IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る。



井上 靖(小説家)


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「廉太郎が、謹慎処分ッ…………!?」

 

 

 学園では今、とある噂話でもちきりだった。

 それは、廉太郎が謹慎処分を受けたという話。

 あのまじめで、ちょっと大人しくて人の良い、廉太郎が謹慎処分を受けたなんていう、そんな馬鹿みたいな話。

 

「廉太郎に限って、そんなこと…………」

 

 しかし、その話が現実味を帯びてきた。

 いつも登校してくるはずの時間帯に、廉太郎が登校してこない。

 まさか、本当の話なのか……?

 

「箒、セシリア、何か知らないか?」

「いや、私は何も……」

「わたくしも、噂話以上のことは何も存じ上げません」

 

 困った様子で応える二人。

 本当に何も知らないようだ。

 

「くそ!頼むから嘘であってくれよ、廉太郎!!」

 

 だが、待てど暮らせど廉太郎はやって来ない。

 来る気配すらしない。

 そんな中、いつもは廉太郎と一緒に登校して来ているはずのシャルルが、一人で教室に入ってきた。

 俺を含むクラスの皆がシャルルの方を向く。

 

「シャルル!……廉太郎は?」

「…………」

 

 シャルルは、何も言わない。

 ただ俯いているだけだ。

 ……そんな、まさか。

 

「何が、廉太郎に何があったんだ!?」

「分からない……昨日先生に呼ばれて部屋を後にしたきり、帰って来なくて……………………」

「そん、な」

 

 じゃあ、廉太郎は本当に……?

 いや、でも、廉太郎が一体何を?

 

「谷本さん!谷本さんは廉太郎のこと、何か知らないか?」

「わ、私もあんまりよく知らないよ織斑くん。……でも、噂で聞いた話だと、藤井くんが三組の女子生徒を押し倒したって…………」

「なんだよ、それっ」

 

 廉太郎がそんなことするわけないだろ!!

 一体全体、何がどうなってる?

 

 

「お前ら、席に付け。HRを始める」

 

 

 混沌とした教室内に、千冬姉がやって来る。

 表面上は何時も通りだけど……家族の俺なら、分かる。千冬姉、かなり怒ってる。

 廉太郎のことと、何か関係があるのか……?

 

「藤井は体調不良の為休みだ。誰か代わりにプリント類をまとめておいてやってくれ」

「千冬ね────織斑先生ッ!!」

「質問なら後にしろ」

 

 千冬姉のひと睨みに、俺は黙ることしかできなかった。

 畜生。わけが分からねぇ。なんで、廉太郎が謹慎処分を受けなくちゃならないんだ。

 頼むから、嘘だと言ってくれよ……!!

 

 

     Φ

 

 

「千冬姉!」

 

 HRが終わり、教室から去ろうとした千冬姉に、俺はすかさず質問をした。無論、廉太郎について。

 

「廉太郎は、廉太郎はどうなったんだ?」

「…………」

 

 最早敬語を使うことすら忘れてしまう俺。

 そんな余裕など……あるはずがなかった。

 

「……藤井は、我々の監視下にある特別室にて謹慎中だ」

「なんでだよっ!?」

 

 ありえない。

 ありえないことが、千冬姉の口から漏れた。

 俺は何度もそれを聞き間違いだと信じた。何かの間違いだと思いたかった。

 だが、現実は違った。

 

「三組の女子生徒を押し倒したそうだ」

「廉太郎がそんなことするわけ────」

「証拠がある」

「っ!?」

 

 し、証拠、だって……?

 

「それだけじゃない。目撃者もいる。…………何より、藤井自身が容疑を認めている」

「そん、な」

 

 廉太郎が、認めた?

 なんで?なんでだ?

 まさか、本当にやったとでもいうのか?────ふざけんな。そんなはずないに決まってんだろ!!

 俺は、俺は廉太郎を信じる!!

 

「聞きたいことはそれだけか?なら、席にもどれ。授業の準備をしろ」

「納得がいかねぇっ!!」

 

 廉太郎が、廉太郎がそんなことするわけがないんだ。あんなに優しいあいつが、そんなこと…………!!

 

「そうだ!もしかしたら脅されて無理やりやらされたのかも!!」

「脅す?冤罪を被るほどの後ろめたい何かを、藤井は持っていたというのか?それはそれで問題だな」

「い、いや……それは…………」

「何にせよ。あいつ自身が罪を認め、証拠が浮上している以上お前にできることは何もない。諦めろ」

 

 冷たく突き放す千冬姉の言葉。

 なんなんだよ。

 なんなんだよ、これ……!!

 

「畜生ッ!俺は、友達すら救えないのかよッ……!千冬姉は!千冬姉は何とも思わないのか!?」

「…………」

「廉太郎がこうなって、何とも思わないのかよ!!」

「思わないとでも思っているのか、馬鹿がっ」

「っ!!」

 

 千冬姉の顔から今までの冷たい無表情は消え去り、"織斑千冬"個人としての表情がにじみ出てきた。握られた拳からは、ぎりぎりと痛々しい音が聞こえてくる。

 そして、放たれたその言葉には、確かな怒りが込められていた。

 ……相当イラついてる。家族の俺じゃなくても分かるんじゃないかってぐらい、キレてる。

 

「あいつがこんな真似をしないことなど十分知っている。しないと信じてもいる。……しかし、腹立たしいことだが現状はこうだ。あいつは罪を認め、証拠もある。……私だって納得がいっているわけじゃあない」

「ち、千冬姉……」

「この件には確実に裏がある。私と、更識で徹底的にその裏を調べるつもりだ。だから今は藤井を信じて待っていろ。それが今のお前にできる唯一のことだ」

「…………」

「……お前にもできることはある。信じて藤井の帰りを待っていろ。藤井が帰ってきた時のために、あいつの居場所を残してやってくれ」

 

 廉太郎の居場所を、残す。

 それが、今の俺にできる唯一のこと。

 

「…………分かった。俺にもできることがあるんなら、それをやるまでだ。俺は、廉太郎の帰りを信じて待つよ」

「それでいい」

「……ごめん、千冬姉。馬鹿なこと言って」

「気にしてないさ。……ああ、だが一つ」

「ん?」

 

 

 痛っ。

 千冬姉に、軽くだが頭を小突かれる。

 

 

「織斑先生、と呼べ」

 

 

     Φ

     Φ

     Φ

 

 

「…………」

「お願い。何か言って、藤井くん」

 

 学園内部にある謹慎室。

 そこで私、更識楯無は、現在謹慎処分を受けている藤井くんと話をしていた。

 

「…………」

「本当に、本当に君がやったの?」

「……そうですよ。僕がやりました。僕が全てやりました。もういいでしょう?これが真実なんですよ、先輩」

「…………」

 

 嘘だ。

 藤井くんに限って、そんなことをするはずがない。

 藤井くんの性格からしてまず有り得ないし、何より私は彼のことを信用している。だから断言できる。彼は、決してこんな真似はしない。

 私は、彼の目をじっと見つめる。反応を見れば、彼が嘘をついてるかどうかなんて一目瞭然。

 

「…………っ」

 

 目を、逸らされた。

 やっぱり。やっぱり彼は、嘘をついている。

 それは何故?多分、誰かを庇っているか、脅されたか。確率としては後者が高いわね。

 でもそうなると、脅迫材料は何なのかしら?

 彼は優しい。優しいが、明らかな悪意を黙って受け容れるほど無抵抗な人間ではないはずだ。そんな彼が、こうして屈服させられるほどの脅迫材料。

 ……優しい。そうよ、藤井くんは優しい。となると、脅迫材料も…………!!

 

「藤井くん、君は誰かに脅されている」

「…………」

「脅迫材料はもしかして君自身のことではなく、別の誰かのこと……?」

「────ッ!!」

 

 ビンゴ。

 明らかに、動揺したわね。

 さて、誰を庇っているのかしら?

 織村くん?デュノア、くん?それとも別の誰か?

 

「君は、誰を庇っているのかな?」

「…………誰も庇ってなんかいませんよ」

「藤井くん、このままじゃ君が────」

「いいんです」

 

 私の言葉を、藤井くんは遮った。

 

「いいんですよ、これで。……僕は、僕は無力だ。非力だ。何もできない矮小なクズだ。それでも、僕は誰かを守りたい。力になりたい」

「そのためならこうして、自分を犠牲にしても構わないというの?」

「……いいんです。僕なんかの犠牲で、誰かが救われるのなら────」

 

 今度は藤井くんの言葉が途切れる。

 私が彼の頬を叩いたからだ。

 呆気にとられた表情で、彼はこちらを見つめてくる。

 

「どうして一人で背負い込むの?どうしてそうやって自分を傷つけるの?君は、君はもう独りじゃないのよ?」

「……先、輩」

「誰かを救えるなら自分が犠牲になってもいい?そんなの、自分勝手すぎる!そんなことしたって誰も救われない!君が犠牲になって助けられた人が本当に救われると思っているの!?」

「…………」

 

 私は踵を返して彼に背を向ける。

 

「藤井くん。私は絶対に君を救ってみせる。君を犠牲になんて、させやしない」

「…………」

「絶対、救ってあげるから」

 

 私はそれだけ告げて、謹慎室を後にした。

 

 

     Φ

 

 

 叩かれてからもうかなりの時間が過ぎたというのに、まだ頬に痛みが残っている。残っているような気がする。

 先輩のビンタと言葉は、僕の胸に深く深く突き刺さった。

 

「……これで、よかったんだ」

 

 他にどうすることも出来なかった。

 先輩に助けを求めれば、シャルルの情報はばら撒かれる。かといって、先輩にシャルルの真相を話しても、彼女はこの学園にいられなくなる。生徒会長である先輩が、スパイであるシャルルがこの学園にいることを決して許さないだろう。

 ならやっぱり、僕がこうするしかなかったんだ。

 ほら見ろ。僕一人の犠牲で全部が万事解決だ。

 何も悪くない。これで、良かったんだよ。

 

 

「……………………これで、よかったんだ」

 

 

 自分に言い聞かせるように、僕はそう何度も呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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