いちばん強く燃えるものだ。
- シェイクスピア -
(英国の劇作家、詩人 / 1564~1616)
翌朝。
酷く、不調だ。
結局僕はシャルルのことが気になってしまい一睡もできず朝を迎えてしまったのだ。
一睡もできなくて分かったことは、シャルルは僕が寝ている間は何もしてこなかったということ。まあ、単に僕が起きていたことに気づいていたからしてこなかっただけかもしれないけれど。
「お、おはよう…………」
「あ、おはよう藤井くん…………って、どうしたのそのクマ!?」
「あはは、あんま寝れなくてさ……」
教室に入っただけで驚かれる始末。
そんなに酷いのだろうか。
「大丈夫、廉太郎……?僕のせいかな…………」
「ああいや、違うんだ。たまたま眠れなくってさ」
一緒に登校して来たシャルルが申し訳なさそうに見つめてくる。
流石に、面と向かってシャルルのせいとは言えない。
「シャルルは大丈夫?こっちに来たばかりだったけど、ちゃんと眠れたかい?」
「へっ!?う、うん。僕は大丈夫だよ」
「そっか。よかった」
もしシャルルが女なのだとしたら、男と同室。そう素直には寝れはしないだろう。
でも、見た感じ体調悪そうには見えないな。よかった。
「おは、よう…………」
「おはよう。何でそんなにやつれてるんだい、一夏?」
何故かフラフラと教室に入ってきた一夏。
心なしかやつれている。
何があったのか。
「い、いやな…………部屋割りが変わっただろ……?」
「うん。あれ、そういえば前の一夏と同室だった人って誰?」
「箒だ」
「篠ノ之さんだったのか……」
となると、今回の引越しは相当辛かっただろうね。可哀相に。
「今は一人部屋なんだよね?」
シャルルが自然な流れで一夏に質問を投げかける。
一夏の情報を聞きだしているのかな?
「いや、違う……全然違う………………」
「「え?」」
青い顔で首を振る一夏。
まさか、また女の子と同じ部屋なの?
「生徒会長と同室なんだ…………」
「えぇっ!?先輩と一緒の部屋なの一夏っ!?」
「ああ……てか廉太郎、よくあの人と同室で耐えられたな……俺には、無理そうだっ」
一体何があったんだ。
ていうか、そんな大変な事ってあったっけ?先輩って結構普通な生活をしていたような。仕事で部屋を空けてること多いけど。
「何、されたの?」
恐る恐るシャルルが尋ねるのに対して、一夏は体を震わせながら答える。
「あの人……すんげー俺のことをからかってくるんだよ。それはもう体触ったり、自分の肌を見せびらかして色じかけしてきたり…………疲れるわ……」
「…………」
僕は、そんなことは一回もされてない。
…………やっぱり、男としては見てもらえてなかったんだなぁ。
当たり前だけど。当たり前だけどなんか、男としては少しショックだ。
まあ、一夏ってイケメンだからなぁ…………。僕なんかじゃ月とすっぽんだよ。
っていうか先輩、それじゃあ貴女がハニートラップじゃないですか。何やってるんですか。
「後で怒っておこう…………」
僕は弟(仮)として、固く決意するのだった。
Φ
時は経ち、土曜日。
シャルルが転校してきてからちょうど五日が経った。結局シャルルが男なのか女なのかは未だに分からずじまい。まあ、そのうち分かるさ。
土曜日の午後は授業がなく、代わりにアリーナが全面開放されるので多くの生徒が実習を行っている。
僕もその一人だ。
今回は一夏とシャルルも一緒だ。
「えっとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握してないからだよ」
「そ、そうなのか?理解しているつもりなんだけどなぁ…………」
今は一夏がシャルルのレクチャーを受けている。
僕もついさっき、直々に教えてもらっていた。代表候補生というだけあって、腕が凄くいい。教えるのも凄く上手だし、何か今まで見てきた代表候補生の中で一番代表候補生らしく僕の目には映る。
「廉太郎も何か分からないこととかある?」
「え?ああ、うーん……じゃあちょっといいかな?」
やっぱり、悪い人だとは思えないんだよな。
結局まだ男なのか女なのかは分かってないけれど、それでもどちらにせよシャルルという人間が悪い人間だとは、僕には思えない。
だとしたら、誰かにやらされている?
……まあ、まだシャルルがスパイって決まったわけじゃないけれど。でも、もしそうなら僕は、シャルルにこんなことをさせているやつが許せない。こんなこと、許していいはずがない。
「廉太郎?」
「ふぇっ!?」
「何だか、怖い顔してたよ?大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫大丈夫。ちょっと、考え事をね……」
びっくりした。
ぼーっとしてたみたいだ。
ていうかシャルル、顔近い。顔近いって!!
「仲いいな二人とも」
「「へっ?」」
不貞腐れたような一夏の声。
どうしたんだよ、急に。
「なーんか、俺だけ除け者みたいな感じがしてよー。部屋も俺だけ違うし…………」
「いや、除け者だなんてそんなわけないだろ?」
「…………」
お前は女の子かッ!って突っ込みたくなるような反応だね一夏!?
「除け者になんてしないよ一夏。僕たち三人、唯一の男子生徒なんだから。仲良くしよう?ね?」
「……おうよ」
あ、機嫌取り戻したみたい。
まったく、変なところで子供というか、なんというか。
「んじゃ二人で練習してなよ」
「え?」
「廉太郎はどうすんだよ」
「僕はちょっと一人で頑張ってみる。教えてもらうのもいいけど、自主練も大切だからね」
そう言って僕は有無を言わさず二人から少しだけ距離を取る。
これで一夏も文句はないだろう。
まあ、問題なのはシャルル。シャルルは一夏と二人きりになったわけだけど……どんな行動を取るのかな。不審な行動をしようとしたらすぐに駆けつけないと。
「よしっ」
僕は時折一夏たちの方を確認しながら自主練を始める。
前よりは、少しだけ上達したかも。
これも先輩やシャルル、皆のおかげだ。優しい皆が親身になって僕に教えてくれたから上達できたんだ。
本当にありがたい。
だから、そんな皆に応えるためにも僕はもっと頑張って、もっと上達しなきゃ!
「…………ッ!」
ふと、殺気がこもったような、僕を睨む気配。
僕は慌てて辺りを見渡す。
すると、周りの殆どの人が僕を睨んでいた。
「…………あの噂、ほんと?」
「…………ほんとほんと。彼、あの侵入者と何か関わりあるらしいよ」
「…………怖い……なんでそんな人がここにいるの?」
「…………私たちを、命の危険に晒したくせにこんな堂々と」
「…………消えればいいのに」
そ、んな。
僕は何もしていない。
君たちを危険にさらしたりなんか、していない。
なのに、どうして僕が目の敵に……!
「痛っ!?」
突如背後からの衝撃。
振り返るとそこには僕と同じ打鉄を纏った一人の少女。
この人は、この間僕を呼び出した人だ…………!!
「ごめーん。流れ弾飛んでっちゃったぁ」
ケラケラと笑う少女とその取り巻きたち。
なんだよ、これ。
なんで僕がこんなことされなくちゃいけないんだっ!
「何、その目?なんか言える立場なの?私たちのこと殺そうとしたくせに」
「ち、違う!僕は何も関係ないッ!!どうして僕が君たちを傷つけるような真似をしなくちゃいけないんだ!?」
「っさいわね。あの侵入者と関わり持ってんのは知ってるのよ?私見たんだから。アンタがあの黒いISと会話してるところ」
「…………ッ!!」
この人が。
この人が目撃者だったのかッ!!
「あれは向こうから一方的に……!!」
「うるさいっての。アンタが何かを言う資格はないの」
「がっ!?」
放たれる銃弾。
僕の肩にぶち当たる。
シールドバリアで防がれるものの、衝撃が完璧に無くなるわけではない。つまり、痛いものは痛い。
「こ、こんなことしたら監督の先生がっ」
「何も言ってこないよ。むしろ、害虫駆除をしている私を褒めてくれるわ」
「そんなっ」
僕は監督の先生の方を見る。
すると、先生は僕のことをまるで恨んでいるかのような、そんな目で睨みつけてきていた。
「なんで!?」
「アンタが害虫だからよ」
「痛ッ!?」
「あはは!ごめんごめん、まーた流れ弾♪」
ダメだ。このままじゃ、流れ弾と称して延々と攻撃をされてしまう。でも、監督の先生は止めようとしない。
よくよく考えると、当たり前のことかもしれない。今の世の中は女尊男卑。それも、ISという存在のおかげで成り立つものだ。なのに、そのISを扱える唯一の男の僕を恨む女性がこの学園にいたとしても、おかしくはない。それが教師であってもだ。
でも、それならどうしたらいいんだ………ッ!?
「ねえ、何してんの?」
銃撃が突如止む。
見ると、僕と少女の前に割り込むようにしてもう一人の少女がISを纏って立っていた。
「…………どいてくれるかしら、凰さん?」
それは、凰鈴音さんだった。
中国の代表候補生にして、一夏の幼馴染みの。
「何してんのって聞いてるんだけど?」
「……何よ、その害虫の肩を持つき?そんな男、いるだけ邪魔じゃないッ!!」
いるだけ、邪魔。
やはり、僕は……………………。
「アンタ、何様のつもりよ」
「な、何様って……いいの!?その男がいたら、織斑くんの足が引っ張られるのよ!?デュノアくんだってそうだし。何より、我が物顔で二人と会話してるのよ!?そんなのって、許せるっ!?どうしようもない、クズな男風情がッ────」
「だからアンタは何様のつもりなのよッ!!」
「「ッ!?」」
怒気を含んだ叫びに、僕も少女も息を呑む。
これが、代表候補生の風格というやつなのか。
「藤井くんの立場も気持ちも頑張りも何もかもを知らずに、よくそんな事が言えたわねぇ?しかも、命を救われた恩を棚上げにして。アタシ、そういうのいっちばん嫌いなの。これ以上藤井くんにちょっかいかけるっていうなら…………アタシが相手するけど?」
「…………ッ!!」
少女とその取り巻きたちが、後ずさる。
それほどの覇気を、凰さんは放っていた。
でも、まだ話したこともない彼女が、何故僕のことを……?
「あら、鈴さん。連れないですわ。わたくしも混ぜてくれませんこと?」
え、オルコットさん!?
颯爽と現れたオルコットさんが、少女にライフルの銃口を向ける。
「わたくしの友人を罵倒することは、なんびとたりとも許しませんわ」
「オルコットさん…………!!」
今は、女の子に守られて惨めという気持ちよりも、嬉しさの方が大きい。
本当に、僕のことを友人として認めてくれていたんだ。
「な、何よ…………貴女たちだって、織斑くんと一緒にいるコイツのことが憎いくせにッ…………!!」
「アタシたちは男に妬くほど器の小さい人間じゃないわよ。ね、セシリア?」
「…………」
気まずそうに僕から目を逸らすオルコットさん。
ここは、僕もノーコメントで。
「ふ、ふん!どうやって代表候補生を味方につけたのかは知らないけど…………絶対にアンタをここから排除してやるッ!!」
そう吐き捨てて、名も知らない少女は取り巻きたちを連れてその場を去った。
……………………助かった。
「ありがとう、オルコットさんに凰さん」
「いえいえ。友人を守るのは当然のことですわ」
「あ、アタシは別にアンタのためにやったわけじゃないわ。ただ、ああいうのが気に食わなかっただけよっ」
誇らしげなオルコットさんと、照れを隠すように顔をそむける凰さん。
本当に、感謝してもしきれないや。
「でも、ほとんど初対面に等しい僕のことをなんで凰さんは助けてくれたの……?」
「言ったでしょ。気に食わなかったって。…………アタシ自身、過去にああいうことされたことあるからさ」
「え……?」
凰さんが?
それは、なんとも意外だ。
こんな明るくて、活発な娘が僕みたいに厭わられるだなんて。
「まあ、色々あったのよ。それに、アンタこの間身を挺して皆のこと守ったじゃない?そんな奴が悪い奴なわけ無いって思ったから。だから助けてやったのよ。感謝しなさい?」
「……うん、ありがと」
「な、何よ。素直な奴ね…………」
またも赤面して顔をそむける凰さん。
なんだかその様子が微笑ましい。
「何笑ってんのよ!と、とにかく!アンタと似たような目にあったアタシでも、何クソって思って必死こいたら代表候補生にまでなれたんだから。だから、アンタも周りなんかに負けないで頑張んなさいよっ!!」
「うん。頑張る。ありがとう、凰さん」
「……ああ、もう!やり辛いわねアンタ!ここまで素直な男子と会話したことないからやり辛いわ!!」
そう言って彼女はその場から離れていく。
最後まで微笑ましい人だった。
「ふふ、鈴さんもたまにはいいことを言いますのね」
「オルコットさん?」
「貴方のことをよく思わない人はいますわ。でも、貴方のことを認めている人たちもちゃんといる。だから、そんな人達に負けないように頑張ってくださいね?」
「……うん!本当に、本当にありがとうオルコットさん!」
「いえいえ。では、また何かありましたらお呼びください」
最後まで礼儀正しくて、親切な人だった。
何だか、最初の方とイメージがガラッと変わったなぁ。
よし。激励もされたことだし、頑張ろう……!!
Φ
夜になり、時刻は八時過ぎ。
シャワーを浴び終えた僕は、喉が渇いたのでシャルルに一言断りを入れて部屋を出て、自動販売機へと向かっていた。
廊下を歩いていると、色んな人たちとすれ違う。
その際に睨まれたり、小声で悪態を吐かれたり、挙句の果てには舌打ちまでされた。
でも、ここは毅然と振舞おう。僕は、何もしていないのだから。
「コーラコーラっと」
コーラ一択。
風呂上がりのコーラは格別なのだ。
買い終えた僕はそのまま自室へと戻る。行きと同様、酷い扱いを受けながら。
「あれ、シャルル?」
部屋に入ると、シャルルがいないことに気がつく。
シャワールームの方から水音が聞こえてくるということは、シャワーを浴びているのだろう。
……………………何か、ドキドキしてしまう。シャルルが男なのか女なのか分からないから、余計に。
「って、あれ。シャルル、シャンプーの詰め替え持ってったのかな?」
洗面具などの日用品が入っている棚を開けると、案の定そこにはシャンプーの詰め替えがあった。昨日切らしたんだよね。
「届けないと、ダメだよね……?」
いや、いいのかな?
う、うーん、どうなんだろう。
でも、この場合は仕方が無いよね……?
それに、シャルルが女って決まったわけじゃないんだ。ここは、シャルルを信じたってことで、行ってみよう!!
それに、シャワールームと洗面場は扉で仕切られていて中は見えないし!大丈夫、きっと大丈夫ッ!!
「シャルル、シャンプーの詰め替え────」
「────れんた、ろう……?」
ジャストタイミングでシャワールームから出てくるシャルル。
僕と、目が合う。
嗚呼、神様。
貴方はどうも、僕のことが嫌いらしい。
バスタオル一枚姿のシャルルの悲鳴を聞きながら、僕は神様というやつを心から恨んだ。
────シャルルは、女だった。
こんにちは。
え?テスト?
知りません(ニッコリ)
でも明日明後日は多分投稿できません。
数学赤点だああああ!!!!!!