IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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「弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしても、それは何もやらない事の言い訳にはならない」

野上良太郎

(仮面ライダー電王より)


CODE:35

「うぉらァァァァッ!!」

「なッ」

 

 一夏の怒号を耳にしたボーデヴィッヒさんは、どうやら本当に一夏が零落白夜を発現させつつ接近していたことに気づいていなかったようだ。それだけ僕に集中していたらしい。

 まるで僕が強敵であるかのように身構えていたけれど、それは買い被り過ぎだ。なぜなら僕は、弱虫で非力で矮小な、ただの無力なのだから。

 でも、一夏は違う。一夏には力がある。誰かを護るために敵を倒せるだけの力が。

 そして僕にも、無力だからこそできることがあるんだ。

 

「チィッ、篠ノ之箒はどうしたっ!?」

「箒なら俺が倒した! あとは俺と廉太郎、そしてお前とで2対1だッ!!」

「小癪なぁっ……!!」

 

 迫り来る一夏に対し、ワイヤーブレードで応戦しようとするボーデヴィッヒさん。

 でも、やらせないよ。

 僕がいる限りに、なんびとたりとも傷つけさせやしない。

 

「なっ」

 

 一夏に直撃するその寸前、ワイヤーブレードは僕が放った盾によって逆方向へと弾かれる。

 ボーデヴィッヒさんのワイヤーブレードを狙ったわけではない。僕は一夏に向けて盾を放った。機敏に動くワイヤーブレードを狙うのは難しいが、一夏を護るということだけを考えて彼の前に盾を放つのであればいたって簡単だ。"その程度のこと"なら僕にだってできる。

 

「その位置から、しかもお前ではない他の人間に向けて放った私の攻撃を正確に防いだというのか、藤井廉太郎っ」

「何をそんなに驚いているの?」

「……まさか貴様、今の芸当を何でもないものだとでも思っているのか」

 

 ボーデヴィッヒさんが僕を睨む意味が分からない。別段僕は、大したことをしたわけではないのだから。

 

「ワイヤーブレードだぞ? あらゆる方向に自由が効く突きの攻撃を、その距離から見切ったとでも言うのか……?」

「そんな難しいこと考えてないよ。ただ今までの経験から、そこに攻撃が当たりそうだなぁって思っただけで」

「────ッ! やはり、貴様は、……ええぃっ!!」

 

 ボーデヴィッヒさんの言葉は一夏の斬撃によって途絶え、先を聞くことができなかった。

 貴様は、なんだったのだろうか。

 まあいい。今は目の前の戦いに集中しよう。

 一夏を護ることだけに専念するんだ。

 

「調子に乗るなよ、半人前共がァッ」

「半人前も、2人合わさったら一人前だッ!」

「くだらんことを吐かすなよ、織斑一夏ッ!」

 

 一夏とボーデヴィッヒさんが至近距離での斬り合いを始めた。2人は凄まじい速さで斬撃を放ち、受け、流し、押し返し、叩き伏せていく。

 僕には分かる。

 その全てが分かる。

 今までいろんな攻撃を受けてきたからなのだろうか、僕には全ての攻撃がどこにどのように行ってどうやって当たるのか、ということがある程度感覚で分かってしまうのだ。攻撃の流れとその行き着く先が見える、とでも言うべきか。

 

 慣れというやつなのだろう。

 数多の攻撃を無様にも浴び続けてきた僕だからこそできることなのかもしれない。

 故に今この時、ボーデヴィッヒさんが一夏のどこを狙っているのかも僕にはよく分かる。

 それさえ分かれば、あとは簡単。わざとぶつかりにいくだけだ。

 僕は周囲に浮遊する盾の1つを、一夏とボーデヴィッヒさんとの間に滑り込ませる。それによって、ボーデヴィッヒさんのプラズマブレードによる斬撃は弾かれる。

 

「ちぃっ!? 邪魔をするな、藤井廉太郎っ!!」

「それはできない相談だよ」

 

 僕は大した技術を持っていないから、攻撃を避けるというアクションが上手くできない。

 そもそも逃げたり避けたりなどという行動自体僕は苦手なのだ。自分でも驚きなのだが、迫り来る脅威に対して真っ向から立ち向かいたくなってしまう性分らしい。逃げるという行為は、自分の弱さを認めるということになってしまうから、何となく嫌なのだ。

 それに比べて、当たるという動作はとても簡単。素人にだってできることだ。

 だって、そうでしょう? 小難しい照準だとか狙いだとかは相手が勝手に定めてくれているんだから。あとはそれに自分から突っ込めばいいだけの話。

 故に簡単。故に素人の僕でもできる。

 

「くっ、なんなんだこいつのこの"攻撃を受ける"スキルの異常な高さはッ……!?」

「僕だって、今までただ黙って攻撃を受け続けてきたわけじゃないんだ。色んなパターンの攻撃を受けてきたことで、学習し、感覚を掴み、そしてそれらを覚えてきた。……だからこそ僕は、迫り来る様々な攻撃が誰にどんな風に当たるのかを容易にイメージすることができる」

「避けるイメージではなく、受けるイメージだとっ」

「そう。"僕は攻撃を受けるという才能"以外はどうやら皆無みたいだからね」

 

 今まで僕は、自分に何の才能も能力も無いから、相手の攻撃をまともに避けることができず、無様に敗北し続けてきたのだと思い込んでいた。

 でもそれは違った。だって、攻撃を避けられないということは、裏を返せば"攻撃を受ける才能"があるということになるだろう?

 

 あったのだ。こんなどうしようもない僕にも、才能ってやつが。

 確かに傍から見ればくだらなく、何の利点もない無駄な才能かもしれないけれど……でも、僕にはこの才能が、それほど悪いものには思えない。

 確かに単純にそのまま攻撃を受けるだけの才能と見てしまえば要らない才能に思えるかもしれない。だが、使い方を応用さえすれば、役に立つことだってあるはずだ。

 

 盾は攻撃を受けるもの。外敵からの攻撃を受け止め、使用者の身を護る。これがもし、盾そのものに攻撃を避ける能力が備わっていればどうなる? ────盾の使用者に防ぐはずの攻撃が行き届いてしまい、使用者を外敵から護ることができなくなってしまう。

 つまりはそういうこと。

 僕には、誰かの盾となる才能があるというわけだ。

 

「一夏は猪突猛進なところがあるから、どうしても防御は手薄になってしまう。なら、僕がカバーすればいいだけの話だ」

「そして廉太郎の苦手な攻撃を、その分俺がカバーすればいいだけの話」

「ぐうッ!?」

 

 未だかつて無い高揚感が、僕の心を突き抜ける。

 これほどの優勢に立ったことが、はたしてあっただろうか? ────いや、ない。

 このままいけば勝てる。そう、勝てるのだ。

 今まで勝ったことなんて一度もない、この僕が。

 

「……」

 

 しかし、負け続けてきた僕だからこそ分かる。

 ここで油断してはいけない。

 慎重に、慎重に勝ちを狙いにいかないと……きっと僕達の方が負けてしまうだろう。

 ボーデヴィッヒさんは決して甘くない。少しでも油断すれば、その隙を必ず狙ってくるだろう。

 

「ふぅ……」

 

 一旦落ち着こう。

 この高揚感のままボーデヴィッヒさんと戦えば、僕のことだ、きっと何処かでボロを出してしまう。

 ふと、横目で一夏の方を見る。

 

「廉太郎、このまま押し通そう!!」

 

 どうやら一夏は、既に勝利を確信しているらしい。今の彼に絶望感など1ミリも存在せず、自身の勝利を微塵も疑っていない様子だ。

 一夏の、雪片弐型を握る両手が開いたり閉じたりしている。そういえば前に、織斑先生が言っていた。『一夏の手が開いたり閉じたりしているのは、やつの集中が途切れて油断しているサインだ』って。

 これは、まずい。僕はボーデヴィッヒさんへの注意を払いつつ、一夏に忠告する。

 

「落ち着いて一夏。今の一夏、凄く油断している」

「そんなことっ」

「とにかく深呼吸して冷静になって。落ち着かないとできることもできなくなるって教えてくれたのは一夏、君だったはずだよ」

「うっ……わ、分かった」

 

 僕の横で大きく深呼吸をする一夏。

 どうやら幾分かは落ち着いたらしい。両手のグーパーも収まった。

 

「悪いな廉太郎。お前の言う通り、油断してたぜ」

「大丈夫だよ。……さあ、慎重にいくよ、一夏」

「おうっ!!」

 

 僕達の出方を窺っていたボーデヴィッヒさんに向けて、僕と一夏は飛翔する。

 複数のワイヤーブレードが彼女から放たれた。僕はそれを、浮遊する盾のうちの2つで弾き返す。

 彼女のレールカノンが号砲をあげた。空気を裂きつつ迫り来る弾丸を、余っていた盾2つのうち1つでそれを防ぐ。凄まじい威力だが、反作用増幅効果によりレールカノンも難なく弾き飛ばす事に成功した。

 レールカノンのリロードにはまだ時間がかかるし、ワイヤーブレードもこの距離では間に合わないだろう。あとはプラズマブレードにさえ気をつければ────

 

「馬鹿め、かかったなッ!!」

「「なっ」」

 

 唐突に。

 本当に唐突に、なんの前触れもなくそれは起こった。故に対処することなど不可能。僕と一夏はボーデヴィッヒさんの術中に嵌ってしまう。

 理由は分からない。だが、何故か機体が動かないのだ。まるで何か鎖に縛られてしまったかのように。……いや、この場合は氷漬けと表現した方が良いのだろうか。もしくは目には見えない重圧をかけられ動けないといった感じか。

 

「く、くく……ふふ、は、ふははははハハハハッ!!」

 

 哄笑の声を漏らすボーデヴィッヒさん。その冷酷な表情に、僕は思わずゾっとしてしまう。

 これは、なんだ?

 まさかこの現象、彼女が引き起こしたというのか。

 

「"停止結界"だよ。……くく、いやすまんな。面白いほどあっさりと引っかかってくれたものだからな」

「停止結界、だって? そんな、君の武装はレールカノン、ワイヤーブレード、プラズマブレードだけじゃ……」

「奥の手というものは、最後までとっておくのが定石だろう?」

 

 ニヤリ、と。

 先程とは打って変わって、勝利を確信した笑みを浮かべるボーデヴィッヒさん。冥土の土産と言わんばかりに、彼女は解説を始めた。

 

「そう、これは私のIS"シュヴァルツェア・レーゲン"の第三世代型兵器"慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)"。空間圧作用を操作し、視認した対象の動きを極限まで押さえ込むものだ。……本来複数の対象相手には使わないものなのだがな。貴様ら程度の相手ならば、同時に停止させることなど造作もない」

「く、ぅっ」

「なめやがって、ぇっ!!」

 

 この重圧はそのせいか……!

 極限まで押さえ込む、か。まったくもってその通りだ。指先を軽く動かすことぐらいしかできない。腕も脚も首すらもが、ピクリとも動かない。

 一夏も僕と全く同じ状態。なんとか動こうと試みているようだが……やはり動かない。

 まずいぞ。絶体絶命じゃないか。

 彼女にこんな奥の手があったなんて……くそ、僕の馬鹿。もっと警戒しておくべきだった!!

 結局のところ僕も油断していたんだ。あれだけ一夏に偉そうなことを言っておいて!!

 どうする!? このままじゃ、確実にレールカノンの餌食になってしまう!!

 

「さて、レールカノンのリロードも終わったわけだが。先に撃墜されたいのはどちらかな?」

「く、っそぉッ!!」

「フフッ、そう喚くな織斑一夏。心配せずとも仲良く2人とも撃墜してやるさ」

「こ、のッ」

 

 まずい。まずいまずいまずい。

 レールカノンの銃口が一夏に向けられた。ボーデヴィッヒさんは一夏から仕留める気だ。

 このままじゃ一夏が……でも、どうすればいいっていうんだ。僕も一夏も体がまったく動かないこの状況で…………いや、待てよ?

 

「さあ、無様に散れ」

「────ッ!!」

 

 解き放たれる光弾。耳を劈く轟音と共に放たれたそれは、

 

「させないっ」

「チッ」

 

 しかし僕が操る盾によって防がれる。

 

「まだ抵抗するか、藤井廉太郎」

「当たり前だよっ」

 

 そう。体は動かなくても、非固定ユニットである僕の盾だけならば動かすことは可能だ。といっても、本体である僕の動きが止められているから、凄く扱いにくくなっているわけなのだけれども。

 

「ならば、まず貴様から撃墜してくれよう」

 

 だけど状況は変わらない。

 盾が動かせるからといって、この状況を打破できるわけではないのだから。

 ボーデヴィッヒさんは狙いの対象を僕に変えた。このままでは僕が撃墜されてしまう。

 どうにかしないと。でも、どうする?

 今の僕のISには武器と呼べるものが何も無い。かといって、盾を飛ばして武器代わりにしたとしても、大したダメージは与えられないだろうし。

 加えて、残り時間は少ない。時間切れになれば、負けるのはエネルギー残量の少ない僕達だ。仮にこのまま防ぎ続けたとしても勝ち目なんてない。

 詰んでる。あまりにも絶望的だ。 

 

「盾だ!」

 

 そんな中、一夏が僕にそんなことを言ってくる。

 

「盾?」

「盾で撹乱してくれ!」

「撹乱って、なんでさっ?」

「ボーデヴィッヒはさっき、本来ならこの能力は複数の対象相手に使うものじゃないって言っていた。でも今あいつは俺達2人の動きを止めている。となると、あいつの負担も大きいはず」

「……なるほど、そこで僕が盾を飛ばして彼女の集中力を削げば、」

「なんとかなる、かもしれない」

「よし、分かったよ一夏っ」

 

 一夏の指示通り、僕はボーデヴィッヒさんに向け盾を3つだけ飛ばす。残り1つは護身用のために僕と一夏のすぐ近くに浮遊させている。

 1つ目の盾がボーデヴィッヒさんの肩をかすめる。2つ目は腰元を、3つ目は頭を。

 盾による攻撃はことごとくかわされるが、しかしこの攻撃の目的は撹乱にあるので当たること自体にあまり意味は無いから問題ない。

 さて、そのボーデヴィッヒさんだが。

 

「ちょこまかと……!」

 

 期待していたほどではなかったが、それでもある程度は彼女の集中力を削げたらしい。どうやら彼女も相当焦っている様子だ。普段の彼女なら、この程度のことでは撹乱されないだろう。

 しかしそのおかげで腕1本は動かせるようになった。

 よし、この調子で拘束を解いて……って残り時間がもうない!? あと数十秒しかないじゃないかッ!?

 

「ああああああァッ!!」

 

 しびれを切らしたのか、突如雄叫びをあげた一夏が、次の瞬間とんでもないことをしでかした。

 

「すんげぇ投げ辛い体勢だがなんとかなんだろ! 喰らえェッ!!」

「ええぇっ!?」

 

 なんと、雪片弐型を、ボーデヴィッヒさんに向けて投擲したのだ。

 有り得ない、なんだよそれ!?

 確かに残り時間は少ないけどさ……って、ああもう! ここでうだうだ考えていても仕方がない!

 

「廉太郎! サポートは────」

「任せてッ!!」

 

 一夏の叫びに、僕も半ばやけくそ気味に叫んで応えてみせた。

 ぐるぐると。一夏が渾身の力を込めて投擲した雪片弐型は奇跡的にと言うべきか、ボーデヴィッヒさんに向かって綺麗に飛んでいく。

 だが、そんな馬鹿げた攻撃をボーデヴィッヒさんがくらうわけもなく。

 

「最後に何をやるかと思えば、こんなものか……くだらんッ!!」

 

 上体を逸らして、彼女は雪片弐型を避けてみせた。

 

「なんとも馬鹿馬鹿しい幕引きだな、織斑いち、」

「今だ、廉太郎っ!!」

「うんっ!!」

「なッ」

 

 だが、僕達の攻撃はこれだけでは終わらない。

 ボーデヴィッヒさんが避けてもなお飛び続ける雪片弐型を待ち構えていたのは僕の盾。

 一直線に飛ぶ物体に当てることなら僕にだって出来る。一夏が放った雪片弐型に、僕は反作用増幅効果が施された盾をぶち当てる。

 現在、雪片弐型には一夏の纏うIS"白式"の単一仕様能力"零落白夜"によるエネルギー無効化能力に加えて、極めて強力な切断力が付与されている。

 だが、僕の盾に宿る力は反作用の増幅。いかにエネルギーを無効化し、盾を切断したとしても、力の向きが変わったという現象までは無効化できない。

 故に、僕の盾を見事両断した雪片弐型はそのまま向きを変え、再びボーデヴィッヒさんの方へと飛んでいった。

 速さも格段に増している。何度も言うが、僕の盾に宿る力は反作用"増幅"効果。受けた衝撃を、より増幅させて跳ね返すのだ。

 故に、ボーデヴィッヒさんも咄嗟に対処することが出来ない。なんとか我に戻り、停止結界を迫り来る雪片弐型に発動しようとするも捉え切ることができない。

 

 

「そんな、馬鹿なッ────」

 

 

 勢いを増した雪片弐型はそのままボーデヴィッヒさんのシールドバリアを切り裂き、

 

 

『試合終了』

 

 

 試合の終わりを告げるブザーが鳴り響いた。

 ……なんだ、この展開。

 

 




ぶっちゃけ最後ギャグです。
前書き格言のリクエストはチョコレート中毒さんからのものです。
ありがとうございました!

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