IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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主役になれなければ、名脇役になればいい。



流 音弥(作家)


CODE:27

 

「…………」

 

 僕は今、IS学園のとある教室にいる。

 謹慎室のような場所だ。

 そこで今、生徒会長である更識先輩による取り調べを受けている。

 

「じゃあ、始めるわね」

 

 そう言って更識先輩は私の目の前の席に座る。向かい合う形だ。緊張のあまり、うつむいてしまう。

 ……僕は、全てを話した。

 僕が本当は女であること。何の目的で、どういった理由でこんなことをしたのか。廉太郎に助けてもらったこと。盗聴器のこと。そして、今回の事件のこと。全てをだ。

 

「昨晩いきなりやって来て、あんなこと言われた時はびっくりしたわよ?シャルル=デュノア"さん"?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 苦笑気味にそう言われ、縮こまってしまう。

 タイミングが悪かったかな……?

 

「でも、その、このことを早く伝えて、廉太郎を少しでも早く助けたくて」

「……本当のことを話してくれて、ありがとう」

「えっ?」

「学園の長として、貴女には認められないところもあるけれど、でも貴女が勇気を出して真実を教えてくれたから……今回の事件、何とかカタがつきそうだわ」

「本当ですか!?」

 

 僕は思わず、自分の立場もわきまえず食らいつくように体を乗り出した。

 

「あはは、落ち着いて」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「……実は、貴女のことは前々からマークしていたの。怪しかったからね」

「…………」

「でも、こちらから何もしなかったのは貴女が藤井くんに対して何もしなかったから。ハニートラップなのだとしたら、確実に何かしらは仕掛けるはずなのに、貴女は何もしなかった」

「だから、泳がせた?」

「そうなるわね」

 

 ということは。

 僕の正体など、もうバレていたに等しかったんだ。

 何だか今まで必死だった自分が笑えてくるよ…………

 

「結局貴女は最後の最後まで藤井くんに対してハニートラップ行為はしなかった。それで今、自身の境遇を一番バラしてはいけない私にバラしてまで藤井くんを助けたいって言ってきている。……だから私は、貴女を信じるわ」

「ありがとう、ございます」

「藤井くんが何を脅されていたのかさえわかれば、簡単ね。後はまあ、貴女の境遇とかがあるけど……それは今は割愛。まずは、藤井くんを助けましょう?」

「はいっ!!……といっても、何をすれば?」

 

 僕がそう尋ねると、更識先輩は悪戯を思いついたかのような、無邪気な表情になる。目だけ笑っていないのが恐ろしい。

 

 

 

「もう一度騙すのよ。今度は学園だけじゃなく、"全世界"をね」

「えっ────」

 

 

 

     Φ

 

 

「藤井、ここを出ろ」

「えっ?」

 

 唐突だ。

 織斑先生はいきなりやってくるなり、僕にそう告げた。

 

「ど、どうして……?」

「決まっているだろう。お前を助けに来た」

「いや、は?」

 

 何を言っているのだろう、この人は。

 

「僕、まだ謹慎が解けてませんよ?」

「そうだな。だが、知ったことではない。元よりお前が謹慎を受ける筋合いなどないのだからな」

「いや、でもっ」

「安心しろ。全て解決する」

「っ!!」

 

 全て、解決する?

 それは一体、どういうことだ?

 

「真相は明らかになった。お前の冤罪が晴れる。だから、ここを出るぞ」

「え、いや、ちょっと!?」

 

 僕の腕を引いて、先生は歩き出した。

 

「説明は歩きながらだ」

「……真相が明らかになった、ということは。もしかして、シャルルのことも……………………」

「ああ。まだ公にはなっていないが、私と更識は把握している。あいつはデュノア社からの命令で強制的に性別を男と偽り、学園に入学した。そしてお前は盗聴されたその事実をばらされないために、自ら脅迫に屈した。そうだな?」

「…………はい」

 

 そう、か。

 全部、知られたのか。

 僕は、僕はシャルルを救えなかった…………。

 シャルルに居場所をあげることが、できなかった。

 しかし、何で先輩と先生が、その事実を?

 

「でも、どうやってそのことを?」

「デュノアが全てを話してくれた。室内に設置されていた盗聴器の存在に気づき、お前が自分の事で脅されたのだと察したデュノアは、更識に全てを話した。自身の全てを。お前を守るために。私は更識経由でその情報を聞いたに過ぎない」

「……そん、な。じゃあ、シャルルは、僕のために」

「そうなるな。だが、お前がデュノアにしたことも同じようなものだ」

「っ!!」

「自分を犠牲にして誰かを助ける。……聞こえはいいが、全てを肯定できることではないな。無論、全部が悪いとは言わん。むしろそれは、尊ぶべきことだ。だが、自分を犠牲することで、お前に関わった誰かが必ず傷つくということを忘れるな」

「僕、は…………」

 

 また、間違えてしまったのだろうか?

 でも、だとしたら、僕はどうすればよかったんだ?

 なんにもできない僕は、何をどうすればよかったんだ?

 

「…………あまり一人で抱えるな、藤井」

「え?」

「誰かの力を借りることは、決して恥ずべきことではない。誰の力も借りずに足掻いて何もできない方が、ずっと恥ずべきことだぞ」

「…………」

「お前は、更識か私に協力を仰ぐべきだった。助けを請うべきだった。明らかに今回のことは、お前一人では無理な事案だ」

 

 ……そんなの、分かってる。

 分かってるんだ。

 僕ごときじゃどう足掻いても、どうにもならなかったんだってことくらい。

 これがもし、僕じゃなくて一夏だったら。一夏だったら、シャルルのことを助けられたかもしれないのに。

 僕のクズ、僕の雑魚、僕のゴミ……!!

 

「……自分を責めるなよ、藤井。何もこれは、お前だからというわけではない。今回はデュノアでも、篠ノ之でも、オルコットでも、凰でも…………一夏でも一人では解決できないような事案だ。私にだって、一人では無理だったかもな」

 

 まるで僕の心を見透かしたような言葉だ。

 一人じゃ、無理。

 でも、でもさ。今回は、僕一人でやらなくちゃいけなかったんだ。シャルルのことを誰かに相談するわけにはいかなかったし、他にどうすることも出来なかったんだ。

 だって、そうだろう?

 織斑先生にせよ、更識先輩にせよ、シャルルのことを話したら、この学園にはいられなくなる。織斑先生は教師、更識先輩は生徒会長。シャルルを黙って置いておく道理が────

 

 

「信じろ」

 

 

 織斑先生が放った言葉に、僕は思考を止めて俯いていた顔を上げる。

 

 

「私を信じろ。更識を信じろ。デュノアを信じろ。一夏を、篠ノ之を、オルコットを、凰を…………お前の仲間を信じろ。信じてやってくれ。信じてくれ」

 

 何を、言っているんだ?

 

「ぼ、僕は!皆を信じてますっ!」

「ならば今回の件、私たちに相談することもできたはずだ」

「いや、でも、それはっ」

「……私たちがお前たちの立場を何も考えず、学園から追放するとでも思ったか?」

「────ッ!!」

 

 図星、だ。

 僕はそう考えて、先生や先輩には打ち明けなかった。

 

「そんなことをするわけがあるまい。……私は、自分の教え子を切り捨てるような真似はしない。絶対にな。更識も同じだ。考えなしにお前たちを見捨てやしない。……更識とはそれなりに関わったんだ。お前なら分かるだろう?あいつが、そんな奴ではないということぐらい」

「…………」

「お前は、他人の力を借りることを恥じいていたんじゃない。力を借りるのが、信じるのが怖かったんだ。だから、お前はいつも全てを一人で抱え込む」

「…………僕、は」

 

 信じ切れていなかった。

 先輩を、先生を、皆を。

 先生の言う通りだ。

 僕は心の奥底で、"信じる"ということを怖がっていたんだ。皆を信じ切るのが、怖かったんだ。

 裏切りを恐れていたんだ。そんなこと、あるわけないのに。

 

 

 ぼくは、僕は、僕は!僕は!!…………僕、は、

 

 

 

「ごめん、なさ、いっ」

 

 

 

 何かが壊れた。

 僕の中にあった、僕のことを縛り付けていた何かが。

 止めどなく涙が溢れ出してくる。後悔の念が、自責の念が乗った雫が頬を伝って地面に落ちる。

 

「…………」

 

 織斑先生は足を止め、振り向く。

 そして、無言のまま、泣き続ける僕の頭を撫でた。

 

「ごめ、ん、なさいっ……!ごめんなさい!!」

「……今まで辛かっただろう」

 

 優しく。

 先生の腕が僕の頭を包み込んだ。

 抱き締められたのだと気がつくのに、僕は少しの時間を要した。

 

「お前が誰かを信用することに恐れてしまうのも、無理はない。それほどの辛い体験を、お前はしてきたんだ」

「…………」

「だが、私たちのことは信じてくれ。私たちはお前を裏切りなどしない。絶対に、だ」

「せん、せい」

「皆お前のことが大切なんだ。だから、一人で抱え込むな。お前の重荷を、私たちにも背負わせてくれないか?」

「…………僕は、馬鹿でした。こんなにも、優しくしてくれる人達なのに。信頼に値する人達なのに。信じることが、できなかった。信じるのを怖がってた」

 

 シャルルも、一夏も、織斑先生も、更識先輩も、篠ノ之さんも、凰さんも、オルコットさんも、布仏さんも夜竹さんも鷹月さんも相川さんも岸原さんも鏡さんも四十院さんも。

 全員、皆信じられる人だったのに。

 僕がそれを、拒んでいたんだ。

 ……やっぱり、僕は、馬鹿だ。どうしようもなく、馬鹿だ。

 

 

「…………」

 

 

 織斑先生の腕が離れていく。

 でも、その時にはもう、僕の涙も止まっていた。

 

 

「先生。僕、もっと皆と向き合います。もう、恐怖で誰かの信用を拒みたくない。だから、だからもっとちゃんと、きちんと皆と向き合ってみせます!!」

「……ああ。分かったよ」

「有難うございました、先生」

「ふん、礼を言われるようなことなど何もしていない。……頑張れよ、藤井」

「はいっ!!」

 

 

 なんだか、体が軽い。

 重荷が全て抜け落ちたかのような気分だ。

 ……でも、それよりもまず先に何とかしなければならない問題がある。

 

 

「先生、僕は何をすれば?」

「……藤井。更識と私が言った通りのことをしていたか?」

 

 先生は、待機形態となっている、僕の打鉄を一瞥する。

 言った通りのこと……って、"アレ"のことだよね。

 

「はい。確かにしてました」

「よし、ならば問題はない。お前の冤罪は解けて、デュノアも助かる」

「本当ですか!?」

「ああ。お前が謹慎を受けている間に何があったのかを説明するぞ────」

 

 

 ………………、って、そ、そんなことがっ!?

 

 

 織斑先生の説明を受けた僕は、驚きのあまりしばらく唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 


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