IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす。

(宮本武蔵/剣術家)


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 鳴り響くブザー。それは、試合終了を告げるものであり、私にとっては死刑宣告のようなものでもあった。

 負けた。負けてしまった。この男には、この男にだけは負けないと固く決心していたというのに。

 

 織斑一夏。

 

 私が崇める師であり、今もなお尊敬してやまないかつての上官、織斑千冬の実の弟。

 私はこの男を、織斑一夏を絶対に許しはしない。この男は、本来教官が得るはずだったIS世界大会二連覇という偉大な功績を奪い取り、踏みにじったのだから。

 第二回大会開催時に、織斑一夏は謎の組織の手によって攫われている。なんせ世界大会優勝者の弟だ、攫う理由はいくらでもあるだろうし、奴を欲しがる連中など星の数ほどいるであろう。そんな織斑一夏を救出すべく、教官は大会を棄権し、見事織斑一夏救出することに成功した。だが、それによって世界大会二連覇という教官が成し遂げるはずだった功績は潰えてしまった。とても許せることではない。

 

 私は何も、奴が拉致されたことに対して怒りを覚えているわけではない。拉致された時奴はまだ幼かったし、何より一般人だ。大人が、それも戦闘訓練を積んだであろう者が相手では太刀打ちなどできないだろう。

 私が奴に対して何よりも許せないのが、救出されてからの奴の行動。その後の生活態度だ。

 奴は教官の偉業を阻止したにも関わらず、ただのうのうと今日まで日々を過ごしてきた。強い悔恨を抱くわけでもなく、自身の不甲斐なさに嘆くわけでもなく、ただただ平凡な毎日を送ってきたのだ。私はそれが、何よりも許せない。

 

 何故あのような男が織斑教官の隣にいる?

  ふざけるな。

 そんな資格、奴には無いだろう。

  ふざけるな。

 私がどれだけ手を伸ばそうとも届かない場所に、奴は平然と居座っている。

  ふざけるな。

 そんなことが許されてたまるか。

  ふざけるな!

 ならば、倒さねばならない。

  ふざけるなッ!!

 あの男だけは、私がこの手で倒さねばならない!!

 

 

 ────だが、私は負けた。

 

 ────他でもない、織斑一夏に。

 

 

「う、っあ、」

 

 

 何故だ?

 分からない。

 私は努力を積み重ね、最弱の地位から這い登り、一部体の隊長を務めるまでになったのに。

 どうして?

 分からない。

 あんな、何の努力もしていない男に負けるなんて、

 

「有り得ない。」

 

 そう、有り得ない。こんなはずではなかった。本来ならば、私がこの男を完膚なきまでに叩きのめすはずだったのだ。なのに、負けたのは、私? ────そんな馬鹿な話があるか!

 だが、事実は覆らない。私の敗北は決定的であり、それは即ち、私があの男よりも弱いということになる。日々努力を積み重ねてきたこの私が、周囲から無力の刻印を押され蔑まれながらも必死に這い上がってきたこの私が、あんな、あんな何の努力もしていないような男よりも、弱いという、ことに、

 

 

「有り得ないッ!!」

 

 

 そんなこと、あってはならない。

 力だ。力を、誰にも負けない最強の力を私に寄越せ。

 嫌だ、嫌だ、無力は嫌だ。役立たずの烙印を押されるのは、もう嫌だッ!!

 

 

 刹那、"ソレ"は私の中から噴き出した。

 

 

     ◆

 

 

「なっ」

 

 "ソレ"はなんの前触れもなく起こった。

 突如ボーデヴィッヒさんが悲鳴にも似た叫び声をあげたかと思うと、その彼女胸から黒い霧状の"ナニカ"が噴き出したのだ。

 漆黒の霧はボーデヴィッヒさんの体を包み込んでいく。ねっとりと、餌に群がる蝿のよう醜悪に蠢きながら、逃がしはしないとでも言わんばかりに。

 

「なんだよ、あれ」

 

 隣で一夏がそう言葉を漏らす。

 僕にもあれがなんなのかは分からない。分からないけども、あれが危険なものであるということだけは嫌でも伝わってくる。

 やがて、黒い霧はボーデヴィッヒを完全に覆い尽くす。もはや彼女の姿は欠片も見当たらない。足先から手の指先まで、完全に黒く染まっている。

 

「気をつけて、一夏。あれは、絶対に危険だ」

「同感だ」

 

 ゴクリ、と。二人で息を呑む。

 今の僕達は蛇に睨まれた蛙。まともに動くことすらままならない。

 動けば、確実にあの黒い塊は僕達を襲ってくる。だが、このまま何もしなくてもきっとアレは僕達を襲ってくるだろう。

 

「……一夏、僕が殿を引き受ける。だから、一夏は篠ノ之さんを連れて先に撤退してくれ」

「な、何言ってんだよ廉太郎!? お前を置いて逃げられるわけがないだろ!」

「相性の問題だよ。僕の方が生きしぶといからね。……それに、もう白式にはエネルギーが残ってないでしょ? 正直この場に残られていた方がきつい」

「う、ぐ、そうだけどよ」

 

 そう、これは相性の問題。防御に特化した僕だからこそ引き受けられる役目。

 第一完全にエネルギーを失っている篠ノ之さんをこの場に放置しておくことの方が危険だ。

 

「……分かった。でも、絶対に無理はするなよ廉太郎」

「大丈夫。僕もすぐ逃げるから。後のことは先生達がなんとかしてくれると思うし」

 

 というか、してくれなきゃ困る。

 これ、明らかに生徒にどうこうできる問題じゃなさそう。……多分だけど、きっとあれはISの暴走だ。

 暴走下に置かれたISがISバトルのルールを守るはずもなく、下手に手を出せば殺されてしまうだろう。

 

「行って、一夏っ」

「……おうっ」

 

 非固定ユニットである3つの盾──1つは先ほど雪片弐型を反射させたことによって両断された──を攻撃に備えるべく自身の周囲に浮遊させ、未だ沈黙を保つボーデヴィッヒさんを見据える。

 一夏は篠ノ之さんを抱きかかえ、出口に向かって飛翔したが、それでもなお眼前の黒い塊は不動。

 

「不気味だ……」

 

 何もしてこないのが、かえって酷く不気味に感じる。できればこのまま何もしてこないで欲しいのだけれども────

 

 

『《Valkyrie Trace System》……Boot!!』

 

 

 現実はそんなに甘くない。

 それまでまったく動きらしい動きを見せていなかった黒い塊が、収縮と増幅を繰り返しながら形を変えていく。それまでただの霧の結集にすぎなかった黒色の塊が、徐々に徐々に人の形を成していく。

 完成した"ソレ"は、僕も知る……というか、全世界の誰もが知っているであろう"彼女"の姿をしていた。

 

「お、織斑先せ────」

 

 刹那、"彼女"の姿を型どった黒いISが、僕に向かって迫る。瞬きの如き速さで。

 相性の問題? なんだ、それは。"この人"が相手では、そんなもの関係ない。

 

 僕はただ、このまま蹂躙されるだけだ。

 

「ぐ、あッ」

 

 強烈な蹴りが、僕の腹部に突き刺さる。

 こみ上げる嘔吐感を必死に抑え、すぐさま顔を上げるも、既にそこに黒いISの姿はない。

 背後からの殺気。

 僕は咄嗟に、盾を飛ばす。

 

「────ッ」

 

 鋼鉄が弾き飛ばされる甲高い音が耳元で起こる。

 振り向くと、そこには盾の反発力によって弾かれた黒いISの姿があった。

 

「は、速すぎる……」

 

 今攻撃を防げたのは、実力でも何でもない。ただの運だ。もう一度やれと言われてもできない類のこと。

 それはつまり、僕にはあのISの攻撃がまともに防げないということ。

 どうする?

 このままでは間違いなく殺られる。

 観客たちは避難を始め、教師たちも行動に移っているが……果たして救援が来るまでの間、僕は生き残っていられるだろうか?

 

「……」

 

 もう一度眼前のISを見て、心が折れかかる。

 あまりにも絶望的だ。なぜならその黒いISは、"織斑千冬"の姿をしている。世界大会優勝者であり、僕らの担任でもある彼女の姿を。

 姿を真似ているだけならまだ救いはあっただろう。だが、どういうわけか眼前の織斑先生もどきは、本物の織斑先生に近い動きをしている。それも、現役時代の。

 そんなのを相手に、どうしろというのか。

 

「いきなり世界大会優勝者が相手だなんて……もう少し段階踏ませて欲しいんだけど……あ、あはは」

 

 そう言って無理やり笑うことで、なんとか気を保たせる。こうでもしないと自暴自棄になってしまいそうだったから。

 ともあれ、この状況を打破する方法を見つけなければ。僕だってまだ、死にたくはないのだから。

 

「……」

 

 すると、織斑先生もどきに変化が生じる。

 それまで何の得物も所持していなかった黒いISの右手に、突如噴き出すように出現した黒色の刀が握られる。

 織斑先生が現役時代に使用していた武器のコピーだ。

 まずい。何がまずいって、全部まずい。徒手空拳だけでも手一杯なのに、それに加えて武器?

 

「は、はは、死にたくないなぁ」

 

 いや、死ぬでしょこれ。

 鬼に金棒とか、そういう次元じゃない。幼児に核弾頭発射スイッチを手渡すレベルでまずい。

 って、そんな馬鹿なことを考えてる暇はなくて。でも、今更何をしようとも結末は変わらないわけで。

 

「あっ」

 

 ほら、呆気ない。

 雷光の速さで僕の懐に潜り込んできた黒いISが、僕の首を断つべくその手にした刀を横に一閃する。

 酷くスローモーションになった世界。ゆっくり、ゆっくりと刀が僕の首に向かって飛んでくる。このまま痛みを感じることなく、僕の首は胴体から離れ、僕という矮小な存在の命は潰えるであろう。

 そう思った、その時。

 

「ハアアアアアアッ!!」

 

 僕の首に刃が触れるか触れないか、そのギリギリのところで、黒いISは突如飛来してきた橙色のなにかによって吹き飛ばされた。

 

「廉太郎、大丈夫!? 生きてる!? 生きてるよねッ!?」

「うぇ、ヴぁ、ぅぃっ!?」

 

 その飛来してきた橙色の何かに両肩を掴まれ、凄まじい勢いで体を揺すられる。

 あ、ダメだ、意識が……。

 

「よかった……間に合って、ほんとによかったぁ……」

「って、しゃ、シャル!?」

 

 飛来してきた橙色の何かは、なんとシャルだったようだ。やはり、先ほど僕の耳に聞こえた声援は、彼女のものだったらしい。

 シャルは目尻にうっすらと涙を溜めながら僕の顔をまじまじと見る。

 

「大きい怪我もしてないよね。……ほんとに、もう。廉太郎はいつも無茶ばっかりするんだから」

「そ、そうかな?」

「そうだよっ!」

 

 怒られてしまった。

 って、今はこんなことしてる場合じゃない。

 

「シャル、話は後にしよう。今は、あの黒い織斑先生を何とかしなきゃ」

「うん、そうだね。……廉太郎、サポートお願いできる?」

「大丈夫だよ。任せて」

 

 僕の真価は一人の時ではなく、味方がいる時に発揮される。"守る"ことに特化したとはつまりそういうこと。だから、シャルがいてくれると凄く心強い。

 

「シャルのことは命にかえても守るから」

「……ッ、う、うん」

 

 勢い任せに凄く恥ずかしいことを口走ってしまったかもしれないけど今は気にしないでおこう。

 とにかく今は目の前の敵に集中だ。

 頬を強く叩き、己に喝を入れ、息を整えてから前を見据える。

 

「相手の攻撃は僕が盾で防ぐからシャルは攻めに集中して欲しい。……とは言っても、僕の技量は相変わらずだ。防ぎきれない攻撃も出てくると思う」

「そこは自分でなんとかカバーするから安心して。だから、廉太郎は可能な範囲で援護お願い!」

「了解っ!!」

 

 無論、勝てるだなんて思ってはいない。それはシャルも同じだろう。

 これはあくまでも、救援が来るまで持ちこたえるための戦い。絶対に無理は禁物だ。

 

「行くよっ」

 

 サブマシンガンを両手に持ったシャルが、円を描くように黒いISの周囲を飛翔する。 

 シャルの細い指によって引き金はひかれ、円の中心部にいた黒いISは銃弾の嵐に襲われる。

 

「……」

 

 が、黒いISは銃弾のそのほとんどを、なんと一振りの刀で切り払っていく。

 人間業ではない。化け物……と言ったら織斑先生に失礼なので神業と言っておこう。

 しかし、織斑先生もどきも凄まじいことながら、シャルもシャルで凄まじい腕だ。ダメージこそ与えられていないものの、その正確な射撃で反撃の隙を一切与えていない。

 

「……ッ! 危ないっ!!」

 

 しかし、相手は世界大会優勝者と同等の腕を持つ相手だ。やはり次元が違う。僅かな隙間を縫うようにして銃弾の嵐を掻い潜り、シャルへと迫った。

 盾をシャルと黒いISとの間に割り込ませ、黒いISの斬撃を弾き飛ばす。姿や動きはコピーできても、能力まではコピーできないらしい。エネルギー無効化能力を持たない黒いISの刀、雪片もどきはあっさりとその斬撃を弾かれた。

 弾かれたことによって生じる相手の隙。そこに、シャルは間髪入れることなく射撃の雨を浴びせる。

 

「……頼む、早く来てくれっ」

 

 現状はこちらが優勢。

 しかし、このままでは確実にこちらが負ける。確信にも似た、そんな予感が僕の頭を過ぎる。

 それに何か、凄く嫌な感じがする。不吉というか、不気味というか……とにかく言葉にはできないような何かをあの黒いISから感じるのだ。

 怖い。

 僕はあのISが怖い。

 殺されるかもしれないから? ……いや、違う。そうじゃない。この恐怖は、もっと別の────

 

 

「廉太郎っ!?」

 

 

 シャルの叫びで、我に戻る。

 

 

「えっ?」

 

 

 視界は真っ暗。

 眼前には、大きく口を開けた黒いISの姿があった。

 

 

 

 

 





こんばんは。
お久しぶりです。
さっそく予定してた更新期間を大幅に超えました。
新生活楽しすぎましたごめんなさい。
次の話はもっと早く更新すると思うので、これからもよろしくお願いしますです。

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