わたしが「キヴォトスの生徒」になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)   作:かつおのえぼし

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前回の話に追記しましたが、先生が生徒を呼ぶ際は呼び捨てに統一します!

平日は投稿頻度減るかもです!ご容赦ください!



わたしがアイドルなんて、ぜったいにムリ!

 

カーテンの隙間から、やわらかい朝の光が差し込んでいた。

まぶたがひらいて、最初に見えたのは見慣れない天井――じゃなくて、保健室の天井だった。

 

「……あれ?わたし……」

 

頭の奥がじんじんする。そうだ、昨日……いや、深夜のあの戦いのあと、意識を失って――。

 

「"あ、起きた?"」

 

声に振り向くと、ベッドのそばに先生が立っていた。手には湯気の立つ紙コップ。どうやらお見舞いに来てくれたらしい。

 

「先生……!」

 

思わず声が大きくなる。胸の奥から込み上げるのは、感謝の気持ちだけだった。

 

「改めて、昨日は本当にありがとうございます……!もし先生達が来てくれなかったら、わたし……」

 

言葉の先を飲み込む。昨日のことを思い出すだけで背中に冷たいものが走る。

先生は軽く笑って、首を横に振った。

 

「"気にしないで。無事で本当によかった"」

 

「"後で対策委員会の皆にも言ってあげて、きっと喜ぶよ"」

 

そう言って先生は紙コップをベッド脇に置き、保健室の外に向かった。

 

「はい!」

 

 

◇◇◇

 

 

保健室を後にして、校舎を歩く。

まだ朝の校内は静かで、廊下にはわたしの足音しか響いていない。

けれど部室に近づくにつれて、にぎやかな声が漏れ聞こえてきた。

 

ドアを開けると――案の定、対策委員会のメンバーが揃っていた。

 

「れな子ちゃん!」

 

真っ先に立ち上がったのはアヤネちゃん。

 

「ちょうど良かったです。今から定例会議をするところなんです。今回は先生やれな子さんがいらっしゃるので、いつもより真面目に議論できると思うのですが……」

 

え、その言い方だと。いつもは真面目にやってないってことになりますけど!?

 

議題は「学校の負債をどう返済するか」。

アヤネちゃんの真剣な口調に場が引き締まる。が――。

 

「はいはい!わたしから!」

 

最初に勢いよく手を挙げたのはセリカちゃんだった。

 

「毎月の返済額は利息だけで七百八十八万円。このままじゃらちが明かないわよ!だから――でっかく一発狙わないと!」

 

「一発って例えば?」とホシノさんが半目で尋ねる。

 

「ふふん、これよ!」

 

セリカちゃんがカバンから取り出したのは、一枚のチラシ。

 

【ゲルマニウムブレスレットであなたも一攫千金!】

 

「……」

 

……あ。やばい。これはもう典型的な――。

 

みんな沈黙している。というか、空気が完全に凍りついている。

セリカちゃんだけが自信満々に輝いていた。

 

「ね、身につけるだけで運気が上がるんだって!これを売ってわたしたち、学校ごと大逆転!」

 

……。

…………。

 

「どうしたの?なんで黙ってんの?」

 

「セリカちゃん、それ……」わたしは思わず机を叩いた。

 

「それ騙されてるから!マルチ商法ってやつだよ!?」

 

わたしが叫ぶと、セリカちゃんの顔色がサーッと青くなる。

 

「そ、そうなの!?わ、私……二個も買っちゃったんだけど!?」

 

「セリカちゃん……騙されちゃいましたね」

 

ノノミさんが優しく肩を叩きセリカちゃんを慰めている。

 

「だ、大丈夫だよセリカちゃん!次にセリカちゃんが騙されそうになっても、わたしがしっかり守るから!」

 

そう力強く宣言すると――なぜか、全員の視線がわたしに集まった。

 

……え?なに?なんでみんな同じ表情してるの?

 

(――れな子ちゃんも多分一緒に騙されそうだなぁ。)

 

この場の全員の思考が一致した瞬間だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「はいはーい!」

 

今度手を挙げたのはホシノさん。

彼女はにやりと笑って口を開いた。

 

「我が校の一番の問題は、生徒数が極端に少ないことかなー、生徒数が増えれば学校の力も増える!議席も持てて、連邦生徒会での発言権も得られるようになるよ!」

 

「でも、どうやって……」

 

アヤネちゃんが首をかしげる。

 

「簡単な話だよ。他校のスクールバスを拉致ればオッケー!」

 

「「えっ」」

 

「登校中のスクールバスをジャックして、アビドス高校への転入学書類にハンコを押さないと降りられないようにするのー!」

 

うへ〜、と楽しそうに手をひらひらさせるホシノさん。

なんでそんなワクワク顔なの!?

 

「狙いはどこにする?トリニティ?ゲヘナ?それともミレニアム?」

 

無表情のまま妙に興味津々なシロコさん。

いやいやいや、そんな実行するみたいに言わないで!?

しないからね!?

 

「そんなことしたら、他校の風紀委員が黙っていないと思います!」

 

アヤネちゃんが真剣に却下する。

 

「やっぱりそうだよねー」

 

あっさりと引き下がるホシノさん。

アヤネちゃんはこめかみに手を当てて、心底疲れた顔をしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「ん、次は私」

 

「……銀行を襲うの」

 

唐突に挙手したシロコさんが、さらっととんでもないことを言った。

 

「へっ?」

 

わたしの声が裏返る。

 

「確実かつ簡単な方法。ターゲットはもう決めてある。金庫の位置も、警備員の動線も、現金輸送車の走行ルートも全部把握済み」

 

さらっと物騒なことを言いながら、机に広げた見取り図を指差す。

……あれ?さっきから一生懸命見てた図面、もしかして銀行のものだったの!?

 

「五分で一億は稼げるよ。はい、これ覆面。」

 

「れな子の分もちゃんとあるよ」と覆面を差し出してきた。

いや、なんで準備万端なの!?

 

「却下ー!」

 

セリカちゃんが勢いよく叫ぶ。

 

「そ、そうです!犯罪はいけませんっ!」

 

アヤネちゃんも慌ててセリカちゃんに同調する。

 

シロコさんは小さく肩を落とし、こちらをじっと見つめてきた。

その瞳が妙にうるんでいて、逆に罪悪感がやばい。

 

「みなさん……もうちょっとまともな提案をしてください……」

 

アヤネちゃんの声が部室に小さく響いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「はいはい!犯罪でも詐欺でもない、とってもクリーンな方法があります!」

 

ノノミさんが勢いよく手を挙げた。

 

「スクールアイドルをしましょう!私たちがアイドルとしてデビューすれば学校を復興出来るはずです!グループ名は、水着少女団です!」

 

ノノミさんが身振り手振りまで交えて力説する。

目が本気だ。いや、本気どころかギラギラしてる。もしかして昨日からずっとこのこと考えてたの!?

 

わたしは思わず頭を抱える。

確かに……そういう展開のアニメは見たことある。あるけど!

実際やるってなったらハードル高すぎじゃない!?衣装も歌もダンスも……というか「水着少女団」って名前からして前途多難な匂いしかしない。

 

「それに、れな子ちゃんもとっても可愛いのでアイドルに向いてると私、思うんです☆」

 

ノノミさんがにっこり笑顔でこっちを見てくる。

なにそのキラキラの瞳!逃げ道塞がれた気がする!

 

「ええぇえ!?ムリムリ!わたしにアイドルなんてぜったいにムリ!」

 

勢いよく否定する。声が裏返って情けない感じになったけど、そんなの関係ない!

だってステージに立って笑顔振りまくなんて、根が陰キャのわたしには無理ゲーにもほどがあるでしょ!?

 

頭の中にステージの上で観客に向かって手を振る自分が浮かんで……想像だけで顔が真っ赤になる。

やだやだ!死んでもイヤ!!

 

「アイドルはちょっとねー……」

 

ホシノさんが、いつもの眠たげな声で口を挟んだ。

 

その言葉に、ノノミさんの肩がガクンと落ちる。

あんなに元気だったのに、まるで風船から空気が抜けるみたいにしおれていく。

 

「決めポーズも考えておいたのに……。」

 

小さな声でそう呟くと、ノノミさんは立ち上がって――

 

「水着少女団のクリスティーナで〜す♧」

 

じゃーん!と自分で効果音をつけながら、妙にキマったポーズを披露した。

 

……え、ちょっと待って。なんでそこだけ自信満々なの!?

しかも「クリスティーナ」って何!?あなたはノノミさんでしょ!?

 

「どういうことよ……。何が『で〜す♧』よ!それに『水着少女団』って名前!どうにかならなかったの!?」

 

セリカちゃんが思わず立ち上がり、机をバンッと叩く。

そのツッコミは完全に正論なんだけど、勢いが強すぎて逆にコントみたいになっていた。

 

「えー、徹夜で考えたのに……。」

 

ノノミさんは、またもしょんぼりとうなだれる。

さっきまでキラキラと星のように輝いていたのに、一瞬で曇天モード。

あぁ……光が消えちゃったよ!?

 

なんか、子どもの夢を粉々に砕いてしまった親の気分なんだけど!?

 

 

◇◇◇

 

 

「あのー……議論がなかなか進まないんですけど、そろそろ結論を……」

 

アヤネちゃんが、こめかみに手を当てながら疲れた声を漏らす。

わかるよ、その気持ち。ここ数十分、まともな話が一ミリも進んでないもん。

 

「この際だから先生とれな子ちゃんに決めてもらおっか。ふたりはやるならどの意見がいい?」

 

ホシノさんがにやにやしながら、こっちに視線を投げてきた。

まるで「さぁ選べ」と言わんばかりに。

 

「えっ……」

 

全員の視線が一斉にわたしと先生に集中する。

やめて!その視線の重さで押し潰されそう!

わたしまだアイドルデビューの覚悟とか決めてないよ!?

 

「これまでの意見から選ぶんですか!?もっとまともな意見を出してからの方がいいのでは……!」

 

アヤネちゃんが声を荒げる。

 

わたしも同感だ。だって候補が「マルチ商法」「バスジャック」「銀行強盗」「水着アイドル」って、どう転んでも地獄じゃない!?

 

「大丈夫だよー。ふたりが選んだものなら間違いないって」

 

ホシノさんが眠たげな顔でそう言うけど……間違いしかないんですけど!?

 

「……あんた、まさかアイドルをやるなんて言わないよね?」

 

セリカちゃんがこちらを睨みつけてくる。

なにその「選んだらわかってるわよね」みたいなプレッシャー!?なにされちゃうのわたし!?

 

「アイドルで☆お願いします♧」

 

ノノミさんは逆に満面の笑みで、キラキラの目で訴えかけてくる。

ううっ、そんな期待のこもった瞳やめて!罪悪感が爆発しちゃう!

 

「……」

 

無言のまま、スッと覆面を差し出してくるシロコさん。

 

いやいやいやいや!選択肢に「銀行強盗」混ぜないで!?

覆面渡すな!こっちに手渡すな!受け取ったら共犯者みたいになるでしょ!?

 

――どうしよう、これ。

わたしの運命、もしかしていま人生最大級の二択(三択?四択?)に迫られてるんじゃない!?

 

心臓の音がドクドク響く中、ちらりと先生を見る。

 

(助けて……この地獄の選択肢から……!)

 

先生はその意図を察したのか、静かに微笑み、コクリと頷いた。

その仕草に、胸がじーんと熱くなる。

 

(先生……!やっぱりわたしを見捨てないんだ……!)

 

次の瞬間――

 

「"アイドルグループ結成!私がプロデューサーになるよ!"」

 

見捨てられたあぁぁあああ!?

 

「なっ……なに言ってんの先生!?」

 

わたしはずっこけそうになった。え、なにその満面の笑み!?完全に本気の顔してるじゃん!?

 

「ほ、本気ですか!?」

 

アヤネちゃんが机に手をついて立ち上がる。声がひっくり返ってる。

 

「やったぁー☆」

 

ノノミさんは歓声をあげて飛び跳ねている。

 

「ほ、ほんとに……?これでいいの?」

 

セリカちゃんは半信半疑といった顔で、そわそわとこちらを窺う。

 

「……い……」

 

アヤネちゃんが小さく唸るように声を漏らした。

その横でセリカちゃんが首を傾げる。

 

「い……?」

 

「いいわけないじゃないですかぁ!!」

 

ガターン!!!

 

アヤネちゃんが机をひっくり返した。

勢いで床に散らばるノートや書類。まるでドラマのクライマックスみたいな迫力。

 

「ちゃんと真面目にやってください!いつもふざけてばっかり!銀行強盗とかマルチ商法とかそんなことばっかり言って!」

 

鬼のような形相で睨まれ、セリカちゃんとシロコちゃんは同時に冷や汗をかく。

さっきまで堂々としてた二人が、今は小動物みたいに縮こまってる。

 

「アヤネちゃんが怒ってます!緊急事態です!」

 

ノノミさんはあわあわと手を振りながらアヤネちゃんを宥めようとしてる。

 

その後――対策委員会のメンバーと先生は、アヤネちゃんにめちゃくちゃ説教された。

部屋には長時間にわたってお説教の声が響き渡り……。

 

なぜかわたしまで正座させられていた。

 

(えっ……なんで!?わたし悪くないのに!?むしろ被害者だよね!?)

 

足がジンジン痺れてきて、涙目になりながらも心の中で必死に抗議した。

 

でも、アヤネちゃんの怒気に満ちたオーラの前じゃ、とても口には出せなかった。

 

 

 

 

 

その後――。

 

怒り狂ったアヤネちゃんの機嫌をとるために、わたしたちは「柴関ラーメン」へとやってきた。

まさか会議の後に説教で正座させられて、さらに機嫌直しのためにラーメン行きとは……

 

「いやぁー、ごめんってば、アヤネちゃーん。ラーメン奢ってあげるからさ、怒らないで、ねっ?」

 

ホシノさんが、両手を合わせて必死にご機嫌を取っている。

その顔はいつもの眠そうなものじゃなくて、まるで保護者に小遣い値上げ交渉してる子どもみたい。

 

「……怒ってません」

 

アヤネちゃんは仏頂面のまま、プイッと顔を背けた。

あー、完全に怒ってるときのやつだ。

「怒ってない」って言葉ほど信用ならないものはないよね……!

 

「アヤネちゃーん、ほらほら、ハンカチ。スープ跳ねちゃったら大変ですからね〜☆」

 

ノノミさんが甲斐甲斐しく世話を焼いている。

まるで小さい子にご飯食べさせてるお姉ちゃんって感じ。

 

「わ、私は赤ちゃんじゃありませんから!」

 

ふくれっ面でツンとするアヤネちゃん。

 

そんな時だった。

 

ガララッとお店の扉が開く音が響いた。

全員の視線がそちらに向かう。

 

紫色の髪をした少女が、恐る恐るといった様子で扉から顔を覗かせていた。

 

「あ……あの……。」

 

声は小さく、場の空気に溶けるような遠慮がちな響き。

 

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

 

セリカちゃんはすぐに表情を切り替え、接客モードに戻った。

バイト中の切り替え早すぎでしょ!?わたしたちの前ではあんなにツンツンしてるのに!

 

「ここで一番安いメニューって……おいくらですか?」

 

少女は、恐る恐るといった調子で訊ねる。

 

「一番安いのは五百八十円の柴関ラーメンです!看板メニューなんで、とっても美味しいですよ!」

 

セリカちゃんが少し誇らしげに答える。

 

少女は「ありがとうございます」と小さく感謝を告げ、そのまま店を出ていった。

 

「ん?」

 

セリカちゃんが首を傾げる。

わたしたちも「えっ、入らないの?」と顔を見合わせた、その時――

 

再びガララッと扉が開いた。

さっきの紫色の髪の子が戻ってきて……今度は三人の少女を引き連れていた。

 

「やっと見つかったね!六百円以下のメニュー!」

 

先頭に飛び込んできたのは、白髪で小柄な少女。

目をキラッキラさせながら大喜びしている。

 

「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。これも全て想定内だわ」

 

続いて赤髪の少女が、不敵に笑みを浮かべる。

 

「さすが社長、何でもご存知ですね……!」

 

先程の紫色の少女が尊敬の眼差しでその赤髪の少女を見上げる。

 

「……はぁ」

 

最後に姿を現したのは、鋭い目つきの大人びた少女。

仲間たちのやりとりに深いため息をつきながら、冷たい視線を送っていた。

一人だけ常識人オーラがすごい……!

 

わたしは思わず箸を止めて、ぽかんとその一行を眺めていた。

――なんか、すごい人達が入ってきた気がする。

 

「四名様ですか?テーブル席にご案内しますね。」

 

セリカちゃんがにこやかに接客モードに入る。

 

「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」

 

白髪の子があっさり言い放った。

え……い、いまなんて?一杯って言った?四人で?

 

「一杯だけ……?でも……どうせならごゆっくりお席へどうぞ。今は暇な時間なので空いている席も多いですし。」

 

セリカちゃんも困ったように笑顔を貼り付けながら促す。

やっぱり接客って大変だ……!

 

「親切な店員さん、ありがとう!それじゃあお言葉に甘えて。」

 

「あ、わがままついでに、箸は四膳でよろしくね。優しいバイトちゃん。」

 

「えっ?四膳ですか?一杯を四人で分け合うつもり?」

 

セリカちゃんの声が裏返った。そりゃそうだ。ラーメンを四人で!?カップラーメンより過酷じゃん!?

 

「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!!お金がなくてすみません!!」

 

紫髪の子――さっきの子が突然頭を下げて叫んだ。

 

「あ、いや……!別に責めているわけじゃ……。」

 

セリカちゃんが慌てて両手を振る。わたしも心の中で「責めてないから落ち着いて!」って叫んでた。

 

「いいえ!お金がないのは首がないのも同じ!生きる資格なんてないんです!虫けらにも劣る存在なのです!虫けら以下ですみません……!」

 

ええぇぇぇぇ……!?飛躍がすごい!?

いきなり自己否定が暴走モードに入ったんだけど!?

 

「はあ……ハルカ、声でかいよ。周りに迷惑……。」

 

鋭い目つきの大人びた子が深いため息をつく。

……うん、絶対この子だけ常識人だ。四人組の中で多分唯一のブレーキ役だ。

 

「そんな!お金がないのは罪じゃないよ!胸を張って!」

 

セリカちゃんがカウンター越しに声を張り上げる。

 

「へ?……はい!」

 

「そもそもまだ学生だし!それでも、ここへ食べに来てくれたんでしょ?そういうのが大事なんだよ!」

 

セリカちゃんの言葉に、空気が一気にやわらかくなった。

……なにこのドラマみたいな展開。ラーメン屋ってこんな熱血青春の舞台だっけ?

 

「もう少し待っててね。すぐ持ってくるから。」

 

そう言って、セリカちゃんはスタスタと厨房にいる店長の元へ向かっていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……何か勘違いされてるみたいだけど?」

 

鋭い目つきでテーブル越しに視線を投げるのは、白と黒の髪色の少女――カヨコ。

 

「私たち、いつもはそんなに貧乏ってわけじゃないんだけどね。金遣い荒いのはアルちゃんだけだし」

 

白髪で小柄な少女――ムツキが肩をすくめ、茶化すように言った。

その調子は飄々としているが、突き刺さるような言葉に赤髪の少女がピクリと反応する。

 

「『アルちゃん』じゃなくて社長と呼びなさい?ムツキ室長、肩書はちゃんと付けてよ」

 

椅子に深く腰かけ、尊大な笑みを浮かべたのは赤髪の少女――アル。

けれどその口調は威勢が良いものの、声の端にわずかな焦りが滲む。

 

「えーでも社長のクセに社員にラーメン一杯奢れないなんて、そこんところどうなの?」

 

ムツキの言葉は容赦ない。

テーブルの空気が一瞬ぴりりと張り詰めた。

 

「ぐぅ……」

 

アルは苦虫を噛み潰したような顔でうめき声を上げる。

 

「今日の襲撃任務に投入する人員を雇うために、なにも全財産使わなくてもよかったのに……」

 

カヨコが低く呟いた。

合理を求める視線は、赤髪の少女に鋭く突き刺さる。

 

「ふふふ。でもこうしてラーメンは口にできるわけでしょ?それぐらい想定内よ」

 

無理やり笑みを作るアル。だがその台詞は、空気の重さを振り払うには心許ない。

 

「一杯分じゃん。私たち四人なんだから四杯分のお金は確保しておこうよ……」

 

「ぐぅ……」

 

再びうめき声。今度は視線を逸らし、テーブルの端に目を落とす。

 

「ぶっちゃけ、忘れてたんでしょ?ねぇねぇ、アルちゃん。夕飯代取っておくの、忘れてたんでしょ?」

 

ムツキが口元をにやつかせて覗き込む。

図星を刺されたアルは、唇を噛みしめ黙り込んだ。

 

「……」

 

「はあ。確かにリスクは減らせたほうがいいし。今回のターゲットは、ヘルメット団みたいなザコみたいには扱えないってことには同意するけど……」

 

カヨコの吐息が、テーブル席の空気をさらに冷たくする。

 

「でも全財産をはたいて人を雇わなきゃいけないほど、アビドスは危険な連中なの?」

 

真正面からの問いかけに、アルの眉がわずかに震えた。

 

「それは……」

 

言葉を探すように、口を濁す。

 

「アルちゃんもよくわかってないから、ビビっていっぱい雇ったんだよね?」

 

ムツキの追撃。言葉の矢は遊び半分に見えて、実は容赦がない。

 

「誰がビビってるって!?全部私の想定内!」

 

テーブルを軽く叩き、アルが声を張り上げた。

その勢いに隣のテーブル席に座っている生徒がちらりと視線を向けるが、気にも留めない。

 

「失敗は許されない。あらゆるリソースを総動員して臨むわ。それが我が便利屋のモットーよ!」

 

「初耳だね……そのモットー」

 

カヨコの冷淡な突っ込みが返る。

 

「今思いついたに決まってるよ」

 

ムツキが楽しそうに肩を揺らす。

 

「うるさい!なら今回の依頼を成功させて報酬が手に入ったら、すき焼きにするわ!だから気合を入れなさい、みんな!」

 

声を張り上げるアル。その横顔には、必死さと意地が混じった複雑な色が宿っていた。

 

「す、すき焼き……私なんかが食べていいものなんでしょうか?食べた後はハラキリですか……?」

 

紫色の髪の少女――ハルカが、おどおどと手を胸に当てる。

その声は震えていたが、目の奥にはどこか憧れの色が見えた。

 

「ふふふ。うちのようなすごい会社の社員なら、それくらいの贅沢はしないとね。」

 

「へぇ〜、やる気満々じゃん、アルちゃん」

 

「『アルちゃん』じゃなくて、社・長!!」

 

威勢よく叫んだアルの言葉が響いた直後――

 

「はい、お待たせしました!お熱いのでお気をつけて!」

 

セリカが湯気の立ち上る巨大な丼を机に置いた瞬間、

ダンッ!と重い音が響き、テーブルが小さく震えた。

 

「ひぇっ、何これ!?ラーメン超大盛じゃん!」

 

思わず声をあげたのはムツキ。丼からはスープが波のように揺れ、山がそびえ立っていた。

 

「ざっと10人前はあるね……。」

 

カヨコが冷静に見積もる。

その目には驚きというより、呆れの色が浮かんでいた。

 

「こ、これはオーダーミスなのでは?こんなの食べるお金、ありませんよ……。」

 

紫髪のハルカは怯えたように両手を合わせ、震える声を出す。

 

「いやいや、これで合ってますって。五百八円の柴関ラーメン並!ですよね、大将?」

 

セリカが振り返って確認する。

 

「あぁ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ。」

 

厨房から顔を出した大将は、笑いながら手を振った。

 

「大将も、ああ言ってるんだから、遠慮しないで食べてね!それじゃ、ごゆっくりどうぞー!」

 

そう言い残し、セリカは軽やかに戻っていった。

 

「わ、わぁ……」

 

ぽかんと丼を見つめるハルカ。目は驚きと期待の間で揺れている。

 

「よくわかんないけど、ラッキー!いっただきまーす!」

 

ムツキが真っ先に箸を伸ばす。勢いよく麺をすすり、頬を膨らませる。

 

「……ふふふ、さすがにこれは想定外だったけど、ありがたく頂くとしましょう。」

 

アルが胸を張り、余裕を装った笑みを浮かべた。

しかしその目はわずかに輝き、期待を隠しきれていない。

 

「!!」

 

最初の一口を口にした瞬間、四人の目が同時に見開かれた。

 

「お、おいしいっ!」

 

ハルカが感極まったように声を震わせる。

 

「なかなかイケるじゃん?こんな辺ぴな場所なのに、このクオリティなんて。」

 

ムツキも頷きながら、次々に麺をすすり込む。

 

「でしょう、でしょう?美味しいでしょう?」

 

隣のテーブルから、ノノミが自慢げに身を乗り出した。

頬をほんのり染めて、まるで自分が作ったかのように胸を張っている。

 

「あれ……?隣の席の……。」

 

ハルカがようやく気づいたように声をあげる。

その視線の先には、アビドスの制服を着た少女たち。

 

「ここのラーメンは本当に最高なんです。遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ。」

 

ノノミが嬉しそうに語ると、アルが頷いた。

 

「色んな所で色んなのを食べてきたけど、このレベルのラーメンはなかなか出会えないわ。」

 

その言葉にアヤネも柔らかな笑みを見せる。

 

「えへへ……私たち、ここの常連なんです。他の学校のみなさんに食べていただけるなんて、なんか嬉しいです……。」

 

「その制服、ゲヘナ?遠くから来たんだね。」

 

シロコはその無表情の奥に、鋭い観察眼が光っている。

 

(……連中の制服……それにあの大人……連邦生徒会の…)

 

カヨコは目を細め、隣のムツキに小声で伝える。

 

(あれ、ほんとだ)

 

ムツキも気づいたらしいが、興味深げに笑みを浮かべるだけだった。

 

(……言うべき?)

 

カヨコは困惑の色を隠せない。だが次の瞬間――

 

(面白いから放っておこ)

 

ムツキが小声で合図を送る。カヨコは小さく息を吐いた。

 

アルは――

 

「うふふふっ!こんなところで気の合う人たちに会えるなんて。こういう予測できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら。」

 

無邪気に話に花を咲かせていた。

ただ一人、何も疑わずに。

 

 

◇◇◇

 

 

「それじゃあ、気を付けてね!」

 

「お仕事、頑張ってください!」

 

アビドスの少女たちが手を振りながら店を出ていく。

その背中は明るく、どこか頼りなげで、それでも前を向いて歩いているように見えた。

 

「あははっ!あなた達も学校の復興、頑張ってね!私も応援してるから!」

 

アルが、最後に精一杯の笑みを浮かべて声をかける。

扉の向こうに消えていく彼女たちに、もう一度手を振って――

 

「じゃあね!」

 

――静かな余韻が残る。

 

「ふう……いい人たちだったわね。」

 

ハルカもそれに頷いた。

しかし、空気はすぐに冷めた鋭さを帯びる。

 

「……社長。あの子たちの制服、気づいた?」

 

カヨコが低い声で告げる。

目は細く光り、ただの雑談ではない重みが漂っていた。

 

「えっ?制服?何が?」

 

きょとんとするアル。

 

「アビドスだよ、あいつら。それに連邦生徒会の……もしかしたら例の先生かもね。」

 

ムツキの短い言葉に、場の温度が一気に変わった。

 

「な、なななっ、何ですってーーー!?」

 

アルが跳ね上がるように驚く

 

「あはは、その反応うけるー全然気づいてなかったんだ。」

 

ムツキが腹を抱えて笑う。

対照的に、アルの顔は真っ青だった。

 

「えっ?そ、それって私たちのターゲットってことですよね?わ、私が始末してきましょうか!?」

 

ハルカが慌てて前のめりになり、声を上ずらせる。

その姿は忠犬のようだが、必死すぎて危うさを孕んでいる。

 

「どうせもうちょっとしたら攻撃を仕掛けるんだし、その時にしよっ、ハルカちゃん。」

 

ムツキは涼しい顔で制した。

その軽さが逆に場の緊張を際立たせる。

 

「う、嘘でしょ……あの子たちがアビドスだなんて……」

 

アルの口から震え混じりの声が漏れる。

つい先ほどまで「いい人たち」と笑っていた面影が消え、顔は葛藤に歪んでいた。

 

「ほらほら、何してんの、アルちゃん。仕事するよ?」

 

ムツキが腕を組み、冷徹に促す。

 

「本当に……?私、今から……あの子たちを……。」

 

アルは自分の手を見つめる。小刻みに震えていた。

 

「『情け無用』『お金さえ貰えればなんでもやります』がうちのモットーでしょ?何を悩んでるの?」

 

ムツキの声は突き放すようでいて、鋭く現実を突きつける。

 

「うっ……アビドスを襲撃しに行くわよ!」

 

アルがようやく顔を上げ、無理に気迫を込めて叫んだ。

その目には覚悟と――ほんの僅かな迷いがまだ残っていた。

 

「アル様!わ、私、頑張りますから!ひとり残らず、ぶっ潰します!」

 

ハルカが強く銃を握る。

その姿は危なっかしいほど真っ直ぐで、空気をさらに熱くさせた。

 





話の区切り時がわからなかったのでとりあえずアビドス襲撃前で止めました

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