聖王都動乱、あるいはミニス・マーンの人生設計について   作:ひらつー

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【第7話】 絆の略奪者 ~Bond Plunderer~

 

 

 ミニスはシルヴァーナの背から、迫り来るゼラムの外壁を見つめていた。夜においては、ただの巨大な黒い塊にしか見えなかったが。

 

 外壁の上に、見張りの兵士の姿はない。普通ならたいまつを持った兵士たちが巡回をしている筈なのだが。どこかでトラブルでも起きているのかも知れない。

 

 何にせよ好都合だった。ミニスはシルヴァーナに速度を落とすようお願いする。可能なら、外壁を越えてすぐに着陸したかった。シオンと合流し、ファミィが手配したという船に乗り込まねばならない。

 

(お母様はいまどうしてるんだろう……)

 

 祖父と何らかの交渉をし、それが決裂したらしいという母の現状というのは、なかなかに推し量り難い。まさか本家の敷地内で殺すことはないだろうが……

 

(サモナイト石を取り上げて軟禁って辺りかしら。正直、このまま助けに向かいたいところだけど……)

 

 5年前ならそうしていただろう。だが経験を積んだ今の自分には分かる。ファミィ・マーンというミニスより強大な召喚師が敗北したというのなら、無策で突っ込んでも二の舞になるだけだ。

 

 そうこう考えている内に、シルヴァーナが外壁を越えた。下方の視界がハルシェ湖の暗い水面に切り替わる。

 

(とにかく、今は体勢を立て直して、状況を把握することよ。その為には、シオンと合流して――)

 

 その思考が合図だったというわけではないだろうが。

 

 シルヴァーナの背に、ミニス以外の人影が出現していた。

 

「んわぁ!?」

 

 全くの想定外だったので、ミニスは思わず奇妙な叫び声を上げてしまう――飛行中の飛竜の背に誰かが現れるなど、誰が考えるというのか。

 

 だが月明かりがその人影の顔を照らすと、同時に納得もした。そこにいたのはシオンだったのだ。どうやら外壁の上に潜んでいて、ミニスが上空を通過するのに合わせて飛び乗ってきたということらしい。極限まで技を練り上げたこのシノビになら可能なのだろう。

 

 だが可能だからといって、やる必要は全くない。ミニスは無意味に驚かされたことに頬を膨らませながら、シオンを睨み付けた。

 

「シオン? 確かにここで合流するとは言ったけど、わざわざ飛び乗ってくることは――」

 

 "危険だ!"

 

 口をついて文句が出た瞬間、頭が警戒の念で満たされる。

 

 それがシノビから漏れ出る殺気を嗅ぎ取ったシルヴァーナからの警告であったことを理解するのと、シオンが凶器をミニスに向けて投じたのはほぼ同時だった。

 

「へ――?」

 

 ミニスは動けない。だが状況はさらに目まぐるしく変化していく。

 

 それまで飛竜の背に跨がっていた少女の体が、次の瞬間には宙に舞っていた。シルヴァーナが体を鞭のようにしならせ、ミニスを空に放り上げたのだ。さもなければ、シオンの投じた寸鉄は、ミニスの額を貫いていただろう。

 

「きゃああああ!?」

 

 悲鳴を上げるミニスの軌道が落下に転じる前に、シルヴァーナはさらに動く。ごきごきと長い首を折り曲げ、いまだ自分の背に張り付いている無礼者へ頭を向ける。

 

 友人の命を狙った敵に対し、シルヴァーナは迷うことなくブレスをお見舞いした。シルヴァーナの背で紅蓮が弾け、夜に巨大な明かりを生む。

 

 シルヴァーナ自身へのダメージはほとんどない。飛竜の体は熱に強く、シルヴァーナもブレスの威力を相応に弱めていた。それでも、人間なら酷い火傷を負って死ぬ程度の威力はある。

 

 しかし、練達のシノビは、まるで地虫の如く、シルヴァーナの体表上を自在に移動した。背中でブレスが炸裂する前に腹へ回り、さらに飛竜が自身の腹部をのぞき込む頃には、背に戻っている。

 

 その様を上空から見ていたミニスは自由落下の恐怖と、味方であるはずのシオンからの攻撃という予想外の事態に混乱の極みにあった。

 

(な――なんで!?)

 

 今回、シオンはファミィに雇われていたはずだ。シノビはこれと見定めた主君の為に身命を賭して働くものらしいが、リィンバウムに召喚されたシオンは未だ主君を見定めていない。基本的に、彼はサイジェントにいるミニスの知り合いの為に情報収集を行っているが、その合間に雇われ仕事をすることはままあることだった。

 

 では、金を積まれて裏切ったのか? いまのシオンのスタンスが傭兵のようなものであるのなら、金額次第でつく陣営を変えるということは有り得るかも知れない。

 

 その可能性を、ミニスはさほど苦労もせずに排除する。その程度には、シオンという人間を信用しているからだ。

 

 では――何故?

 

(召喚術による混乱か洗脳……?)

 

 ケルマ・ウォーデンが得意とするような魅了の術など、召喚術の中には人を意のままに操るものがある。

 

 シオンのような実力者が、そう容易くそのような術中に陥るとは思えなかったが、しかし現状、そうとしか思えないような行動を取っている。

 

 ミニスは空中で苦労しながらも、ポケットからフラップイヤー――生命力を操る幻獣の誓約済みサモナイト石を取り出した。ゼラムに持ち込んだ石はシルヴァーナを含めて3つ。その内のひとつだ。

 

(シルヴァーナ、水の中に!)

 

 友の意を汲んだ飛竜は、空中での格闘戦を取りやめた。その身にシノビを這わせたまま、急降下の体勢に入る。

 

 シオンの戦闘技術はシルヴァーナを上回っている――その技術のみが、と言った方が正しいかも知れない。単純な攻撃力や防御力ならシルヴァーナが圧倒しているだろう。だがフェイントや先読みの技術で、シオンはそれらを無効化して食いついている。

 

 故に、まずはシオンの戦闘技術を成立させている要素――足場を崩す。水中に叩き落とし、動きが鈍ったところで、フラップイヤーの治療術を施す。そんな作戦だった。

 

 だが次の瞬間、またもやミニスの想像を超えることが起こった。

 

 急降下するシルヴァーナの背にぴたりと張り付いていたシオンの身体が光を纏う。光は瞬時に闇夜を斬り裂くほど強くなり、そしてそれが弾けた後には、シオンの姿は影も形もなくなっていた。

 

「な……!?」

 

 ある意味で、ミニスはシオンが攻撃してきた時よりも強い驚愕を覚えていた。

 

 あの光は、シオンがよく使用する閃光玉などではない。ミニスがよく知るものだった。

 

 それは召喚獣を、もとの世界に送還した時に生じる光だ。

 

 見間違いではない。送還の際に発生する魔力の動きをミニスは知覚していた。

 

 つまり――シオンはシルターンに送還された。

 

(なんで!? シオンの召喚主は、もう亡くなったって……)

 

 目の前で起きた現象を飲み下す前に、シルヴァーナが空中でミニスを拾い上げる。呼び出した時より余裕がなかった為、ミニスの臀部を凄まじい衝撃が襲った。

 

「ぎゃん!?」

 

 疑問に囚われていた為、衝撃に備えることも出来なかった。叩かれた犬のような悲鳴を漏らしてしまったミニスは、抗議するようにシルヴァーナの背中をばしばしと叩く。その抗議を返すように、シルヴァーナもまたミニスを乗せる背を強めに揺らしてきた。

 

 そうしてじゃれ合いを挟むことで、どうにか冷静な思考が戻ってくる。

 

(……状況を整理しましょう。シオンは送還された――召喚獣を送還できるのは、その召喚獣を召喚した召喚師だけ。つまり、シオンの召喚主は生きていた。なら、私を襲ってきたのはおそらく誓約の強制力によるもの。つまり、お爺様に協力している人の中に、シオンの主がいる――)

 

 そんな的外れな考察を嘲笑うかのように。

 

 次の衝撃が、ミニスとシルヴァーナを襲った。

 

 

 

 

「くっ、……とんだ、間抜けか!」

 

 ミニスを追跡していた宮廷召喚師は、王都の外周にそびえ立つ外壁の上に立っていた。息も絶え絶えなのは、外壁上の通路を走り通してきたからだ。

 

 壁上通路への階段がある正門から、ハルシェ湖付近まで、実に三分の一周ほどを走破するはめになったのは、シオンに御者を気絶させられてしまったからだ。召喚獣を意のままに操ることに人生を捧げてきた男は、馬を操ることが出来なかったのである。

 

 そのかいあって、男は湖の上を飛ぶ飛竜の姿をその目に捉えていた。それでもなお罵倒が口をついてでるのは、あのシノビの融通の利かなさと、それを予想できた筈の自身の間抜けさへの苛立ちからである。

 

(やはり人間のような、複雑な意思を持つ生物を誓約で縛るのは難しい……)

 

 召喚術を成立させている誓約の強制力には、あるひとつの原則がある――誓約の強さと召喚獣を呼び出す時間の長さは、反比例の関係にあるということだ。

 

 強い誓約を用いた場合、呼び出した召喚獣をこの世界に長く留めることは難しくなる。逆もまた然りで、護衛獣などの形式で召喚獣を用いる場合、一挙手一投足すべてを縛るような誓約を掛けることは出来ない。

 

 これは召喚術の運用形式にも現れている。最も簡単な運用法は、ほんの短時間だけ呼び出し、召喚獣にワンアクションだけさせて送還するというものだ。この時に用いられる誓約はこれ以上ないほど強いものとなり、召喚獣による反逆はほぼ起こりえない。

 

 だが長時間の使役となると、召喚獣には自由意志が残る。この形態の術で用いる誓約は、精々が刷り込み程度の効果しかない。召喚獣が反抗する可能性は常に残るというわけだ。一時的に誓約を強め、洗脳状態にすることも可能だが、どのみちその後は自由意志が戻るので、むしろ反抗される可能性は高くなる。

 

 男が先ほどまで使役していた魔獣の群れは、誓約に加えてそれぞれの個体に調教を施してあった。あの従順さはある意味、積み上げた信頼関係によるものであったのだ。その全てが殺されてしまったので、また新しい個体を一から調教しなければならないが。

 

 だが男とシオンの間には、そういった信頼関係は存在しない。むしろ直前まで敵だった相手だ。弱い誓約で縛っても裏切られる可能性が高い。

 

 そこで男は『飛竜の足止めをしろ』という1点のみを命じ、可能な限り強い誓約で縛った。ほぼ自由意志を剥ぎ取り、一時的な洗脳状態にしたのである。

 

 だが結果として、危うく確保対象を死なせるところだった。男が城壁上を走り抜け、ようやく目標を発見した時には、飛竜は湖面へあわや墜落するところだったのだ。慌ててシノビをシルターンに送還したのはそういうわけであった。

 

 空を飛ぶ飛竜は安定を取り戻した。男の視力ではその背に目標が騎乗しているかなど分からなかったが、ほぼ間違いはないだろう。

 

(とにかく、なんとかこの状況には持ち込めたわけだ……ワイバーンごとお出で願おうか)

 

 あの主従が再開発区から飛び立った際、男がその姿を見ることが出来たのはほんの一瞬だったのだ。術を掛ける暇などないほどに。

 

 男は懐から、未誓約のサモナイト石を取り出した。使い慣れた、メイトルパへ通じる翠の石。

 

 石へ魔力を通す。だが、異界への門を開く必要はない。こめる魔力は最小限。故に最速でこの術は成立する。最弱の宮廷召喚師と、最強の召喚師達である派閥の実力差を、そのままそっくり入れ替えてしまう術。

 

「古き盟約を偽り、その名を虚にて塗り潰さん――」

 

 サモナイト石越しに、男は確かに飛竜の存在を知覚した。呪文の末尾を結ぶ。この新たなる召喚術を体現する、その言葉を。

 

「――簒奪」

 

 

 

 

 ミニスとシルヴァーナは、同時に凄まじい悪寒を感じた。

 

 それは互いの身を引き裂かれる感触。自分たちの間を満たしていた暖かな液体が、虚空へと漏れ出ていくような。

 

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「なにっ、これ――!」

 

 足下から無数の虫が這い上がってくるようなおぞましい感覚に、ミニスは歯がみする。シルヴァーナもその感覚を振り払うように身を捩った。

 

(召喚術による攻撃!? シオンが洗脳されたのもこれのせい!?)

 

 周囲を見回す。遠く外壁の上に、豆粒のような大きさの発光を見つけた。メイトルパへ通じる魔力の色。どうやら敵がそこで召喚術を行使しているらしい。

 

(遠すぎる! シルヴァーナのブレスでも届かない!)

 

 しかし距離を詰めるほどの時間はない。迷うほどに、身を蝕む悪寒は強くなっていく。

 

 攻撃の正体が掴めない。ミニスの蓄えた知識の中にも、この異常事態を解決できるものは愚か、現状を把握する手助けになるものすら存在しない。

 

(不味い――シルヴァーナを、送還しないと――)

 

 唯一残された手段は、攻撃の対象から外れることを祈って、一か八か送還を試みること。

 

 だがタイミングが悪い。

 

 現在、シルヴァーナはハルシェ湖の上をそれなりの速度で飛行している。いまシルヴァーナをメイトルパに還せば、ミニスは落下して湖上に――あるいは、岸辺に叩き付けられる可能性もあった。着陸場所を探すため、陸地に向けて飛んでいた為、陸地と水の境界を目視で確認できるほどには近い。

 

 送還すれば死の可能性。しかし、それをしなければ友を失うかもしれない。

 

 ミニスは迷うことなく即決した。

 

「戻って、シルヴァーナ」

 

 拒絶するようにシルヴァーナが咆哮する。ミニスを死なせるわけにはいかないと。せめて、陸地に着陸するまで――

 

 だが状況は逡巡を許さなかった。もはや二人の間にある誓約は油紙より薄いものに成り果てようとしている。

 

「戻りなさい!」

 

 普段ならば決してしないことをミニスは行った。シルヴァーナの意思を無視して、無理矢理に術を行使したのだ。

 

 召喚術に組み込まれた送還の仕組みが起動し、シルヴァーナの巨体が光と共に消え失せる。悲鳴のような嘶きを残して。

 

 そして当然の如く、ミニス・マーンの肉体は、物理法則に従って落下していった。

 

 

 

 

 墜落の衝撃は、確実にミニスの意識を数秒間飛ばしていた。凄まじい勢いで、整備された岸辺を転がっていく。

 

 どうにか頭だけは庇う姿勢を取れたが、意味があったのかは判断しかねるところだ。それだけの衝撃であったし、骨でも折れたのか、身体はほとんど動かせなかった。それでも強がるように、ミニスはあえて安堵の息をつく。

 

(湖面に落ちなくて良かった……)

 

 そうなっていれば、ほぼ確実に溺れ死んでいただろう。ミニスはそれなりに泳げはするが、あくまでもそれなりだ。夜の湖に落ちれば、容易く上下感覚を失う。

 

 水に落ちなかったのはただの幸運だが、死ななかったのはシルヴァーナのお陰だ。送還の寸前、可能な限り速度と高度を落としてくれた。送還後、自身が地面に叩き付けられることも厭わずに。

 

(ありがとう)

 

 ペンダント越しにお礼を言ってから、ミニスはポケットを探った。フラップイヤーの石を探す。敵はこちらの墜落を見て取ったはずだ。追撃が来る前に、この場を脱しなければならない。

 

 だがいくらポケットを探っても、指先は石の感触を伝えてこない。ミニスは淑女にあるまじき言葉遣いで小さく毒づいた。どうやら落下した時に落としたらしい。シオンに用いようと、一度取り出していたためだろう。

 

 治療は諦めて、別のプランを練る。

 

 もう一度、シルヴァーナを呼び出すか――その選択肢をミニスはすぐさま放棄した。目立ちすぎる。敵の攻撃の正体は掴めないが、おそらく目視か、何らかの条件が必要なはずだ。でなければ、もっと早くにあの攻撃を受けることになっていただろう。

 

 となれば、残る選択肢はひとつだけ。ミニスは持ち込んだ最後の誓約済みサモナイト石へ魔力を込める。十中八九、王都への滞在が長期間に及ぶであろうことから持ち込んだ石だ。

 

(約束を破ることになるけど……ごめんね)

 

 石を強く握りしめ、可能な限り魔力の光が漏れ出ぬようにしながら、召喚術を行使する。

 

「あれ……ミニスさん? どうしたんですか?」

 

 召喚されたレシィは、不思議そうにきょろきょろと辺りを見回していた。昨日の今日での再召喚、さらにいつも呼び出されるファナンのマーン邸ではなかった為だろう。

 

 だがすぐに顔色を変える。地面に倒れ伏すミニスを見つけて。

 

「ミニスさん!?」

 

 レシィが地面に転がっている少女の側に駆け寄ってくる。視界の端にその気配を感じ、ミニスはか細く呻くように言葉を紡いだ。

 

「ごめんなさい……約束……緊急事態で……」

 

「い、いいんですよそんなことは! どうしたんですか!? そ、それに……血が……」

 

 血? とミニスは手探りで自身の身体を探ろうとして――すぐに意味がないと気づいた。どのみち、道具も何もないいまの状態でろくな手当が出来るとも思えない。落下の際に切るか何かしたのだろうが、軽傷であることを祈るしかなかった。

 

「ぼ、ボクに出来ることは!?」

 

「リィンバウムに、永遠の平和を……」

 

「無理ですよそんな勇者みたいなこと!」

 

「じゃあ、肩貸して……」

 

「わ、分かりました」

 

 落ち着けようと冗談を口にしてみたが、あまり効果はなかったらしい。レシィは泣きそうな顔をしながら、半ば背負うようにして、どうにかミニスを立ち上がらせた。

 

「ど、どこに行けば?」

 

「船が、来てるはず……船着き場……あっち……」

 

「あ、あっちですね!? 分かりました!」

 

「……ごめんね……」

 

 よいしょ、よいしょと二人は足取りも重く、夜の湖畔を進んでいく。ミニスはほとんど足が動かせず、レシィも人より筋力があるとは言い難い。少女ひとりを引きずるようにして運ぶのは大変な労力だ。人体を人力のみで運搬するにはコツがあるのだが、あいにくとレシィはそれを知らなかった。

 

 すぐに息が上がり、足が止まってしまう。はぁはぁと熱い吐息を漏らすレシィに、ミニスは次善の策を伝えようとした。運搬が難しいなら、レシィ一人で先に行き、船を見つけ、人を呼んできて貰う方が良い。

 

 が――それを口にしようとして、声がほとんど出なくなっていることにミニスは気づいた。まるで喉の奥がべったりとくっついているように、呼気の出入りが知覚できない。

 

(不味い……これ、かなり重傷なんじゃ……死……?)

 

 意識が散漫になっていく。最後にミニスの意識の端に引っかかったのは、いま懸命に自分を運ぼうとしているメトラルの少年のことだった。

 

 最後の力を振り絞って、再びレシィの石を取り出す。

 

 その動きに気づいたのだろう。レシィがミニスを支えたまま、顔だけこちらの方に向けてくる。

 

「ミニスさん? 一体何を――っ、わあ!?」

 

 叫び、べしっ、とミニスが摘まみ出したサモナイト石をはたき落としてくる。

 

「な……に…‥ぅる……」

 

 ミニスはどうにか抗議の声らしきものを喉から絞り出した。もしも自分が死ぬのであれば、その前にレシィをメイトルパに還してあげなければならない。彼がはぐれになってしまう。

 

 だが、自分がそれをしようとしたことを、まさかレシィが正しく理解しているとは思っていなかった。

 

「い、いまボクを送還しようとしたでしょう!? なんでですか!? ミニスさん、ひとりで歩けもしないのに!」

 

 この一年の間に、ミニスが自身を送還する時の挙動を覚えていたらしい。ミニスは回らない舌を必死に動かして説得の言葉を紡ごうとした。

 

「はぅれ……ぁめ……」

 

「はぐれ……? それってたしか、召喚した人が、死――だ、ダメです! 余計にミニスさんを放って帰れませんよ! 帰りませんからね!?」

 

 レシィが半狂乱になって大声を上げる。だが、それで急に筋力がつくわけでも、ミニスの負傷が回復するわけでもない。気合いで10メートルほどを進んで、そこでレシィは力尽きた。転倒するように倒れ込む。

 

「っ! ……ああっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ミニスさん、大丈夫ですか!?」

 

「……」

 

 いいからさっさと石を拾ってこい、とジェスチャーしようとして、ミニスは自身が腕どころか指先を動かすのも困難になっていることに気づいた。そういえば、転倒した痛みも感じない。

 

 本格的に不味い――だが、それに対する恐怖感すら薄れていく。血液が脳に回っていない。それが単純に血液が流れ出てしまった故なのか、それ以外の不全なのかは分からなかったが。

 ミニスからの反応がなくなったことで、レシィはさらにパニックの渦に陥っていく。ミニスを早く治療できる人のところに運ばなければいけないこと、レシィ自身にはそれが出来ないこと、早くしなければミニスが死んでしまうかもしれないこと――そうした様々な思いが頭の中で同時に膨れ上がり、冷静さを根こそぎに奪っていく。

 

「や、やだ……やだよっ……だ、誰か! 誰か、助けてください! ミニスさんがっ、ミニスさんが――!」

 

 遠くなっていくミニスの意識に、最後にそんな悲痛な叫び声が届いた。

 

 

 

 

 宮廷召喚師の男は、術が完全な効果を発揮する前にワイバーンが送還されたのを見て、思わず手にしていたサモナイト石を取り落としてしまった。

 

「ば、馬鹿な、何故……」

 

 それは二重の驚愕であった。術の効きが先ほどのシノビに用いた時よりも悪かったこと。そして自身の危険を顧みず、召喚獣を送還したこと。

 

 前者はまだいい。この術はまだまだテストが足りていない。これを開発した宮廷召喚師の長――バルドゥア・ベルガーでさえ、まだまだこの術の限界は量れていないのだ。

 

 だが後者に関しては、男は予想だにしていない事態であった。召喚術とは、リィンバウムに住む者たちが生き抜くために生み出した術だ。異界からの侵攻に対して、異界の力を使役することで対抗する。その召喚獣を庇うために術者が犠牲になっては本末転倒ではないか。

 

 あの状況でワイバーンを送還すれば、召喚師本人が落下することは明白だった。かなりの高度だ。落下した捕獲対象は、果たして生きているか――

 

(不味い……)

 

 心臓が早鐘を打ち、嫌な汗がどっと噴き出す。自分たちは、決して聖王国を滅ぼそうとしている訳ではない。だが、ディミニエを謀殺し、その上ミニス・マーンすら死亡させてしまえば、破滅の引き金を引いたのは宮廷召喚師ということになってしまう。

 

 様子を見に行きたいところだったが、かなり時間がかかる。外壁の上から下に降りる通路はいくつかあるが、いまいる地点からはそのどれもが遠いのだ。湖側の壁上なので当然のことではあるのだが……

 

「頼む。生きていてくれ……」

 

 身勝手と自覚しながらも、男はそう口に出して祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 死んだミニスは霊界サプレスに転生し、サプレスの裁判所で、サプレス裁判が開かれるのを待っていた。

 

 サプレス裁判とは、新たに転生してきた魂を、天使と悪魔が奪い合う儀式のことだ。被告人の生前の所業から、どちらに相応しいのか審議し、然る後に凄惨な殺し合いを経て生き残った方の意見が通る。

 

「天使側、準備完了しています!」

 

 と、元気いっぱいに宣言したのは背中から翼を生やし、頭の上に光る輪っかを頂いたアメルだった。証言台についているミニスから見て、左手側の天使席で胸を張っている。アルミネの力に目覚めてから、週2ペースでこのバイトをやっているらしい。

 

「ミニスちゃーん! ミニスちゃんの魂は、絶対にあたしが勝ち取りますからねー!」

 

 笑顔で手を振ってくる。何とはなしに手を振り返していると、右手側の悪魔サイドから悲鳴が上がった。

 

「大変だ! 審議役の悪魔が死んでいる!」

 

「喉に芋を詰まらせたようだ……なんとむごい……」

 

 ざわめく群衆。その間を両断するように、アメルの声が響き渡った。

 

「事件性はありません! でも、これで悪魔側は審議不能になったので、ミニスちゃんの魂はあたしのものですね!」

 

 そういうことになったらしい。ミニスはリィンバウムにいる時より当社比1.5倍(光る輪っかの分)で天使っぽいアメルに連れられて、なにやら酷く殺風景な別室に案内された。

 

「さて……それじゃあここからはミニスちゃんの罪を審議しちゃいます」

 

「罪?」

 

「忘れていませんよ? 5年前、モーリンさんのお宅にお世話になっていた時、ミニスちゃんはお芋さんを残しましたね?」

 

「……それって、コロッケの付け合わせにポテトサラダとフライドポテトと粉ふき芋を付けて出された時のこと?」

 

 おまけに全部山盛りだった。

 

「そうです! それじゃあ罪を認めたので、ミニスちゃんはお芋天使に転生して貰います。メイトルパでお芋を布教して、広大なお芋畑を作ってきてください。どしどし10万ヘクタールくらい。それがミニスちゃんの贖罪です」

 

「分かったわ。任せてちょうだい」

 

 ミニスは頷き、天使アメルとにっこり笑い合った。

 

 直後、反転して全力でその場から逃げ出す。

 

「あー!」

 

 背後から非難するようなアメルの声が聞こえたが、イカレた天使に付き合っていられない。こんなところからはおさらばして、早く帰らなければ。

 

(帰る? どこに?)

 

 そんな疑問を起点にして――

 

 意識の舵が自身の手元に戻ってきたことをミニスは自覚した。視界が暗転し、だが一瞬で回復する。その時には、目の前の光景も一変していた。

 

 ベッドから跳ね起きる形になったミニスは、自分が小さな部屋の中にいることをまず認識した。木製の壁、床、天井。はめ殺しの窓からは、十分な量の光が差し込んでくる。

 

(ここは――)

 

 見覚えのない場所だが、ひとつ分かることがある。ミニスは部屋の隅で椅子に座りながら船を漕いでいるレシィを見て、安堵のため息をついた。どうやら自分は生き延びたらしい。意識を失う前の記憶が蘇ってくる――何やら夢を見ていたような気もするが、詳しい内容は起きた瞬間に忘れてしまった。まあ、夢など得てしてそんなものだろう。

 

 捻ったり摩ったりして、身体の調子を確かめていく。頭が少しぼーっとする程度で、痛みはない。高空から落下したにしては不自然なほどに。擦り傷一つ見つけることは出来なかった。

 

(妙ね)

 

 むにゃむにゃ寝こけているレシィを見ながら疑問に思う。彼の足下には、血まみれの包帯が落ちていた。下半身を覆っているシーツを剥ぐと、身につけていたパンツの右足部分が、膝の辺りまで断ち切られている。断裁された辺りが、やはり赤黒く汚れていた。

 

 その辺りに怪我をしていたのだろう。それなりの出血があったというのに、いまは傷一つないというのは、誰かが治癒の術を施してくれたということだ。

 

(となると、私を殺すつもりはない……追っ手に捕まったって訳じゃないみたいね)

 

 ミニスは立ち上がって、窓から外を見やる。ここがどこだか分かれば良かったのだが――

 

(……なるほど)

 

 現在位置は分からなかったが、自分がどこにいるのかは分かった。

 

 窓から見えたのは水平線だ。湖ではない。水面は幾重にも波立っており、そのうねりに連動して床も揺れていた。

 

 ここは船室だ。それも揺れが小さいことから、かなりの大型船だろう。

 

(たぶん、お母様が手配してくれた船よね。レシィが見つけてくれたのかしら)

 

 ちらりと視線をメトラルの少年に戻すが、一向に起きる様子はない。よく見ると、彼の指先は血で汚れていた。看病をしてくれていたということなのだろう。

 

 疲れているのを起こすのも悪いので、ミニスは音を立てないように歩いて、部屋の出入り口に向かった。レシィが回収してくれたのか、自分の杖もドアの横に立てかけてある。それを掴みながら、ドアノブに手を掛ける、と――

 

 その寸前に、ガチャリと外からドアが開かれた。ミニスは咄嗟に距離を取ろうとして、しかしまだ本調子ではないせいか、そのまま尻餅をつくように倒れた。幸い、ベッドがすぐ後ろにあったので痛みはなかったが。

 

 それはともかく、部屋に入ってきたのは、ミニスの知る人物だった。

 

「なんじゃ、気がついたんか」

 

「ジャキーニ?」

 

 入ってきたのは髭を生やし、眼帯を付けた海賊ルックの男――ジャキーニだった。かつてファナンに砲撃した上、不正な召喚術の使用で金の派閥に囚われていた外道召喚師。

 

「なんでここに? 海賊に戻ったんじゃなかったっけ」

 

 ジャキーニはミニスも同行した"島"への調査任務の際、船頭となり、その功績によって恩赦を貰えることになった。任務終了後、釈放されて自由の身になった彼が、『反省など知らん。再び海に出て海賊をやってやるわ』と豪語しながら去って行ったのを覚えている。

 

 だがミニスの言葉に、どこか肩を落としながらジャキーニは恨めしく呟いた。

 

「き、貴様がそれを言うんか……」

 

「? なんのこと?」

 

「あの日……わしが再び自由を手にし、手下どもと海に繰り出した日のことじゃ。手始めにと帝国領で適当な船を見つけて、大砲で威嚇しながら停船を呼びかけたら――」

 

 当時の状況を思い出したのか、ジャキーニは見ていて気の毒になるほど顔色を悪くしながらがちがちと歯を震わせていた。

 

「そっ、そしたらっ! 向こうの船の縁からっ、お前さんのかーちゃんが顔を出してっ! にこにこ笑いながら、『いますぐ船を止めないと、ドカーンですよ』なんて逆に脅してきてっ! わ、わしは、わしはぁ!」

 

「ああ、なるほど……」

 

 恩赦という形で釈放したものの、さすがにすぐさま海賊稼業などに戻られては、金の派閥の面子にも関わってくる。帝国――他国で狼藉を働くというのならなおさらだ。

 

 なので、被害が出ないようにファミィが立ち回ったということだろうが、ジャキーニ達にしてみればホラーでしかないだろう。水中でもがいてもがいて、ようやく浮かび上がって呼吸が出来ると思ったら、その寸前にぐいっと水底に引き込まれたようなものだ。

 

「で、今は何やってるの?」

 

「しばらく堅気をやったら解放してくれるいうたから、今は雌伏の時じゃ……こうやって便利に使われておる……」

 

「使われてるって言っても、お給金は貰えてるんでしょ?」

 

「金の問題じゃないわい! わしは海賊として生きたいんじゃあ!」

 

「はいはい、頑張ってね」

 

「……しばらく見んあいだに、ドライになったのう小娘……」

 

 いじけたように呻くジャキーニ。だがミニスはそれを無視して質問を重ねた。

 

「私の怪我を治療したのは……貴方じゃないわよね」

 

 ジャキーニは外道召喚師だった。ファミィの下で働いているのなら、誓約済みサモナイト石のひとつやふたつは預けられているかも知れないが、それほど高度な術が使えるとも思えない。

 

 案の定、ジャキーニは頷いた。

 

「偶然、召喚師が乗り合わせておってな。そいつが治療したんじゃが、最初は魔力が足りない言うて。それが最低限回復するまでは、ほれ、そっちの小僧も手伝って、包帯で止血してたんじゃ」

 

 レシィの方を顎でしゃくりながら、ジャキーニがふんと鼻を鳴らす。

 

「起きたら礼を言っておけよ。お前さん、結構危ないところだったんじゃぞ」

 

「ええ、それはもちろんだけど……召喚師? 偶然乗り合わせた?」

 

 ここまで傷跡を残さずに治療できるのだから、高位の術を使える者に違いない。しかし、当初は魔力不足に陥っていたという。

 

「ってことは、直前に魔力を使い果たしてたってことよね? 高位召喚師が魔力を使い切るような事態って……なにかゼラムで起こってたの?」

 

 レイブンお爺様が私を追っていた以外で、と胸の中で付け加える。わざわざ面倒な事情を明かす必要はないだろう。

 

 ジャキーニはミニスからの質問に、答えあぐねるようにむーんと首を捻って見せた。

 

「色々と複雑みたいなんじゃ。わしもよく分かっとらんから、当事者連中に聞いてくれ」

 

「連中? 複数いるの?」

 

 情報のやりとりをしながら、二人は連れだって部屋を後にした。ドアが閉まると、部屋の中はレシィの穏やかな寝息がかすかに響くだけになる。

 

 それから、どのくらいの時間が経っただろうか。

 

 ふと、レシィが目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていたことに気づくと、慌てて立ち上がり、周囲を見回した。

 

 ベッドの上にいた筈のミニスの姿がないことを認めると、レシィはぱっと表情を明るくする――それは、彼女が目覚めて歩けるようになったことを意味するからだ。

 

 しかし、その後すぐにレシィは痛みをこらえるように表情を歪ませた。メトラルの民族衣装についているポケットから、銀細工のペンダントを取り出す。

 

 それを一目見て、鉛でも含んでいるような重苦しいため息をひとつ零してから、レシィはペンダントをポケットに戻した。自分自身に言い聞かせるように呟く。

 

「……ミニスさんに、伝えないと……」

 

 そして、レシィもまた部屋を後にした――ミニスにとって、酷く辛い報告をするために。

 

 

 

 

「じゃあ、この船はファナンに向かっているのね?」

 

「ああ。もとからそういう指示じゃったからな」

 

 船内通路を歩きながら、ミニスはジャキーニから現状を聞き取っていた。

 

 どうやらこの船は、ファミィがジャキーニに貸し与えた武装商船らしい。基本的には聖王国と帝国の間を往復し、交易船として活動しているそうだ。

 

 意識不明のミニスを収容したのは昨晩のこと。その後、水門を封鎖される前に外壁の外まで出た後、洋上で停泊。日の出を待ってファナンへと出航したとのことだった。

 

「この風の具合なら、昼前にはファナンにつくじゃろ。とりあえず、お前は飯を食った方がええな。酷い顔色じゃ。血の気が完全に失せとる」

 

 言われて、ミニスは自分の顔に手をぺたぺたと当ててみる。確かにまだ頭がぼーっとして上手く働かない感じはしていた。

 

「あの女から荒事になるかもしれんとは聞いとったが……正直、お前さんが運び込まれた時はもう助からんかと思ったぞ」

 

「……そんなに酷かった?」

 

「見て分かる骨折が3カ所。打撲は数えきれんほど。頭も打っとった。何より足の傷じゃ。酷い出血じゃった――言っとくが、お前さんのズボンはもう血でがびがびじゃったからな。切ったからって弁償はせんぞ」

 

「うぇー……まあ助かったからよしとしましょう。それより運び込まれたって言ったけど、レシィ――あの亜人の子が?」

 

「それは――ああ、まあ、それは本人達から聞くとええじゃろ」

 

 と、ジャキーニは通路の突き当たりにあったドアを押し開いた。

 

 そこは先ほどの船室よりもかなり広くつくられた部屋だった。おそらく食堂なのだろう。床に固定されたテーブルと椅子がいくつも並んでいる。

 

 その中のひとつを、知っている顔が占領していた。薄汚れた冒険者らしい服装をした大柄な男と、シルターンの巫女装束を身につけた女性。さらにその隣に二人ほど、こちらは知らない女性が座って食事をしていたが。

 

 出入り口の方を向いて座っていた男が一番に気づき、薄切りの塩ハムを乗せたパンを頬張りながら、ミニスに手を振ってくる。

 

「よおミニス! 目が覚めたのか」

 

「フォルテ!?」

 

 男の名前を呼ぶ。その男――フォルテは5年前の旅の仲間だった。となると、その対面に座っているのは相棒のケイナだろう。

 

 案の定、遅れてミニスに気づいたケイナが、その見事な黒髪を翻しながら振り返り、ミニスの顔を見つけて安堵の表情を浮かべた。

 

「ミニス! ああ、良かった……昨晩、血まみれの貴女を見つけた時は心臓が止まるかと思ったんだから……」

 

「それじゃあ、船まで運んでくれたのは二人なの?」

 

 つかつかと食堂を進み、フォルテ達のテーブルまで近づく。それまでに、ミニスはフォルテ達の隣で食事を取っている女性二人を何とはなしに観察した。

 

 ひとりは動きやすいブラウスとスラックスを身につけた、ファミィと同じ年頃の女性。もう一人はケイナより少し年下に見える。見事なまでに手入れをされている美しい髪。傷ひとつない白魚のような指。絵画の中から出てきたような美しさを備えているその女性は、しかし何故か水夫の服を着ていた。頭にはバンダナまで巻いている。

 

 どこかで見たような気もするが――その既視感の正体を思い出す前に、ミニスはテーブルの横に到着していた。視線をフォルテ達に戻す。

 

 フォルテとケイナはフォークを一度置き、食器を移動させてミニスの席をつくりながら、ミニスの質問に答えてきた。

 

「ま、そんなとこだな。レシィっていったか? あいつが半狂乱でお前の名前を叫んでたもんだからすぐ見つけられたぜ」

 

「あの子から事情を聞いて、この船を見つけたってわけ。私たちも相乗りさせて貰ってるわ」

 

「まさに渡りに船って奴だな!」

 

 わははは、とフォルテが大声で笑う。ケイナが呆れたようにため息を漏らす。そんな懐かしい光景に、ミニスは目を細め、かつてのように悪戯っぽく笑った。

 

「フォルテってば、その物言いは凄くおっさん臭いわよ」

 

「うぐっ……微妙な年齢の男のハートをぐさっと刺してくれるじゃねーの」

 

 しかめっ面になったフォルテの方を、ぽんぽんと叩いてからケイナが立ち上がる。

 

「悔い改めなさいってことよ。ほら、ミニス。こっちに座って。いまスープを取ってきてあげるから」

 

「そのくらい、自分で取りに行けるわよ」

 

「自覚がないみたいだけど、あなたもの凄くふらふらしてるわよ。ここはお姉さんに任せておきなさい」

 

「お前だって、もうお姉さんってよりかは、おば――すぁおっ!?」

 

「まだそんな年齢じゃないわよ。ねえ、ミニス?」

 

「二人は相変わらずみたいね……」

 

 ケイナが食堂の端にあるカウンター――おそらくキッチンと繋がっているのだろう――に向かうと、フォルテも大皿からパンやらハムやらチーズやらをぽんぽんとミニスの皿に入れてくる。

 

「ま、とにかく食え食え。まずは体力を取り戻さねえとな」

 

「ありがとう……あー、ところでそろそろ、そっちの人たちを紹介して貰えない?」

 

 隣のテーブルに座る二人の女性を視線で示しながら、ミニスはフォルテに促した。

 

 およそ、真っ当な要求だろう。ここ以外のテーブルは全て空いているのに、わざわざ隣で食事をしているのだから知り合いの筈だ。

 

 だがフォルテは配膳の手を止めると、勉強せずに試験に挑む学生のような表情を浮かべてみせた。

 

「んっ、んー……まあ、そうだよな。そうなるわな」

 

 席に座り直し、どっから話したもんかな、とフォルテは虚空に視線を向ける。

 

「昨日はバタバタしててなぁ。お前さんがいるのも予想外だったし。こっちの事情をどこまで説明しようとか、全然考えてなかったんだよ」

 

「全部話してよ。私たちの仲でしょ?」

 

「全部か?」

 

「全部よ」

 

「よし分かった。でも聞いたからにはお前も一蓮托生だからな」

 

「ちょっと、フォルテ」

 

 スープカップを手に戻ってきたケイナが咎めるような声を上げるが、フォルテは意に介さずという風に肩を竦めて見せた。

 

「聞かなきゃ納得しねえだろ。ていうかもう半分くらい巻き込んじまってるし」

 

「それはそうだけど……」

 

「心配しないでよ、ケイナ。私だってもう大人なんだから。派閥の任務もひとりでこなしてきたんだよ?」

 

 えっへんと胸を張るミニスの横で、うんうんとフォルテは同意するように頷く。

 

「そりゃあ心強いなぁ――じゃあネタばらしするが、そっちの二人は聖王女と聖王妃だ」

 

「……え?」

 

 ぎぎぎ、とミニスが首を向けると、同じく隣の女性二人――聖王家ご一行が上品に手を振ってきた。

 

 既視感の正体を思い出す。武闘大会の折、ミニスは二人の顔を見ているのだ。服装が違いすぎてすぐには思い出せなかった。特に聖王女。何故セーラーを着ているのか。

 

「これは変装なのです」

 

 向けられるミニスの視線からその心を読んだらしい。聖王女――ディミニエ・エル・アフィニティスが、心なしか楽しげに胸を張りながら囁いてくる。

 

「大変な怪我をされたとおに――フォルデ、いやフォルテ様から聞いていました。良くなったようで何よりです、ミニス様」

 

「いや……あの……ありが、ありがとうございま……?」

 

 本来なら口を交わすことなど未来永劫なかったはずの王族からの不意打ちに、ただでさえ頭の回っていないミニスはただただ困惑するばかりだった。

 

 そこにフォルテが追撃を加えてくる。

 

「で、この二人は俺たちが城から連れ出した。多分、今頃ゼラムじゃあ王族誘拐犯ってことで指名手配されてる」

 

「はあ!?」

 

「連れてくる時、王城の一画も吹っ飛ばしちまってなぁ」

 

「なんでぇ!?」

 

「いたずらに混乱させるような話の組み立て方するんじゃないわよ」

 

 ケイナが制止するように会話に入ってくる。ミニスは震える手で卓上にある水のグラスを手に取った。ぐびりと一口で半分ほどを飲み、どうにか笑顔を作る。

 

「ああ、良かった。フォルテの冗談なのね? この二人もそっくりさんとか?」

 

「いや、嘘は言ってないんだけど……」

 

「えええええ……」

 

 困ったように視線を逸らすケイナ。もはやミニスは悲鳴ともうめき声ともつかない奇声を喉の奥から漏らす他なかった。王族に手を出せば極刑は免れない。ついでにそれを匿った者もだ。

 

「安心してください。おに、フォルテ様は私たちを暗殺者の手から守ってくださっただけなのです」

 

 言葉通り、安心させようとしたのだろう。ディミニエが宥めるような調子で入ってきたが、ミニスに更なる混乱を齎しただけだった。

 

「暗殺者ぁ!?」

 

「ああもうストップストップ。最初から順序立てて話すから」

 

 そうしてケイナは昨晩の事情を説明してくれた。

 

 王妃から依頼を受けて、王城に忍び込んだこと。実際に暗殺者が聖王女を暗殺しようとしていたのを防いだこと。そして宮廷召喚師が王族の暗殺計画に関わっていること。

 

「宮廷召喚師? なんでそんなのが出張ってくるのよ」

 

 適温に冷めたスープを一口飲み、ミニスが疑問を差し挟む。

 

「一応は貴族待遇で、聖王国からの禄を食んでるわけでしょう? 国がなくなったら困る側じゃない」

 

「他の国や無色に唆されて……とは考えねーわけだ?」

 

 試すようなフォルテの言葉に、ミニスは鼻で笑って返した。

 

「裏切り者が重用されないなんてのは世の習いじゃない。重用せざるを得ないような力を持っていれば別だけど、彼らはそうじゃないもの」

 

「……」

 

 フォルテとケイナが不自然に沈黙する。その態度に、ミニスは訝しむように眉間に皺を寄せた。

 

「何かあったの?」

 

「まあな……それについちゃ、専門家から話を聞いた方がいいだろ」

 

 ちょうどその時、食堂のドアが再び開いた。入ってきたのは壮年から老年の域にさしかかるであろうという年頃の男が二人。

 

 ミニスは彼らの顔を知っていた。親しいわけではないが、何度か顔を合わせたことがあったし、蒼の派閥のトップスリーに入る召喚師ともなれば顔と名前くらいは一致する。

 

 グラムス・バーネット。ラウル・バスク

 

 ミニスの知り合いであるギブソンやミモザ、ネスティ、トリスたちの師匠筋にあたる人物だ。召喚術の腕前はもとより、人格的にも信頼の置けるという、組織の頂に相応しい超人達である。

 

 王族二人に貴族的な挨拶をする彼らを見て、ミニスは昨日自分を召喚術で治療してくれたというのが誰なのか理解した。

 

「ミニス・マーンです。昨晩は危ない所を助けて頂きまして……」

 

 機を見て椅子から立ち上がり頭を下げるミニスに、気にするなと手振りで示したのはやはりサプレスの術を操るグラムスの方だった。

 

「グラムス・バーネットだ。頭を上げてくれ。我々もこうして船に便乗させて貰っていることだし、お互い様さ」

 

 次いでラウルが前に進み出た。ミニスに穏やかな微笑みを向けてくる。

 

「ラウル・バスクじゃ。確か、マーン家のお嬢様はわしの弟子達と親しくしてくれていたと記憶しておるが?」

 

「はい、トリス達にはこちらこそ良くして貰っています。最近は、あまり会えていませんが」

 

「あの子らもあちこち飛び回っておるからのう。機会があれば、今日君に会えたことは伝えるとしよう」

 

「その約束が果たされることを願いたいものですな、本当に……」

 

「? それは、どういう……?」

 

 疲れた表情を浮かべて妙なことを言うグラムスに、ミニスが尋ねる。

 

 どうやらその意味が分からなかったのはミニスだけらしい。グラムスはその質問を黙殺した。代わりにフォルテが別の質問を口にする。

 

「エクスの旦那の容態は?」

 

「峠は越えた。いまはパッフェルがついているが、動けるようになるまでどれくらいかかるか……」

 

「……そりゃあ、あんなとんでもない一撃を食らえばな。あれで生きてるってのは、さすがは派閥の総帥って感じだが」

 

「咄嗟に魔力を放出して抗魔の領域を造り上げたのだろうな。でなければ消し炭どころか塵ひとつ残らなかっただろうさ」

 

 そんな会話を聞いて――

 

 ミニスは頭の中で情報をつなぎ合わせていった。この船に乗り合わせているというエクスは、命に関わるような大怪我を負っているらしい。自分の治療をしてくれたグラムスが、昨晩は魔力を使い切っていたらしいということ。宮廷召喚師の能力にミニスが言及した時、妙な反応をされたこと。

 

「エクス総裁は、宮廷召喚師に……?」

 

 自問するようなミニスの呟きを、グラムスは聞き付けたらしい。

 

「彼女は昨晩の事情を?」

 

「いま起きてきたばかりでね。蒼の派閥が助けに入ってくれたってところまでは説明したが」

 

 フォルテの返答に、グラムスは深くため息を吐いた。よくよく見てみれば、その表情には疲労が色濃く出ている。

 

「なるほど、我々は自らの無様さを語らねばならないらしいな、ラウル殿」

 

「仕方なかろう。あんなもの、誰も予想はできんじゃろうて」

 

「慰めにはなりませんな。ことによれば、蒼の派閥は解体されるかもしれんというのに」

 

「派閥が解体?」

 

 あまりの言葉に、オウム返しにするミニス。グラムスはどこか諦めたように肩を落としながら椅子についた。

 

「昨晩のことだ。パッフェルの内偵で、聖王女殿下の暗殺が計画されていることを掴んだ総帥は、弟子である私とバスクの二人を連れ立って王城に乗り込んだ……悪手なのは自覚しているよ。だが正規の手順を踏む時間も、手も足りなくてな。信頼できるものだけを連れていったというわけだ」

 

 かなり乱暴な手段だが、他に手がなかった。情報が齎されたのは、暗殺計画が実行されるその日だったのだ。

 

 そして王城に乗り込むなどという乱暴な手段をとっても、相手が宮廷召喚師なら問題なく封殺し、救った聖王女から恩赦を引き出せるという打算もあった。

 

「城内でパッフェルと合流した我々は召喚術を使って兵士を足止めし、総帥は王族の住む区画へとひとり向かった。そして、そこで宮廷召喚師と戦闘になり――」

 

 そこでグラムスはテーブルの上にあった水差しから水を注ぎ、先ほどのミニスのように一息に呷った。

 

「――敗北した。その際に重傷を負われた総帥はハルシェ湖に落下。あわやというところで彼らに救って貰ったわけだ」

 

 と、グラムスがフォルテとケイナを手振りで示す。フォルテが当時の状況を脳裏で描くように目を閉じて語った。

 

「あれはこの船にお前を運び込んだ直後だったな。すっげえ稲妻が王城の一部を吹っ飛ばしてよ。船を寄せてもらったら、波間にエクスの旦那が浮いてるんだからたまげたぜ」

 

「宮廷召喚師が、エクス総帥のものを上回るような召喚獣を呼び出したってこと?」

 

 有り得ない、とミニスは言外に否定する。

 

 そも宮廷召喚師とは『派閥に依存しない召喚戦力を』というお題目から生まれた組織だ。

 

 そして召喚術とは、血筋に大きく依存する技能である。適性はもとより、魔力の強さも遺伝するからだ。

 

 故に、有力な血筋というのはほとんどが派閥に組み込まれており、必然、宮廷召喚師はそれ以外の家からなるべく魔力の強いもの――それでも程度は知れているが――を選出して生まれたわけだ。

 

 無論、鍛錬すれば魔力もある程度は成長し、子孫にもその影響は伝わるとされる。だが、宮廷召喚師はまだたったの3~4世代ほどしか時間を積み上げていない。1000年以上の研鑽を積んできた派閥の召喚師たちには到底及ばないのが現状である。少なくとも、ミニスの認識ではそうだった。

 

 だが、グラムスの返答はさらにミニスの理解が及ばないものであった。

 

「いや、総帥を破ったのは、宮廷召喚師が呼び出した召喚獣ではない。総帥御自身が呼び出した召喚獣だ」

 

「……エクス総帥が術の制御を誤ったということですか?」

 

「いいや。もっとも、実際に体験していなければ、そちらの方がよほど信憑性があると取られかねんがね」

 

 グラムスはそこで一度言葉を切って、ミニスの瞳をじっと見つめた。これから発する突拍子もない言葉に、少しでも説得力を持たせようという試み。

 

「宮廷召喚師は……他人の誓約を奪い取る術を開発していたのだ」

 

「……は?」

 

「信じられないだろうが、事実だ。私もラウルも、手持ちの秘伝召喚を全て奪い取られた。最後の方は、我々の術は敵の召喚術から身を守る盾代わりにしかならなかった。何しろ、呼び出した端から誓約を奪われる始末でな。君と総帥を治療できたのは、治癒術の石を戦闘に使っていなかったからで――」

 

 問答の手間を省きたいのか、グラムスが畳み掛けてくる。だが、ミニスはその言葉をほとんど聞いていなかった。少しずつ解きほぐすように、その言葉を頭の中で何度も反響させ続ける。

 

(誓約を奪う――じゃあ、シオンが私に攻撃を仕掛けて、あまつさえ送還されたのも――)

 

 グラムスの言葉を、ミニスはすぐに信じることが出来た。なぜなら、その感覚をミニス自身も知っているからだ。

 

 絆を破壊される感覚。友人と共に築いた宝物を、抵抗も許されずに奪われる感覚。シルヴァーナを送還する前に味わった。

 

 思わず胸に手をやって――そしてようやく、ミニスは自分がペンダントをしていないことに気づいた。

 

 慌てて服のポケットを全て探るが、どこにもその感触がない。

 

(まさか、湖に落とし――いいえ、違う。地面に叩き付けられた後、握りしめた記憶がある!)

 

 強い動悸とめまいがミニスを覆った。ふらつく身体を、どうにかテーブルに手をつくことでその場に縫い止める。なんて間抜けだ。確かに頭は回っていなかったが――

 

「フォルテ! 私のペンダントは!? シルヴァーナの!」

 

「うん? 知らねえが……ああいや、確か船室に運び込んだ時にゃ、首にペンダントの鎖が掛かってたぜ。部屋じゃねえか?」

 

 ミニスの気迫に、気圧されながらフォルテが答える。ミニスは無礼に当たるのも思い至らず、グラムスとラウルの横を駆け抜けるようにして食堂を後にした。蒼の派閥の召喚師たちも、目を丸くしてそれを見送る。

 

「なんだというのだ、一体……シルヴァーナとは?」

 

 誰にともなく漏らされたグラムスの疑問に、ケイナが同じく目を丸くしてミニスの背を見送りながら答える。

 

「あの子の友達……召喚獣です。ペンダントっていうのは、それを呼び出すためのもので」

 

「ああ、マーン家がウォーデン家から勝ち取ったという、例の……ふむ。察すると、彼女も宮廷召喚師に誓約を……?」

 

 顎をさすりながら推察するグラムスに、ラウルが首を振った。

 

「それはありえんでしょう。宮廷召喚師の狙いはあくまで王族です。あの子が、彼らと同じく王族を守る為に動いていたというのなら話は別ですがな」

 

 視線を向けられたフォルテ達も、降参という風に両手をあげた。

 

「あいつの事情はまだ聞いてなかったんだが……王族がいたことに驚いてたからな。別件だとは思うぜ。ただ、確かに昨晩、シルヴァーナは変な消え方をしたらしい。そうだよな?」

 

「ええ、はっきりと。ミニスが落ちるのだって見たんだから」

 

 ケイナが頷く。射手である彼女の並外れた視力がなければ、ミニスの回収は間に合わなかったかも知れない。

 

「つまり、彼女も宮廷召喚師と相対した……? いや、単に王城にワイバーンで近づいた為とも考えられるが……」

 

「ファミィ殿の差し金と言う可能性は――」

 

 グラムスとラウルが論戦を始める。それを余所に、フォルテは再びテーブルに着いた。フルーツを盛り合わせた皿――王族がいると聞いたジャキーニの部下たちが、妙に凝った盛り付けをした――から、切り分けられたシルドの実を摘まみ上げる。

 

「フォルディエンド」

 

「っとぉ!」

 

 本名を囁かれた衝撃に危うく果実を取り落としそうになるも、どうにか皿の上に緊急着陸させながら、フォルテは隣のテーブルからこちらをじっと見つめる実母へ誤魔化すような笑みを浮かべた。

 

「いやあ、行儀が悪くて失礼。……おいおい、蒼の派閥の連中もいるんだぞ」

 

 後半は王妃の隣に回り込みながら。幸い、グラムス達は会話に夢中でこのやりとりには気づかなかったようだが。

 

 フォルテの抗議を気にもせず、聖王妃は再び囁くようにしてフォルテに尋ねる。

 

「話は聞いていました。ミニス・マーンも宮廷召喚師に狙われていた。そういうことですか?」

 

「……断定は出来ねえが、状況からするとな。しっかし、理由が分からねえ。連中の動機がなんであれ、一世一代の賭けだったはずだ。無駄に戦力を分散させるなんてこたぁ――」

 

「……なるほど。彼らは気づいているのですね」

 

 王妃は深くため息を吐くと、意図的に声を大きくした。明らかに、その場の全員に聞かせる声量。その場にいる全員が聖王妃へ注目する。

 

「墓場まで持っていくつもりでしたが、ことここに至っては意味もないでしょう。相手の狙いを知らぬままでは、次の一歩すら定まらぬものです」

 

「何か……ご存じなので?」

 

 疑念を含んでしまったグラムスの声音に、王妃は目を閉じて真摯に頭を下げた。

 

「話す前に、ここにいる全ての方達へ言っておきます。エルゴの王の血を引かぬ私には、命令を下す権利はありません。されど、子を持つひとりの親として願います。今から話すことはみだりに外部へ漏らさぬよう。よろしいですか?」

 

「も、――もちろんです」

 

 是非もなかった。ディミニエを含む全員が、頷くのを見て取って、王妃はそれまで3人しか知る者のいなかった秘中の秘を公開する。

 

 ミニス・マーンの父親が、誰なのかということを。

 

 

 

 

 食堂を飛び出したミニスは、すぐに自分が目を覚ました部屋がどこなのか覚えていないことに気づいた。

 

 案内をしてくれたジャキーニは、いつの間にか姿を消していた。彼が船長ならば色々と仕事もあるのだろうが。

 

 自分の間抜けさにほとほと嫌気がさす。だが、足を止めてはいられない。ミニスは適当な部屋を片っ端から開いていこうと思い至った。水夫がいればその者に尋ねれば良い。仕事中でも構うものか。どうせ母の船だ。

 

 レシィが階段から降りてきたのは、そんな無茶を実行する直前のことだった。

 

「あっ……ミニスさ」

 

「レシィ! 私のペンダント知らない!? 確か、レシィには見せたことあったわよね!?」

 

 挨拶も無しに、ミニスは半ば駆け寄るように距離を詰めた。

 

「確かに首に掛けてた筈なんだけど――」

 

「あ、あの、ミニスさん……これ」

 

 彼我の距離が5メートルほどにまで縮まったところで、レシィがポケットから鎖を引っ張り出す。その先に見覚えのある銀細工が光っているのを認めて、ミニスは破顔した。歩む勢いを落ち着けながら、さらにレシィに近づいていく。

 

「ああ、良かった。ありがとう。部屋から持ってきてくれたの?」

 

「……」

 

「? どうしたのよ、一体……」

 

 表情を曇らせているレシィに疑問符を浮かべながら、距離を詰め終えたミニスはレシィからペンダントを受け取った。いつものように握りしめて、友へと念を送る。

 

(おはよう、シルヴァーナ。あれから大丈夫だった?)

 

 いつもの挨拶。これまで何百何千と繰り返してきたもの。

 

 だが――いつもなら即座に返ってくるシルヴァーナの念が感じられない。否、それどころか、繋がっているという感触そのものが――

 

「……明け方、日の光が入ってきた時に気づいたんです。鎖が切れてて、ベッドから落ちそうになったのをキャッチした時に……」

 

 レシィの言葉はほとんど聞こえていなかった。けれど何か感じるものがあって、ミニスはおそるおそる握っていた手を開き、その中にあったペンダントを改めて確認する。

 

 よく見れば、ペンダントはその形を僅かに歪ませているようだった。再び心臓が激しく跳ね始めるのを自覚しながら、ミニスは掌にのっているペンダントを裏返した――ペンダントの核、サモナイト石が埋め込まれている表面が露わになる。

 

「たぶん……昨晩、ミニスさんが落ちた時に、強く打ち付けていたんだと思います。鎖もその時の衝撃で切れかけていたんじゃないかと……」

 

「あ、ああ――」

 

「あの……それで……どうしていいか分からなくて……直るんですか、それ……」

 

 それは、ともすれば残酷な問いだったかも知れない。

 

 シルヴァーナを呼び出すペンダント。その核であるサモナイト石が、銀細工に押しつぶされるように砕けていた。

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