IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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真面目に考えよ。

誠実に語れ。

摯実に行え。

汝の現今に播く種は

やがて汝の収むべき

未来となって現わるべし。

 

- 夏目漱石 -

(日本の小説家、評論家、英文学者 / 1867~1916)



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「どうしたんだろう」

 

 先程から何やら騒がしい。

 主に同学年の生徒たちがしきりにどこかへと向かっているのだ。

 

「何かあったのかな」

 

 しかし、何があったのかが分からなきゃ行ってもなぁ……いま一人だし。

 

「あれ、藤井くん何してるの?」

「へ?」

 

 そんな僕に話しかけてくる人物が。

 谷本さんだ。傍らには布仏さんと相川さんがいる。いつものメンバーだ。

 

「あ、もしかして藤井くんも見に行くの?」

「何を?」

 

 相川さんの質問がどういう意味だったのか素直に分からなかった僕は聞き返す。

 

「ありゃ、違ったか」

「えっとね、今第三アリーナで代表候補生同士の模擬戦が行われてるらしいんだ」

「へぇー……それは凄そうだね」

 

 後学のためにも、やはり見に行こうかな。

 

「凄いのはここからだよ〜。なんとね、二対一で戦ってるらしいんだよ〜」

「え、二対一?代表候補生同士の戦いで、二対一?」

 

 僕は思わず二回も聞き返してしまった。

 国家代表予備軍である代表候補生二人を相手に一人で挑むだなんて……いくら同じ代表候補生だからって無理がある。だから、信じられなかったのだ。

 

「そうだよぉ〜凄いよねぇ〜」

「私たちは今それを見に行こうかなって思ってて」

「……僕も一緒に見に行ってもいいかな?」

 

 一人で行くのは虚しいけれど、谷本さんたちがいるのなら話は別だ。同行の許可を僕は尋ねる。

 すると、答えはあっさりと返ってきた。谷本さんがいつにも増して明るく応えてくれる。

 

「もちろんいいよ!一緒に行こ?」

「ありがとう谷本さん。あと、二人も」

「「じー……」」

「……ん?」

 

 はて、僕の顔になにかついてるのかな?

 

「どうしたのさ、二人とも」

「いえいえ、別に別に」

「ただふじりんとゆっこの仲がとてもよろしいなぁ〜って」

「そうかな?普通だよ」

 

 ていうか、ゆっこって谷本さんのことかな……?

 あいも変わらず布仏さんは秀逸なネーミングセンスを持っているなぁ。

 

「ふ、普通だよ?うん、普通だよ普通普通!」

「……どうして慌ててるの、谷本さん?」

「あ、慌ててない!ほら、早く行こう!」

 

 うーん、どうしちゃったのかな?

 心なしか顔も赤いし。

 

「「ニヤニヤァ〜」」

「そこ!ニヤけるな!!」

「「わぁ〜!」」

 

 ……まあ、元気みたいだし、大丈夫か。

 

 

     Φ

 

 

「えっ…………」

 

 目の前の光景を見て、僕は唖然とした。せざるを得なかった。

 

「オルコットさんに、凰さんに…………ボーデヴィッヒさん?」

 

 模擬戦を行っていた代表候補生というのが、僕の良く知る三人だったのだ。

 だが、唖然としていた理由はそれじゃない。むしろ、この三人だろうなとは薄々感づいてはいた。

 僕が唖然としている理由、それはオルコットさんと凰さん二人が相手なのに、ボーデヴィッヒさんがそれを軽々とあしらっているからだ。

 

「ほ、本当だったんだ……代表候補生二人を圧倒してるって話」

 

 隣で同じ光景を見ている谷本さんがそんなことを漏らす。

 そう。圧倒だ。ボーデヴィッヒさんは、あの二人を圧倒している。素人目から見ても分かるほどに、"あの二人を圧倒している"のだ。

 

「強い……凄く、強いよ藤井くん」

「うん。ボーデヴィッヒさんは桁違いに強い…………」

 

 無理だ。

 あの人を相手に、僕が何人束になってかかっても、絶対に勝てやしないだろう。

 段違いだ。桁違いだ。並外れてる。尋常じゃないほどに。強い。

 

(これで代表候補生……?それじゃあ、国家代表の更識先輩は…………もっと強い?凄い…………こんなの、僕じゃ追いつけない……)

 

 ボーデヴィッヒさんを見て、まず思い出したのが更識先輩のことだ。特訓の時に相手をしたが、あの人も強かった。僕との特訓のために手加減をしていて、あれほどの強さだった。

 ならば、本気を出した彼女はもっと強いわけで。僕にはもう、想像すらできないほどに強いわけで。

 

 ……そんな、そんな天上な存在に、どう追い付けばいいんだ。

 

「ね、ねぇまずくない?もう二人のシールドエネルギーが切れかけてるのに……ボーデヴィッヒさん、攻撃を全然やめない!」

「ええっ!?」

 

 名も知れぬ他クラスの女子が、そんなことを叫んだ。

 それは、まずい。

 怪我どころじゃすまない話になるぞ!!

 

「た、助けに行かないと!」

「で、でも藤井くん、今ここからピットに行っても間に合わないよ!」

「くっ……!!」

 

 目の前でアリーナと観客席とを遮断する透明質な膜。

 これは観客席へのアリーナからの流れ弾などを防ぐためのバリア。ISのシールドバリアと同じ原理で稼働しているため、並尋常な力じゃなければ破れない。

 例外があるとすれば……一夏のISの特殊能力"バリア無効化攻撃"ぐらいだろうか。

 しかし今ここに一夏はいない。

 僕は一夏じゃない。僕は一夏みたいなヒーローじゃない。力がない。誰かを守るための手段が、手立てが、能力が何もないのだ!だから!今の僕には!何一つとしてできることがないのだ!!

 

 

「どうしたら……!!」

 

 

 何もできないまま時間が過ぎていく。

 その間も、二人はボーデヴィッヒの猛攻を受け続けている。

 このままでは確実に悲惨なことになる。まずい。まずいのに!!

 

 

「くそ、くそ!どうして僕には力がないッ!!」

 

 

 僕自身に対しての怨嗟を、バリアを殴ることで表に出したのと同時にそれは起きた。

 

 

 

「てめぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 怒気のこもった雄叫びのような声。

 それと同時に巻起こる何かを引き裂くような音。

 

「い、一夏……!?」

 

 見ると、少し離れた場所で一夏が《白式》を展開し、バリアを切り裂いて猛スピードでアリーナ内部へと飛んでいった。

 

「…………っ!」

 

 これを好機と見た僕は、一夏が切り裂いたことでできたバリアの穴に向かう。

 そしてそこで《打鉄》を展開し、僕もアリーナ内部へと入っていく。

 後ろで谷本さんたちが何かを言っていたが、今の僕の耳には届いていなかった。

 

 ────僕だって、一夏みたいに誰かを……!!

 

 一夏の後を追うようにやってきた僕は急いで横たわるオルコットさんと凰さんの元に駆け寄る。

 

「大丈夫二人とも!?」

「だ、大丈夫、ですわっ」

「まだ、戦える、わよっ!」

「無茶だよ!これ以上は、怪我が大変な事になる!!」

 

 二人は未だなおボーデヴィッヒさんに食ってかかろうとしていた。

 何が彼女たちをそうするのか。

 

「ボーデヴィッヒさん…………」

 

 チラリと横目で、僕はボーデヴィッヒさんを見る。

 彼女は一夏を前にして、獰猛な笑みを浮かべている。オルコットさんと凰さんを襲っていた時のような、淡々とした表情ではない。まるで獲物を見つけた獣のようだ。

 ということは、ターゲットはあくまでも一夏で、この二人は彼を誘き出すための餌だったとでもいうのか。

 

 そんなの、ふざけてる。

 

「ボーデヴィッヒさん!!」

 

 僕は、彼女に向かって叫んだ。

 悪い人には思えなかった。

 前に廊下で遭遇して、二人きりで話した時も、意志が強い人だなとは思ったが、それでもやっぱり悪い人とは思えなかった。

 なのに。

 なのに、こんなことになっている。

 

 だから、僕は叫んだ。

 

 

「どうして……どうして、こんなことを!!」

「ん?ああ、藤井廉太郎か。お前に用はない。邪魔だ、去れ」

「質問に答えてよ!!」

 

 僕の叫びに、彼女は眉をひそめながらこう答える。

 

「やかましいな。……必要なことだったからだ。この男とこうして戦う上で必要なことだった。だから、やった。それだけのことだ」

「ふざけんじゃねぇ!!」

 

 ボーデヴィッヒさんのその言葉にとうとう耐えきれなくなった一夏が、彼女に斬りかかる。

 

「はは、なんだそれは。……そんな実力で私に勝てると思っているのか!!」

「くっ!?」

 

 が、彼女はそれをいとも容易く受け止める。

 指先から伸びる、プラズマブレードが、一夏の雪片弐型をあっさりと受け止めたのだ。

 

「その刀は強力だが、刀身にさえ触れなければどうということはない」

 

 雪片弐型の刀身に触れてしまえば、エネルギー兵器である彼女のプラズマブレードはかき消されてしまう。

 だが、彼女はそれを刀の柄に押し当てることで、雪片弐型の斬撃を押しとどめていた。

 

「はっ!!」

「ぐあっ!?」

 

 一夏の腹部に蹴りを放ち、地面を抉るように吹き飛ばされた彼に、ボーデヴィッヒさんは追撃を行うべく彼に向かって飛翔した。

 

「終わりだ、織斑一夏」

 

 地面に伏す一夏の前に立ち、彼女は大口径レールカノンを展開、一夏にその照準を定める。

 

「何もできないまま、お前はここで死ね……!!」

 

 レールカノンが放たれようとした、その時。

 

「……何の真似だ、藤井廉太郎」

「…………」

 

 僕は、ボーデヴィッヒさんと一夏の間に割って立つ。

 

「そこを退け」

「嫌だ」

「お前を苦しめる元凶を排除してやると言っているんだ。退け」

「僕は、一夏をそんな風に思ったことはない……!!」

「そうか……」

 

 フッと蔑むように鼻で笑い、彼女は

 

 

「ならば貴様諸共その男を吹き飛ばしてやろう!!」

 

 

 そのレールカノンを、放った。

 

 

「ぐ、うぅっ!?」

 

 

 凄まじい衝撃が僕を襲う。

 全機能を防御に回しているというのに、このダメージ。あのレールカノン、尋常じゃない火力だ。

 警告アラームが僕の眼前に広がる。打鉄がこれ以上は危険だと、僕に告げてくる。

 足がよろける。倒れそうになる。意識が失いそうになる。

 

 でも、倒れない……!!

 

「はあ……はあっ…………!!」

「ほう、この至近距離でのレールカノンを受けてまだ立っていられるか。たいした根性だ」

 

 感心したように、ボーデヴィッヒさんはそう言った。

 

「この程度……この間の侵入者の攻撃に比べたら、まだまだ……」

 

 強がりだ。

 全身が痛い。体が悲鳴をあげている。

 でも、倒れるわけにはいかない。

 

「れ、廉太郎!」

「一夏、大丈夫……?」

「俺はなんともねぇ!それよりも、お前は無事なのかよ!?」

「よかった……一夏を、守れた…………」

 

 一夏に怪我はなさそうだ。

 ボーデヴィッヒさんのレールカノンを受け止めきれたらしい。よかった。

 

「くそ、てめぇ!」

「学習しないやつだな、織斑一夏」

 

 再び一夏はボーデヴィッヒさんに斬りかかろうとする。ボーデヴィッヒさんは、それを迎え撃とうと身構えるが、

 

「落ち着いて、一夏」

 

 僕がそれを止める。

 

「なんで止める!?」

「むやみに突っ込んでも、返り討ちにあうだけ、だよ。実力では、ボーデヴィッヒさんの方が、ずっと上、なんだから」

 

 息絶え絶えに、僕は一夏に言い聞かせるようにそう言う。

 

「でも、でもよ!!」

「なんだ?来ないのか?反撃もできないとは、とんだ腰抜けだな織斑一夏。そこに転がる代表候補生どもを助けられず、藤井廉太郎に守られ、お前は何をした?何もしていない。何もできていない。……無様だな」

「や、やめろっ」

「お前さえいなければこんなことにはならなかった。教官は大会連覇を果たし、そこの代表候補生たちはこうして傷つくこともなく、藤井廉太郎も周囲から蔑まされることもなかった。全部、おまえのせいだよ織斑一夏」

「やめろぉっ!!」

「一夏っ!!」

 

 ボーデヴィッヒさんに向かって、弾丸のように飛翔する一夏。

 それに、彼女は狡猾な笑みを浮かべる。

 

「馬鹿が」

 

 ボーデヴィッヒさんの腰元から、紐状の何かが飛び出す。

 それは、ワイヤーだ。ワイヤーの先に刃が取り付けられた、ワイヤーブレードと呼ばれる武器。

 

「なっ」

 

 その、ワイヤーブレードが一夏を縛り上げる。

 

「今度こそ死ね」

 

 既にリロードを終えていたレールカノンが再び一夏に放たれようとする。

 

「うわぁ!!」

 

 そうさせまいと、僕は近接ブレード『葵』を展開し、ボーデヴィッヒさんに斬りかかる。

 

「邪魔だ!!」

「ぐぅっ!?」

 

 だが、僕の斬撃はプラズマブレードによって軽々とあしらわれてしまった。

 僕はめげずに彼女へ斬りかかる。

 

「藤井廉太郎。お前は強い。だがそれは内面の話だ。お前には実力がない。実力がなければ、誰も助けることができない」

「知ってるよ!僕に実力なんてものはない!君に到底及ばないことだって知ってる!!」

「実力がなければ何もできない。お前にこの男は助けられんよ。つまり、今お前にできることは何もない」

「くあっ!?」

 

 攻撃を仕掛けているはずの僕が、逆にプラズマブレードによる斬撃を受けてダメージを負う。

 

「今この場に弱者は必要ない。立ち去れ」

 

 ただ淡々と。

 事実を並べて彼女は言う。

 感情が感じ取れない声音で、事実を突きつけてくる。

 

 でも……!!

 

「……知らないよ」

「何?」

「確かに、事実はそうだ。僕は弱い。この学園じゃ、虫けらみたいな存在だ。でも、事実がなんであれ、僕は諦めない。虫けらのままでいたくない。友達を見捨てるような、そんなクズにはなりたくない……!!」

「……そうか。ならば、その心をへし折る程度に蹂躙してやろう」

 

 それまで一夏に向けていたレールカノンを、僕に向けて放ってくる。

 

「くぅっ!?」

 

 僕はそれを、ギリギリでよける。

 よけきれなかった分のダメージが僕を襲う。

 

「まだ、だ!」

 

 意識が飛びそうになる。

 でも、倒れない。

 

「ち、しぶとい」

 

 リロード。素早くレールカノンの装填が終わる。

 再びレールカノンの弾丸が僕を襲う。

 

「ああぁっ!?」

 

 今度はよけることができず、直撃する。

 吹き飛ぶ。アリーナの壁にぶつかる。

 喉から胃液がこみ上げてき、吐き出した。

 

「そこで大人しくしていろ」

 

 それで彼女は僕に興味を無くしたらしく、一夏の方を向く。

 意識がどんどんと薄れていく。

 まただ。

 また、何もできないまま僕は気を失ってしまう。

 結局何もできずに、終わってしまう。虫けらのまま終わってしまう。

 

「…………だ」

 

 嫌だ。

 

「……や、だ」

 

 そんなの、嫌だ。

 

「……いや、だ」

 

 誰かに守られ続けるなんて、

 

 

「そんなの、嫌だ!!」

 

 

 体を、意識を、無理やり奮い立たせ、僕は立ち上がる。

 葵を構える。

 意識はもう、半分無いに等しい。

 全身の骨が軋みをあげて、筋肉も断裂してしまいそうなほど悲鳴をあげている。

 多分、これが最後の攻撃だ。

 

「う、おぉおおっ!!」

 

 地面を強く、強く踏み込む。

 そして僕は、跳んだ。

 

「なっ────」

 

 ボーデヴィッヒさんは完全に油断していたらしい。

 反応しきれていない。

 やるなら、今この時しかない。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 全身全霊の一撃。

 それを、彼女に叩き込んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ワイヤーブレードごと、僕の一撃は彼女を切り裂いた。

 一夏の拘束も解ける。

 これで一夏はボーデヴィッヒさんからの攻撃は凌げるはずだろう。

 

 

「はは、やった────」

 

 

 そこで、僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 







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