憂鬱。
そう、憂鬱だ。
その言葉に限る。
何せ周りは女子しかいない。
そんな環境下に突然放り込まれれば当然憂鬱にもなる。
ここは『IS学園』と呼ばれる、ISの操縦者と技術者を育成する世界に一つしかない教育機関だ。ちなみに全寮制。
ISは本来女性にしか扱えないため当然女子しかいない。
そして僕は今、そんな場所にいる。
何で僕がこんな目にあっているのだろう。
保身のためだと無理やり家族とは引き剥がされ、ISの知識など皆無なのに強制的にここ『IS学園』に入学。
ISを動かして以来、もう全てが滅茶苦茶だ。
「はあ……」
何度目か分からないため息を、僕はこっそり吐く。
こっそり吐いたものはいいものの、教室中の視線が自意識過剰とかではなく僕と"もう一人"に全て集中しているためバレてしまったかもしれない。
もう一人というのは、僕よりも前に発見されたIS男性適性者。織斑一夏くんだ。
見た感じ、彼もこの環境に堪えているのか疲弊している様子だ。同じ境遇の人間として少し同情してしまう。
しかし、彼がいてよかった。彼がいなかったら本当に男一人になるところだった。本当に、本当に彼がいてくれてよかった。まあ、彼がいたから僕もここに来るハメになったという事実もあるが…………まあ、この際それは仕方が無い。彼だって僕と同じで望んでISを動かしたわけではないのだから。彼とはこれから仲良くしていきたい。
「皆さん、揃ってますね?」
ガラッと教室の扉を開けて入ってきたのは眼鏡をかけた小柄な女性。生徒と言われても疑わないほどの童顔で、可愛らしい人だ。
「それでは朝のSHRを始めますね。皆さんおはようございます。私はこのクラスの副担任の山田真耶と言います。よろしくおねがいしますね」
彼女の自己紹介に、しかし誰も応えない。
せめて僕だけでも反応してあげたいところなのだが、生憎その余裕は僕にはない。
────全員の視線を浴びながらそんな行動を取れるほどの余裕なんて、あるわけがない。
「…………そ、それではまず皆さんの自己紹介から始めましょうか!」
何だか山田先生が不憫である。
本当にごめんなさい。
Φ
自己紹介は順調に進んでいき、一人のところで止まる。
織斑一夏くんだ。
彼は緊張した顔でゆっくりと立ち上がり、皆の方を向く。
「えーっと……織斑一夏です。よろしくおねがいします……?」
何故、疑問系なのか。
いや、しかしここで彼を責めることがどうして僕にできるだろうか。
僕も絶対にこんな感じになってしまうのは明確だ。
「「「…………」」」
そして案の定「他にはないの?」というような視線が彼に突き刺さる。可哀想に。
「え、えっとー…………以上ですっ!」
数人の女子がずっこける。
でも、織斑くんがああなるのも仕方がないと思うんだ。
「痛ッ!?」
すると、織斑くんの背後に誰かが回り込み、彼の頭を勢い良く板のようなもので叩いた。
「げっ、関羽ッ!?」
「誰が武将だ」
「痛いっ!?」
もう一発。
一夏を叩いたのは、ビシッとスーツを着込んだ黒髪の女性。どことなく顔立ちが織斑くんに似ているような気がする。
「お前はまともな自己紹介もできんのか?」
「い、いや、その…………っていうかそもそも何で千冬姉がここにいるの!?」
「織斑先生だ」
「あ痛ッ!?」
三発目だ。
あの先生怖い。出席簿で生徒殴ってる。
っていうか、千冬姉、織斑先生ってことは……あの人は織斑くんの肉親なのだろうか?
「諸君、私がこのクラスの担任。織斑千冬だ。私の仕事はただ一つ、諸君らを使える人材に教育すること。どんなやつにでも厳しくするつもりだ覚悟をしておけ」
やっぱり、厳しい先生のようだ。
でも悪い人ではなさそうだ。
「あの織斑千冬様!?」
「す、凄い…………!!」
「本物よっ!!」
クラスの女子たちが騒ぎ出す。
まあ、無理もないかな。織斑先生は有名人だし。
世界最強のIS乗り"ブリュンヒルデ"。それが彼女の二つ名。
彼女はかつてIS全国大会『モンド・グロッソ』にて総合優勝を果たした実力者だ。
「静まれ!……まだ自己紹介が終わっていないぞ。続きから再開しろ」
「「「はいっ」」」
Φ
そして、僕の番がやってきた。
期待の眼差しが集中する。何を期待しているのだろうか、彼女たちは。期待することなんて何もないのに。
「えっと、そのー…………」
喋り辛い。
でも、何か言わないと織斑くんのように僕も出席簿で叩かれてしまう。それだけは避けたい。
「藤井廉太郎、です。迷惑をおかけすると思いますが、一年間よろしくお願いします」
まあ、無難にこんな感じかな。
僕はチラリと横目で織斑先生を見る。反応がないところを見ると、合格のようだ。助かった。
僕は何かを言われる前にササッと着席する。
そんな僕の姿を見て、何人かが呆れたような、失望したような目をしていた。僕にそんなに期待されても困る。
そうして自己紹介はどんどんと流れていき、無事に終わる。
それと同時にチャイムが鳴った。
「ふむ、丁度いいな。朝のSHRはこれにて終わり。今日は入学式だが、あらかじめ言っておいた通り普通に授業が行われる。各自、授業準備をしておくように」
何でも、コマ限界までIS関連の教育を施すために入学式当日から授業があるのだとか。学校の案内等は各自地図などで確認しておかなければならないらしい。色んな意味で凄いところだ。
Φ
一限目のIS基礎理論授業が終わり、今は休み時間。
非常にまずい事態に陥った。
何も、分からないのだ。
元より頭の悪い僕だ、倍率が尋常ではないこの学園の授業についていけるわけがなかった。
入学前に貰った冊子は何回も何回も繰り返し予習してきたのだが…………それでもまだ分からないことが多い。これはもっと努力しなければいけないということか。
「……………………」
それにしても、だ。
視線が痛い。
僕と織斑くんに向けられる視線は教室内にとどまらず、廊下からも向けられている。なんという好奇心なのだろうか。
流石に耐え切れず、僕が織斑くんに話しかけようとしたその時。
「ちょっといいか?」
織斑一夏くんが黒髪の女子生徒に声をかけられる。
名前は確か、篠ノ之箒。
クラスメイトの一人だ。
「箒か?」
「ああ、久しぶりだな」
どうやら二人は知り合いらしい。
さて、どうしようか。完全に出遅れた。僕が入る余地など無い。
「……少し、屋上で話したいのだがいいか?」
「ああ、いいぜ」
助け舟が来たとばかりに嬉々として篠ノ之さんの提案を承諾する織斑くん。
すると彼ははたと気づいたかのようにこちらを向き、「スマン」と言いたげな表情で手を合わせて教室を立ち去って行った。
いい人だと、僕は思った。取り残される僕を気遣ってくれたのだから。
やはり、彼との交友関係はいいものにしていきたい。
「……………………」
しかし、僕がこの地獄に取り残される事実は変わらない。
どうしたものか。
「…………ねえ、正直彼のことどう思う?」
「…………ちょっと暗いよね」
「…………顔も織斑くんよりも数段落ちるし」
「…………いい人そうではあるんだけど」
「…………パッとしないよね」
あまり、聞きたくない会話が耳に入ってきた。
本人たちは僕が聞こえてないと思っているのだろうか?聞こえるように言っているのだとしたらタチが悪い。
「ちょっと、よろしくて?」
「っ!は、はい」
突如声をかけられ、僕は慌ててモヤモヤした感情を押さえ込む。
声をかけてきた人物に目をやる。
地毛の金髪が鮮やかな女子だ。白人特有のブルーな瞳も相まって、美しく見える。本当に、美人だ。
名前はきちんと覚えている。セシリア=オルコットさんだ。イギリスの代表候補生というエリートの肩書きを持つ、僕とは真逆に優秀な人。
「ぼ、僕に何の御用で……?」
って、同世代の人に何で敬語を使っているんだろう。
「なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけ光栄なのだから、もっと喜んだらどうかしら?」
「え、えっとー……」
どう応えたらいいんだろうか。
思っていた感じとは違う人だった。
「これだから男というのは…………」
それを僕に言われても困る。
「その、それで、オルコットさんは何で僕に話しかけて……?」
「世界初の男性IS適性者という人物がどれほどのものかを測るためですわ。まあ、一目瞭然。取るに足らない人物ですわね。はっきり言って、期待外れですわ」
「イギリス代表候補生のオルコットさんの期待に応えられるようなことなんて……少なくとも僕にはできないよ」
「あら、わたくしのことをご存知なのね。まあ、当然ですわ。わたくし、有名ですから」
……さっきの自己紹介で知っただなんて言えないな。
しかし、何と言うか高飛車な人だ。
あまり刺激しないで、平和的に終わらせたい。
「それにしても貴方、ISについて何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね」
「保身のためだと政府に強制的に入学させられたので……」
「そんなこと、どうでもいいですわ。まったく、何から何まで期待外れな男ですわね」
何故彼女はこうまで僕にきつく当たるのだろうか?いくらISが普及し、女尊男卑の世界が広まったとはいえ…………あまりにも当たりが強いような気がする。
何か悪いことをしてしまったのかな?
「まあ、わたくしは優秀ですから?貴方のような人間にも優しく接しますわよ」
この態度が優しさなのだとしたら、僕はいつか自殺してしまうだろう。多分耐えきれない。
「ISのことで何かわからないことがあれば、まあ…………泣いて土下座すれば教えて差し上げても構いませんわよ?」
「そ、そうですか」
「なんですの、その態度。わたくしの善意を受け取らない気?」
「い、いや…………」
泣いて土下座は、ちょっとねぇ…………。
「どうしたんだよ?」
僕が返答に窮していると、いつの間にか戻って来ていた織斑くんが僕たちに話しかけてきた。
少し見ただけでどういう状況か察したのか、織斑くんは軽くではあるがオルコットさんを睨み、僕とオルコットさんの間に割り込んできた。
「…………ふんっ」
その織斑くんの睨みが効いたのかどうかは分からないが、オルコットさんは憤りを隠さぬまま自席へと戻って行った。
「助かったよ、織斑くん」
「いやいや。唯一の男子同士だからな。助け合っていこうぜ。あ、あと俺のことは一夏って呼んでくれ。俺も廉太郎って呼ぶからさ」
「分かったよ。よろしくね、一夏」
「おうよっ!」
本当にいい人だと思う。
同じ境遇の人間が一夏で良かった。
これからは、そんな彼と力を合わせながら何とかしていきたいものだ。