- Louisa May Alcott (ルイーザ・メイ・オルコット) -
雲の向こうは、いつも青空。
(米国の女性小説家 / 1832~1888)
シャルルの問題が解決していない状態だというのに、僕にさらに問題が降りかかる。
それは、月末の学年別トーナメントだ。これは代表のみではなく、生徒全員参加だ。
僕が出ても……まあ即効敗退して終了だろう。
それはいい。それは、僕個人のことなのだから。
問題は、このトーナメントがペアで行われるということだ。
「どうしようかなぁ…………」
僕とペアになれば、まず間違いなくその相方の足を引っ張るであろう。
(いや、僕個人ちゃんと足を引っ張らないためにも頑張ってるんだけどさ…………)
具体的に言うと、放課後ほぼ毎日行われる篠ノ之さんの剣道の稽古と、週に二度ほどの更識先輩のIS訓練だ。二人のおかげで前よりは幾分かは実力がついたとは思うけれど…………それでも並の人間以下の実力だ。絶対に足を引っ張る。
「はぁ……どうしたもんかなぁ…………」
「どうしたの、廉太郎?」
自室のベッドに座りながらため息をついていると、同室のシャルルが僕に心配そうに話しかけてきた。
「あ、いや……月末の学年別トーナメントのペアをどうしよっかなぁって。僕のペアになった人の足を引っ張っちゃいそうでさ…………」
「そ、それなら僕とペアにならない?」
「え?シャルルと?」
シャルルの申し出に、僕は目が点になる。
「い、いやいやいや!シャルルの邪魔になっちゃうよ!!」
「僕は廉太郎がペアだったらいいけどなぁ……」
「どうして……って、ああそうか。シャルルの事情を知ってるのは僕だけだしね。僕がペアの方が何かと楽か。うーん、でも僕の腕じゃシャルルの足を引っ張りそうでなぁ…………」
「………………別に、そういう理由じゃないんだけどなぁ……鈍感」
「へっ?」
「…………なんでもなーい」
あれ、何でシャルルはいきなりむくれたんだろ?
え、え、僕何かした!?まずいこと言っちゃった!?
「その、シャルルさん……?僕何かしたかな?」
「……別にー」
「怒ってる?」
「べーつーにー」
わー、あからさまに怒ってるよ……。
僕ってどうしてこう、人を怒らせることに関しては才能があるのか。
「んー、どうしたら許してくれる……?」
「……じゃあ、条件が二つ」
「何、かな?」
思わず身構える僕。
いや、彼女に限ってそんな無理難題を押し付けてこようとはしないだろうけども。
「まず一つ。今度から僕のことは"シャルロット"って呼んで?」
「シャルロット?それって、もしかして」
「そう。僕の、本当の名前。二人だけの時でいいから、廉太郎には本当の名前で呼んでほしいな」
「分かったよ……………………シャルロット」
「……………………」
あれ、ただ名前を呼んだだけで凄い嬉しそうな表情になったぞ?
うーん、シャルル……じゃなかったシャルロットの考えていることはよく分からないな…………。
「こ、コホン。もう一つは、トーナメントで僕とペアを組むこと!」
「え、いや、でも────」
「組むこと!分かった?」
「……………………はい」
まあ、それで許してくれるなら。
でも本当にいいのかな?
「僕なんかがペアで、本当にいいのかい?」
「うん。むしろ、僕は、その……廉太郎とがいいから…………」
「そっか。……ありがとう」
「ど、どうして廉太郎がお礼を!?」
慌てふためくシャルロットがとても可愛らしい。
どうも、あの一件以来シャルロットには懐かれたらしい。元より人懐っこい一面があるシャルロットだけれども。
…………でも、僕は彼女に懐かれるほどのことなんて、何もしていない。
結局僕がしたのは問題を先延ばしにしただけで、何も解決なんてしていないのだから。
だから、彼女に懐かれることに僕は嬉しくも感じ、それと同時に自分に腹も立つ。
(なんとか、しなきゃなぁ…………)
当面の問題は、それだ。
Φ
「織斑くん!私とペア組んで!!」
「デュノアくん!お願いだから私と!!」
「織斑くん後生だからっ!!」
「デュノアくん!救いだと思って!!」
凄い光景だ。
放課後の一組の教室。そこで一夏とシャルロットに、凄い量の女子たちが駆け寄ってきている。それも、一組に限らず他クラスの女子までもが。内容はすぐ近くに迫っている学年別トーナメントのペア組について。
やはり、イケメンと美形の二人には人が集まるんだな。僕には全然来ないもの。…………全然っていうか、一人も。あれ、考えたらなんだか凄く悲しくなってきたな。シャルロットに関しては女なのに僕よりもモテるって……………………あんまりだ。この世は無情だ。非情だ。神様、僕は貴方を恨んでやる。
「わ、悪いっ!俺は廉太郎と組むから諦めてくれっ!!」
しーん……と沈黙。
それから数秒して、女子たちの視線が一気に僕に集中した。
「ヒッ!?」
一組を除く全員が殺気立った瞳をしている。いや、一組の人達も若干こもってるぞ!?
「ダメだよ一夏。廉太郎は僕と組むことになってるんだから」
「えぇっ!?」
一夏の素っ頓狂な声。
このやり取りを聞いた一夏を狙っていた女子たちは安堵の息をつき、僕から意識ごと視界を一夏に向ける。
その代わりに、シャルロットを狙っていた女子たちが僕を射殺す勢いで睨んできた。
「そんなのいつ決めたんだよ!?」
「つい最近。早い者勝ちだから、残念だったね」
「そんなのってありかよォッ!?」
ゴメンね一夏。
そしてシャルロットとペアを組みたかった人達。
「うーん、まあ仕方が無いかぁ……デュノアくんが他の娘に取られるよりはマシかな?」
一組のとある女子のその発言(多分、僕を助けてくれたんだと思う)をきっかけに、他の女子たちもこの場は諦めて散っていく。シャルロットを狙っていた人たちだけは。
一夏を狙っている女子たちは未だに一夏に押しかけている。うーん、怖いな。
「廉太郎、いこっか?」
「あ、うん。でも一夏はいいのかい?」
「多分、しばらくは解放されないと思うから……」
「……南無三一夏」
願わくば彼が生き残っていますように。
Φ
最近、僕に対する嫌がらせの酷さが増した気がする。
いつもならすれ違いざまに舌打ちとか悪態を吐かれるとか……そういった小さいことだったんだけれども。
最近になって上履きの片方だけが無くなってたり、いつもよりも三割増な過激な内容の脅迫手紙が送られてきたり、えとせとらえとせとら。
おかげさまで僕のストレスは溜まり、精神的な疲弊が溜りに溜まっていた。
「ねえ、アンタさ。デュノアくんとのペアを解消しなさいよ」
そして今は、前みたいに呼び出されて女子数人がかりで言葉責めを受けている。
メンバーは前の人たちじゃないけど…………。
「僕の一存じゃ無理だよ」
「だーかーらー、アンタから断れって言ってんの!アンタのせいでアタシたちがペアになれないじゃないのっ!!」
「なんで僕がそんなことを」
「アタシたちのことを殺そうとした奴が調子に乗るなっ!!」
「…………ッ!!」
やっぱり、まだこの噂は根付いてるのか。
僕は何もしてないのにッ…………!!
「何をしているのかしら貴女たちは」
聞き覚えのある、頼もしい声。
この、声は…………!!
「せ、生徒会長!?」
「まずい!逃げるわよ!!」
更識先輩だ。
先輩を見るなり、僕を責めていた女子たちが一目散に逃げ出していく。
…………助かった。
「ありがとうございます先輩……」
「藤井くん……」
疲弊しきった僕を見て、先輩は心配そうな表情になる。
「無理をしちゃダメよ。取り締まってはいるけど、ああいう輩はいくらでも沸くわ。そして、貴方に集中して攻撃してくる。無理をしないで、デュノアくんとのペアを解消しなさい。ハニートラップの可能性もあるのだし」
「…………」
彼女の事情を知っていて、彼女のことを支えられるのは僕しかいないんです…………なんて、言えない。
シャルロットのことは、先輩にも内緒にしている。
先輩はやはり立場上、彼女を見逃すということはできなさそうだから。
…………僕がしてることって、共犯だよね。犯罪になるのかな。なるよね。
でも、僕は……それでも僕はシャルロットを助けたい。誰かの言いなりになって道を潰されている人を見過ごすなんて、僕には無理だ。
「そのことなんですけど、先輩」
「なに?」
「シャルルは、ハニートラップじゃないと思います」
「……どうして?」
僕の言葉に、先輩は眉をひそめる。
多分、先輩のシャルロットへの疑いはほぼ確信に近いのだろう。
その上での僕の発言だ。怪訝そうになるのも無理はない。
「……なんとなく、ですけど。とてもハニートラップなんかができる奴とは思えないんです」
「…………本当に?」
「はい」
「そう。でも、油断したらダメよ?まだハニートラップじゃないという確証はないんだから」
「…………はい」
……これって、先輩を騙してることになるのか。
くそ、どうやったら皆が報われる形になるんだ?
分からない。分からない…………
「相当疲れているわ。やっぱり、どちらにせよデュノアくんとのペアは解消なさい。でないと、ああいうくだらない輩がまた来るわよ?」
「…………」
「デュノアくんには私から言っておくから」
「……いえ、自分で言います」
「そう?…………無理しないでね」
「……………………はい」
ペア組だけでこうも大変なんだ。
急いで、なんとかしなきゃ。
僕がへこたれてる、場合じゃない。