時間がかかる。
多くの人はそれまでに
飽き、迷い、挫折する。
- ヘンリー・フォード -
(米国の実業家、フォード・モーター創業者 / 1863~1947)
今僕の目の前にいるのは、天使の笑みを浮かべたシャルル。日用品が入っていると思われる大きめなカバンを手に、僕の部屋の入口の前に立っている。
「これからよろしくね、廉太郎!」
「あー…………うん」
どうしてこうなったのかな。
少し、振り返ってみよう。
Φ
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衝撃的な朝のSHRが終わった後、僕たちは何変わらぬいつも通りの授業を受けた。
もっとも、微妙な空気は少しだけあったけど。
とにかくだ。
今日一日を通して分かったことは、シャルルがとても気さくでいい人だってこと。すぐに友達になれたし、現にこうやって名前で呼び合う仲にはなった。僕相手でも隔たりなく会話をしてくれる。まあ、僕のことをまだあんまり知らないからっていうのはあると思うけども。
でも、今はその優しさが怪しい。疑わしい。
僕の疑いは、今日のとある出来事でより大きくなった。
それは、次の時間が実習で、更衣室で着替えをしていた時のこと。
「時間やばいな!急ごうぜ二人とも!」
一夏が慌てて制服を脱いだ時に、それは起きた。
「わあっ!?」
「「へっ?」」
シャルルが、突如悲鳴に似た声をあげたのだ。
「どうしたんだシャルル?」
「い、いや、なんでも、ないよ?」
…………怪しい。
反応が何か怪しいんだ。顔を赤くしているあたり、照れているのだろうか?では、何に?このタイミングで照れるとしたら、一夏の上裸姿だろうか?いやでも、普通男が男の裸を見てそんな反応はしない。よほど、特殊な性癖でないかぎり、だ。でもシャルルがそんな人だとは思えない。
うーん、これはやっぱり…………。
そんなこんなで一日全ての授業が終わり、結局シャルルが何者なのかは分からずじまいで今日という日は終わった。
一日中張り詰めて、精神的にもちょっと疲れた僕はふらふらな足取りで自室に向かう。
自室につくと、そこでは何かの作業が行われていた。
「あー、そっか。更識先輩違う部屋に行くんだもんなぁ」
引越しというやつだ。
ちょっと寂しくなるなぁ。
まあでも、新しい部屋の同居人は一夏になるはずだからきっと大丈夫だ。
「お疲れ様です、先輩」
「あら、おかえり」
荷物を移動する作業を黙々とこなしていた先輩に、僕は話しかけた。
彼女はそれに、笑顔で応じる。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫よ。もうすぐ終わるから」
「そう、ですか」
すると先輩は、作業していた手を止めて僕を見る。
「少し寂しくなるけれど、まあ会えなくなるわけじゃないわ。直々会いに来るからね」
「は、はい」
「あーあと、勉強を教えて欲しい時とかはメールしてね♪」
「はい。本当に今までお世話になりました」
僕はペコリと頭を下げる。
そんな僕の後頭部に、先輩はデコピンしてきた。
「いてっ」
「こーら。会えなくなるわけじゃないんだから。部屋は別々になるけれど、これからもよろしくね?」
「は、はいっ!」
そんなやり取りをしながら、先輩はついに最後の荷物をまとめ終えて部屋から出る。
「それじゃあね♪」
「はいっ」
僕が手を振ろうとした、その時。
「ああ、そうそう。次の君の同居人は一夏くんじゃないわ」
「へー…………って、えぇッ!?」
一夏じゃないって、ええ!?
じゃあ、誰が……!?
「シャルルくんよ。仲良くやりなさいね?」
「し、シャルルと、ですか…………」
まさか、こんなことになるなんて。
僕が疑いを持っている人と同居するなんてことになるとは……!!
「……気をつけてね藤井くん」
「へ?」
先輩が、僕の耳元で囁く。
い、息が当たってこちょばしいですっ。
「彼、どうにもキナ臭いから」
「……やっぱり、先輩もそう思いますか?一夏たちは気づいてなかったみたいなんですけど…………僕にはシャルルが女の子にしか見えなくて…………本当に、男なんですか?」
「データでは、そう書かれているわ。でも、こんなデータ改竄すればいくらでも虚偽の情報を載せられる」
「か、改竄って…………そんなの、フランス政府が許すんですか!?」
シャルルは代表候補生。
国家にも関わる人間だ。そんな人間のデータを改竄……?
そんなの、フランス政府が黙っていないはずだ。
「どうも、フランス政府も関わっているらしくてね」
「え、えぇっ!?く、国ぐるみでむぐっ!?」
「声が大きいわよ藤井くん」
「…………ご、ごめんなさい。でも、そんなことって?」
「有り得なくはないわね。フランスは最近、IS業界で窮地に立たされているから。何をしでかすかは分からないわ」
だ、だからって国ぐるみで女の子を男に仕立て上げて、挙句の果てにIS学園に潜入させる……?
そんなの、僕でも馬鹿じゃないの?って言いたくなるほどのことだぞ!?
「でも、確証はない。だから、こちらからも迂闊に行動ができないのよ」
「そう、ですか。でも、そしたら何で僕とシャルルを同じ部屋に…………?」
「フランス政府からの要請ね。シャルルくんがIS学園で馴染めるように、なるべく同じ境遇である男性適性者の二人のどちらかと同室にして欲しい、と」
「それで僕が選ばれた理由は…………?」
「……………………」
更識先輩にそう聞くと、先輩は唇の端を噛み、視線を逸らす。
その先輩の態度で、僕は何となく察してしまった。
「囮、ですか」
つまり、一夏と僕を天秤に掛けて、一夏の方が重宝される存在だから、そしてシャルルを誘い出す囮として僕が選ばれたわけだ。シャルルが僕に何かをしてきたらすぐに捕らえられるように。
そしてその役に、重宝される一夏ではなく、犠牲となっても被害の少ない僕が抜擢されたわけだ。一夏を危険に晒すわけにはいかないから。
「……ごめんなさい。私は、全力で反対したのだけれど…………国からの命令で、逆らえなかったの」
「あはは、まあ、そりゃあ国からしてみたら一夏の方が大切ですよね…………」
僕より実力も、人望も、キャリアもあるのだから。
「僕は所詮、一夏の次に動かせただけにすぎないですから。実力も何もないし……」
「……ごめんなさい」
「先輩が謝らないでください。悪いのは僕なんですから」
何も兼ね揃えていない僕が悪い。僕の、自業自得だ。
「不審なことを感じたらすぐに報告してちょうだい。私がなんとしても守るから」
「…………はい」
Φ
Φ
Φ
それで、今に至るわけだ。
今の僕のシャルルへの疑問は、ほとんど確信に等しい。そんな状態だというのに、シャルルと同居するというのは酷以外の何でもない。
「…………」
僕は観察するように、自分の荷物を片付けるシャルルの姿を見る。
見れば見るほど疑わしい。
シャルルはやはり、ハニートラップなのか。
「……ん?どうしたの、廉太郎?」
「あ、いや。何でもないよ?」
いけない。
あまり、疑いを表に出しちゃダメだ。
シャルルに僕が疑っていることがバレるし、何よりまだ彼女がハニートラップと決まったわけじゃないのだから。
「……それじゃあ、荷物を片付け終わったら細かい約束事の話をしようか」
「うん!」
…………この笑顔が、僕の考えを揺るがす。
何も含まれていなさそうな笑みに、僕の考えは揺れてしまう。
そして、シャルルのことを疑いの目で見ている自分が、酷く嫌になる。
答えはなんなんだろう。
何をすれば、正解になるのかな?
僕には難しくて、わからないや。