できるだけよくやったのだ。
誰もこれ以上にはできない。
- ダーウィン -
(英国の自然科学者、『種の起源』著者 / 1809~1882)
「シャルル=デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多く、多大な迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、これから一年間、級友としてよろしくおねがいします」
転校生が二人、一組にやって来た。
いや、それはいい。
でも、大きな問題が一つあるんだ。
「お、男…………?」
誰かが、そう呟く。
そう。転校生の一人、たった今丁寧な自己紹介をしたシャルル=デュノアは、男。男だ。僕と同じ、男。
男ということに、なんの問題があるのか?というのはわざわざ説明しなくてもいいはずだ。ISは本来女性にしか動かせないなんていう"常識"は、今更説明しなくてもいいはずだ。
つまり、そういうこと。
目の前のこの少年は、この場にいるということは、その"常識"を覆してここにやって来たわけだ。僕や一夏と同じように。
「はい。こちらには僕と同じ境遇の方が二人いると聞いて、本国より転入して来ました」
屈託の無い笑み。
何故だか僕は、その笑みに違和感を感じてしまった。
「さ、三人目の男子……?」
「び、美形……!!」
「しかも、守ってあげたくなる系の!!」
クラスのあちこちから声が上がる。
皆突然のサプライズ(?)に、テンションがMAXなようだ。もう一人の転校生もいるのに…………。もちろん、その転校生は女の子だけど。
その女の子も、なかなか不思議な格好をしている。まず特異なのが、その整った小さな顔につけられた黒い眼帯。制服のデザインと相まって、まるで軍人のようにも見える。次に、どこか無機質的な長い銀色の髪。この人もそうだけど、この学園って不思議な色の髪の人が多いと思う。更識先輩とか、なかなかいないぞ青なんて……。
それにしても、三人目の男適性者か。
…………なんだか、キナ臭い気がする。
本当は人を疑うような真似なんかしたくないんだけれど…………昨日のことも、あるしなぁ。
Φ
Φ
Φ
「ハニートラップ、ですか」
「そうよ。今の君が何よりも注意しなきゃいけないのが、ハニートラップ」
ハニートラップというのは、女性スパイが対象男性を誘惑して懐柔、または弱みを握って機密情報を盗みとるなどの諜報活動だ。隙を見せた対象を、殺すこともある。
「君に、あまり人を疑うということはしてほしくないのだけれど……でも、そうでもしないと危険なの。君は、人よりも人を信じきってしまう傾向があるから」
「……………………」
確かに、そうかもしれない。
僕は周りから信用されない分、逆に僕自身が周りを信じきってしまうところがあると思う。
「藤井くんは、良く言えば良い人だけど、悪く言えば騙されやすい人でもあるからね」
「騙されやすい、ですか」
「人を信じるというのは、そういうリスクもあるの。そして人一倍人を信じる君は、リスクもまた人一倍あるのよ」
「……なるほど」
リスク、か。
人を信じるのにリスクがいるなんて、考えたこともなかった。
騙されやすい、かぁ…………。
「君に優しく、そして妙に距離感が近い人間には気をつけて。そして、そういう人を見かけたら真っ先に私に報告すること。いいわね?」
「は、はい……」
「疑わしい人間とは関わりを持たないこと。これだけは必ず守ってね」
Φ
Φ
Φ
そして、今に至る。
そんな話を先輩としたこともあってか、益々シャルルくんが怪しく見えてくる。
まず、なんで三人目の男適性者という存在が現れたというのに、世間で大っぴらにならず、世界的なニュースににっていないのか。僕と一夏の時は、全世界を揺るがすほどのニュースになっていたのに。
第二に、見た目がとても男の子とは、僕には思えない。だって、どこからどう見ても女の子じゃないか、あの人。体つきといい、骨格といい。胸はないけれど、女の子の体をしているじゃないか。
「…………」
僕が、そんな疑いの感情を抱きながら彼……とこの場合は言っていいのかな?まあ、取り敢えずは彼、を見つめていると、その視線に気づいた彼が僕に屈託の無い笑みを浮かべてきた。
…………うーん。信じたい気持ちもあるけれど、今回ばかりは疑いの気持ちが大きいかなぁ……。
「静まれお前ら。転校生はもう一人いる」
織斑先生の静かな一喝で、クラスの全員が一言も話さなくなる。この年代の女の子のお喋りを一瞬で止めてしまうあたり、流石織斑先生だ。
「ボーデヴィッヒ、自己紹介をしろ」
「はっ、教官」
もう一人の転校生は無駄の無い動きで、織斑先生に向かって敬礼をする。
……教官?織斑先生が?
………………………………似合いすぎてて、違和感がないなぁ。
「私はもう教官ではない。ここでは先生と呼べ」
「…………はっ」
少しの間があるということは、気に入らないってことかな?あの二人は一体どんな関係なんだろう。
「ラウラ=ボーデヴィッヒだ。ドイツで代表候補生ならびに軍に所属している。以後、よろしく」
おお、軍属だったのか。
どうりで雰囲気が軍人なわけだ。
「…………」
自己紹介が終わったかと思うと、彼女は一夏の元へと無言で向かう。
「お前が織斑教官の弟だな」
「お、おう……?」
な、なんだろう。不吉な雰囲気だけども。
「……お前がいなければ、教官は大会連覇を果たすことができた」
「……ッ!」
一夏の顔が、強ばる。
どういうことだろう?大会連覇、というのはISの世界大会についてのことだろう。
織斑先生は世界大会の初代チャンピオン。次の大会でも、当然彼女が優勝すると、誰もが思っていた。
しかし、何故か織斑先生は大会を棄権してしまったのだ。
これに、一夏が関わっている……?
「これについて、お前はどう思っている?」
「…………本当に、申し訳ないと思っている。俺のせいで、千冬姉の偉業を邪魔したんだから…………」
「それで?」
「えっ…………?」
俯いていた一夏の顔が上がり、ボーデヴィッヒさんを見る。
「それだけか?」
「あ、あぁ…………」
「…………」
バシィンッと、痛烈な音。
それは、ボーデヴィッヒさんが一夏を叩いた音だ。
「えっ…………」
何で?
え?何が起きたの?
「ならば、私はお前を許すことができない」
それだけ告げると、ボーデヴィッヒさんは再び無言で元の位置に戻る。
「……ボーデヴィッヒ。今のような真似はもうやめろ。次はないぞ」
「はっ」
何の反応もしない一夏。
彼はただ、俯いている。
一体、何があったんだ…………?