極端な努力をすると、
たちまちのうちに全てを
放棄することになる。
- チャップリン -
(英国の俳優、映画監督、コメディアン、脚本家 / 1889~1977)
「…………あ、れ」
目が覚めて、まず僕を襲ったのは鋭い痛みだ。全身が、痛い。火傷のような傷があちこちにできている。
なんで、こんな怪我をしているんだ?何でこんなところで倒れているんだ?僕の身に何があった?あれ?僕は今まで、何をしていたんだっけ?
「藤井くんッ!!」
一組の皆の、僕を呼ぶ悲痛な声。
目を向けると、皆今にも泣きそうな顔をしていた。
…………ああ、そっか。僕はみんなを守るために、盾になったんだっけ。
僕のISが防御重視の打鉄でよかった。
他のISなら、皆にも被害がいっていたかもしれない。
でもたしか、僕は寸前でシールドエネルギーの全開放と、物理シールドも展開していたはず。それで、この有様だ。打鉄は半壊状態で、僕自身もボロボロ。あの黒いISの火力は計り知れない。
「……く、あぁッ」
激痛に耐えながら、僕はなんとか立ち上がる。
痛みのあまり、涙も出てきた。はは、僕って泣いてばっかだね。
もう戦えないとばかりに打鉄が『WARNING』と赤い文字で警告してくるが、知ったことではない。
僕だって、皆を守るんだ…………!!
「い、痛い…………けどッ」
まだ皆が避難しきれていない。
だから、僕が、皆の盾に、ならなくちゃ…………!!
「やめて藤井くん!次またあの砲撃がきたら、死んじゃうよッ!?」
「……………………」
死ぬ。
次で、死ぬ。
その言葉に体が震える。今にも逃げ出したくなる。
僕はヒーローでもなんでもないし、力もない。勇気もない。度胸もない。
それでも、それでも…………ッ!!
「み、皆のために死ねるっていうんなら、いいんじゃないかなっ」
声を震わせながら、僕は虚勢を張る。
元より僕は社会から弾き出されたゴミだ。誰も必要としない、ただの邪魔者だ。
そんな僕が、皆を守って死ねるというのなら。
皆を守って邪魔者として消えられるのなら。
「本望、だよ……!!」
…………嗚呼、いつから僕はこんな、熱血になったんだろう。前までの僕なら今頃皆と一緒になって避難口に駆け込んでいたというのに。
「大切な人が、できたからかな」
それに僕は、微笑んでしまう。
苦痛を無視して笑ってしまう。
それはあまりにも嬉しいことだから。
僕が僕を認めてくれた人たちを守れるということが、あまりにも嬉しいから。
『廉太郎ッ!!無事なのか!?』
一夏からの通信。
その声は、彼にしては珍しく震えていた。
「うん、大丈夫。かなり、痛いけど」
『悪い…………俺のせいで、お前がッ』
「一夏のせいなんかじゃないよ。こっちは、僕がなんとか流れ弾を防ぐから、一夏はソイツをなんとか、してちょうだい」
『……分かった。必ず、倒す』
一夏の声に、覇気が篭った。
こうなった時の彼は恐ろしく強い。
だから、僕は信じているよ。僕なんかよりも何倍も強くて、凄い一夏のことを。僕よりも何十段も上にいる、一夏のことを。
だから、必ず倒して帰ってきてくれ。
Φ
そこからの一夏は、凄いものだった。
エネルギーが枯渇しかけていたのを、凰さんの衝撃砲を自ら意図的に受けて吸収してカバーし、持ち前の瞬時加速にて敵に急接近。見事敵に斬撃を与えることができた。黒いISはその斬撃でやられ、遂に動かなくなった。それはつまり、一夏たちの勝ちだった。
「……僕も、いつかあんな風になりたいな」
そして、一夏たちと同じ土俵に立ちたい。
肩を並べて、一夏と競い合いたい。
今はまだ夢のまた夢だ。でも、このまま努力を続けたら、いつかきっと────
『廉太郎ッ!逃げろッ!!』
突然の一夏からの通信で、僕は我に返る。
見ると、あの黒いISがボロボロになりながらもこちらに急接近してきているではないか。
「な、何で!?一夏にやられたはずじゃッ────」
黒いISは僕の目の前に降り立ち、初動が遅くなり逃げられなかった僕の首を強く掴み、地面に叩きつけた。
「かッ!?」
絶対防御と呼ばれる、搭乗者の命を守る機能。
ISにはそんな機能がついているというのに、それを上回る力なのか僕は窒息しそうになっていた。
首を絞める力がぐんぐんと強くなる。
「あ、がッ」
このままじゃ、死ぬ。
死んでしまう。
こんなところで、こんな馬鹿みたいな感じで死ぬのか……?そう思った、その時。
『オマエハナニモノダ?』
機械的な声が、黒いISから僕に向けて放たれた。
「え、え……?」
『オマエハナニモノダ?ナゼ、ISヲウゴカセル?』
僕に質問の返答をさせるためか、少しだけ首を絞める力を緩めた。
「げほ、げほっ……!?そ、そんなの、僕が、知りたいッ…………!!」
『……ツマリ、オマエハ"イレギュラー"。イテハナラナイソンザイ。イブツ。イブツハ、ハイジョスル』
「ッ!?がはッ!!」
黒いISはいきなり倍くらいの力で僕の首を絞めはじめた。下手したら首の骨がへし折れるかもしれない。そんな勢いだ。
まずい、息が…………意識が、遠のいて────
「っざけんじゃねぇッ!廉太郎に手を出すんじゃねぇぇぇぇぇッ!!」
白式の装備である一刀の刀が、黒いISの胸部に突き刺さる。
それで、完全に黒いISは機能を停止した。
「廉太郎!おい、廉太郎!!大丈夫か!?おい────」
意識が、遠のいていく。
僕は、一夏の叫びを聞きながら意識を失った。
Φ
再び、目を覚ました。
何だか意識を失ってばかりなような気がする。
今度は記憶が鮮明だ。
僕は黒いISに襲われて、そしてそれを一夏が助けてくれて……………………。
「ここは、何処だろう……?」
僕は見知らぬベッドで寝かされていた。
多分、保健室かな?
記憶は鮮明だけど、頭がクラクラしてて、うまく頭が回らないや。
「ん?」
ふと、手に感触が。
手元を見ると、そこには布仏さんがこちらに寄りかかる形で眠っている姿があった。
「わわわわわっ!?」
僕は慌てて大きな声を出してしまう。ここが保健室だということを忘れてしまうほどに、慌てたから。
「んにゅ……」
その声がよほどうるさかったのか、布仏さんは目を覚ました。
そして、起きている僕を見るなり表情を明るくして。
「ふじりんが起きたーッ!!」
これまた保健室のルールを無視して大きな声をあげた。
「ちょっとまってて〜!!」
「え!?ちょっ────」
普段の彼女からは考えられないほどのスピードで、彼女は保健室を飛び出して行った。
「な、何だったんだろ……?」
それから数分後、僕の疑問は晴れることになる。
「廉太郎、無事か!」
「藤井くん、大丈夫!?」
「どこか痛む!?ってそりゃそうか!!」
一夏や谷本さんたち、それに一組の見知った人たちが保健室に雪崩込んできた。篠ノ之さんや、オルコットさんまでもがいる。
「え、ちょ、み、皆どうしたの!?」
「どうしたもこうしたも、皆お前のことを心配してたんだぞ!!」
一夏の言葉に、僕は目を見開く。
「み、皆が、心配……?僕を…………?」
あはは、何を言っているんだよ一夏。
そんなこと、あるわけが────
「大丈夫藤井くん?」
「あんなビームもろに受けて平気なの……?」
「無理しないでね!!」
……………………どう、して。
「みんな、みーんな、ふじりんに感謝してるんだよ?」
「えっ…………?」
感謝……?
疎まれこそすれ、僕が感謝されるなんてあるわけがない。何で、どうして?
僕が分からない、といった顔をしていると、布仏さんが補足して説明してくれる。
「ふじりんが私たちのことを身を挺して守ってくれたでしょう?だから、皆ふじりんにかんしゃかんしゃ〜なのだあ〜」
「そ、そんなこと!ぼ、僕なんか、全然何もしてないよ。あの黒いISを倒したのだって、一夏なわけだし…………」
そうだ。僕は皆の盾になったにすぎない。
アイツを倒したのは一夏なのであって、感謝は僕にじゃなくて、一夏に向けるべきだ。
僕は、人から感謝されるような存在じゃない。
「確かに、おりむーはあの黒いISをやっつけたよ?でも、私たちを攻撃から救ってくれたのは、他でもないふじりんなんだよ?だから、私たちはふじりんに感謝なの」
「そ、そんなっ」
「ささ、皆〜…………せーの!!」
布仏さんが合図し、皆が一斉に一つの言葉を口にした。
「「「藤井くん、ありがとうっ!!」」」
それは、僕に向けての感謝の言葉。
今まで感謝というものをされたことがない僕が、初めて今感謝された。この、役たたずの僕が。邪魔者の僕が。
「あ、あれ……?なんだろ、また、涙が勝手に…………」
どうしてかな。
最近、妙に涙脆い。
これは、僕が幸せ者な、証拠なのかな。
嬉しくて涙が出るのは、幸せ者の証拠なのかな。
「ふふ、ふじりんは泣き虫さんだね〜」
「ご、ごめんっ」
皆がクスクスと笑う。
でも、そこには嘲りの感情などは含まれてはいなかった。純粋に皆、僕に微笑みかけてくれている。そんな、優しい笑いだ。
「それにしても、凄いね藤井くんは。私たちで藤井くんの誤解を解こうとしてたのに、自分でどうにかしちゃうんだもん」
「そうだよ!よかったね、藤井くん!!」
「うん、うん…………!」
谷本さんと相川さんの言葉に、僕はしきりに何度も頷く。
虐げられてきた僕が、皆に認められたんだ。これ以上に嬉しいことなんて、ないよ。
「…………後は任せておけ、廉太郎。後の問題は全部俺たちでなんとかする」
「へ……?」
後の問題って…………何のことだろう?
僕がそう、訝しげに首を捻っていると、保健室に二人の人物が入って来た。
「何なんだ、この人数は…………む、無事に起きたか藤井」
「藤井くん!大丈夫ですか!?」
織斑先生と、山田先生だ。
僕の様子を見に来たらしい。
「お前たち、藤井の見舞いはもう終わりだ。各自速やかに自室に戻れ」
「「「はいっ!」」」
織斑先生の指示(命令?)に従い、一組の皆は保健室を去って行く。
去り際に、皆が僕に手を振ってくれたことが凄く嬉しい。気を緩めれば、また泣いてしまいそうだ。
「ああ、織斑は残れ。当事者で話し合いたいことがある」
「…………はい」
硬い表情の一夏。山田先生の表情も、どこかキツくなっている。どうしたんだろうか?
「起きて早々悪いが、藤井。お前に話がある」
「は、はい」
なんだろう、改まって。
「……本当に言いにくいことなのだがな」
織斑先生にしては珍しく、歯切れが悪い。
本当にどうしたんだろ?
「────お前には今、あの侵入者の黒いISとの繋がりがあるとの疑いがかけられている」
「…………えっ?」
言っている意味が、分からない。
「な、なんですか、それ。意味分からないです」
「逃げ遅れたとある生徒が、お前と侵入者が会話をしていたのを目撃したと証言してきてな……それは、本当か?」
「い、いや、確かにしましたけど!でも、それは向こうから一方的に!?」
「すまん。本当にすまない。だが、落ち着いてくれ藤井」
「落ち着くなんて、そんな、僕は、僕は何も!?」
「落ち着いてくれ廉太郎。ここにいる三人と、一組の皆はお前の味方だ。お前が悪いことなんて何もしてないって知ってるし、そんなことなんかしないって信じてる」
「あ、う…………」
一夏の言葉で、平静を少しだけ取り戻す。
いや、でも、僕に何でそんな疑いがッ!!
「僕は、襲われたんですよ……?なのに、何でそんな疑いを…………」
「アリーナのシールドバリアを突き破る威力のレーザーを喰らって生きているのはおかしい。それに加え、黒いISと会話をしていた、だから怪しい…………こじつけもいいところだ。ふざけたことをしてくれるッ……!!」
織斑先生が拳を固く握る。
僕のために、怒ってくれているのだろうか……?
「ちなみに、あのISと何を話したんですか……?」
「え、えっと……何故ISを動かせるんだ?って質問されました。その後に、お前はイレギュラーだから排除するって…………」
「ふざけんな!何がイレギュラーだ!!」
一夏が思いっきり壁を殴る。
僕のためにここまで怒ってくれるあたり、やはり一夏は優しい。本当にいい奴だ。
「疑いにしたって、こんなことで廉太郎が疑われなきゃなんねぇのかよ!?」
「安心しろ。藤井の処遇に関しては私と山田先生で必ず無実にしてみせる。…………だが、問題は」
……何となく、分かる。
目撃者が生徒という時点で察しはつく。
「噂、ですか?」
「そうだ。たとえお前の無実が確証されたとしても……一度流れた噂が消えることはなかなかない。無論、私たち教師側も取り締まってはいくが…………それでも、収まりきるとは思えない」
そん、な。
僕はこの先ずっと、疑われ続けなければいけないというのか?何もしていないのに?そんな、そんなのって…………。
「大丈夫だ、廉太郎。廉太郎のことは必ず俺が、俺たちが助けるからさ。絶対に、何とかするから」
「一夏…………」
僕はこの先、どうしたらよいのだろうか……?
せっかく報われたと思ったのに、また災難が降りかかる。
僕が何か悪いことをしたのだろうか?
僕が悪いのだろうか?
どうか、教えてください。
いるのならば教えてください、神様。