そんなものは誰もが持ち合わせている。
重要なのは、勝つために準備する意欲である。
ボビー・ナイト(バスケットボールコーチ)
学園内の生徒会室。
そこに、楯無はいた。
一人でただ"その時"が来るのを待つ。
ふいに、ノックと共に扉が開かれた。
「し、失礼します……」
「あら、よく来てくれたわね」
「…………」
入ってきたのは数名の女子生徒。
廉太郎を脅迫したあの女子グループだ。
彼女たちは楯無から直々の呼び出しを受けて、ここに呼ばれていたのだ。
「もしかしたら、こないんじゃないかと思ってたの」
「…………」
「揃いも揃って黙りねぇ」
からからと楯無は笑う。
だが、目は笑っていない。
鋭く、眼前の女子生徒たちを見据える。その視線には微かに殺気が込められていた。
女子生徒たちはそれに思わず、体を竦める。
「さて、と。何でここに呼ばれたのか、心覚えはあるかしら?」
何人かの顔が歪む。
それは、心覚えがあると言っているのに等しかった。
そんな彼女たちの中からリーダー格の女子生徒が前に出て、楯無に応える。
「分かりません。私達、特に何か悪いことをした覚えはないので」
「…………そう」
彼女は楯無の睨みに怯まなかった。
その目には確信を宿している。
たとえ相手が生徒会長であっても、この場は確実に負けないという確信が。
「なら、教えてあげるわね。……藤井くんのことよ」
「ああ、アイツのことですか。何ですか?私達、"被害者"なんですけど」
「っ…………!!」
よくもまあぬけぬけと。
楯無は今にも掴みかかりそうになった手を、どうにか抑える。
「あら、まだそんなことが言えるのね……言っておくけど、全部バレてるわよ?」
「……何のことですかね」
「貴女達が藤井くんを脅迫して、無理やり今回の事件の犯人に仕立て上げたってことよ。言い逃れなんて、させないわ」
「「「……………………」」」
女子生徒たちの顔がさらに歪む。
恐怖に歪んでいる顔だ。己の蛮行を後悔している顔だ。
後悔した?やらなければよかった?
────ふざけるな。
今更何を言ったところで、何も変わらない。
楯無は彼女たちを容赦なく切り捨てるつもりだ。
だが、リーダー格の少女の顔は変わらない。あくまでも、余裕げな表情だ。
「ははっ……何を根拠に?証拠なんてあるんですか?私たちがアイツを脅したっていう証拠が!まさか、それも無しにこんなこと言ってるんですかぁ?だとしたら、最低ですねぇ?私達はあくまでも、"被害者"なのに」
「ああ、安心して。もうすぐ"証拠が来る"から」
「「「っ!?」」」
この一言には流石にリーダー格の少女の顔も歪む。
その余裕げな表情が崩れたことで、楯無の怒りがほんの少し収まる。
だが、まだだ。
こんなもので許しなどはしない。
彼が、廉太郎が受けた苦痛はこんなものでは済まされない。
だからこそ、楯無は話をすすめる。
「じゃあ証拠が来る前に、もう少し楽しいお話をしましょうか?」
「……な、なにを」
「もういいわよ、入ってきて?」
彼女が少し大きめにそう言うと、生徒会室の扉が数回ノックされ、そして開かれる。
「失礼します」
入ってきた人物を見るなり、楯無を除く彼女たちは目を見開いて驚く。
「お待たせ、シャルル=デュノア"ちゃん"。出番よ?」
入ってきたのは、"女子の制服を着用した"シャルルだった。
「…………」
凍てつく視線を、シャルルは廉太郎を陥れた彼女たちに向ける。
今にもISを起動させて、パイルバンカーを打ち込まん勢いだ。確かな殺気が込められている。
だが、理性がそれを抑える。
ここでそんなことをしても、何の解決にもならないということを、シャルルは知っているからだ。
「なん、で。なんでコイツがここに!?」
「あら、彼女はここの生徒よ?いて当然じゃない」
「なんで学園から追放されてないの!?おかしいじゃない!コイツは、皆を騙して男のフリをしていたのよ!?それも、スパイ目的で!!」
その発言が全てを物語っているというのに、リーダー格の少女は動揺のあまり喚き散らす。
「スパイ目的?なんのことかしら?」
「な、何を言って────」
「シャルルちゃんはね、織斑くんと藤井くんに迫るハニートラップを捕縛するために学園に送り込まれたおとり捜査官なのよ?」
「は、はぁっ!?」
「これはデュノア社が世間には公表せずに行っていた計画なんだけれども。今回の件を向こうに伝えたら協力してくれることになってね?多分、今夜あたり正式に発表されると思うわ」
「な、なによ、それっ」
嘘だ。
これは、嘘。
真実はそうじゃない。
だが、"その嘘は事実となる"。
「シャルルちゃんを男として学園に送り込むことで、ハニートラップを企む生徒は当然彼女にも寄ってくる。彼女はそんな輩を捉えるために、男のフリをしていたのよ」
「う、嘘よっ!!」
「嘘じゃないわ。"デュノア社が正式にそう発表するのだから"」
「ッ!こ、こっちには証拠だってあるのよ!!」
そう言うリーダー格の少女がポケットから取り出したのは、音声レコーダーだ。
その再生ボタンを、彼女は震えた手つきで押す。
『普通に生活を送るのもこれじゃあ大変だよね。シャルルは本当は、男の子じゃなくて、女の子なんだから』
『日常生活については我慢できるよ。……皆を騙してるようで、辛いけどね』
『でも、仕方が無い。いつか、何とかして、本当の事を言える日が来たら僕も一緒に謝るから。だからまずは、この現状をなんとかしよう』
『…………うん』
シャルルと廉太郎の会話だ。
生徒会室いっぱいに、録音された会話が流れる。
「これが、何よりの証、拠…………」
言ってから、彼女は気がつく。
この会話の中に、"スパイ目的で潜入したという事実"が一切入っていないということを。
そう。シャルルがスパイ目的で潜入した証拠など、どこにもないのだ。
「あら、これがなんなのかしら?ハニートラップを捕縛するために男として学園に来たということが、皆を騙しているようで辛い、と藤井くんに相談してるだけじゃない。スパイ目的で潜入?ただの貴女達の被害妄想じゃない」
「…………」
「というかそれ、盗聴よね?シャルルちゃん、この会話ってどこでしてたのかしら?」
「僕と、廉太郎の部屋です」
「あらあら、そんな音声を、何で貴女達が持っているのかしら?」
「「「…………っ」」」
言葉を失う彼女たちを無視して、シャルルが楯無にとあるものを渡す。
「これが、廉太郎のスマートフォンの充電器に取り付けられていました」
それは、小さな機械。
盗聴器だ
「あらあら、盗聴器じゃない。自室でしていたはずの会話の音声に、盗聴器。貴女達が盗聴していたことはもう、確実よねぇ?」
「…………っ!で、でも!それで私たちがアイツを脅迫したなんていう証拠にはッ────」
「失礼します」
リーダー格の少女の声を遮るかのように、ノックの音が転がった。
この声を、彼女たちは知っている。
弱い、下手に出たようなそんな声を。彼女たちは知っている。
「…………」
────入ってきたのは、廉太郎だ。
Φ
「……………………」
室内に入ってまず驚いたのは、シャルロットが女子の制服を着ていたことだ。
こんな時にあれかもしれないけれど、凄く似合っていて、可愛い。
そんなシャルロットは、こっちを凄く心配したような、それでいてほっとしたような表情でいる。
…………また、心配かけちゃったかな。
「ナイスタイミングよ、藤井くん!」
バッと扇子を広げ、にこやかにそう言う更識先輩。
広げた扇子には、『一網打尽』と描かれていた。
「さ、証拠が来たわよ?」
「は、はぁ!?まさか、本人の証言が証拠になるとでも────」
「まさか。……藤井くん、本当に言われた通りにしてたのよね?」
「あ、はい」
僕はポケットから、待機形態の打鉄を取り出す。
「あ、IS?ISがなんの証拠に…………」
「廉太郎くん。そのまま起動して、"音声データ"と"動画データ"を流してくれるかしら?」
「分かりました」
「なっ────」
僕は待機形態の打鉄を握り締め、そして…………
「来て、打鉄」
眩い光とともに、打鉄を身にまとった。
「…………」
そのまま打鉄の内部メモリーを操作し、二つのデータを呼び起こした。
『いや〜、これ聞いた時は驚いたわ。まさか、デュノアくんが、デュノア"さん"、だったなんて、ね』
『ほんとほんと。……にしても最低よねぇ。私たちのこと、騙してたんだから』
『ち、違う!彼女にはとある事情がッ────』
『うるさいっての』
『があっ!?……な、何をすれば、いい。僕をここに呼んだってことは、何かをさせる気なんでしょう?』
『ふん、馬鹿でも少しは頭が回るようね。そうよ。この情報を流さない代わりに、あんたには今から私たちの指示することをしてもらうわ』
『…………』
『ああ、ちなみにこのことを生徒会長や学園の教師、あんたの"お友達"に話したら、躊躇いもなくこの情報をばら撒くから。……まあ、できないわよねぇ?お人好しのあんたには。友達を売って、自分が助かろうなんて真似はさぁ。もっとも、たとえあんたがデュノアさんを売って助かろうとしても、友達を売って自分は逃げたって事実を今度は流すけどね』
『……分かった。君たちに、従う、よ』
『従順ねぇ。まあ、当たり前のことよね。今は女尊男卑の世界。低俗な男は私たちに従う義務があるのよ。じゃあ、今から私たちが指示することをしなさい?』
そこからの流れはこうだ。
彼女たちに命令されるがままに僕は彼女たちの仲間の一人、関口さんを押し倒す体勢にさせられ、そのまま呼び出された教師が来るまで待機。
その後、女子生徒を無理やり押し倒したということで捉えられる。
────これが一連の真相だ。
「もう、何も言えないわよねぇ?何かあるというのなら是非とも聞かせて欲しいのだけれど」
「どう、して、これが…………」
「藤井くんの保身のために、先日の襲撃事件直後から録音録画機能を打鉄に取り付けていたのよ。自分の身に危険が迫るようなことがあれば起動させなさいって言い聞かせていたの」
そう。
空き教室に呼び出された僕は、何かあると踏んで、この機能を活用させていたのだ。
「…………」
彼女たちは無言だ。
何も、言い返せないらしい。
「はい、これ」
更識先輩は、彼女たちに一枚の紙を配っていく。
それを見た瞬間、彼女たちの顔は、青ざめた。
「た、退学届け……?」
一人が震えた声音で、そう呟く。
「まあ、せめてもの情けね。自主退学ってことにしておいてあげる」
「そ、そんなっ」
「ああ、安心してね?ちゃんと学園の理事長にも話を通してあるから。私の独断じゃないのであしからず」
ま、まさかここまで話が進んでいるなんて。
僕が謹慎されてた間に、本当に何から何まで解決してたんだ…………。
「明日までに書いて提出してね。でないと、自主退学を取り消して貴女達を強制退学させるから」
「…………」
終わった。
そんな顔をしている。
僕はそんな彼女たちの前に、一歩歩み出る。
「……藤井くん、流石にその子達を守る、何てことは言わないわよね?」
「…………っ!」
何人かが僕のことを期待するような目で見てきた
────ふざけるな。
「まさか。大切な人を陥れようとした人達を助けるなんて言うほど、僕は人が良くないですよ。この人達には、然るべき罰を受けて欲しいです」
「…………」
「そう、ならよかったわ」
再び絶望の表情に戻った彼女たちに、僕はこう言ってやる。
「君たちがそうやって落ちぶれていくあいだに、僕はもっと、ずっと前へと進んでやる。高みへと登ってやる」
そして、前に僕が言われたことを、そのまま言ってやる。
「……もう君たちは終わりだよ。サヨウナラ」
一先ずはこんな形で事件は収束。
一件落着です。
また、格好いい廉太郎を描いてくれた絵師様、本当に有難うございます!!
廉太郎の原案を描いてくれた絵師様にも感謝感謝です!!
さて、徐々にクライマックスに近づいています。
五十話以内には完結しそうかなぁ。
最後までどうかお付き合いください!
では、また次話でお会いしましょう!