聖王都動乱、あるいはミニス・マーンの人生設計について   作:ひらつー

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【第4話】 継承者たち ~Inherited Power~

 

 ディミニエ・エル・アフィニティスは、王城の自室でひとり、涙を流していた。

 

 王室付きの医師により、父である王の死が告げられたのはつい昨日のこと。

 

 王女であるディミニエの胸中は、肉親を亡くした悲しみと、これから自分が背負っていかなければならないものに対する重責で張り裂けそうになっている。彼女は、いまや聖王国において、唯一エルゴの王の血を引く王権の継承者なのだ。

 

(お父様……こんなに早くお亡くなりになってしまうなんて)

 

 聖王――スフォルトは、ディミニエにとっては厳しくも優しい父親だった。まだまだ教えて貰いたいことはたくさんあったというのに。

 

 これから、この聖王国をひとりで差配することが出来るか――無理だ、とディミニエは思う。この王宮で、頼りにできる者はひとりもいない。母は優しいが、しかし政に疎いのは自分と同じだ。これまでも国政に関わっては来なかった。つまるところ、王妃はエルゴの王の血を引いていない外様なのだから。

 

 悲しみと、恐怖と。ふたつの巨大な感情に、ディミニエの胸は押しつぶされそうになっていた。

 

(お兄様――)

 

 城の外にいる、兄のことを想う。

 

 公式には、既に死亡したとされている第一王子。だが、それが真実でないことをディミニエは知っていた。

 

 王宮内にいては市井の噂をきくこともままならないが、しかしきっと兄は生きているだろう。自分と違って、兄は城の外でも生きていくことが出来るだけの力を持っていた。

 

 あるいは兄なら、次の王としてもやっていけるのだろうか?

 

(――恥知らず)

 

 弱気な思考を脳裏によぎらせた己自身を叱咤する。

 

 兄の背を後押ししたのは、他ならぬディミニエ自身だ。

 

 数年前にゼラムで開かれた武闘大会の折、密かに自分に会いに来てくれた兄は様々な話をしてくれた。胸が躍るような冒険譚を。

 

 それを、陰謀渦巻く王宮という籠に連れ戻して何になるというのか。

 

 猶予はある。父の葬儀は、今日明日で行われるものではない。

 

 国葬というものは、早すぎても遅すぎてもいけない。王が死ぬ期日が分かっていたとしても、事前に葬送の準備をしていたとなれば不敬となるからだ。

 

 泣いていても事態は解決しない。自分以外にやれるものは誰もいないのだ。

 

 ディミニエは顔を埋めていたクッションをベッドの上に戻す。何が自分に出来るのか、何を自分はすべきなのか、今からでも考えねばならない。

 

 そのタイミングを見計らって――というわけではないだろうが。

 

 部屋の扉がノックされる。入室を許可すると、入ってきたのは侍女服を纏った年若い女性だった。

 

 初めて見る顔だ、とディミニエは不思議に思う。聖王家は、主に暗殺への対策などから、常は王城の奥深くで息を潜めるように暮らしている。世話役の数も限られており、その顔ぶれは滅多に変わることはない。

 

 とはいえ、ディミニエがその侍女に対して誰何の声をあげることはなかった。

 

 なぜなら、もっと訳の分からないものが、侍女の後に続いて入室してきたからだ。

 

 それは顔が見えぬほど深くフードを被った男だった。身を包む薄汚れたマントは、隅々まで磨き抜かれたこの城に相応しからぬ装いだ。だがもっと相応しからぬのは、その腰に帯びた一振りの大剣だった。王女の部屋に持ち込めるはずもない、これ見よがしな凶器。

 

 この侍女が案内してきた、というわけではないらしい。男が剣を――有り得ないことに、この王宮で、王女の寝室で――抜刀すると、その鞘走りの音を聞き付けたらしい侍女は振り返り、そして凍り付いてしまった。未だ悲鳴のひとつすら漏らせない自分と同じように。

 

 男が剣を一閃する。侍女が紙切れのように吹き飛び、部屋の壁に叩き付けられた。

 

 ずるずると床の上にへたり込む侍女を見て、ディミニエはようやく悲鳴をあげるために肺を膨らませようとしたが、男の行動はそれよりも早かった。瞬時に間合いを詰めると、ディミニエの口をごつごつとした掌で塞いでしまう。

 

 男の力は強く、ディミニエの細腕では対抗できそうになかった。

 

 王女の視線が鋼を捕らえる。男がもう片方の手に握りしめている剣。次は自身の体に突き刺さるであろうその曇りのない白刃に、ディミニエの視線は釘付けになり――

 

 

 

 

 王都ゼラム。その貴族の家々が立ち並ぶ区画に、マーン家の家紋が刻印された4頭立ての馬車が入っていく。

 

「この辺りは変わらないわねぇ」

 

 夕日に赤く照らし出される町並みを横目に、車内の席に座っているファミィが呟いた。

 

 かつてはファミィもこちらの本家に住んでいたのだ。お腹に子供を宿したことが発覚するまでのことだったが、それでも過ごした年数で言えば、ファナンよりもこちらにいた年月の方が長い。

 

 だからこそ、自分はミニスの父親と邂逅できたのだから。

 

 目を瞑れば、かつてこの街で積み上げた思い出が蘇る。酒場で酔って暴れていたあの人の腕をねじりあげる自分。泣き言を漏らすあの人にサプレスの雷を落とす自分。高札の出ていた野盗達を、あの人ごと召喚術でなぎ払う自分……

 

 若気の至りだ。あの人の出自を知った後はそういった狼藉も控えていたし、自分も二十歳を超える頃には相応の落ち着きを身につけていた。

 

「そういった意味では、ミニスちゃんはママそっくりだったわねえ」

 

 対面に座る娘の顔を見ながら、ファミィは自分の目から見てきたミニスの生涯を振り返る。

 親からの贔屓目を差し引いても、才覚のある子だった。単純な魔力の強さはトップクラスだろう。制御の面で難はあったが、それも解決されつつある。多くの友人と関わり、様々な知見を得てきた為だろう。

 

 それに比べれば、自分は良い母親とはいえなかったかもしれない。かつてミニスの可能性を信じてやれなかったことが、彼女の家出癖に繋がってしまった。ファミィ自身が父から仕込まれたスパルタ方式はミニスの能力を向上させたかも知れないが、同時に情緒面の不安定さを招いていたかも知れない。

 

(だから、せめて――ミニスちゃんが、ミニスちゃん自身の将来を自由に選択できる。そのくらいの権利は守ってあげたいのだけれど)

 

 馬車が停止する。窓から見えるのは、立派な威容を誇るマーン家の本邸の正面玄関。

 

 御者が開けてくれたドアをくぐりながら、ファミィはいつもの笑顔でそれと対峙する。長らく通ることのなかった、父がいる屋敷への入り口と。

 

 

 

 

 ファミィ達が屋敷へ入って行くのと同時、マーン家の前を通り過ぎる一台の馬車が存在した。

 

 その馬車はファミィ達がゼラムに入ってから、ある程度の距離を取って追跡を続けていたのだった。車内には二人の男。鋭い目つきで門をくぐる二つの人影を見つめている。

 

「よし、屋敷に入ったな。計画は予定通り進めていいと上に伝えろ」

 

 何度か道を曲がって、屋敷が完全に見えなくなった後、男達の馬車から一人が飛び降りた。飛ぶような速さで王城の方へ駆けていく。

 

 まずはひとつ、前提条件がクリアされた。車内にひとり残された男は、ファミィの背後について歩いていた少女の顔を想起する。

 

 ミニス・マーン。男達が企てる計画の要。

 

 彼女を上手く取り込めさえすれば、これ以降の動きがずっとやりやすくなる。

 

 無論、反抗される可能性は高い。この計画を聞けば、多くの者は眉をひそめるだろう。そういった悪行なのだ、これは。

 

 だが問題ない。金の派閥における最強の召喚師が相手でも――あるいは、金の派閥そのものが相手でも。

 

 男は懐から五つのサモナイト石を取り出す。その色は、それぞれで全て異なっていた。

 

 

 

 

 レイブン・マーンは隠居の際、必要最低限を残してほとんどの使用人を解雇してしまっていた。

 

 傍から見れば、彼は娘との抗争に敗北した男である。金の派閥における政治力も失い、頼ってくる者もいなくなった。来客が減れば、屋敷の見栄えを維持する必要も薄れる。レイブンも己の敗北をことさらに否定することはなかった。そうなれば、よりファミィが動きやすくなり、結果として多くの繁栄をもたらすことになると考えたからだ。

 

 結果としてファミィはファナンで盤石の地位を築き上げた。その代価が、この静寂に満たされた本家というわけだ。

 

 初めて見る顔の執事に案内され、ファミィは静まりかえった屋敷の中を進んでいく。サプレス系召喚術の大家であるマーン家の本邸。霊界の魔力で満ち満ちたそこは、ともすれば幽霊屋敷のようにも感じられる。

 

 実際のところ、ここの持ち主は幽鬼のような男ではあった。

 

 案内されたのは来賓の部屋ではなく、屋敷の一番奥まったところに存在する当主の執務室だった。重厚な木製のドアをあけると、そこにはひとりの老人が佇んでいる。

 

 漆黒のローブを身に纏った、白髪の老年男性。十数年ぶりに会う父は、少しやつれたようだった。加齢によるものだろうが、しかし弱々しくなった印象を受けないのは、その猛禽のような目つきに往年と変わらぬ力が宿っているからか。

 

 ファミィが入室すると、父――レイブンは、手振りで執事に下がるよう命じた。執事が扉の向こうに消えると、その鋭い視線をファミィ達に向ける。対して、ファミィは背後にいる少女を庇うように前へ出た。

 

「16年振りか。久しいな、ファミィ」

 

「お久しぶりですわ、お父様」

 

 にこりともせず険しい表情のままのレイブンと、鋼鉄の笑顔を向けるファミィの視線が交差する――そう、それは交差だった。ぶつかり合う、というような表現は相応しくないだろう。なぜなら、レイブンの視線には疑念や媚び、威嚇といった感情は含まれていない。ぶつかり合う余地が存在しないのだ。

 

 昔からそうだった。レイブンは他者を慮ったりしない。その瞳には決意だけが込められている。全てを己で決め、それを伝える為だけの視線。

 

 その視線がじろりと移動し、ファミィの背後にいる人影へと向いた。

 

「その子が私の孫か。名前はミニスだったな?」

 

「ええ、お父様と会うのは今日が初めてでしたね? ミニスちゃん、この人があなたのお爺様よ」

 

 振り返り挨拶を促すが、ミニスはファミィの背中に隠れるようにして動こうとしなかった。

「あらあら、ミニスちゃんったら恥ずかしいのかしら。いつもはこうではないのですけど」

 

「知っている。半隠居の身だが、その子の活躍振りくらいは耳に入ってくるさ。ファナンからの旅路、ご苦労だったな。座ってくれ」

 

 レイブンは顎をしゃくって、来客用のソファを示した。

 

 執務室は、本当にレイブンが仕事をする為だけの部屋だ。このソファは無駄な手間を嫌うレイブンが、かつては訪れていた派閥や貴族の使いを待たせるために使っていたものだった。

 ファミィはミニスに座るように促すと、自身もまた静かに腰掛けた。黒い革製のソファは古いものだが、ひび割れのひとつもないのは、最低限の手入れは行われているからだろう。まさかレイブンが直々にそれをやっているというわけではないだろうが――

 

 いや、意外と父の仕事なのかも知れない。ファミィがそんな風に思ったのは、レイブンが手ずから茶を入れ始めたからだった。ファミィのこれまでの人生において、この男がそんな真似をするのを見たのは初めてだったのだ。

 

「お茶の淹れ方なんてご存じでしたのね」

 

「使用人を使うのは、権威付けか時間の節約の為だ。私には当てはまらない」

 

 もはや貴族としてのレイブンを尋ねる者はいないし、時間は腐るほどある。そういうことだろう。

 

 対面のソファにレイブンが腰掛ける。間に置かれたテーブルに、琥珀色の液体が注がれたカップが三つ。湯気の立つそれで口を湿らせると、レイブンは手を膝に置き、前傾するような奇妙な姿勢を取った。

 

 自分たちに対して頭を下げているのだとすぐには判断できなかったのは、やはり父がそんなことをする姿が想像できなかった為だ。

 

「まずは謝罪をさせてくれ。今日までのお前達に対する態度は、ひとえに私が愚かであったが故だ。本当にすまなかった」

 

「……正直、手紙を貰っていなければ、サプレスの悪魔に乗っ取られているのではないかと疑っていました。では、この手紙の内容は本当に?」

 

 ファミィは懐から手紙を取り出した。レイブンからの手紙――『マーン家の家督を全てファミィに譲る』と綴られた手紙だ。

 

 説明と手続きをする為にと、ファミィ達はここに呼び出されたのだった。

 

「ああ。お前を次の当主とする。もっとも、王宮への報告は国葬の後になるだろうから、正式な相続はそれからだ」

 

「……正直なところ、理由が分かりませんの」

 

 ミニスを懐妊したことが分かったとき、レイブンは怒り狂った――ということもなかったが。だが淡々と、いつもの視線でファミィに命令をしてきた。父親は誰なのか白状すること。それが出来ないなら、お腹の子供に"しかるべき処置"をすること。

 

 ファミィはその全てを拒んだ。最終的には秘伝の召喚術すら持ち出して、強要するのであればこの屋敷ごと自爆すると徹底抗戦の構えを取ったのだ。

 

 王都の一画を吹き飛ばしたとなれば、マーン家は破滅である。結果として、レイブンは出産を許可する代わりに、ファミィをファナンへと送った。当時は領主すらついていないただの漁村であり、仮にマーン家の別荘が粉々になったとしても被害は最小限で抑えられる。

 

 ファミィはレイブンのことを恨んではいない。それまでの関わりでそういう人間だと分かっていたし、自分はそれだけのことをしたのだという自覚もあった。貴族として生まれ、貴族としての利を享受しておきながら、貴族としての義務を放棄する。それは卑劣で唾棄すべき行いだろう。

 

 だから、全ては覚悟していたことなのだ――ファミィは当時のことを思い返しながら、その覚悟と同等のものを、再びする必要があるかもしれないことを認識しつつあった。

 

「まさか、私がやったことをお忘れになったわけではないでしょう?」

 

「忘れてはおらんさ。ただ、理解したのはここ最近のことだが」

 

「理解……ですか?」

 

 そこでようやく、レイブンは頭を上げた。その表情は巌のような険しさから、少しも変わっていない。

 

 そしてそのまま表情筋をぴくりともさせず、下手をすれば聖王国の歴史書に載るような事実を口にする。

 

「ああ。まさかその子がスフォルト王の落胤だとはな」

 

「あら」

 

 と、ファミィは口元を手で覆って見せた。

 

 誤魔化しは無駄だろう。レイブンはかまをかけるような小細工は好まない。彼が何かを口にするのは、相応の確信があった時だけだった。

 

 ファミィに動揺はない。全くないというわけではないが、少なくとも制御できる範囲だ。

 

「ふむ。驚きはしないのだな。私がそれを知っていることを予想していたのか?」

 

 レイブンはちらり、とミニスの方を見やる。言われたことが理解できないかのように、その少女はぼんやりと見返すだけだったが。

 

 ファミィはその視線を引き戻すように、レイブンの質問に応じた。

 

「可能性のひとつとしては。あの人の葬儀があるこのタイミングですもの。ただ、どうして知ることが出来たのかまでは……」

 

 ミニスの父親が誰か知っているものは3人――ファミィとスフォルト、そして王妃だけだった。ファミィは誰にも言っていないし、それは向こうも同じだろう。

 

 なんと言うこともない、という風にレイブンは淡々と事実を告げる。

 

「王の文机からペンの痕跡を拾ったそうだ。ロレイラルの技術らしいが、これからは一回使った机は鉋でもかけるべきだな」

 

「あの手紙に、大した内容は――」

 

「文面を変えた書き損じが大量にあったらしい。読み取るのが大変だったと言っていた」

 

 聞いている内に、ファミィは無意識のうちに拳を握っていた。つまるところ、王宮の中によからぬことを企んでいる者がおり、父はそれに協力している。どちらの主導なのかは分からないが――

 

「いまさら私を当主に据えようというのは、つまり王家との繋がりを強めたいということかしら?」

 

「そうともいえる。次の聖王となるミニス・マーン・エル・アフィニティスの母親が当主となれば、マーン家の権力も相応のものとなるだろう」

 

「だからといって、クーデター? 失敗すればマーン家はお取り潰しですよ? とてもお父様の考えとは思えませんわね」

 

 レイブンは不確かな賭けなどしない。ただひたすらに、一歩一歩成果を積み上げていくことをよしとする人物だ。この辺りはファミィにも受け継がれている。レイブン直々に、そう教え込まれてきたのだ。

 

「そうだな。私に話を持ちかけてきたのは、宮廷召喚師の連中だよ」

 

「宮廷召喚師……?」

 

 滅多に聞くことのない名前を耳にして、ファミィが僅かに眉をひそめる。

 

 宮廷召喚師は、文字通り、王宮付きの召喚師のことだ。良い噂は全く聞かない。もっとも、それは彼らが悪徳に塗れているからではなく、単純に問題にならないほどの弱小勢力だからだ。一切の噂を聞かない、といった方が正しいか。

 

 何故、そんな連中の口車などに乗ったのか――ファミィが問う前に、しかしレイブンは話を進めた。

 

「そして此度の大逆に、私自身が直接干渉するわけではない。私はただ、ここでお前達と一緒に待つだけだ」

 

「待つ?」

 

「ディミニエ様の訃報をな。現在の王室で、エルゴの王の血を引くのはかの王女殿下のみ。仮に殿下の身に"何らかの不幸"が起きた場合、聖王国はその正当性を維持できぬことになる。王宮の奸臣どももさぞや肝を冷やすことだろうさ」

 

「……そこで、ミニスちゃんの出自を明かすと」

 

「もしもそのような事態になれば、吝かではないさ。血筋の証明に関しては、"至源の剣"という都合の良いものがあることだしな」

 

 正当なるエルゴの王の血統にしか召喚できぬと言われている、魔剣の祖。聖王国の王家に伝わる秘伝召喚のひとつだ。

 

 ミニスほどの召喚師であれば、召喚それ自体には成功するだろう。その剣を振るって戦えるか――ということになればまた別の話だが。

 

「感謝するぞ。お前のお陰で、マーン家は更なる発展を成し遂げるだろう。だからこそ、私は頭を下げるのだ。かつての争いは、私の浅慮であった。お前が私に逆らい、あの子を守ったからこそ、この繁栄に繋がるのだと」

 

「別に、そんなつもりでミニスちゃんを守ったのではありません」

 

 ぴしゃりと言って、ファミィは事態を整理する。

 

 まず、宮廷召喚師がディミニエ王女を暗殺しようとしている。これは成功するだろうか――それ自体は難しくないだろう。王女は病弱で、スフォルトのように武勇に秀でているわけではない。外からならばともかく、王宮に出入りできる者ならば容易とさえいえる。

 

 そして暗殺が成功した場合のみ、レイブンは動くつもりだ。統治の正当性を失い、混乱する国家の救世主になろうとしている。

 

 当然、レイブンが王女殿下暗殺に関わっているのではと疑う者はいるだろう。

 

 だが実際問題として、それが成されてしまえば、王権を継承・維持できるのはミニスだけ。その状況であれば、彼らを糾弾することは誰にも出来まい。少なくとも、聖王国に属する者の中には。文字通り、国家存亡の危機なのだから。

 

 そして宮廷召喚師達が失敗し、レイブンへ計画を持ちかけたことを白状した場合は――

 

(考えるまでもないわね)

 

 おそらくその場合、レイブンは躊躇いなく自死するだろう。

 

 暗殺そのものに対して一切の支援をしていないなら、レイブン自身が個人的な復権を目論んでいたとするか、それとも単純に知らぬ存ぜぬを通すか――どちらにせよ、マーン家に累は及ぶまい。レイブン一人の命で禊ぎは済むだろう。

 

 王の血を引くミニスを擁するとなれば、マーン家への扱いは慎重にならざるを得ない。聖王国の戴く王の血は、もっともエルゴの王に近いということになっている。もしも旧王国や帝国へ亡命されでもしたら、その優位性は崩れることになるのだ。

 

 唯一分からないのは、宮廷召喚師たちがそれをするメリットだが――それはこの際考えなくとも良いだろう。問題は、おそらくこのまま放置すれば、この王位簒奪は高い確率で成功するであろうということ。

 

 何より、あの人が守ろうとした国が、卑劣な手段で変えられてしまうこと。

 

 呼吸をひとつ。肺を膨らませ、ファミィはひとつの決意を固める。

 

「さて、話を戻そう。当主の件だが――」

 

「――もちろん、謹んでお断りいたしますわ」

 

 ――父と決別し、断固として戦う決意を。

 

 言葉と共に、ファミィは淑女にあるまじき行いをした――全力でテーブルを蹴り上げたのだ。

 

 ゆっくりと横倒しに倒れていくテーブルが視界を遮る。中身入りのティーカップがレイブンに降りかかっていく。

 

 それら全てを目眩ましに、ファミィは指輪に加工した誓約済みサモナイト石へ集中した。

 

 魔力を注ぎ込み、門を開くまでに要する時間は僅か半秒。それはこの時代において、間違いなく最強の召喚師のひとりであるファミィ・マーンにこそ可能な偉業であり――

 

「ガルマちゃ――」

 

「召喚」

 

 ――その遙か先を行くこの男はいかなる怪物か。

 

 閃光と共に腹部に衝撃を受け、ファミィは床に転がった。同時に蹴り飛ばされたテーブルが倒れ、床にたたきつけられたカップが割れる破滅的な音が響く。

 

 咄嗟に転がって距離をとり立ち上がろうとするも、それは首元に突きつけられた刃によって制止された。

 

 見上げれば、そこにいたのは青白い顔をした異形の人型だ。槍を手にこちらを睨み付けている。

 

 魔臣ガルマザリア。悪魔の軍勢を率いる大悪魔のひとり。その魔力は強大で、以前にも侵攻してきた旧王国の軍勢を一撃の下に壊滅させた。

 

 そしていま、まさに自分が召喚しようとしてた召喚獣だ。それがファミィに対して敵意を剥き出しにしている。

 

「一体……どういう……」

 

「それはマーン家の秘伝召喚だ。当然、私も真の名を知っている」

 

 ガルマザリアの向こうに、やはり表情ひとつ変えないレイブンの姿があった。上着が濡れているのは熱湯をまともに被ったからだろう。火傷くらいは負った筈だが、その集中に一切乱れはないようだった。

 

「私の石を、お父様が使った?」

 

 理論的には不可能ではない。

 

 誓約済みのサモナイト石は、基本的には誰にでも使える。そこに魔力を注ぎ、『真の名』を唱えることが出来れば。

 

 だが持ち主のファミィよりも早く、しかも机ひとつ分とはいえ、離れたところからそれを行うというのは神業に等しい。

 

「誰が相手でも出来る技という訳ではない。だが、お前に召喚術を仕込んだのは私だ。癖も強みも、何もかも全て熟知している」

 

「だからといって……私も鍛錬は続けていたのですけど」

 

「執務の合間にだろう。私は時間だけはあったからな。お前の知らぬ技も術も、さらに増やした。それだけのことだ」

 

 時間は有限だ。金の派閥の議長を務めるファミィと比べれば、隠居状態だったレイブンの方が術の研究に打ち込めた。娘に政争で負けた惨めな男というレッテルを背負っても、ただひたすら後代へ継承させるものを積み上げていた。

 

 その異常なまでのストイックさが、この結果だ。

 

「お前が当主になれば、それらも全て継承して貰おう。だから今は大人しくしていろ」

 

 レイブンが再び魔力を解放し、ポケットから取り出した新たなサモナイト石に魔力を流し込む。サプレスとの門が接続され、呼び出された何かが、床に転がるファミィの背から染みこむように侵入していく。

 

「憑依……召喚……」

 

「魔力食いの霊だ。そいつが取り憑いている限り、召喚術は使えん」

 

 レイブンの言葉通り、ファミィの肉体を強い脱力感が襲った。どれだけ魔力を練り上げようとしても、即座に霧散してしまう。

 

 完膚なきまでの、敗北。別離から十数年。少しは差を縮められたかと思っていたが――現実はそう甘いものではなかった。

 

「……しかし、期待外れだな」

 

 レイブンの声。しかし、それが向けられたのはファミィに対してではなく、部屋の隅で所在なさげに立ち尽くしているミニスにだった。

 

「出自については教えていなかったのだろうが、構えることすらしないとは。荒事慣れしていると聞いていたが?」

 

「いつもは、こうではありませんのよ」

 

「土壇場で力を発揮できぬのなら意味はないだろう」

 

 老人はそう断じて、ミニスへと完全に向き直った。

 

「話は聞いていたな? お前には王座を用意する。それまで、この屋敷に逗留して貰うことになるだろう。抵抗しないのであれば、不自由はさせないつもりだが」

 

 その問いかけに、()()()()少女は首を傾げながらこう応えた。

 

「マネマネェ?」

 

「……?」

 

 父の顔に一瞬だけ浮かんだ疑問符を、ファミィは見逃さなかった。自分が唯一、父からもぎ取れた勝利。小さいが、致命的なもの。思わず吹き出してしまう。

 

 ファミィのその反応で、レイブンも察したようだった。老人が莫大な魔力を叩き付けるように放射すると、故郷に通じる魔力に反応し、ミニス・マーンの姿を模倣していたそれが変化した。今度はレイブンの姿をとる。ただし、やはり髪の色までは真似できていない。

 

 目の前に現れた己と同じ顔を、レイブンは検分するように見つめる。

 

「これは、サプレスの……」

 

「ええ、とある島で出会った子が面白い特技を持っていたものだから、誓約を申しこんだの。この子は本人ではなくて、弟子のひとりなのだけど」

 

 他人の姿をほぼ完璧に模倣することが出来る、サプレスの召喚獣。誓約したのは機密扱いのあの島でのこと。まずばれていない自信はあったが、ここがサプレスの魔力に満ちていなければ、あるいは見破られていたかも知れない。

 

「お父様が一度でもミニスちゃんに会いに来ていれば、変身の不備にも気づけたでしょうね。尾行していた人たちも、遠目からじゃ気づかなかったみたい」

 

「マネェ!」

 

 自分の変身は完璧だとでも言うように、マネマネゴーストが抗議の声を上げる。ファミィはごめんなさいね、と呟いて彼を送還した。

 

「なるほどな……一本取られたというわけだ。とはいえ――」

 

 声はあくまで平静そのものだった。父が声を荒げた所を、ファミィは一度も見たことがない。

 

 レイブンは考える。本物のミニス・マーンはどこにいるのか。例えばすでにファナンから海路で帝国へ逃亡している――という線はない。

 

「――私に含むところがなかった場合、お前はあの子を国葬に参加させなければならなかった筈だ。遅れれば不敬とされるからな。それは望むところではないだろう。少し前に野盗退治をしていたのだから、体調不良という言い訳も通じん」

 

 何より、実父の葬儀にミニスを参加させたかったという気持ちがファミィにはあった筈だ。

 

「あの子はお前が乗っていたものとは別の馬車を使った。少し遅れて、ゼラムに入っている。そうだな?」

 

「さあ……案外、近くの村でのんびりしているかも……」

 

「最初から王位簒奪のことを知っていれば、その選択肢もあっただろうが」

 

 レイブンは倒れ伏す娘に背を向けると、扉の外へ向けて鋭く囁いた。

 

「再開発区、次いで一般住宅街だ。行け。あの子のペンダントはメイトルパの魔力を強く発する。幻獣界の犬を使わせろ」

 

「……どうしてそこだとお思いに?」

 

「あの子も社交界で顔が売れてきた。誰の目にもつかないようにするなら、ここと王城から出来るだけ離れた地区だろうさ」

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