それはお前が止まっとるんじゃ。
吉野 寿(ギタリスト)
目が覚める。
見覚えのある天井だ。
もう何回もお世話になっている、保健室の天井。
そうだ、僕はボーデヴィッヒさんと戦って、一撃は与えられたけど……結局負けて気絶してしまったんだ。
「……情けないなぁ」
「藤井くん!?」
「廉太郎!!」
あれ?
聞き覚えのある声。
ふと、視線を右にずらすと、そこには谷本さんとシャルルがいた。
「二人とも……?」
「よかった。ほんとに、よかった……」
「心配したんだよ、廉太郎?」
「……ごめん」
心配、してくれたんだ。
僕なんかのために。
申し訳ないことをしたかな……
「あの後、結局どうなったの?」
「藤井くんが気絶したあとようやく先生が来て事態は収拾したよ。来るの遅すぎだよ、あの先生……」
「そっか……あ!オルコットさんと、凰さんは!?」
どこか怒った様子の谷本さんに、僕はそう尋ねた。
あの二人、怪我は大丈夫なのかな?
代わりに答えたのは、シャルルだった。
「二人ともそこまでは大きくないけど、でも安静にしてなきゃいけないほどの怪我は負っちゃって……残念だけど、二人とも大会には出られなさそう」
「そう、か」
残念そうにそう告げるシャルルの言葉を聞いて、僕も顔を俯かせる。
…………こんなの酷いよ、ボーデヴィッヒさん。
「……はは、あんなかっこつけて飛び出していったのに、結局何もできずにまた気絶だなんて。……情けないにも程があるよね」
「「そんなことないよっ!」」
「わっ」
二人の声が重なる。
僕はそれに驚いてベッドから落ちそうになったけど、なんとか耐えた。
「そんなことないよ、廉太郎。廉太郎は、頑張ったよ」
「それに、織斑くんをボーデヴィッヒさんから救ったじゃん!代表候補生相手に凄いよ藤井くん」
「そう、かな」
「「そうだよ!」」
「わわっ」
また二人の声が重なり、僕もまたベッドから落ちそうになる。
「廉太郎。ゆっくりかもしれないけど、でも廉太郎は着実と実力をあげていってると思うよ?だから、そんなに自分を卑下しないで?」
「そうだよ!代表候補生にあんな一撃なんて、多分私じゃ無理だもん。凄いよ!」
「……いやまあ、不意打ちみたいなものなんだけどね」
「それでもすごいよ!」
そう、なのかな。
でも以前の僕なら、ボーデヴィッヒさんに一撃も与えることができなかったと思う。
現に僕は昔、オルコットさん相手に一撃も当てられていなかった。
少なくとも、あの時よりは成長したのかもしれない。
一夏よりもずっと遅いけど、それでも少しだけは進歩したのかもしれない。
それはちょっと、自分の努力が報われたような気がして、
「……嬉しい、な」
でも、まだまだだ。
もっと強くならなくちゃ。
誰かを守れるほどに、強く。強く。
「よし、じゃあもうそろそろ部屋に戻ろうかな」
「え?もう動いて大丈夫なの!?」
「大丈夫だよシャルル。僕はそんなに怪我はしなかったから。多分、手加減してくれたんだと思うよ」
「あ、あれで……?」
呆れて苦笑する谷本さん。
代表候補生は文字通り桁が違うからなぁ。
「横になってなくても大丈夫……?」
「大丈夫大丈夫。……まあでも、部屋では安静にしてるよ」
「「当たり前だよ!」」
二人同時にぴしゃりと言われて、今度こそ僕はベッドから落ちた。
Φ
「やっぱり、自分の部屋が落ち着くなぁ。……なんだか最近はあそこを利用することも増えたから、落ち着きつつあるけど」
部屋につくなり、僕は自分のベッドに腰をかけてそう言った。
そんな僕を、シャルルと、心配だからとついてきた谷本さんが呆れた様子で見る。
「ほんと、気をつけてね?」
「もう怪我しちゃだめだよ?」
「うん。ありがとう、二人とも」
この二人に凄く心配されるのは、とてもありがたいことだ。
「それじゃあ、私はもう行くね藤井くん。お大事にね……?」
「あ、うん。ほんとありがとう谷本さん」
「ううん。当たり前のことだよ。その、藤井くんは、パートナーだし、さ」
顔を赤らめてそう言う谷本さんの姿に、僕は思わずドキッとしてしまった。
「そ、それじゃあね!」
何とも言えない空気を払拭するかの如く、谷本さんはこの場を足早に去っていった。
「…………」
「って、どうしたのさシャルロット?」
シャルル……もといシャルロットに目を向けると、彼女は顔をむくらせて拗ねていた。何か、してしまっただろうか?
「別に……ただ、仲いいなって」
「谷本さんと、僕が?」
「…………うん」
「そ、そうかな?まあ、パートナーになったわけだし……」
「……………………」
う、うーん。
どうして拗ねちゃってるのかな……?
「……なんだか」
「え?」
小さい。
小さい声音。
この至近距離でようやく聞こえるくらいの、そんな小さな声で、シャルロットは話始めた。
「なんだか、廉太郎がどこか遠くに行っちゃいそうで……それが少し、怖くて…………」
「し、シャルロット……………………」
そう、か。
最近シャルルとはあまり話せてなかった。
少なくとも、前よりは話す回数が減ってしまった。
谷本さんとペアになったことにより、シャルルとの時間が減ったからだ。
それが、彼女には心細かったのだろう。
……それに、気づいてあげられなかったなんて。僕は、ダメダメだな。
「大丈夫。僕は、シャルロットの前からは絶対にいなくならないよ」
「廉太郎……」
「約束だ。絶対に僕はシャルロットといる」
「……うん。約束、だよ?」
「────ッ」
上目遣いで顔を赤らめるシャルロットのその姿は、僕には眩しすぎて、見ることができなかった。
「う、うん。……それに、ほら。助けるって約束もしたしさ。その約束を守れずに、シャルロットの前からいなくなるなんて、僕にはできないよ」
「……巻き込んじゃって、ごめんね?」
「そのことについて謝るのはもうやめようって話じゃないか」
「そう、だけど」
「もういいんだ。僕がやるって決めたんだから。……でも、どうしようか。普通に生活を送るのもこれじゃあ大変だよね。男の子じゃなくて、女の子なんだから」
この学園では僕しか知らない事実。
多分、織斑先生や更識先輩あたりは薄々勘づいてきてるかもしれないけど……。
でも誰かにバレる前に、なんとかしないと。このままではシャルロットの道が閉ざされてしまう。
それだけは絶対に、避けなきゃ。
「日常生活については我慢できるよ。……皆を騙してるようで、辛いけどね」
「でも、仕方が無い。いつか、何とかして、本当の事を言える日が来たら僕も一緒に謝るから。だからまずは、この現状をなんとかしよう」
「…………うん」
かといって、僕に何かが出来るわけでもない。
本当に、どうすればいいのだろうか。
Φ
Φ
Φ
『普通に生活を送るのもこれじゃあ大変だよね。シャルルは本当は、男の子じゃなくて、女の子なんだから』
IS学園。
そのとある場所で、"その人物"は耳にイヤフォンをつけながら壁に寄りかかり、不敵な笑みを浮かべていた。
『日常生活については我慢できるよ。……皆を騙してるようで、辛いけどね』
『でも、仕方が無い。いつか、何とかして、本当の事を言える日が来たら僕も一緒に謝るから。だからまずは、この現状をなんとかしよう』
『…………うん』
その人物のつけるイヤフォンから、一人の少年と、一人の少女の声が流れていた。
それは、廉太郎とシャルロットの声だ。
「……あはは、これは、面白い」
その人物は、狡猾に顔を歪ませながらその場を立ち去った。
Φ
翌日の朝。
僕とシャルロットは共に部屋を出て、他愛もない話をしながら教室に向かっていた。
外は曇っていて、何だかどんよりとしている。
こういう日は気持ちが優れない。何故だろう。何か、嫌な予感がする。
「おはよう」
教室に入ってすぐ、谷本さんに声をかけられる。
「おはよう谷本さん」
普通だ。
何てこともない、日常の光景。
なんも変わったことはない。
僕の、気にしすぎかな?
Φ
午前中の授業が全て終わり、休み時間になる。
今のところ何も変わったことはない。
やはり、僕の気にしすぎだろう。何も起こらない。きっと、何も。
「おい」
トイレから教室に帰ろうとしていた僕にふと、声がかけられる。
僕はこの声を、知っている。
聞いただけで、鳥肌が立ってしまうような、この声を。
「無視すんじゃないわよ」
僕を、何度も陥れようとした、あの少女の声だ。
「……何、かな?」
「なぁにが『何、かな?』だよ。調子乗ってんじゃないわよ」
「…………」
何かしたわけでもないのに、この態度だ。
なんでこうも彼女は、僕に辛く当たるのだろうか。
「こっち来なさい」
「……何の用?」
「うるさい。早く来い。……まあ、別に来なくてもいいけど?その時は、あんたの大切な"お友達"がこの学校から居なくなるわけだけど」
「ッ!!」
た、大切な、友達……?
誰だ?一夏か?シャルルか?谷本さん?凰さん?オルコットさん?篠ノ之さん?それとも────誰だ?誰のことなんだっ?
「……わかった、行くよ」
なんにせよ。
ここで従わなければ、何かが起こる。
なら、怖いけど、行かなくちゃ。
「はっ。初めからそう言いなさいよね。ほんとクズで、どうしようもないくらいの小物ね」
そんな悪態を吐かれながら連れていかれた先は、人気のない空き教室。
……今日感じた嫌な予感は、これか。
その教室には、僕をここまで連れてきた彼女の取り巻きである少女たちが数人いた。
「僕を、どうする気……?」
「最近仲間がついたからって調子に乗ってるよね、あんた。超腹立つんだわ」
「別に、調子に乗ってなんか────」
「口応えすんなよっ」
「ぁっ」
机に座っていた一人の少女に、強く腹部を蹴られ、僕はたまらずその場にうずくまる。
「天狗になってるみたいだから、ここら辺であんたのその鼻へし折っておこうと思ってね。まあ、これを聞きなさい?」
そう言って、リーダー格の少女がポケットから取り出したのは────一つのボイスレコーダー。
これで、何をしようというのか?
彼女はそれを僕の耳元まで持ってき、再生ボタンを押す。
すると、信じ難い音声が、僕の耳に流れてきた。
『……巻き込んじゃって、ごめんね?』
『そのことについて謝るのはもうやめようって話じゃないか』
『そう、だけど』
『もういいんだ。僕がやるって決めたんだから。……でも、どうしようか。普通に生活を送るのもこれじゃあ大変だよね。男の子じゃなくて、女の子なんだから』
それは、昨日僕の部屋でシャルロットとした会話。
誰にも聞かれてはいけない、会話。
何故、これが。何故これがこの人達に。
いや、そんなことよりも。
バレた。バレてしまった。よりによって、こんな最悪な人達に。バレてしまったのだ。
"シャルル=デュノアが女の子である"、という事実が。
「いや〜、これ聞いた時は驚いたわ。まさか、デュノアくんが、デュノア"さん"、だったなんて、ね」
「ほんとほんと。……にしても最低よねぇ。私たちのこと、騙してたんだから」
「ち、違う!彼女にはとある事情がッ────」
「うるさいっての」
「があっ!?」
今度は顔を蹴られる。
痛い。でも、それよりも、今この状態を、なんとか、しなければ!!
「……何をすれば、いい。僕をここに呼んだってことは、何かをさせる気なんでしょう?」
「ふん、馬鹿でも少しは頭が回るようね。そうよ。この情報を流さない代わりに、あんたには今から私たちの指示することをしてもらうわ」
「…………」
多分、僕が学園にいられなくなるような、そんなことだろう。
「ああ、ちなみにこのことを生徒会長や学園の教師、あんたの"お友達"に話したら、躊躇いもなくこの情報をばら撒くから。……まあ、できないわよねぇ?お人好しのあんたには。友達を売って、自分が助かろうなんて真似はさぁ。もっとも、たとえあんたがデュノアさんを売って助かろうとしても、友達を売って自分は逃げたって事実を今度は流すけどね」
悪魔。
眼前の少女たちが、僕の目にはそう映った。
「終わりなのよ、あんたの人生」
その通りだった。
他に、どうすることも出来ない。
「サヨウナラ、藤井廉太郎」
僕の人生は、終わった。