黒崎
(comico 魔法使えないカエイくん)
有り得ない。
眼前で起こった事象に、ラウラは驚かずにはいられなかった。
そう、有り得ないのだ。こんなこと、起こり得るはずがない。
廉太郎はボロボロで、あと一撃でもくらえば、まず間違いなく敗北していた。……だというのに、その一撃を受けてもなお、彼は立っていた。
見ると、彼の身を覆うISの見た目がいくらか変貌していた。この場合、強化されていたと言った方が適切であろうか。
────"二次移行"。
ISには自己進化機能が備わっており、戦闘経験を蓄積させることで、IS自らが自身の形状や性能を大きく変化させる"形態移行"を行う。言わばそれは、ISの進化とも呼べる。
ISコアの深層には独自の意思があるとされていて、操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解することで、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになる。加えてこの"形態移行"によりISの進化が行われると、そのISコアに宿る独自の能力や性能をより引き出すことが可能になるのだ。
今、目の前で起こったこの現象は正しくそれ。廉太郎を包むISの見た目が変貌しているのも、二次移行、つまり進化したからに他ならない。
現在、三段階まで確認されている形態移行のうちの二段階目、すなわち"二次移行"。それを、この土壇場で起こしたというのか。形態移行というのは、操縦者の自由意志で起こせるものではない。全てはISコアの意思に委ねられている。
なのに、このタイミングで。
奇跡だと? ────そんなもの、ラウラは信じてなどいない。彼女はこの世に起こる事象全て、起こるべくして起こっていると考えている。奇跡などという安っぽい言葉で説明付けるなど、彼女は許せないのだ。
故に、この自体も起こるべくして起こったということ。だが、それが彼女には納得出来なかった。
「諦めないという不屈の意志が、二次移行を引き起こしたとでも言うのか……!」
考えられるのはもはやそれしかない。廉太郎の強い渇望が、負けないという、諦めないという意志が、この二次移行という事象を引き起こしたとしか思えない。
一次以降であれば、まだ偶然という言葉で片付けることができたであろう。しかし、二次移行ともあれば、そうはいかない。一次移行は必要とする経験値量が極めて少ない。だが、二次移行は膨大なそれを必要とする。故に、今このタイミングで偶然二次移行が起こった、というのはあまりにも確率が低い。確率論を抜きにしても、廉太郎の態度が、眼差しが、自らの意思でこの現象を引き起こしたのだと物語っている。
操縦者の想いにISが応える。そんなSF小説のような話など、彼女は聞いたことがないし、事実そんなデータは世界のどこにも存在しない。つまり、廉太郎は自身の意志で二次移行を引き起こした初めての存在ということになる。
「なん、なんだお前は……」
目の前の男に、ラウラは初めて恐怖を覚えた。精神面が強い、しかし戦闘においては自身より遥かに劣っていると考えていた相手に、恐怖を覚えたのだ。
自身よりも劣るというその考えは、なにも慢心から来た考えではない。事実に則した考えだ。故に、衝撃も大きい。
「僕が、なんなのかだって?」
幽鬼の如く。ゆらりと佇みながら、廉太郎はぼそりとそう答えた。
「そんなの、決まってる」
ぼそりと、そう答えた。
「────ただの、無力な存在さ」
不死身。
眼前に立つ廉太郎を見て一瞬、ラウラの頭にそんな言葉が過ぎった。慌ててそれを振り払い、頭の中から追い出す。
不死身だと? ────笑わせるな。そんなものはこの世に存在しない。どんなに忍耐強い者であろうとも、攻め続ければいつか必ず終わりが来る。終わりが来る、はずなのに。
「何故だ……」
なぜだろう、藤井廉太郎というこの男を倒しきる自信が湧かない。湧いてこない。この男を打ち負かすイメージを、彼女は抱けないのだ。
倒しても倒しても、何度も蘇る。這い上がってくる。いかにも不死身という言葉が相応しい、そんな情景しか頭に思い浮かばない。
「なめ、るなあァァァァッ!!」
恐怖を振り払うかの如く、ラウラは廉太郎に向けてプラズマブレードで斬りかかった。
確かに二次移行は起こった。ISは進化した。しかし、廉太郎自身がそれで強くなったわけでもないし、彼のシールドエネルギーが回復したわけでもない。圧倒的有利なのはこちら。ならば、勝てる。彼女は無理矢理そう自分に言い聞かせる。そうでもしなければ、眼前の何ということない普通の男児に、圧倒されてしまいそうになったから。
が、しかし。
「なんッ!?」
突如割り込んできた遮蔽物により、彼女の斬撃は防がれてしまう。
その遮蔽物とは、"盾"だ。廉太郎の身長よりも大きい、巨大な盾。
しかも、それが他にもあと3つ存在するではないか。
合計4つの防壁が、廉太郎を取り囲む。まるで、微塵も攻撃は通さないと言わんばかりに。
「────僕は僕が護ると誓った人全てを護る、絶対の盾となろう」
まるで、巨大な城壁を目の前にしたかのような気分だ。生半可な努力では、この城壁を崩すことは出来まい。そう悟ってしまったがために、彼女は苛立つ。何を弱気になっている、と。
「不死身などない。不滅などない。崩せぬものなど、何も無いのだっ!!」
相手のシールドエネルギーは残り僅か。ならば、一撃でも与えられればこちらの勝ちは確定。高火力で攻め続ければ、確実に勝てる。
ラウラはレールカノンを廉太郎に照準し、即座に放つ。無論それだけではない。それだけであの防壁を突破できるなどと、決して彼女は思わない。彼女はすぐさま横に飛び、防壁の空いた隙間を狙ってワイヤーブレードを放つ。
廉太郎はレールカノンを3つの防壁で受け、ワイヤーブレードを残る1つの防壁で防いでみせた。本体にダメージが及んだ様子は微塵も見られない。
全ての攻撃を防がれてしまったラウラだったが、しかしそれでいい。ニヤリと勝利を確信した笑みを携えながら、彼女は瞬時加速を用いて廉太郎の背後に迫る。全ての防壁を直前の二撃を防ぐために用いたため、彼を護る防壁はもう残っていない。背中ががら空きの状態だ。ラウラはそれを狙ったのだ。
「もらったッ!!」
ラウラの斬撃が廉太郎に届く寸前、しかしそれは起こった。
「っぁ!?」
磁石の同じ極同士が拒絶し合うように、ラウラと廉太郎にも同じ現象が起こったのだ。完全に隙を突いた斬撃が、いとも容易く弾かれてしまう。その勢いは、廉太郎の膂力からは考えられないほどのものであった。
見ると、ラウラが廉太郎に斬りつけた部位付近には、小型の盾が1つ浮遊していた。なるほど、あの4つ以外にもまだ盾が存在していたのか。それは考えていなかったわけでもないが……しかし解せぬ。これほどの小さな盾で、果たして今の斬撃を防げるものだろうか?
ラウラのそんな疑問を見抜いたかのように、廉太郎は答えとなる言葉を淡々と放った。
「これが、二次移行によって付加された僕の打鉄の単一仕様能力」
「単一仕様能力、だと?」
単一仕様能力というのは、各ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する特殊な個別能力のこと。二次移行により、第二形態と化したISにのみ付与される能力だ。
今、ラウラの斬撃を弾いたのも、これによるもの。廉太郎が身に纏う第二形態と化した打鉄の特殊能力が引き起こした超現象なのだ。
「僕の盾に触れた対象の反作用の力を何倍にも増幅させる能力。……つまり来るもの全てを弾き返す、ただそれだけの力さ」
"ただそれだけ"と廉太郎は言うが、ラウラからしてみればその力は凶悪以外の何物でもなかった。
何故なら、あの盾と能力がある限り、彼に大ダメージを負わせることなど不可能だからだ。光学兵器も実弾兵器も、斬撃も打撃もなにも関係ない。とにかく迫り来るもの全てを弾き返すことが可能な、難攻不落の能力。
無論、微量であればダメージを与えることは可能である。反作用を増幅させるのはあくまでも"盾と接触した対象"限定の話であり、攻撃を一切浴びずに跳ね返しているわけではないのだから、跳ね返されはするものの攻撃を加えれば僅かなダメージは与えられる。
さらに言うと、この能力が付与されているのはあの4つの盾と他にいくつか存在するらしい小型の盾のみ。本体に反射能力は付与されていない。つまり、あれらの盾をどうにか掻い潜り、本体を直接叩くことが出来れば彼を倒すことは十分に可能だ。────もっとも、あの盾を越すことができれば、の話だが。
「……」
が、そんなものがなんだというのだ。
この程度で怖気づくラウラではない。これ以上の逆境を、彼女は今まで何回も経験してきた。そう、何度も経験してきたのだ。
故に、彼女は自身の勝利を疑うことはしない。
脳内で自身が勝利するための方程式を高速で組み立てていく。
確かに廉太郎のシールドエネルギーを削り切るのは難しいかもしれない。削り切るイメージすら思い浮かばないほどだ。……しかし、これはあくまでもスポーツ競技としてのISバトルだ。タイムアップとなれば、最終的にシールドエネルギーの少ない方が敗北するというルールになっている。
つまり、このまま廉太郎を倒さなくとも、ラウラ自身がダメージさえ受けなければ、負けることはまずないのだ。何故なら、廉太郎のシールドエネルギーはもう風前の灯なのだから。
「フン、確かに凶悪な能力だ。だがしかし、所詮は防御に特化した能力。防いでいるだけでは私には勝てんぞ、藤井廉太郎」
「そうだね。この力じゃ君には勝てない。だってこれは、勝つための力じゃない……護るための力なんだから」
「なのにお前は私に勝つ、などと口にしたのか? 酷く矛盾しているではないか」
「君は、何か凄い勘違いをしているみたいだねボーデヴィッヒさん」
「……何だと?」
そう、彼女は勘違いをしている。
そしてその勘違いが、彼女に致命的な隙を与えた。
「勝つのは僕じゃない。……"僕たち"だ」
◆
「おらァッ!!」
「ぐぅっ!?」
廉太郎がラウラと対峙している間、ワイヤーブレードによる拘束からなんとか逃れた一夏はラウラのパートナーである箒の相手をしていた。
箒は強い。代表候補生並、とまでは言わないがそれにしたってかなりの実力を有している。しかし、彼女が今使用しているISは、第二世代量産機である打鉄。第三世代かつ専用機である一夏の白式とでは、どうしても性能が格段に劣ってしまうのだ。故に、一夏と箒の実力差も埋まってしまう。
「廉太郎ばかりにやらせるわけにはいかない。……悪いけど、箒を倒して廉太郎のとこに行かせてもらうぜ!」
「この私を倒すだと? お前にそれができるのか、一夏っ!!」
「やってやるさッ」
攻める。攻める。攻める。
鬼哭啾啾、一夏は怒涛の勢いで攻め続ける。
斬って突いて叩いて蹴って……とにかく考えつく限りの攻撃方で箒を追い詰めていく。
廉太郎が盾だとするのなら、彼は剣か槍だろう。攻撃をすることにのみ特化している。そのため守りが薄くなり、ちょっとした躓きで窮地に陥ってしまう。それは彼自身自覚していることだし、改善しなければと反省している部分でもある。
しかし、それでも彼はこの戦い方をやめられない。
それは、護ることに徹する廉太郎に対し、彼は立ちはだかる敵を倒すことにこそ重きを置いているからだ。彼にとっての強さとは、つまりそこにある。
敵を退けることにより味方を"護る"一夏と、敵からの攻撃を総て受け止めることで味方を"護る"廉太郎。彼らはまさしく表裏一体の関係とも呼べるかもしれないが、しかし実のところその強さの本質はまったく同じなのだ。
────それは即ち、大切な誰かを"護る"ための強さ。
2人にとっての強さとは、ようするに総てそこに帰結する。
一夏にせよ廉太郎にせよ、敵がどうにかなることに重点を置いているのではない。大切な誰かを護ることにこそ、全力をかけているのだ。
敵をねじ伏せる暴力?
他者を圧倒する実力?
そんなもの、どうだっていい。力はあくまでも手段であって、目的ではない。
彼らはただ護るべきものを護れればそれだけで良いのだ。
「廉太郎は、やっぱり凄ぇよ。俺なんかよりも、ずっと強い」
あらゆる面において格上であるラウラを前に、一歩も引くことなく対峙している友人の姿を見て、心の底から一夏はそう思う。
思えば俺は今まで何をしてきた? 一夏は箒の反撃を捌きながら、そう自問する。
中学になって剣道を続けたわけでもない。鍛錬をしてきたわけでもない。家事が忙しいなどとそれらしい理由をつけて、逃げてきただけではないか。そしてそれを不甲斐ないと思うことさえしなかった。
ああ、そうだ。ラウラの言う通りだ。俺は弱い。過去の自分を乗り越えようとしてこなかった俺はあまりにも弱い。千冬姉を慕うあいつがキレてもおかしくないほどに。過去に戻って自分自身をぶん殴りたくなるほどに。────でも、だからこそ、と。
「俺だって、いつまでも弱いままじゃいられねぇんだ。俺も、俺も絶対に強くなってみせる! 強くなって、皆のことを護るんだ! そのためにもまずはお前を超えるぜ、箒ィッ!!」
「……来い、一夏ッ!!」
「ウオオオオッ!!」
「ハアアアアッ!!」
振り下ろされる2人の斬撃。どちらも鋭く、何より速い。しかし、その速度には僅かな差があった。そしてその差こそが、この勝負の決着をつける鍵とになる。
交差する斬閃。
火花をあげながら擦れる刃と刃。
喚き散らされる金属の悲鳴。
「……」
「……」
そして、無言のまますれ違う2人。
どちらかの刃が確実に、片方の胴を切り裂いた。
流れる沈黙。
それは第三者の目から見れば刹那の刻にすぎないものだったが、しかし当事者である2人からしてみれば永遠のように感じられた。
しかし、時間は進み続ける。止まることはない。
2人の間で再び、時間という概念が動き出した。
「……一夏」
「……おう」
「……見事、だ」
崩れ落ちたのは、箒。
白式が持つ固有能力"零落白夜"によりエネルギー無効化能力が付与された雪片弐型によってシールドバリアを引き裂かれ、絶対防御を強制発動させられてしまった箒の纏う打鉄のシールドエネルギーが底を尽きたのだ。
怪我をしないよう優しく箒を抱きとめた一夏は、ゆっくりと彼女を地面に降ろす。
「それじゃ、行ってくる」
「ああ、行ってこい。お前と藤井の強さを、ボーデヴィッヒに見せてやれ」
「応っ……!!」
そうだ。
これからあいつに見せてやるのは、俺だけの強さじゃない。
「勝つのは俺じゃない。……"俺たち"だ」
俺と廉太郎、2人分の強さを得と味わえよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
前書き格言は猫好きさんからのリクエストです
ご応募有難うございました