけない。だが動きが遅い。〈両手盾〉が対装甲ナイフを逆手に持ち替え、左手の盾を突き出した。

 そのときである。

 カーグル隊の進入口とは別のハッチの奥から爆風が吹き込んできた。

 〈両手盾〉は〈ファイトーム〉から離れ、エレベーターシャフトへと続くハッチへと向かった。

「なんだ……?」

 起き上がりながら呟くと、ハッチから巨人器〈エンローグ〉が複数なだれ込んでくるのが見えた。

 探査隊の巨人器だ。探査隊が騒ぎに気付き、地下施設内に突入してきたのだ。

 だが、なぜ扉を爆破したのか。あの扉は、探査隊が常用しているはずだが。

 〈両手盾〉はマーセルの〈スタドルド〉を蹴飛ばすと、味方の〈スタドルド〉を連れてシャフトへのハッチをくぐった。

《面倒ごとを押し付けていったぞ》

「そのようだ!」

 探査隊に銃撃される中、オルデルドは〈両手盾〉からもぎ取った盾と衝撃ハンマーを拾い、マーセルの〈スタドルド〉のもとへ駆け寄って助け起こした。

「シャフトへ」

『いい考えじゃないですよ!』

「構うか」

 マーセルの〈スタドルド〉を突き飛ばすようにハッチへ押し込むと、オルデルドも〈ファイトーム〉を続かせ、制御盤に触れてハッチを閉じさせた。

 

 

 ずんっ、と振動が地下施設に響いた。

「あん?上で何かあったのかな?」

 マルシャが上層部の戦闘を気にしたそのとき、その背に〈ゴルフェン〉の蹴りが直撃した。

「げっふ!?」

 マルシャの〈スタドルド〉が正面から床に倒れる。

『もっらい〜!』

『隊長と合流するよ、オリーヌ』

 女2人の声を響かせ、2体の〈ゴルフェン〉が跳ねるように離れてゆく。そこでマルシャはデータデバイスを奪われたことに気付いた。

「あ!泥棒!」

 器体を立ち上がらせ、後を追う。エレベーターシャフトへと出た時、目の前にマーセルの〈スタドルド〉が降ってきた。

「ぎゃん!」

『いっ!?』

 〈スタドルド〉同士が衝突し、尻餅をついた。

 

 

 まずマルシャと合流しようとエレベーターシャフトのプラットフォームを下層へと移動したところ、先に降り立ったマーセルの〈スタドルド〉が飛び出してきたマルシャの〈スタドルド〉と衝突した。

 オルデルドは〈ファイトーム〉をその脇に降り立たせる。

「何をやっている」

『兄さんの不注意です』

『マルシャのせっかちです』

「やかましい」

 続けると話が脱線しそうだったので、任務について尋ねる。

「データデバイスは?」

『小さいのに取られました』

 マルシャの〈スタドルド〉はエレベーターシャフトをぐるりと囲むプラットフォーム部を指差した。そこを2体の〈ゴルフェン〉が疾走している。

「追うぞ」

 オルデルドは言うなり、推進器を使って〈ファイトーム〉を跳躍させた。小型浮遊船がすっぽりと入るシャフトを飛び越え、〈ゴルフェン〉の前に立ち塞がる。

 マーセルとマルシャの〈スタドルド〉はプラットフォームを走って〈ゴルフェン〉の後を追い、退路を塞いだ。

 カーグル隊によって、2体のミニ巨人器は包囲された形だ。飛び降りても、地上からは遠ざかるのみだ。

「データデバイスを渡せ」

『はんっ!周りを見て言いな!』

 〈ゴルフェン〉の気の強そうな女がそう言うと、〈ファイトーム〉へ向かって弾丸が降ってきた。

 見れば、エレベーターシャフトの中央に推進器によって滞空する〈両手盾〉が、背部ユニットの独立型レイルガンを連射している。

 〈ファイトーム〉が盾で弾丸を防いだ隙に、〈ゴルフェン〉は〈ファイトーム〉の横をすり抜けていった。

「くっ!」

 〈ゴルフェン〉が駆け込んだ格納庫のハッチからは敵の〈スタドルド〉が身を乗り出し、連射型レイルガンの弾幕を張っていた。

 そこに〈両手盾〉が滑り込むと、〈スタドルド〉も後に続き、ハッチが閉じられた。

 ハッチへ駆け寄り、マルシャの器体が制御盤に触れる。

『あれ?開きませんよ?』

『代わって』

 マルシャに代わり、マーセルの器体がハッチの解放を試みるが、何も起こらない。

『施設のシステムをハックしているのかも……?』

 そのとき、上層のハッチが破壊される音がシャフトに響いた。見れば、探査隊の〈エンローグ〉が多数、エレベーターシャフト内へ突入してきている。

 探査隊の巨人器はプラットフォーム上からカーグル隊へレイルガンを撃ってきた。

 マーセルの〈スタドルド〉が三連装メインレイルガンで撃ち返すが、レイルガンでは姿勢を崩すことはできても倒しきれない。それに数も違う。危険な状況だった。

『ハッチを切りますか?』

『間に合わないでしょう』

 その通りだった。対装甲ナイフで巨人器が倒れる穴を開けるのは時間がかかる。高出力のロングブレードでもあれば別なのだが。

《この器体ならシステムに介入できる。なぜやらない》

 〈声〉が響く。このとき、オルデルドは彼らに手の内を晒すか迷っていた。〈ファイトーム〉の秘めてる力はあまりに特異だ。

 その懸念は、器体の足元への弾丸が突き刺さって吹き飛ばされた。

「背に腹は変えられない……か」

 つぶやいて、〈ファイトーム〉の手を制御盤に触れさせる。通常のプロセスではない。地下施設全体のシステムはアクセス。無数のプロテクトが突破され、システムが〈ファイトーム〉によって掌握される。

 ハッチが開く。

『開いた!?』

『……何をしたんです?』

「いいから中へ!」

 マルシャの〈スタドルド〉が先に入り、オルデルドは〈ファイトーム〉を続かせた。

 だが、マーセルの〈スタドルド〉が続かない。

「何をしている?」

『こんな扉もいずれ突破されます』

 マーセルはそう言うと、設置型の爆弾を取り出してあちこちに投擲した。投擲された爆弾は壁に衝突すると粘着ジェルを噴出して張り付く。

 マーセルは最後に、足元にセンサー式の地雷を設置してトラップを完成させた。先ほど投擲した設置型爆弾と連動するものだ。

 弾丸の雨に追われたマーセルの〈スタドルド〉が駆け込むと、オルデルドは制御盤からハッチを閉じさせ、ロックもかけておく。

 内部はまた別の格納庫だった。使われていないのか、酷く年季の入ったコンテナが散乱するのみだ。

 そこに、外部スピーカーによる声が響いた。

『システムを弄ったのは君たち、かな?』

 若い女の声だったが、声色に反して喋りはやけに落ち着いていた。

 声は格納庫内を反響し、相手がどこにいるかは分からない。オルデルド達はそれぞれ器体に武器を構えさせた。

『仕方ないね。ヒュックが仕事をするまで、付き合ってあげようか』

 いい終わるなり、どこからか手榴弾が転がってきた。

『スモーク!』

 手榴弾を見たマルシャが叫ぶと同時に、煙幕が噴き出す。

 さらに横薙ぎの弾幕がオルデルド達を襲った。間髪ないアクションに対応しきれず、3人とも被弾を許してしまう。

 電波や熱による索敵も阻害する物質を含んだ煙幕で見えないはずだが、晒した隙が見えているかのように敵の巨人器が煙幕を突き破って現れた。〈両手盾〉と〈ゴルフェン〉が2体だ。

(あいつにハンマーは通じない)

 こちらに向かってくる〈両手盾〉を見据え、オルデルドは決断した。衝撃ハンマーの推進器を作動させ、その推力のまま水平に振り手放す。

 衝撃ハンマーはくるくると回転しながら〈両手盾〉へと向かった。オルデルドは〈ファイトーム〉をハンマーの後を追わせるように進ませる。

 〈両手盾〉は背中から倒れるようにして回転して迫る衝撃ハンマーを回避した。仰向けになって滑る〈両手盾〉に、オルデルドは器体の左手の中盾を突き出す。

 器体の胴体を狙った一撃は、〈両手盾〉が跳ね上げたつま先で弾かれた。〈両手盾〉はその勢いのまま起き上がり、鋭い蹴りを〈ファイトーム〉に繰り出した。

「ぐっ!」

 外れた衝撃ハンマーは、古びたコンテナに激突して軌道を変え、格納庫の天井にぶつかってバラバラになった。器体の手を離れて強化装甲の恩恵を失った武器は、容易く壊れてしまう。

 オルデルドに先程までの得物の末路を見る余裕はなかった。〈両手盾〉の繰り出す盾や蹴りを捌くので精一杯だからだ。

『あのハンマー、グストヴのものじゃないか』

(知り合いかよ)

 強烈な連撃を繰り出す〈両手盾〉の搭乗者が、立ち話でもするかのような軽い調子で話す。オルデルドに応じる余裕はない。

『どうやって手に入れたんだい?あいつ、根に持つよ?』

 砲弾のような勢いの蹴りを中盾で受けるが、〈ファイトーム〉は大きく後ろへ滑り、膝をついて止まった。

 〈両手盾〉は追撃せず、こちらを見ている。その後方に、〈ゴルフェン〉の機動と敵の〈スタドルド〉の援護射撃に翻弄されるマーセルとマルシャの〈スタドルド〉が見えた。

『諦めれば見逃すよ?』

 〈両手盾〉の搭乗者が提案する。それは妥当な判断かもしれなかった。

 これはただの依頼に過ぎない。オルデルドは調査隊に関して何も背負うものはない。そして敵は強い。勝てないならば、ここは退いて次の機会に臨むのだ妥当だ。

 しかし、ここで自由器士隊としての実力を示さなければ、父の救出が遠のく。年老いた父を長く虜囚とすることはオルデルドには看過できないことだった。

 ならば、と次の行動に移ろうとした、その時である。

 大きな振動が地下施設を揺るがした。

 

 

 メーラクン基地に駐留する調査隊の巨人器群は、一心不乱に侵入者を追った。まるでそれ以外は目に入らず、扉があれば破壊して通過し、コンテナを蹴飛ばしても気にしない。

 言葉も統率もなく、ただ個々に敵を追う。目的だけは不気味に一致し、統制を欠きながらその流れは濁流のようだった。

 上層格納庫で敵を逃した調査隊は、敵を追ってエレベーターシャフトへ突入した。先頭の数体が足を踏み外し、落下してゆく。それ見た後続は、壁つたいのプラットフォームを進んだ。

 やがて先頭の巨人器が敵が逃れた下層格納庫の扉へ到達したとき、仕掛けられたトラップが作動した。

 センサー式の地雷が巨人器の接近を感知して炸裂し、それに連動してエレベーターシャフト内の複数箇所に仕掛けられた粘着爆弾も炸裂した。

 爆発はプラットフォームを破壊し、その上にいた巨人器を丸ごとエレベーターシャフトの底へ叩き落とした。

 調査隊の巨人器の中に飛べるものはない。無力に落ちてゆくだけだった。

 だが、爆発が収まっても施設の振動は止まらなかった。

 

 

 最初の振動がマーセルが仕掛けたトラップが作動したものなのは分かった。

 だが、その後も続く振動が何かわからない。

「なにか不味いな」

《そのようだ》

 敵も異常に気付いたようだ。〈両手盾〉はこちらを警戒しながらも辺りを見回している。

『君たちさ、何をしたの?』

 そう問う〈両手盾〉の搭乗者の声には、何かを確かめるようなニュアンスがあった。相手は何か知っているかもしれない。オルデルドは少し迷って、答えることにした。

「……追手を断つために、シャフトに爆弾を仕掛けた」

『ええ?それは不味いよ。ここは長年の侵食で施設の構造だけで偶然保ってるだけなのに……』

 〈両手盾〉の搭乗者が話し終える前に、大きな振動が施設内を揺るがした。同時に、オルデルドは違和感を抱いた。

(床が傾いている……?)

『こうしちゃいられない。ヒュック、そっちはどう?……仕方がない、シャフトから出るよ。……カイオス頼みだね……おっと』

 そこで〈両手盾〉の搭乗者の声が途絶えた。うっかり外部スピーカーを入れたまま話していたことに気付いたようだ。

 敵の自由器士隊の巨人器が戦闘を中断し、バタバタとエレベーターシャフトへの扉を目指す。

 マルシャの〈スタドルド〉が、目の前を通った〈ゴルフェン〉の足をタイタンバールで引っ掛けて転倒させた。

『おら!』

『ぎゃっ!……お前、状況分かってんのか!』

『引っかかる方が悪いんですよ!バァ〜カ!』

『やってる場合ですか』

 〈ゴルフェン〉の搭乗者は怒りを抑え、エレベーターシャフトへと向かった。

 先頭を走る〈両手盾〉は投擲弾を扉へと放った。巨人器を吹き飛ばす砲弾を3発受けて歪んだ扉に、〈両手盾〉を飛び蹴りをし、その勢いのままシャフトへと躍り出た。

 敵の〈スタドルド〉と〈ゴルフェン〉も続く。その間にも施設の振動と格納庫の傾きは大きくなっていた。

《脱出を急げ》

「俺たちも逃げるぞ」

 〈声〉に急かされるまでもなく、オルデルド達は格納庫からエレベーターシャフトへと出た。プラットフォームは爆破されて崩壊しているため、扉の位置で足を止める。

 地上へと続く竪穴は、壁面に明らかな崩壊の予兆が出ていた。上方からプラットフォームやクレーンなどが崩れて、落下してくる。

 敵の姿は既になかった。短時間で登ってしまったらしい。それにしては早い。

『これは……壁を登るのは厳しそうですね』

『兄さんのせいですよ。考えなしに爆破するから』

『施設の状況を伝えてこなかった依頼主の怠慢を恨みます』

『兄さんのせいですからね?』

 双子の自由器士はこんな時も気の抜けたやり取りをしていた。

 突然、床が大きく傾いた。背後の格納庫がひしゃげながら落ち込んでいるのだ。

 オルデルドは焦りを覚えた。〈ファイトーム〉なら推進器を使って飛び上がれるが、2人の〈スタドルド〉にそのような装備はない。

「時間がない。行けるか?」

『……先に言ってください。僕たちは自分でなんとかするので』

『え?私たち3人、死ぬ時は一緒じゃないんですか?』

「……先に上がってる」

 彼らを見殺しにするつもりはなかったが、マルシャに心中させられるつもりもなかったので、オルデルドは器体をエレベーターシャフト内へと飛び立たせた。

 縁を蹴って勢いよく飛び出し、両肩と両腰の推進器を作動し、シャフト内を真っ直ぐに飛ぶ。

 空中で細かな機動は取れないが、真っ直ぐ飛ぶことなら可能だ。

 すぐに反対側の壁へ到達する。手足を使って勢いを殺しつつ壁を蹴り、推進器を再始動。三角飛びの要領で〈ファイトーム〉を地上へと飛び出させた。

 着地しつつ、周囲を警戒する。地上は地下施設の崩落の余波で振動していた。

 調査隊の巨人器は見えない。全て地下施設内に突入したのだろうか。

『やっぱり上がってきたか』

 代わりに……〈両手盾〉らが〈ファイトーム〉を包囲していた。

『味方は置いてきたのかい?薄情だね』

 〈両手盾〉の搭乗者は世間話でもするように話しかけてくるが、その右肩のレイルガンはこちらに向いたままだった。一斉射撃を受ければ、縦穴へ叩き落とされるだろう。

『ドサクサに紛れてデータデバイスを盗むなんて、やるじゃないか。渡してくれたら、見逃してあげるよ』

 心当たりのない盗みの疑いだったが、すぐに思い当たった。データデバイスを取られたと言ったマルシャは、敵の巨人器の足を引っ掛けて転倒させていたではないか。

《あいつだな》

「ああ、マルシャだ」

 〈声〉も同意見だった。しかし、持っていないものを渡すことはできない。

 いっそ自分からシャフトに飛び込むか、そう思った時、そのエレベーターシャフトを這い上がってくる巨人器があった。

 マーセルとマルシャの〈スタドルド〉だ。オルデルドは登る速度の早さに内心驚くも表には出さずに言った。

「早かったな」

『そうですか?』

『木登り、得意なんですよ』

 2体の〈スタドルド〉がそれぞれ得物を構える。数的不利はそのままだったが、第三戦の構図は整った。

 だが、〈両手盾〉は戦いの構えを解いた。

『……やめよっか。これ以上は泥沼だ』

 呼応して敵の〈スタドルド〉や〈ゴルフェン〉も武器を下ろす。

「データデバイスはいいのか?」

『君たちが気にすることじゃないでしょ?君たちは自由器士でしょ?』

 暗に、依頼主の事情など関知するべきではないと言われた気がした。

『君たち、名前は?』

「……カーグル隊」

 明かしていいものかと少し迷ったが、ここは流れに乗った方が得策だった。

『聞かないね。新人?』

『期待の星ですよ!』

 マルシャが勝手に答えた。余計なことを言わないでほしい。

『へぇ。私はエコーレ。孤独な自由器士さ』

『隊長!我々がいます!』

 エコーレを名乗った〈両手盾〉の搭乗者の妙な名乗りに、〈ゴルフェン〉の搭乗者が声を上げた。

『それじゃあ私たちはこれで失礼するよ。敵として会わない祈る』

 部下のフォローを無視したエコーレは、そう言って器体を翻した。〈ゴルフェン〉が後に続き、〈スタドルド〉はこちらを警戒しながら距離を離した。

 オルデルド達は戦闘体制を解かずにエコーレ達を見送った。

 エコーレらの巨人器が岩場を過ぎると、岩の一つが起き上がった。

 岩ではない。偽装した巨人器だ。手には狙撃用のロングレイルガンを持っている。

 その巨人器はエコーレらの巨人器に続き、やがて見えなくなった。

『……見逃されましたね』

 三連装メインレイルガンを下ろしながら、マーセルが呟いた。

「ああ」

 敵は終始強く、オルデルドの攻撃を受け流し、強烈な反撃を加えてきた。そして、最後まで狙撃手という札を伏せ、その上で自ら休戦を持ちかけてきたのだ。

『エコーレ・ロディーク。最強の自由器士を挙げたら名前が入る人ですね』

「そんなやつと遭遇するとはな」

 オルデルドとマーセルは神妙な気持ちだったが、マルシャは違った。

『舐められてません?今なら背中から撃てません?』

「やめておけ」

 マルシャの〈スタドルド〉はショートレイルガンしか銃を装備していない。その癖そんなことを言うマルシャの器体を、オルデルドは軽く小突いた。

 そのときである。

『なんか揺れ、大きくなってません?』

 マルシャがつぶやいた時、大きな地割れが器体の足元を走った。さらに振動が激しくなる。

『まずいですねこれは!』

《崩落が続いている》

「離れるぞ!」

 崩落は地下施設に留まらず、地上にまで及んだ。まるで排水口に水が吸い込まれるように、土砂が縦穴へと流れ落ちてゆく。

 エコーレ達が戦いを切り上げて退却したのはこのためだった。

 オルデルド達は悪態をつく暇もなく、その場から全速力で離れるしかなかった。

 

 

 メーラクン基地の上空に滞留する暗雲の中にその艦はいた。

 光学的・電波的なステルス効果を持つ赤黒い雲に紛れるその艦の全貌は窺い知れない。

 その艦の司令室で、ソディレン・ゼルナーは撮影された映像を見て、興味深いという心情を表す笑みを浮かべた。

 その映像は、上空からメーラクン基地を撮影したものだ。その中には複数の巨人器が映っている。

〈スタドルド〉や〈エンローグ〉の亜種、比較的珍しい〈マルセナヤ〉タイプ、ミニ巨人器。これはどうでもいい。

 注目するのは、ただ1体。

 均整の取れた、力強いシルエット。背中に取り付けられた一対のスタビライザーを兼ねた鞘、両肩と両腰の可動式推進器ユニット、両側部からブレード状のアンテナ・カバーを伸ばした頭部。白と暗い灰色に塗られた器体。

「〈ファイトーム〉」

 ソディレンはその器体名を呟いた。

「スクール・システムの実地テストのためこんなところまで出向いて見れば、まさかこんなものが見られるとは」

 ソディレンにとって、中央空白領域は辺境に過ぎない。だからこそ、露見すれば計画を崩壊させかねない重要実験の実行場所に選んだのだ。しかし自ら観察にこんなところまで来るのは、都市生まれのソディレンにとって、世界の果てに旅行するに等しかった。

 だが、それでこんなものが見れるとは。世界の果てにも来てみるものだ。

「ディセアが興味を持つかも」

 ソディレンは帰還命令を出した。一刻も早くこのことをディセアに知らせたかった。

 

 

 メーラクン基地の崩壊からなんとか逃れ、オルデルド達は〈フルコム号〉と合流し、イレングル区への帰路についた。

 激しい戦闘と崩落から逃れる緊張で3人とも疲れ果ててしまい、船室で脱力しながら帰路を過ごした。あのマルシャも余計な発言が半分になる始末である。

 敵襲があったらどうする、というゼン船長の小言は聞き流された。

 イレングル区に着き、顔を出すのも面倒なのでダーラムには帰還報告の連絡だけ送り、さっさと格納庫へ戻った。

 器体をハンガーに固定して床に降りると、それを待っていたフェイリナが迎えた。

「おかえりなさい!」

「……あぁ」

 疲労困憊なオルデルドたちと違い、フェイリナは気力に満ちていた。曖昧な返事を返して朗らかな笑顔を眺めていると、その表情が訝しげなものに変わった。

「……そういうときは「ただいま」じゃないの?」

「うん……?」

「帰りを待ってて欲しかったんでしょ?なら「おかえりなさい」と「ただいま」でしょう」

「そういうものか……?」

 おかえりとただいま。オルデルドはその言葉を知っているが、使ったことはなかった。父は余計な会話を好まなかったし、どこかに定住してお互いに送り出して待つなど殆どなかった。

 オルデルドが困惑していると、フラフラとこちらに歩み寄りながらマルシャがおどけて言った。

「うぃ〜、母さんメシ、酒」

 酔っ払いみたいな仕草だった。

「母さんじゃないよ。でも、マルシャの方が反応いいね」

「こいつより悪いのか」

「悪いよ。マルシャの反応もされたくないけど」

「む……」

 何が正解なのかオルデルドにはわからなかったが、マルシャより悪いと言われるのはかなり不服だった。

 父は生き方や戦い方は教えてくれたが、女の扱いなど何も教えてくれなかった。せいぜい「顔のいい女には気を付けろ。優しい女にはもっと気を付けろ」としか言われていない。

 顔が良くて優しげなフェイリナに警戒心を抱くオルデルドは、彼女が求める反応をしていいものか迷った。

 だが、〈ファイトーム〉を使う上で巨人器に詳しい彼女とは円滑な関係を築いておくべきだ、そう理由を付けてオルデルドは応えた。

「……ただいま」

「おかえりなさい!」

 フェイリナは満足そうに笑った。その表情をさせるのもまんざらではない、オルデルドはそう思った。

「ご飯にしようか。いいものを用意したの」

「用意?何をしたんです?」

 マルシャが疑問を挟む。食事はどこかの都市で製造されたものだ。長期保存が可能で、使い捨ての加熱装置を内蔵した容器に収まっているから、単体で完結しており他に準備など不要だ。

「お皿を用意したの」

「皿?」

 皿、皿とはなんだ。オルデルドは記憶を探り、ルイスティン区を牛耳っていたヘッラーウの部屋に白く丸い皿が飾ってあったことを思い出した。

「同じものでも盛り付けたら雰囲気変わるよ」

「飾りに、盛り付け……?」

「飾り……?」

 話が通じていない2人の横では、マルシャが腹を抱えて笑い出した。

「皿!お皿に盛り付け!は〜っ!発想が都会!あはっ、あははっ、あひゃっ!」

 余程面白かったのか、マルシャは身体をくの字に曲げて笑う。

「マルシャ、うるさい」

「だって皿ですよ!皿!うひゃひゃひゃっ!」

 流石に機嫌を崩したフェイリナは、半眼でマルシャを睨んだ。

「マルシャは何も食べなくていい?」

「あ、食べます食べます。お皿食べます」

「皿は食べないでしょ」

「飾りに盛り付け……?」

 そのやり取りをよそに、オルデルドは未だ言葉の意味を理解できずにいた。

 この後、オルデルドは皿の本来の用途を知るのであった。

 なお、味はとくに変わらなかった。

 

 

第5話「雇われたちの競争」 了




3か月空いた言い訳:SYNDUALITY楽しい

〈声〉は実体がない上、基本的にオルデルドが一人の時しか話しかけないため出番を忘れがち。
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