IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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苦しいから逃げるのではない。

逃げるから苦しくなるのだ。



ウィリアム・ジェームズ(心理学者)



CODE:26

 

「…………」

 

 どうしてこんなことになったんだろう。

 (シャルル・デュノア)は、廉太郎がいなくなった部屋で一人、ベッドの上にうずくまる。

 廉太郎が部屋から居なくなって、二日目の夜だ。廉太郎がいないと、この部屋も凄く広く感じる。それが僕には、物凄く寂しく思えた。

 

「…………」

 

 どうしてこうなっちゃったんだろう。

 分からない。

 なんで廉太郎が謹慎処分を受けてしまったのか。聞いた話によると、廉太郎が三組の女子生徒を無理やり押し倒していたところが見つかり、それで謹慎処分となったらしいのだが……そんなの、絶対に有り得ない。こんな僕に優しくしてくれた廉太郎が、そんなことをするわけがないのだ。それに、押し倒されたという三組の女子生徒は、あの廉太郎に色々と酷いことを仕向けていた生徒の取り巻きの一人。……間違いなく廉太郎は冤罪だ。

 

 でも、廉太郎はその冤罪を認めた。

 

 

「どうして……?」

 

 

 分からない。

 何も分からない。

 どうして廉太郎が罪を被っているのかも。

 なんで皆が廉太郎に酷いことをするのかも。

 何も、分からない。

 

「僕は、どうしたら…………っ!」

 

 ふと。

 視界の隅に廉太郎の机が映る。その上に、白いコードが置かれていた。スマートフォンの、充電コードだ。廉太郎のものだ。廉太郎がいつも使っている、普通のどこにでもある充電コード。

 だけど、何かが不自然に見える。いつもと違うように見える。何だろう?

 

「これは…………!!」

 

 嫌な予感がする。

 私はベッドから降り、静かにその充電コードが置かれてある、廉太郎の机へと向かった。

 やっぱり。

 微かにだけど、プラグ部分にいじられた跡がある。外側が一度取り外されたような、そんな跡が。かなり微細なものだ。普通の人じゃ見つけられないと思う。

 ……おそらく、この充電コードには盗聴器が仕込まれている。

 僕はデュノア社で"訓練"を受けていた時に、盗聴器や盗撮器についての知識を教えこまれたことがある。そんな経験もあって、僕はこの微細な変化に気がつくことができた。

 慎重にプラグの外側を外していく。

 すると、中には予想通り…………盗聴器が仕込まれていた。

 私はなるべく音をたてないように、その盗聴器を充電コードから取り外し、電源を完全に落とした。

 

 

「そんな、じゃあ、廉太郎は…………!!」

 

 

 全てのピースが当てはまる。

 

 いつからこの盗聴器が仕込まれたのかは分からない。でもおそらく、僕が廉太郎に"秘密"を話しているところを盗聴されたんだと思う。

 

 ということは。

 

 廉太郎はそれをダシに脅された?

 

 そして、僕を庇っている?

 

 盗聴されてしまった、僕の秘密を守るために、自分を犠牲にして?

 

 

「そん、な」

 

 

 僕のせいだ。

 僕のせいで今、彼は…………

 

 

「…………」

 

 

 違う。

 自分を攻めるのは、後だ。

 今も尚、廉太郎は罪を被っているのだから。

 なら、今はそんな彼を助けるのが最優先ではないか。

 ウジウジしている暇は、ない。

 

 

「…………まっててね、廉太郎!!」

 

 

 決意は固まった。

 今度は、僕が廉太郎を助ける番だ。

 

 

「必ず、助けるから……!!」

 

 

 

 ────たとえ自分がどうなったとしても、だ。

 

 

 

     Φ

 

 

 どうにも、下らない噂話が広がっているようだ。ここの乳臭いガキどもはそういった話を好むのか、学園の至る所からその話は聞こえてくる。

 内容は、藤井廉太郎がこの生温い学園の生徒を押し倒した、とかいう馬鹿馬鹿しいもの。

 内容自体そもそも下らないのだが、そんなことをするはずもない藤井廉太郎に何者かが罪をなすりつけようとしていることがあまりにも下らない。

 私は、確信を持って言える。あいつは、藤井廉太郎は、絶対にそんなことはしない、と。

 だから、誰かが藤井廉太郎に罪を擦り付けたのだ。目的は不明だが…………

 

「ふん」

 

 だが、どうでもいい。興味はない。

 私が藤井廉太郎に興味があるのは、素人のくせにこの私に一撃を与えたという事実のみ。

 あいつの内面の力は高く評価している。この苦境の中で、あれほど努力できるというのは大したものだ。……だが、あいつ自身に力はない。攻撃力が、戦闘力がない。皆無と言ってもいいだろう。

 それなのに。

 それなのにあいつは、私に一撃を与えた。

 素人のあいつが、だ。

 

「…………」

 

 何故だ。

 何故あの時、あれほどのダメージを受けていた藤井廉太郎が動けた?何故私に一撃を与えられた?

 分からない。

 訳が分らない。

 理解不能だ。

 

「……っ!ちっ」

 

 腹が立つ。

 私は不快げに、自身が今横になっている部屋のベッドを殴りつけた。不快感は、消えない。

 思えば最近、ずっとこのことばかり考えている。

 それが、癪に障るのだ。

 

「私は、私はラウラ=ボーデヴィッヒ。……誰にも負けるわけにはいかないのだ…………!!」

 

 この時私は、織斑一夏よりも他の代表候補生よりも何よりも、藤井廉太郎のことが脅威に感じられた。

 

「ちっ」

 

 そう考えてしまう自分が、やはり気に食わない。

 思考を捨てるように、私は眠りの世界へと意識を手放した。

 

 

     Φ

 

 

「…………」

 

 あれから三日ほど時が流れた。

 僕は以前、謹慎室に押し込められたまま。

 今頃皆は何をしてるのかな。

 

「……はは、皆幻滅したよね。一夏も、シャルルも、谷本さんも、他の皆も」

 

 多分、今回の件で僕は全てを失ってしまっただろう。

 友達も、信用も何もかも。

 それは、僕を陥れた彼女たちの望み。でもその望みを受け入れ続ければ、シャルルの安全は保証される。

 なら、僕はこのままでいなきゃ。

 

 そんなこと思っていると、ふいに部屋の扉がノックされる。

 こんな夜分に、誰だろうか?

 

「入るぞ」

 

 入ってきたのは、織斑先生だ。

 

「どうか、しました?」

「……随分と痩せこけたな」

「あはは、まさか。二日三日で人間はそんなに痩せませんよ」

「…………」

 

 織斑先生は笑ってみせる僕を見て、露骨に顔を歪める。

 

「……お前が何を庇っているのかは知らない。だが、必ず助けてみせる。待っていろ」

「…………言葉の意味が分かりません」

 

 更識先輩もそうだけど、何でこんな簡単に見破られるのだろうか。

 流石は織斑先生といったところか。

 

「ていうか、そんなこと言っていいんですか?織村先生は、"IS学園の教師"なのに」

 

 女尊男卑に塗れたこの学園。

 大半の生徒と教師が女尊男卑社会に毒されており、そして僕のことを煙たがっているだろう。

 織斑先生個人は違うにしても、周りはそうだ。

 そんな環境下で織斑先生が一人だけ抵抗したとしても、黙殺されるだけだ。それがたとえ、ブリュンヒルデである先生だったとしても。

 織斑先生はもう、学園教師の一員なのだから。

 だが、そんなこと関係ないとばかりに、先生は僕の言葉をバッサリと切り捨てる。

 

「私は教師である以前に、人だ。だから、一人の人間としてお前を助ける」

「…………」

 

 嬉しい。

 助けて欲しい。

 この地獄から救い出して欲しい。

 ……でも、それはダメだ。僕が救われるわけにはいかない。彼女が、シャルルが救われなくては意味が無い。

 

「だから、もう少しだけ待っていてくれ。すぐに、かたをつける。そしてお前の重荷を全て払い除けてやるさ」

 

 そう言うなり、先生は踵を返して扉に向かう。

 

「あ、あのっ……!!」

 

 僕はそんな先生を、引き止めてしまう。

 僕の弱さが、無力さが、先生を引き止めてしまう。

 ふがいない。

 情けない。

 でも、他に方法もない。

 僕の力だけじゃシャルルは助けられない。

 なら、やるしかないじゃないか。

 

「なんだ?」

「…………仮に。仮に僕が誰かを庇っていたとします」

「ああ」

「そうしたら、先生は……僕が庇っている人のことも助けてくれますか?僕だけではなく、その人も救い出してあげられますか?」

 

 僕は振り向く先生の目をじっと見つめてそう言い切った。

 少しの無言。

 やがて彼女は、頷いた。

 

「……分かった。それがお前の望みだというのなら、必ず助け出してみせよう。お前と一緒にな」

「ありがとう、ございます」

「元より、この学園の生徒は全員守る。守ってみせる。……それだけか?」

「……はい」

「そうか。では、な」

 

 今度こそ織斑先生は、謹慎室を後にした。

 今僕にできることは何もない。

 普段でさえ何もできないのに、この現状ではさらに何も出にない。

 なら、全てを織斑先生と、更識先輩に託そう。

 僕が今できる最善の手は、それしかない。

 

 

「失礼します」

「えっ?」

 

 

 いきなりだ。

 まだ織村先生が立ち去ってから十分と経っていないというのに、また誰かがこの窮屈な部屋に入ってきた。

 それも、聞き覚えのある声だ。

 

 

 

「た、谷本、さん…………?」

 

 

 

 入ってきたのはなんと、谷本さんだった。

 

「えへへ、来ちゃった。あ、大丈夫だよ?織斑先生に許可はちゃんと貰ったから。さっき、入れ違いになったんだ」

「……そ、そうなんだ。その、先生もついさっきここに来てたから」

 

 

 目を見て話せない。

 怖い。

 彼女が今どんな顔をしているのか、見たくない。

 蔑んでいるのか?幻滅しているのか?分からない。でも、見たくない。見るのがとても、怖い。失ってしまうことが、とても怖いんだ。

 

 

「……凄く、やつれたね」

「えっ」

 

 

 彼女から目を逸らしていたから、気がつかなかった。

 僕の近くに歩み寄ってきてたことに。

 細く、綺麗な手が、指が、僕の頬に触れる。

 その手は何だか暖かくて、そして優しい感じがした。

 

 

「大丈夫だよ。私は藤井くんを信じてる。だから、大丈夫。怖がらないで?」

「谷本、さん」

「私は藤井くんがとても優しいってことを知ってる。間違ったことは許せない正義感があるのも知ってる。どんな苦境の中でも挫けない根気強さがあることも知ってる。……だからこそ、藤井くんが関口さんを押し倒したなんてこと、私は信じられない」

「……………………っ!!」

 

 関口さん、とは僕が押し倒したという設定になっている、被害者役の女子生徒。

 

「…………買い被り過ぎだよ、谷本さん。僕はそんな大層な人間じゃない」

「藤井くん自身がどう思っていようとも、他の周りの皆がどう思っていようとも、私は藤井くんのことを信じてる」

「…………谷本さん」

「私は絶対に藤井くんの味方だから。……だから、負けないで。この現状に。この不条理に」

 

 言いたい事は全て言い終えたのか、彼女は立ち上がり「じゃあね」と一言だけ告げて部屋を後にした。

 訪れる静寂。

 僕は、床の一点だけを見つめていた。

 

 

「僕は……………………」

 

 

 静寂の中、僕は一人思考に耽る。

 ただ分かったのは、床には何一つとして、答えは書かれていなかったことだ。

 

 

     Φ

     Φ

     Φ

 

 

 時は少し遡り、千冬が廉太郎と会話していた頃。 

 

 場所は生徒会室。

 灯りが消えたその部屋の中に、二人の少女が対峙していた。……いや、一人は男子用の制服を着用している。この学園において、男子制服を着用しているのは三人のみ。

 

「それで?話とは何かしら────シャルル=デュノアくん?」

「…………」

 

 

 シャルルだ。

 シャルルが、もう一人の少女……更識楯無の前に、無言で佇む。

 その、重たい口が、開かれた。

 

 

 

「────更識先輩。今日は、お話したいことがあって伺いました」

 

 

 

 そうして、物語は急展開を迎えた。

 

 

 

 

 


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