時を修正する舞台の客席人(ヴィクティム) 作:ゴリラズダンジョン
「自分に課せられた役割をいう事を禁じられていることは分かっています。ですから、アーディさんから何か話せとは言いません。だから、これから全ての質問に対して『知らない』と答えて下さい」
同じく神である娘――フレイヤは『時の神』を知っているのだろう。
「貴方は、アルの事を思い出している」
「知らない」
「貴方は時の神に、この世界の時を修正することを望まれている」
「知らない」
「ベルが私のファミリアに入って、結ばれることは世界にとって不都合である」
「知らない」
「貴方は時の神の『真名』を聞いている」
「知らない」
「――そうですか、おおよそ分かりました」
神には、下界の住民の嘘がお見通しだ。
だから『知らない』という言葉だけでも、その真偽が分かってしまう。
「単刀直入に言います。貴方が有している時の神から授かった全ての『情報』を開示してください。私が代わりに、この世界を修正します」
「それは、あの
「ただの口約束な筈です。人の心を縛るほどの力はあの神様にはないですから。従って下さい、世界の為なんです」
今まさに世界を駄目な方向に進ませようとしている本人が何を言っているのか。
「もし話せば、ベル君を諦めてくれますか?」
「それはないです。だから、ベルさんを手に入れた上で、この世界を修正して見せます」
「そんなことできるんですか?」
「どうでしょうか。でも、その知識とその
実際、人の身であるアーディは既に危機に直面してしまっている。目の前の怪物をどうにかするイメージが湧かないのだ。
世界のためを想うのなら、彼女に任せた方が良いのかも知れない。時の神とやらの思惑どころか顔も分からない状況で、頑張ってもどこかで見捨てられる可能性は十分にある。
それに比べてシルーーフレイヤ様は確かに過激なお方だが、下界を、人を想う事が出来る神なのは眷属と成した功績を振り返れば分かることだ。
「それでもごめんなさい」
しかし、逡巡の後、アーディはその提案を断った。
「どうしてですか?」
「貴方と同じ、愛です。全てを話せば、私はアルの事を忘れてしまう」
確証はない。だが『時の代行者』という資格を奪われた時点で、恐らくアーディの彼に関する記憶は消滅する。
アルは勿論、彼が生きていた世界に関する記憶を有しているアーディは現時点でとびきりのイレギュラーだ。
それを、放っておくわけがない。
「自己中でごめんなさい。でも、忘れたくないんです」
「仕方ないですよ、それが愛というものですから。同じ恋する乙女としてその気持ちを尊重してあげたいところですが、あいにくと私たちは
「私は抗うよ。貴方が諦めるまで、ベル君を守り続ける。――クロノ・マキア!!!」
手を突き出して、再び青炎で時を止める。
「起きてベル君!!!」
ベッドですやすやと眠るベル君の頬に手を伸ばし、彼の時を動かそうとした。
だが白い兎のような肌に触れる前に、アーディの体が硬直する。
毒や麻痺による筋肉の硬直、ましてや魅了による意識の支配でもない。ただ、意識と体の感覚がはっきりと残った上で、体が動かなかった。
そう、まるで時が止まったかのように――。
「――私が時を止めました」
止まったときの中で動くことが許されるのは、時の炎を有している者だけ。
アーディは決して彼女に、時の炎を授けてはいない。だが確かに、神羅万象の時計の針が止まっている中で、彼女――娘は一歩、又一歩とベル君に向かって歩みを進めた。
「ま、まさかフレイヤ様は愛以外にも『時』を司って……?」
「いえ、それはないです。愛は万物に宿る力、なら時を止めるのなんて簡単な事ですよ」
「それができたら、時の神様が立つ瀬がなくなっちゃうよ!!!」
「あくまで私はアーディさんが止めた時を『魅了』しただけですから、自由に時を操ることはできませんよ。私の意思に関係なく、暫くすれば時は動き出す。でも、これからベルさんの唇を奪うのに、十秒もあれば十分です」
「止まったときの中で、唇を奪ってどうするのさ!」
時の炎がないなら、ベル君に触れたところで彼を動かすことはできない。
「誓いです。口付けをしたのなら、それはもう結婚でしょう?」
「愛の神様なのに、結婚の判定が雑過ぎる!!!」
「守るべき相手を、目の前で口付されて奪われた。それなら、アーディさんも諦めが付くでしょう?」
シルさんの狙いは、アーディの心を砕くことだ。
確かにこんな目の前でベル君の唇を奪われたのなら、アーディは無力感と嫉妬で立ち上がる事が出来ないだろう。
「それじゃあ行きますね。――『
そう言いながら、ベッドにダイブ。『時を止めたら一度は言ってみたかったんですよね!』とシルさんは意味の分からないことを言っている。
ベル君の上に覆い被さったシルさんは今一度狙いを定めた後、目を瞑って――。
「その雑音、保護者として見過ごせん」
音はなかった。
予兆も前兆も、可能性すら一秒前までどこにもなかった。
だが『彼女』は現れた。音のない止まった世界に、更なる静寂を纏い君臨したのだ。
閉じられた両の瞼。灰色の髪、線の細い体はひどく病的だ。
だがそれを補って余りある静穏足る美、そしてどの花よりも鮮やかな強さ。
「静寂のアルフィア……!」
その存在は勿論、時が止まった世界を当然のように入門してきた異端の魔女は、娘をベル君から声だけで無理やり引き剥した。
今まで隙を見せず、余裕を見せていたシルさんに初めて戦慄が走る。
「別に、ただの娘が誰を好きになろうが、冒険者様には関係ない筈です」
「下手糞な芝居は辞めろ。何が娘だ、あの好々爺でももっとマシな変装をする」
「――そうやっぱり、ヘラの子には見抜かれてしまうのね。……ベルを探すために、何度も私の子供たちをオラリオの外に遣わせたわ。でも、今日まで決して見付かることはなかった。でも何度か、記憶を失うほど打ちのめされて帰って来た子がいたの。――今、納得がいったわ」
娘はあっさりと女神を装うのを止めた。
彼女の姿は親しみやすい酒場の店員から、雲を貫かんとする塔で足組をする美の神となっている。
「脅して返しても、魅了されれば意味がない。だから貴様の眷属は、記憶がなくなるほどボコボコするのが一番確実だった」
「貴女は奈落に落ちて死んだと聞いてたのだけれど……。しかし、解せないわね。【絶対悪】を名乗り、あれだけのことをしておきながら、生き抗うなんてらしくない」
「勝手な尺度で私を図るな。私は英雄ではない、かつて都市を襲った只の魔女だ。気が変われば、捨てる筈だった命を拾い上げることもある」
「あの【静寂】が『命を拾う』なんて、やっぱり明確に貴女は昔と変わっている。……その理由が、ベルなのね?」
「…………」
「沈黙、流石は神の対応を心得ているわ。でも貴女がベルの母親代わりなら、子の物語に介入するのは少々過保護だと思わない?」
「それを
「立場が違うもの。それに貴女、もう長くはないでしょう?」
「無論、過度に干渉をする気はない。だが、できることは精いっぱいやるのが親というものだ」
「だとしても、子供の恋や愛は自由に見守るべきじゃないかしら」
「貴様は何か勘違いしているな。あの子が誰を愛そうが一向に構わない。狒々爺の血を引いている以上、むしろ制限するのは悪手だ。実際、私は『愛したいなら、全員を愛せ。それが英雄の器だ』、そう説いている」
納得がいった。ベルが、女性に対してやたらと饒舌なのは彼女の存在が原因なのだろう。
アルの世界に、アルフィアはいなかった。だがこの世界には、少年を導く母がいた。
「なら、私を止める理由は?」
「恋や愛はともかく、『
女神に立ち塞がった母の愛は、意図せずしてアーディの前にも巨大な壁を作る。
瞳が閉じていても分かる、子に多する圧巻の愛。もはや反論することは許されなかった。
「――勘違いしないで頂戴」
しかし神威の如き母の愛を前にしてなお、愛を司る美の神は退かない。
「もう、貴方の時代は終わったの。ゼウスもヘラもいない、生きる亡霊である貴女だけで私を止められるとでも?」
「Lv8――少し前に、私はその領域に至っている。全く、皮肉なものだ。才禍に魅入られた私を、『静穏』が昇華させるとは。つまり、今の私だけでも命くらい掛ければ貴様のファミリアに壊滅的な被害を与える事ができる」
七年前、あれだけ手を焼いた才禍の怪物の昇華――確かに、現在の都市最強派閥であっても、相当な被害を被ることになるだろう。
「……分かったわ」
その言葉が、決して嘘やハッタリではないと、フレイヤ様は理解した。
「強引にベルを取りに行くのは止める。勿論、女神として魅了もしない。あくまで娘として真剣な恋をするなら、問題はないのでしょう?」
「過度な干渉をして、あの子の冒険を妨げないなら見過ごそう」
「最後に、一つ聞くわ。貴女は、アルを覚えているの?」
「…………知らん」
暫くの静寂のあと、アルフィアはきっぱりと断言した。
アーディとシル、二人のイレギュラーは彼のことを既に思い出している。
当然、ベルという世界の命運を握るキーに深くかかわっている以上、アルフィアが『時の修正力』からは外れてしまっている存在であることは明白だ。
「だが、その気になれば思い出せそうな気はする。しかし、思い出そうとは思わん。勝手に思い出さないのなら、きっとそれは今の私には必要のないものなのだろう」
アルフィアが止まった世界に乱入して来た理由の描写はないですが、まあ彼女ならそれくらいできるでしょうということで。