時を修正する舞台の客席人(ヴィクティム) 作:ゴリラズダンジョン
「ファミリアに入れて欲しいだ?ふむ、中々に修羅場を潜って来た顔立ちだな。体も年齢にしちゃできてる。……って、お前白髪に赤目の餓鬼……辞めだ、辞め!フレイヤ・ファミリアに目を付けられてるような厄介者を抱え込むわけにはいかねえ!!!」
ベルはどこか特定のファミリアに入りたいという願望はなかった。
だが、アルフィアお義母さんには敗北の――『泥の味』を知るために強いファミリアは止めておけと言われている。
勿論、ベルには自分自身の考えもある。確かに、スパルタ……とは言う表現が簡単過ぎるほどの理不尽に晒され続けて来たわけだが、それが愛であることを理解していた。
だから今のベルはお義母さんの影響を強く受けており、それが少年にとっての『真意』でもある。
だがそもそも、今のベルに選択肢などなかったのだ。
訪れたファミリアは都合数十、そしてベルを見るや否や直ぐに顔を横に振った。
どうやら、フレイヤ・ファミリアに目を付けられているベルは、都市で厄介者扱いされてしまっているらしい。それにしても昨日の今日だ、広大なオラリオなのに少し情報が出回るのが早過ぎる気もする。
もしかしてフレイヤ・ファミリアに泣き付くしかないような状況を作り出すために、何かシルさんが行った……というのは少し考え過ぎだろうか。
困った、凄く困った。さっき、唯一の知り合いであるアーディさんに相談しにいったけど『君なら大丈夫!!!きっといい出会いがあるよ!』と、突き返されてしまったし……そもそも彼女が所属しているのは探索系のファミリアではない。
かといって、他に頼れる人はいないし……。お義母さんに土下座をして頼めば、ゴスペルパンチを被る代わりにどうにかしてくれなくもなさそうだが、もうこれ以上あの人に頼むわけにはいかないだろう。
寂しさが心を覆う。
ベルはずっと一人ではなかった。お爺ちゃんがいなくなっても、そこにはお義母さんがいた。
だからこうして誰にも頼る事が出来ない、という状況は初めてなのだ。
英雄になるために、この都市にやって来た。
強く成るため、強者を喰らうために……でもそれは孤独になるということ?
違う。強さとは、心が満たされていることだ。孤独は辛くて悲しい。
入るファミリアはどこでも良いなど嘘だ。ベルが求めているのは――。
ゴォーン。
――その時、どこかで鐘の音が鳴った。
通行人の誰もが気に留めないような、聞き間違いだと言われれば納得するような。
そもそも本当に鳴ったのかもすら分からない泡沫の夢のような音色。
だが確かにそれは、ベルの心を揺らし、誘った。
でもどこから鳴ったのか、正確には分かっていない。やがて、暗闇に包まれた裏路地に入ろうとして――、
「おーいそこの君ぃ。路地裏は危ないから、行かない方がいいぜ?」
優しい声だった。
振り返るとそこに居たのは神様だった。
一目で理解した。ベルは、僕はこの人の眷属にならなくちゃいけないって。
「うーん、何だろう。君を見ていると凄い胸の奥がこぅ、ムズムズして……運命、なんて言葉は少し簡単過ぎるかな。きっとこの出会いは必然。どうだい、良かったらボクのファミリアに入らないかい?」
それがベル・クラネルという冒険者の始まりだった。
〇〇
「上手くやったようだな」
ただ動かない時計だけが無限に連なる白い空間、『時の神』の前にアーディは呼び出されていた。
「えーっと……怒ってない?」
「何を怒る必要がある。君は十分な役目を果たしただろう」
「いや、そうじゃなくてさ。私のせいで、フレイヤ様にいろいろ情報が取られちゃったし……」
「想定内だ。むしろあの手の女神は、情報を与えておいた方がやりやすい。――さて、これからの話をする前に、今回の『ターニングポイント』の振り返りをしておこう。前提として、フレイヤ・ファミリアのベル・クラネルが英雄に成れない、という訳ではない。その可能性も『他の世界』であれば観測している。だが、最初から好き好きメーターが天元突破した女神に魅入られるのは話が別だ。だからこの世界では何としてでも、ベルのフレイヤ・ファミリア入団を阻止する必要があった」
「結局、止めたのは私じゃなくて【静寂】だったけどね」
「確かにあの叔母の力は強力で――」
『私を叔母と呼ぶな』
時空を揺るがす衝撃が空間に打ち込まれる。
「あ、あの化け物め、まさか時空にまで干渉してくるとは……!」
「何でもあり過ぎない!?」
「母は強しということなのだろう。だがあの義母は『イレギュラー』にしては立場を弁えている。君が時間を稼がなければ、彼女の介入はなかった。そして今後も、最善の物語のために動く可能性はない」
なるほど、時の神がどうして最も強いイレギュラーである『アルフィア』に力を借りないのか疑問だったがそういう理由があったのだろう。
「あれは確かに厄介だが、初恋の化け物と壊れたエルフたちに比べれば、可愛いものだ」
「壊れたエルフ……?」
「何れ分かることだろう。とにかく、君にとって最も強敵となるのはあの娘だ。来る決戦まで、ベルを強くしなければならない」
フレイヤ様は諦めたわけじゃない。
アルの世界のように、何れは全力でベルのことを取りに来るのだろう。
「でも私が何かしなくても、あの子は勝手に強く成るんじゃない?アルの軌跡を見たけど、めちゃくちゃだった。あの『スキル』、神様が言うチートだよ」
「
ベルは無事にヘスティアの眷属になる事が出来た。
なら、これから彼は迷宮でミノタウロスに襲われ……そして金の少女に憧憬を抱く筈だ。
「残念ながら、この世界のベル・クラネルにはそれが発現しない。今一度、思考を改めておこう。――この世界で最も特異な『イレギュラー』とは、他ならないベル・クラネル自身であると」
◆◆
「ヴヴォォオオオオオオオオオッ!」
「ひぃっ!?」
ベル・クラネルは死にかけていた。
眼前、荒ぶるモンスターはあまりにも巨大だ。怪物の称号に相応しい牛の巨躯、振るわれた腕は岩を軽々と砕く、正に怪物の称号に相応しい存在。
ベルが潜っている階層に居てはいけない筈の強者の名はミノタウロス。
所謂、イレギュラーという奴なのだろう。
恩恵を授かったばかりのLv1のベルに課せられた試練としては『理不尽』だ。
「うわぁ!?」
ベルの直ぐ前に落ちるミノタウロスの蹄。
衝撃で体が浮いて均衡を失い、そのままよろよろと背後に倒れる。
「いててて……」
「フゥー!フゥーッ!!!」
「いぎぃ!?」
ぐるぐると回った視界が戻った頃、その巨躯はもう手の届く距離だ。とは言ってもベルの攻撃でその分厚い皮膚を傷付ける事は出来ないのは明白であるからして。
(あ、死んだ)
勝てないと、戦う意思を失った冒険者に『光』はなく。
丸太のような凶暴な腕が少年の体を簡単に薙ぎ払い、ベルの体は背後の壁に叩き付けられる。
Lv1の冒険者にとって、ミノタウロスの攻撃は一撃必殺だ。被れば骨が砕け、筋肉がズタズタに引き裂かれ、内臓が風船のように割れる。
壁に減り込んだベルの体が、その衝撃を物語っていた。
「いてて……」
しかし、そうはならなかった。
ベルは意識を失うのはおろか、血も吐くことなく、自ら体を起こして立ち上がる。
「痛い、気が滅入る。僕より、ずっと強い……でも、あの
ベルはドワーフのように頑丈ではない。
ベルは獣人のような身のこなしで攻撃の威力を分散することはできない。
ベルはエルフのように魔法で身を強化することはできない。
だがベルは、誰よりも理不尽に慣れている。
Lv7、いや今はLv8にも届いている化け物に『
ならば、何故背を向ける必要がある。
何故、逃げ出す必要がある。
ミノタウロスが絶対不可視な不可避の魔法を使うか?
勿論、否に決まっている。
訳も分からずボコボコにされ続けるあの恐怖に比べれば、目の前の巨躯など怖くも何ともない。
食われる前に、喰う。
捕食者よりも先に動いたベルは、逃げるよりも遥かに速く、ミノタウロスの懐に斬り込んだ。
餌だと思っていた兎の反撃、肉こそ届いていないが皮膚を切り裂いた『傷』に巨躯が怯む。
「ヴヴォォオオオオオオオオオッ!」
しかし、前提は覆らない。ここではベルが弱者であり、ミノタウロスが強者だ。
再び肉体を奮い立たせ、牛の巨躯が猛る。
腰を低くし、突進。
だが遅い。ベルは素早く右に躱し、すれ違いざまに短剣を牛の瞳に突き刺した。
「ウボォ――」
視界が奪われたことで、初めてミノタウロスが『恐怖』に喘ぐ。
『どれだけ強い冒険者であろうとも、最初は皆弱い。それはベル、私に鍛え上げられたお前も例外ではない』
ふと、
『綺麗に勝とうなどと思うな。『勝機』が見えたのなら、骨を、肉を、魂を、全身を以て勝ちに行け。そうして弱者は強者となり、何れ英雄になる』
「はあぁああああああああ!!!」
自分に呼吸を許さないほど、全身全霊の連撃。唯一才華の権化をして『普通』ではないと言わしめた『速さ』を生かし、斬っては躱し続ける。
片目が奪われていることもあって、ミノタウロスが身を捩ることしかできなかった。
しかし『決定打』がない。
お義母さんの修行は一方的な蹂躙で、反撃は許されなかった。いや正確には許されてはいたが、圧倒的な実力差を前に成す術がなかったのだ。
勿論、普通の新米冒険者と比べれば、力はある方だろう。それでもミノタウロスを倒せる標準のステイタスと比べれば十分低い。
神の眷属になったばかりで魔法も保有していない。
しかし、戦いの決着とは、何も生死だけで決まるわけではないのだ。
「ウゥ……!!!」
片目を失い、世界の半分が失われた中で、じわじわと皮膚が削られていく恐怖。
怪物の生存本能は遂に『逃走』を選択した。
背を向け、怒りで溜まっていた涎をまき散らしながら、見っともなく少年に背を向けたのだ。
「逃がさな――」
『勝機には貪欲であると同時、謙虚でもなければいけない。鼓動だけに耳を傾け、体を突き動かされるのは愚かだ』
Lv1の新米冒険者が、ミノタウロスを撃退した。
それで十分だ、ここでこれ以上『冒険』は蛇足でしかない。
「つ、疲れたぁ……」
どっと疲れが押し寄せ、尻もちを付く。
どれだけ覚悟を決めても痛いものは痛い。これ以上の探索は不可能だろう。
暫くすると、奥で『剣戟』が鳴り響いた。まるで風のように透き通りながらも、それでいて力強い強者の音色。
誰か、とても強い人がミノタウロスを倒したのだろう。
是非、お目にかかりたいところだが、きっと音の主を見ればベルは戦いたくなってしまう。
極上の
誰だか知らないが、どうせオラリオの冒険者としてベルが成りあがっていくのなら、何れその道は交わることになるだろう。
重い腰を上げ、ベルは一人で帰還するのだった。
「……兎さん……?」
憧憬は遠く。
少年は血に染まらず、金の少女に見惚れることはなかった。