「クラス代表を決める」
授業が始まったのと同時に、織斑先生がそんなことを言い出した。
「クラス代表とはそのままの意味、クラスの代表生徒だ。主な仕事は生徒会の開く会議に出席や、このクラスの取りまとめ、さらにクラス対抗戦に代表して出場してもらう。まあ、普段の主な仕事はクラスの統括だな」
クラス対抗戦はクラスの代表同士がISを用いて戦う試合のことで、主にモチベーション向上のために行われているのだとか。
「自他推薦は問わない。誰かいないか?」
「はいっ!織斑くんを推薦します!」
「はいはい!じゃあ私は藤井くん!!」
面倒な仕事を押し付けているようにしか見えない。
それはあんまりだと思うのだけれど。
第一、僕と一夏は完全な素人だ。それならオルコットさんあたりの方がずっと適任だと思う。
「待ってください!納得がいきませんわッ!!」
そしてこの選出に異を唱える生徒が一人。
オルコットさんだ。
「そのような選出、このセシリア=オルコットが許しませんわ!男がクラス代表など、恥さらし以外の何物でもありませんわ!第一、その二人はISに関しては素人なのですわよ!?」
酷い言われようだ。そこまで言う必要が果たしてあったのかな?
でも、彼女の口は止まらない。箍が外れてしまったかのように、言葉が次々と口から吐かれる。
「わたくしのような成績優秀者がなるべきなのですわ!だから、そんな極東の雄猿どもなどを選んではなりません!!」
最早人ですらないのか。
惨々な言われようなのだ。
「そもそも、こんな文化的にも後進的な極東の島国で暮らすこと事態耐え難いことだというのに、それに加えて自身の所属するクラスの代表が男など────」
ガタンッと、突如一夏が立ち上がった。
今にも怒髪天を衝いてしまいそうな、そんな表情で。
「イギリスだって島国だろ。人の国を馬鹿にすんじゃねぇよ。大体、何で島国であることが否定材料にされなきゃならねぇんだ」
相当怒っているようだ。
オルコットさんも売り言葉に買い言葉状態。まずい、ような気がする。
「事実を述べたまでですわ」
「ふざけんな。俺自身を貶されるのはまだいい。でも、関係のない人を巻き込んで罵倒してんじゃねぇ!」
織斑先生は止めようとしない。
自分達でどうにかしろってことかな……?そんな、放任主義な。
でも、まずいなぁ…………誰かが止めないと。
嗚呼、嗚呼、何人かがこっちを見てる。お前が止めろと言わんばかりに。
僕がやらなきゃダメ、なのか……?
「……ああ、もうっ」
僕は勢い良く────ではなく、オドオドと立ち上がり、しかし声だけはハッキリと二人に言い放つ。
「ふ、二人とも落ち着いてくれよ。話が進まないだろ?」
「なんですの。貴方は黙って────」
「黙るのはお前だって!なんでそう人を小馬鹿にする態度しかとれねぇんだよ!!」
「ま、まあっ!なんですのその言い草はッ!貴方こそその品のない下劣な喋り方をどうにかした方がよろしいのではなくて!?」
ダメだ……僕の力じゃどうしようもできない……それどころか悪化したかな?
これじゃあ皆に申し訳なさすぎる。諦めるわけには…………!!
「一夏、君だけでも取り敢えず落ち着こう。皆の迷惑になってる」
「いや、だってよ────」
「一夏、お願いだから」
「…………分かった」
不承不承といった体で収まる一夏。
取り敢えず、片方だけでも落ち着いてくれると助かる。
「ふん、お話にならない方ですわね。何も言い返せないから逃げるのですかっ?」
「テメッ」
「一夏」
また食って掛かろうとする一夏を、僕は何とか抑える。ほんと、ちょっと二人とも血の気が荒くないかな…………。
「あのさ、一つだけ言わせてもらってもいいかなオルコットさん」
「何ですの?貴方みたいな腰抜けに用はありませんの」
「…………君になくても僕にはあるんだ」
何でこんなに貶されなければいけないのだろうか。
でも、今は耐えよう。
「君はさっき、文化的にも後進的な極東の島国で暮らすこと事態耐え難いことだと、そう言ったね?」
「ええ、確かにそう言いましたわ。何か問題でも?」
「その文化的にも後進的な国が、君が学びに来ているISを開発したわけなんだけど…………そこらへんはどう考えるのかな?」
「……ッ!!」
「それに、学びに来るのが耐え難いと言うのなら……それは他の人に失礼だ。言いにくいけど、その……そんなに嫌なら帰ったらどうかな?」
「あ、貴方ッ!?」
「そこまでだ」
そこですかさず織斑先生が介入してくる。
もう少し早くして欲しかった。
「このままでは埒があかん。ISパイロットならISパイロットらしく、ISバトルで決着をつけようじゃないか」
「「え……?」」
僕と一夏が首を捻るのに対し、オルコットさんは鼻でそれを嘲笑った。
「そんなの、相手になるわけないじゃないですか。わたくしは代表候補生、そこのお二人はドがつくほどの素人。話になりませんわ」
「これは教師側からの命令だ。お前の意見など聞いていないぞオルコット」
「…………ふん、いいでしょう。大勢の人の前で恥をかかせてやりますわ。人前に立てなくなるほどの恥を、ね」
本当に、この人は…………。
相手するのが疲れる。
それにしても、織斑先生は何を考えているんだ?自分で言うのもあれだけど……オルコットさんの言い分は正しい。僕なんかじゃ相手にもならない。
「決闘の日にちは来週の月曜日。それまでに各自準備をしておくように」
…………大変な事になった。
Φ
「大変な事になったなぁ」
「君がそれを言うのかい……?」
放課後になり、一夏が僕の元に来てそんなことを言い出した。
「いや、さっきはごめんな」
「もういいよ、それは」
「…………でも、負けたくねぇなぁ」
「そう、だね」
普通に考えたら負けるだろうさ。
少なくとも僕は確実に負ける。でも、それでも諦めたくはない。負けたくないという気持ちはあるんだ。
「あ、よかった。二人ともまだいたんですね」
そんな話を続けていた俺たちに話しかけてきたのは山田先生。
「寮の部屋が決まったので、鍵をお渡しにきました」
「ありがとうございます」
山田先生から鍵を受け取る。
そこには『1026号室』と書かれていた。
一夏も同様に鍵を受け取る。どうやら鍵は二人分くれるらしいな。
「……あれ?先生、俺と廉太郎の部屋番号が違うんですけど?」
……そんな馬鹿な。
え、いや、一夏と同じ部屋なはずだろ?なのに、何で?
「言いにくいのですが…………その、お二人は別々の部屋になってます。突然のことで空部屋が用意できず…………」
「え、ていうことは女の子と同室ってことですか……?」
「そうなります。ああ、でも安心してください。人選に最善の注意を払った結果での部屋割りですから」
いや、それでも女の子と同室というのは…………。
「一ヶ月もすれば調整がつくので……ごめんなさいね?」
一ヶ月。
一ヶ月、ね。
一ヶ月もの間異性と同じ屋根の下で過ごすことになる。なんか、とんでもないことになった。
…………僕と同室になる人はどんな人なのだろうか。
Φ
場所は変わり、寮の自室前。一夏と別れて各々の部屋に入っていく。
鍵を開けて、部屋の中に入る。
「あら、貴方が藤井くんね」
中には既に人がいた。
水色の髪が特徴的な綺麗な女の人。オルコットさんにも負けてないと思う。どこか、大人びた雰囲気をまとった人だ。
彼女の首元のリボンの色を見て、納得する。彼女は一つ年上の二年生だ。そりゃ大人びたようにも見えるだろう。
「私の名前は更識楯無。これから一ヶ月間、よろしくね?」
「よ、よろしくおねがいしますっ」
緊張のあまり、声が変になる。
それを見た更識先輩がクスクスと笑う。
「なぁに緊張してるの。気楽に気楽に、ね?」
「は、はい……」
無理だ。
こんな美人と共同生活をするのに、緊張をしないなんて。
「って、あれ……?更識先輩って、確か生徒会長でしたっけ?」
「あら、覚えててくれた?嬉しいわ。そうよ、私がこの学園の長、生徒会長よ」
やっぱりだ。
でも、何でそんな人と僕が同室に……?
「貴方の護衛をするためよ」
「護衛?……って、あれ?」
僕、今疑問を声に出してたっけ?
「ふふ、なんとなーく分かるのよ君の考えてること。まあそれで護衛っていうのは簡単な話、君をハニートラップや企業などの干渉から守るものよ」
「は、ハニートラップですか」
「そうよ。変に優しい人とかがいたら、まず疑ってもいいかも。ああ、私は信じてもいいのよ?織斑先生公認だから」
それは安心だ。
「でも、それって一夏はいいんですか?」
一夏だって男だ。ハニートラップの対象になる。
「彼には織斑千冬という後ろ盾があるから、中々手が出せないと思うの。それに、同室の娘が同室の娘だけあって、手を出したくても出せない可能性もあるし、ね」
「……?」
誰なんだろうか、一夏と同室の人は。
まあ、それはさておきだ。
何だか波乱な日常が続いてしまいそうな気がする。
本当に、僕は学園生活をうまくやっていけるのであろうか…………?