ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
(ドイツ空軍爆撃機パイロット / 1916~1982)
トーナメントまで残りわずかとなった。
その残り少ない期間の間で追い込みをかけるために、僕は放課後の特訓のペースを上げている。
今日は篠ノ之さんに剣道を教わっていた。
トーナメントでは敵になるというのに、僕の特訓に付き合ってくれるのだから本当に優しい人だ。
「はぁっ!」
「踏み込みが甘いぞ!」
「くっ!?……もう一回ッ!!」
相手は女の子といえど剣道全国大会優勝を果たした人物だ。下手したらそこらへんの男なんかよりもずっと強い。僕ではまるで歯がたたない。
でも、だからこそ。彼女の技術で僕でも盗めるものがあれば盗まなくては。なんの成果も得られないんじゃ、特訓の意味がない。付き合ってくれている篠ノ之さんにも失礼だ。
「はああああッ!!」
「どうした、その程度かッ!」
「くぁっ!?」
くっ……ダメだ。一本もとれない。何度攻めても、返り討ちにあってしまう。
どうすれば勝てる?どうすれば一夏のようになれる?どうすればシャルロットや、ボーデゥィッヒさん、篠ノ之さんや、オルコットさんや、凰さんのように強くなれる?
「……少し休憩をしよう」
「はぁっ……はぁ…………うん、ごめん」
タオルで汗を拭き取りつつ、道場の壁に寄りかかりながら僕は思案し続ける。
このままでは弱いままだ。僕は強くならなくちゃ。もっともっと強く。でないと、シャルロットや皆を守ることなんてできない。一夏みたいに皆を助けることなんてできない。ただ守られるのなんて、もう嫌だ。周りを頼り続けるなんて嫌だ。
だから。
だから、どうすれば。どうすれば、一夏のように、強くなることができるんだ?
分からない。一向に答えが見えてこない。答えは見えないのに、一夏と僕の差だけは明確に見えてくる。それがたまらなく悔しい。
ほんと、どうしたらいいんだろう。
「藤井」
「ん?」
考え込んでいた僕に話しかけてきたのは、他でもない篠ノ之さんだ。
「お前は、どうなりたいんだ?」
「どうなりたいって…………」
僕は、強くなりたい。ただそれだけだ。
「強くなりたい。強くなって、皆の力になりたいんだ」
「そうか。……今のお前を見ていて、一つ気になることがある」
「なに、かな?」
数秒の間を置いて、彼女は僕の目を見て言った。
「お前の言う強さとは、なんだ?」
「僕の言う、強さ?」
「単純な暴力か?相手を叩き伏せるだけの力か?自分を認めない相手をねじ伏せるための力か?」
「……違う。そうじゃないよ。僕が欲しい強さはそんなものじゃない。僕はただ、大切な皆を守れるだけの力が欲しいんだ」
そんな邪な力なんて、いらない。
僕はただ、一夏のように、皆を────
「では、お前の言うその皆を守るための力とはなんだ?」
「えっ?」
篠ノ之さんの問いに、僕は言葉が詰まった。
「……今から言うことは、今のお前を見て私が勝手に思っただけのことだ。不快だと思ったなら聞き流して欲しい」
「うん、分かった」
「…………今のお前は、ただ一夏を追いかけているだけにしか見えないんだ。"一夏の強さ"という幻影を追い続けているだけにしか見えないんだ」
彼女は続ける。
「お前が求める強さとは大切な人を守る強さであって、一夏のような強さではないだろう?」
「…………」
図星、だ。
篠ノ之さんの言う通りだ。
僕はどうやったら"一夏のようになれる?"ということばかりを考えていた。
僕が求める強さは、皆を守れるだけの強さ、だったはずなのに。ずっと憧れの一夏の背中ばかり妄信的に追いかけていた。その先にあるのが僕の求める強さなのだと信じ込んで。
でもその背中には全然追いつけなくて。一夏みたいに強くなることができなくて。それで僕は焦ってしまって…………でも、追いつけないのは当然のことなんだ。
「お前はこう思っていたんじゃないか?……どうしたら"一夏みたい"に強くなれる?どうやったら"一夏のように"なれる?と」
「…………うん。その通りだよ」
「なら、諦めろ。お前は一夏のようにはなれない。お前では一夏にはなれない」
篠ノ之さんのその言葉に、僕は胸に何かが突き刺さったような気分になる。
でも、逃げちゃいけない。
篠ノ之さんは僕のために言ってくれているんだ。
「一夏だけじゃない。お前はデュノアにはなれない。お前はセシリアにはなれない。鈴にはなれない。当然私にもなれない。……何故ならそれは当たり前のことで、お前は他の誰でもない、お前なんだ。お前はお前自身なんだ。藤井が藤井以外の何者になることなんてできない」
「…………」
「なにも藤井が一夏になる必要なんてないんだ。藤井、お前はお前なんだ。藤井には藤井の強さがある。……だから、お前はお前自身の強さを見つけていくといい」
「僕は、僕」
……そうだ。
その通りだ。
僕はいつも一夏みたいになりたくて、憧れて、背中を追い続けてきた。
でも、それじゃあダメなんだ。
だって、篠ノ之さんの言う通り、僕は僕で、一夏は一夏なんだから。
「偉そうなことを言って済まなかった」
「いや、ほんとうにありがとう篠ノ之さん。……おかげで、モヤモヤしてたのが晴れたよ」
「む、わ、私は大したことはしていない」
照れたように顔を逸らす篠ノ之さん。
本当に凄く優しくて、頼りになる人だ。
感謝してもしきれないくらいだ。
「そうだよ。そうだよね。僕は僕。他の誰でもないんだ。それなら僕は、僕になる。一夏の背中を追うのは、もうやめるよ」
「……いい目になったな」
「そ、そうかな?」
「あぁ。色々と吹っ切れた目をしてる」
「ふふ、そうかも。自分でもなんとなく分かる。…………よしっ!じゃあ篠ノ之さん、もう少しだけ特訓に付き合って貰ってもいいかな?」
「ああ、任せろ」
僕は僕だ。
僕なりの戦い方で、そして僕なりのやり方で、僕は"僕なりの強さ"を身につけていこう。
Φ
Φ
Φ
強さって、なんなんだろうな。
最近はそのことばかり考えている。
敵を圧倒する暴力が強さなのか?──違う。
誰よりも武術に長けていることかま強さなのか?──違うだろ。
そうじゃねぇ。そうじゃねぇはずなんだ。
俺の言う強さってのは、もっと違うところにあるはずなんだ。
でも、それが分からない。
どうしたら強くなれる?どうしたら皆を守れるだけの強さを得られる?
その答えは、廉太郎が持っていると、俺はそう思う。技術的な面では俺の方が優っていても、俺の言う強さに近いのは、多分廉太郎の方だ。
廉太郎の持つ強さ。俺とは違う強さ。
それが一体なんなのか。俺にはまだ、何も分からなかった────
Φ
Φ
Φ
藤井廉太郎は強い。
織斑一夏は弱い。
それが私の中で出された答えだ。
戦闘力では確かに織斑一夏の方が優っているであろう。それは事実なのだから、否定はしない。だが、藤井には、織斑にない"強さ"がある。
それは、どんな局面に立たされても諦めず、めげず、そして挫折することなく努力を続けること。
周りにどれだけ虐げられても、どれだけ周りに認められなくても、藤井は努力を続けてきた。故に、藤井は強いのだ。
だがそれに対してあの男、織斑一夏は……弱い。藤井にある覇気が、あの男には欠片も存在しない。
私の転校初日、私がした質問への返答がその証拠だ。なんだあの腑抜けた面は。
教官の偉業を阻害したというのに、その失敗を悔やみ努力するでもなく塞ぎ込み、悲劇の主役ぶって中途半端な努力しかしていない。
ふざけるな。
そんなことが許されてなるものか。
故に、私はあの男を叩き伏せなければならない。教官の足枷になっておいて何もしてこなかったあの男を、殴って、殴って、殴らなければならない。
そうでないと、私の気が収まらない。
私の目標を、
私は必ず貴様を、叩き潰す。
前書きは日野洋人さんからのリクエストです。
格言のご提供感謝します!
更新が遅れてしまいました。
これからちょっと忙しいので、これくらいのペースが続くかもしれません。
本当に申し訳ございません。