目が覚めれば病院にいた。
まあ当然と言えば当然というか、あんな倒れ方したら普通のご家庭であれば救急車を呼んで然るべきだろう。
寝かされているベッドから外を見ればどうやら夜中、時間は分からないが月の位置からして深夜、しかもそろそろ明け方だ。
(ふむ、いきなり倒れて家族には申し訳ないことをした。だが、全て思い出した。なるほどウマ娘。かつての名馬の名を冠した女の子がレースをしている奇妙な世界)
この世界に産まれた私は馬じゃなくてウマ娘なことに非常にがっかりしていた記憶がある。
競馬というよりマラソンではないかとがっかりしていた。
まあ騎手か調教師になりたいと思っていたのだから当然だ。
というかそのことを思い出した私にしても非常にがっかりである。
馬産の楽しみもオーナとの交渉、相談も騎手との連係もなにも無いとなるとな。
だから一番それっぽいトレーナーかJRAっぽいURAの職員になろうとしたのであろう。
で前の世界に未練たらたらな私はどっちにするか迷っていると。
トレーナーになって不本意的に調教師ぽいことするか裏方はそう変わらないであろうURA職員になるか。
幸い地頭が良いので勉学は問題ない。
つまりどちらの道もそう苦労する事なく進めそうだ。
こう見えて天才の弟の誇れる兄でありたいと本来の世界では勉学をよく頑張っていたからな。
弟様々である。
(しかしウマ娘か。記憶の私もそうだが聞いたことある気はする。主に本来の世界でだ。CMか? まあ女の子が主体ということはゲームかアニメなのだろう。ゲームもアニメも高校生になった時点で見なくなってしまったからな。勉学にスポーツにと勤しんでいたから本当にさっぱりだ)
昔は週刊漫画はよく見ていたがたぶんその頃のものではないんだろうな。
私は深く瞑目し、考えるも答えは出ない。
まあ出ないものは仕方ない。
考えても無駄なことを考え続けても生産性は無いに等しい。
私は目を開け外をみる。
もう夜明けだ。
私はそうして暫く、夜明けを迎えようとしている空を見つめ続けた。
★
看護師は目を覚ました私に驚いてお医者様を慌てて呼ぶに行くというイベントはあったものの、全くもって健康体であるということですぐに退院の運びとなった。
親や弟は心配していたものの特に問題ないと聞くとホッとした顔になっていたので申し訳なくなった。
そうして家に帰り、母の食事をいただき、リビングでテレビを見て、ハイセイコーという女の子がアイドルしている姿見てなんだかなーという気持ちになり風呂に入ってベッドに入る。
暫くぼーとし、一人ごちる。
「まあトレーナーになるのがいいか。高給取りだし。私の馬がいるかもしれんし。親に誇れる職についておこう」
テンシンハンやドラエモンジューがいたら女の子にその名前はちょっとどうなのと申し訳なくなるが、私の培ったスキルを活かせる場を考えたらその方がよいであろう。
しかしなあ、どうせなら馬男もいてほしかったな。
クラシック路線もティアラ路線も女の子が走ってるって意味わからんし。
牝限の価値どうなってんだ。
流石に記憶が戻ったから知ってるけどなんとも言えん。
「いや、決めてしまったんだ。大人しくその道にすすむとしよう」
どちらにせよ私のスキルを考えればこの道に結局進んでいたような気もしないでもない。
明日からトレーナー試験の勉強に本格的に精を出そう。
今日は流石に疲れた。
そうして私は眠りについた。
★
夢を見た。
変な夢だった。
豊がメカ豊になったかと思うと変形して凄い美人になった。
そして凄い渋カッコイおじさんと一緒に歩いていた。
所謂パパ活なのであろうか。
なんか間にバンブーメモリーいたけど、馬の。
そして最後に遭難したクリストファーと黄金豊が出会って私は夢から覚めた。
「意味が分からないし、たぶんなんの意味もない夢だなこれ」
しかも無駄に目覚めがスッキリしているのが謎に不快だ。
ああしかし、
「あれから一年か。試験自体は合格していると思うが、いい歳して無駄に緊張しているのか? 変な夢もそのせいか?」
あれから一年特に山もなければ谷もない普通の一年を過ごし、トレーナー試験をこの前受けて今日は合格発表だ。
合格発表は郵送で書類が送られてくるらしい。
免許交付はいつになるのだろうか。
もう少し未来に進めばネットで合格発表とかされそうだなと思いつつ私はベッドから出て着替える。
運動用のハーフパンツに適当なシャツを着て、歯を磨いて顔を洗う。
時間は朝の5時。
まだ春を迎えていないので寒いが、走るなら寒いくらいが好みだ。
私は、玄関で軽く準備運動をすると、走りだした。
まだ街は暗いが時期明るくなってくるだろう。
そういう時間が一番好きだ。
仕事も朝日を迎える瞬間が一番やった感があって好きだったなと思い出す。
本来の世界では夜勤の多いそこそこ高給取りのメンテ系で前の世界では牧場だ。
つくづく日の出と縁のある人生だと思う。
しかし神様はいい加減私を寿命で死なせるべきじゃないかと思うが貰った命だ。
使い潰さないと勿体ないので生を全うするが、もう百歳超えてるんじゃないか私?
「おっ、ウマ娘だ。速いな、私もジョッキーになって駆けてみたかったな」
体操服を着たウマ娘が車のようなスピードで坂を登っていくの見てそう私はこぼした。
牧場では馬に乗る機会もよくあったが走らすことはまあなかったからな。
高級車を何台も買える値段の馬に万が一怪我させる訳にもいかなかったし基本ゆっくり歩いていた。
中には暴走気味で走り出す馬もいたがそういう馬には乗せて貰えなかったしな。
「そういえばうちの気性難は大概池染くんに乗せてたな。力がある馬だから喜んではいたけど、力があるからこそ大体疲労困憊の表情だったしおもしろ…………たいへんそうだったな」
不思議とうちの気性難はあの子に懐いてたし怪我はさせなかったけど大変そうだった。
そんな他愛のないことを考えながら走っていると、朝日が登ってきていた。
私は足を止めて、それを眺める。
遠く先を走っていたウマ娘の子も立ち止まって朝日を眺めていた。
「絵心があれば、是非とも絵に収めたい一枚だな」
タイトルは美女と朝日。
安直過ぎて恥ずかしくなってきたな。
「さて、あと三十分走ったら帰るか」
そう言って私は羞恥を振り払うように走った。