エルフとトロール 〜三流魔法使いのトロール、メスガキエルフの下僕になる〜   作:ルブク

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伸るか反るかの大勝負。
果たして秘策成るか。

チュートリアルのボス戦という感じで。
書くことを絞りつつも、わりかしノリと雰囲気でテキトウに進めています。

第一章の人物紹介はこちら
https://syosetu.org/novel/385833/1.html


第三話 乾坤一擲の策

 鈍色(にびいろ)の毛を逆立て、眉間に爛々(らんらん)と深紅の瞳が輝く。魔物と形容するに相応しい巨大な猪を前に、ヴィンセントとリュミエは刺激しないよう声を潜めて相談した。

 

「……気づかれただろうか」

「ダメだろうね。見なよアレ」

 

 強靭な前肢で地面を(えぐ)る。地鳴りかと思うような轟音は、よく知る動物と一線を画することは明らかだった。

 ギョロリと剥いた目は闖入者(ちんにゅうしゃ)を捉え、遠くからでも聞こえる程に荒い鼻息。自慢の大牙で突進してくるのは時間の問題である。

 

「知ってる? 猪って何でも食べるんだよ」

 

 前方の湖畔への道は魔物が立ちはだかり、後ろは今来た山路。左右は下草が鬱蒼と茂る山林が広がる。逃げるとしたら左右に分かれるのが一番か。難儀はすれども、少なくとも魔物からは逃げ切れるだろう。

 

「……もしここで我々が逃げたらどうなる?」

「ん〜? 諦めるかどこまでも追っかけてくるかのどっちかでしょ。鼻も利くから、ニオイ探して人里まで来るかもね」

 

 リュミエの身のこなしなら、逃げることは容易のはず。ヴィンセントでも森の中に入り込めさえすれば撒けるだろう。

 しかし獲物のニオイを覚えた獣は、時として異常な執着を発揮することがある。例え逃げおおせたとしても、その後偶然通りがかった者や近隣の集落に被害が及ぶ可能性があった。

 

「そうなると他に被害が出るかもしれない、か……」

「うわまっじめ〜。長生きしないよ?」

 

 ――グアアァッ!

 

 再びの咆哮。少し離れていても肌がビリリと震え、体に圧を感じた。もはや悠長に構えていられない。

 

「――頼みがある」

「高いよ」

「まだ何も言っていない」

「んなの分かりきってんじゃん。タダ働きなんてゴメンだよ」

 

 リュミエに肘で小突かれるヴィンセント。喉のすぐ下まで文句が出てきたがそこは(こら)える。完全に足元を見られているのは気に食わないが、まず最優先とすべきは生き延びること。

 

「――私がアレを止める。その隙に仕留めてくれるか?」

 

 ヴィンセントは木の陰からおもむろに全身を現した。魔物の注意を引くよう、両腕を大きく広げてから杖を構える。

 

「いいけど。勝算は?」

「ある」

 

 精神統一として息を深く吸い、ゆっくりと吐き出す。気取られぬように身を隠したままのリュミエは半分()めた表情をしていた。

 

「どんな策かは知らないけど、英雄気取りはおススメできないなぁ。自己犠牲だなんてイマドキ――」

「馬鹿を言わないでくれ」

「あ?」

 

 強引にリュミエの言葉を途中で遮った。彼女は眉間に皺を寄せて睨んでくるが、そちらの方に向き直る余裕は既にない。

 

「英雄気取りなど毛頭ない。ただ生き延びて――為すべきことを為す!」

 

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 ヴィンセントは杖を縦に、地面に突き立てるように構える。強く短く息を吐き、魔物を自身の正面に。

 機会は一度限り。しくじれば全身バラバラとなって獣の餌となろう。

 しかしだからといって捨て置くことはもっての外。誰かに危害が及ぶ前に、この場で何としてでも断ち切らなければならないのだ。

 魔物が三つの目で睨みつけ、身体を低く沈めた。そして次の瞬間、大地を激しく揺らして突進する。まるで急峻な山肌から巨岩が転げ落ちてくるかの勢い。

 

「来たか!」

 

 激突まで(またた)き二、三回ほど。鼻先に突き出る牙は騎兵の槍のごとく、眼前の獲物へ突き立て猛然と驀進(ばくしん)する。

 

『硬化強靭!』

 

 魔物は目と鼻の先。詠唱と共にヴィンセントは杖を横に放り投げ、腰をわずかに落として両腕を軽く広げた。

 青く透き通った炎が全身を駆け抜け、肉体がほのかな光を帯びる。魔法による身体強化――それが発動した証左だった。

 くすんだ青い目と獰猛な深紅の瞳が交差し、そして――。

 

 ドガァ!

 

「ぐぅ……ぬうぅっ!」

 

 全身が粉々に砕け散ったかのような衝撃。全身の骨という骨が(きし)み、筋肉が悲鳴を上げる。長く突き出た二本の牙を渾身の力で掴み、魔物の頭を抑えた。

 (つか)えとして踏ん張る両足がまるで役に立たないほどの強勢に晒される。表土を豪快に削りながら、ヴィンセントは一方的に後方へ押されるばかりだった。

 

「ぬぅおぉぉっ!」

 

 しかしそれでも四肢は健在であり、意気もまだ折れてはいない。どちらが先に音を上げるか、生死を賭した根比べである。

 どれほどの抵抗があっただろうか。やがて勢いは弱まり、猪の魔物は前進を止める。頭を振り、腕を振り解こうとを振り解こうともがき苦しんでいた。

 

 ――好機。

 

「止めたぞ……頼む!」

 

 魔法の効果はまだ暫くは続く。次はリュミエの出番だと、彼女がいた方へ目を向けた。

 

 いない。

 

 似たような木々が立ち並ぶばかりで、鮮やかな翠の髪のエルフは影も形もない。汗の玉を飛ばしながら、視線を反対側へ動かす。

 

 こちらにもいない。

 

 風がそよぎ、たおやかに揺れる草木が見えるのみ。当然ながらそこにも探し人の姿はなかった。

 ヴィンセントはこめかみの辺りに不快なチリつきを覚え、苦々しく奥歯を噛み締めた。左右には見当たらず、ましてや後ろに回った気配もない。

 

(所詮は――)

 

 魔法の効果はじきに切れる。その前に一人で対処しなければならないが、果たして可能なのか。

 魔物の額の目が、気味悪いほどに静かにヴィンセントを凝視していた。風向きが変わりつつあるのを感じ取ったのかもしれない。いよいよもって進退(きわ)まる状況、魔物の餌となる未来が近づきつつあった。

 

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「――やっぱもう青臭くて小っ恥ずかしいなぁ」

 

 声が。

 リュミエの声だった。右でも左でも、後ろでもなく。

 

「ま、嫌いじゃないけどね!」

 

 上から降ってきた。

 反射的にヴィンセントは首を上げる。魔物ですらも釣られて視線を上に。

 その先には木々の間をすり抜け、文字通り空を翔けるリュミエの姿があった。太い枝の根元や幹を蹴って跳躍し、縦横無尽に森の中を舞い踊る。

 

「頭! しっかり抑えてといてよ!」

 

 つい見()れてしまい、魔物を抑えつけている最中だということを忘れてしまっていた。しかしそれは魔物も同じようで、仕切り直しとばかりにせめぎ合いが再開する。

 

「もう長くは保たない! できるか!?」

 

 頭上近く、太い枝の上で蹲踞(そんきょ)の姿勢を取るリュミエに唾を飛ばす。

 

「なまいきィ……」

 

 彼女は返事をよこさず、独りごちながらにやりと口の端を歪ませる。そして腰に提げた革の筒を後ろ手で開け、中から波型に湾曲した小振りの弓を取り出した。更には矢も三本。

 迷うことなく矢を三本同時につがえ、そのまま引き絞る。魔物を抑えつつ、ヴィンセントは固唾を飲んでその様子を見守った。

 

「私の十八番(おはこ)はこっちだってのっ!」

 

 ビョウッ!

 

 そして飛び降りざまに放たれる三本の矢。空を裂き、唸りを上げて魔物に飛来する。

 

 ズドドドッ!

 

 矢は全て魔物に突き刺さる。

 それを間近で見ていたヴィンセントは戦慄した。

 

(三射全て……!)

 

 矢は左右、そして額の目を正確に射抜いたのだ。寸分の狂いもなく赤い瞳の正中を、である。十八番(おはこ)と自負するだけのことはあるが、それにしても。

 

 ――グギャオォォォ!

 

 目を潰された魔物は断末魔の悲鳴を轟かせ、必死に頭を振り解こうと最後の抵抗を試みる。しかしそうはさせまいとヴィンセント。集中を途切れさせず、強化した膂力(りょりょく)をもって抑え続ける。

 その(かたわ)ら、見事皆中させたリュミエが足先から脚、そして腰へと回転しながら着地した。衝撃を分散させる着地法であり、淀みのない動作はまさに手慣れたものだった。

 

「シメるから粘ってよ!」

 

 回転する勢いのまま、彼女は弓を納めて抜刀した。朱色の柄を両手で握り締め、魔物の脇腹へ向かって一直線。毛皮の下、筋肉を越え、肋骨をかいくぐり。リュミエが見る先は心臓ただ一つ。

 

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 腰を低く落とし、一息に剣を魔物の腹に突き刺した。

 しかし。

 

 パキィン――。

 

「っ!」

 

 それは偶然か最後の悪あがきか。刺さる直前で魔物が身を(よじ)ったのだ。刀身の入る角度が悪かったのか、途中から折れてしまった。

 

「クソぅ、特注の一点物なのに……!」

 

 これでは致命傷を与えたとは言えない。リュミエは歯噛みしながら飛び退き、再度弓を出すべく後ろに手を伸ばす。

 

「向こうの杖を! 投げてくれ!」

 

 矢で射殺すには体が大きすぎる。ヴィンセントは視線で合図を送り、間髪入れずリュミエがその方向に一足飛びに駆け出した。

 草木の間に杖が無造作に転がっていた。駆けながら右手で杖を拾い上げる。

 

「まったく、逃げときゃよかった……じゃあ上手くやって――」

 

 自身の得物を失って文句を垂れ流す彼女。手にした杖の重量を感じながら、槍を投擲する姿勢に移る。

 体を横に開き、二歩三歩と軽やかにステップ。視線を目標に向け、更に右腕を奥に引く。

 

「――よっ!」

 

 単純な力では見劣りするものの、持ち前のバネを使って放たれた杖は綺麗な放物線を描いた。その延長線上に待ち受けるはトロールの魔法使い、ヴィンセント。

 彼は片手を伸ばして杖を受け取り、すぐさま魔物の口内に深く突っ込んだ。

 

『空弾!』

 

 どもん、と湿ってくぐもった音と同時に、魔物がその体を痙攣(けいれん)させる。更に二つ、三つと続け、やがて魔物の抵抗がすっかり収まった。

 決死の勝負はトロールとエルフの勝利。ずるりと杖を口内から引き抜くと、魔物は細切れの肉片が混じった血反吐を吐きながら斃れた。

 間違いなく、ヴィンセントとリュミエが生き残ったのだ。

 

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「ふぅ……っ」

 

 途轍(とてつ)もない疲労感を覚え、ヴィンセントは膝をついた。魔力をほぼ限界まで放出したため、立っていることもやっとの状態である。もし使い果たしていたら昏倒(こんとう)しているだろうが、もはやその寸前にも等しい。

 

「おーおー、やりきったねぇ。私には大損だけどさ」

「いや……助かった……」

 

 横たわる魔物の近く、動くこともままならないヴィンセントの元にリュミエが戻ってきた。大切な一振りを失ったからか、その表情は明らかに不満一色である。

 

「しかしまあ。自分に身体強化魔法をかけて、アレの突進を受け止めるだなんてねぇ。力自慢ってやつ? よく考えたね」

「……ここまで上手くいくとは……思っていなかった、が……」

「は? 勝算あるって言ってたじゃない」

「……勘、だ。ただの……」

 

 荒い呼吸のままヴィンセントは答える。第一、巨大な魔物の突進を受けるなど一生に一度あるかどうか、である。上手くいくかどうかも不明であり、一か八かの賭けだったのだ。

 

「勘? 勘!?」

 

 あまりの回答にリュミエは目を真ん丸に見開いた。しかし怒り出すでもなく、腹を抱えて高らかに笑い出したのである。

 

「あはははは! ちゃんと考えてたと思ってたら勘!? 確証ある顔してたくせして!」

「……ふ。上手く、いった……じゃないか」

 

 霞む視界の中、ヴィンセントは辛うじて笑う。しかしこうして二人共五体満足で生きている。これ以上ない、最高の結果には違いない。

 

「はーっ、良い度胸してんね……ところで魔力、使い果たした?」

 

 息を落ち着かせ、リュミエは改めて訊ねた。

 

「ああ……暫く休めば……動ける、よう、に……なる、だろう……」

「ちょっと手、出して」

「? なぜ……?」

 

 意図は分からないが、言われるがままにヴィンセントは手を差し出した。弱々しく伸ばした大きな手をリュミエが取り、自らの額に持っていく。

 手のひらに硬い物が当たる感触。彼女の額に輝く紅玉だった。その、次の瞬間――。

 

(!? これは……!)

 

 手のひらから流れ込んでくる温かい力。朦朧となっていたヴィンセントの意識が明瞭に戻り、尽きかけの魔力も元通りに。

 

「――はい。まーこんなもんでしょ」

 

 血色が良くなったのを確認し、リュミエは手を額の紅玉から離す。とにかくヴィンセントは驚く他なかった。魔力の回復には数時間はかかるはずだが、ものの数秒で元通りである。

 

「その額のは……」

「飾りじゃないよ。フツーに体の一部だから」

 

 彼女はコツンと紅玉を指で小突いてみせる。間近で見ると、皮膚の下から生えてきているようだった。

 

「君が考えてるのとは多分違うから。そんな単純なのじゃなくて……ちなみに、誰かに言ったらソコ(・・)に転がってんのと同じふうにするから」

 

 何らかの要因でリュミエの体内で魔力が湧き続け、それが結晶化した物ではないかと。ヴィンセントはそう考えたが、速攻で彼女に釘を刺されてしまった。

 

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 馬鹿正直に聞いても、それが何なのか答えてくれるとは思えない。ひとまず詮索(せんさく)は止め、ゆっくり立ち上がり猪の魔物を見やる。

 

「とりあえずソイツはそのまま転がしとくしかないね。運ぶにはデカすぎだし」

 

 リュミエが腰に手を当てて言う通り、二人だけで運べる重量ではない。ここに置いておけばやがては野の獣達が地に還してくれるだろう。しかしヴィンセントが見ているのはそこではなかった。

 

「せめて牙を折り取って構わないだろうか」

「牙? まあ立派だけど……なに? 高値で売れる?」

「あれだけ太ければそれなりの売値がつくとは思うが、他にも……いいや。ひとまず金目になりそうな物は頂いておきたい」

 

 成熟した人間の脚のサイズはありそうな立派な牙である。それを求める好事家もいるだろうし、装飾品をこしらえるのにも十分な大きさを誇る。

 用途としてはそれだけではないのだが、相当手を煩わせてくれたのだ。牙を戴いたとしてもまだ足りないくらいである

 

「ふ〜ん……まぁ良いんじゃない? あ、一本は私に頂戴」

 

 ヴィンセントはゆっくり体重をかけ、慎重に牙二本を折り取った。そしてリクエスト通り、一本は立役者の一人であるリュミエに手渡す。

 

「貴方の剣――すまないことをした」

 

 突き刺さった状態で折れてしまったので、刀身の半分は魔物の体内に残ったままである。剣を一本潰すことになってしまったが、リュミエは柄を撫でニタリと笑った。

 

「別にいいって――ま、良い金づる(・・・)は見つかった訳だし」

 

 笑顔の向け先は何故かヴィンセントだった。それが何を意味するのか、今の彼には分からなかった。

 

 途中で魔物に出くわすというアクシデントに見舞われたものの、力を合わせて辛くもその危機を切り抜けた二人。それ以降は至って順調だった。共に土埃で汚れた衣服、顔を洗い流す暇もなく、足早に山路を下ってゆく。

 そして平原を見下ろす高台に来た時のこと。

 

「見えたよ。ホラ向こう」

 

 崖の(きわ)に立ったリュミエが指差す。

 なだらかな丘陵の向こう、様々な緑色をした田畑の絨毯がパッチワークのように広がっていた。そして、絨毯を裁断する大通りが一本敷かれ、ヒトや馬車がゆるゆると行き交う。

 その大通りが伸びる先、灰色の城塞がぐるりと取り囲む大市街。赤の屋根瓦で飾った様々な建物がひしめき合い、雑多な種族が日々を営む空間である。

 

「おお、あれが噂の……」

「ここまで来れば後はもう一息ってとこ……あー疲れた疲れた」

 

 手に入らない物はないと謳われる、大陸でも有数の交易都市。リュミエの活動拠点であり、ヴィンセントの目的地でもある。ようやくその姿が見えてきて、疲れた体にいくばくかの元気が生まれたのだった。

 




次の話で一章は終了。二章目からエロ等過激な展開もちょっとは増やしていければな、と…。
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