IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす」

(剣術家/宮本武蔵)


CODE:38

 これが、これが彼の過去だというのか。

 たった今脳裏に焼き付けられた記憶の数々。

 そのどれもがあまりにも悲しくて、辛くて、苦しくて、思わず目をそらしたくなるほどに痛くて。

 第三者の目から見てもこれほど壮絶なものなのだから、彼自身はもっと辛かったはずだ。

 

 

「こんなの、酷いよ……」

 

 

 自分でも気づかないうちに、私は涙を流していた。

 彼をここまで追い詰めた世界が許せなくて。誰も彼のことを救おうとしなかった事実を恨んで。────そして、何も出来ない自分自身が何よりも不甲斐なくて、悔しくて。とめどなく涙が溢れ出すのだ。

 私は彼に何かをしてあげられただろうか? ……いや、きっと何もないはずだ。むしろ、私はいつも彼に助けられてばかりだった。

 私なんかよりもずっと辛いはずなのに。彼はいつも自分のことは後回しにして私を助けてくれて。嬉しい反面、やはり悲しいし苦しい。心が締めつけられる。

 

 

「このままじゃ、ダメ」

 

 

 彼だけが苦しむ必要なんてないんだ。

 彼だけが悲しむだなんてそんなの間違ってる。

 

 

「今度は私が、」

 

 

 たとえ彼が救いを求めなかったとしても。

 

 

「廉太郎を助ける番だッ……!!」

 

 

 だから、待ってて廉太郎。

 君のことを必ず救い出すから。

 大切な、誰よりも大切な君のことを。

 悲しい記憶の底から、引っ張り出してあげるから。

 そして悲痛な過去を塗り替えるほどにこれからを目一杯楽しもう。確かにこれまでは辛い人生だったかもしれない。それでも、私たちにはまだ未来がある。

 

 

 ────未来がある限り、私たちはどんな場所へだって飛んでいけるんだ。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 なるほど。

 確かに辛く悲しい過去だろう。

 しかし、同情はすれど、この過去について私はとやかく言うつもりは毛頭ない。当事者ではない私が、彼の過去について触れていい道理はない。辛さや苦しみとはその当人のものであり、他者の物差しで測れるようなものではない。故に、彼の苦しみは彼自身だけが所有すべきだ。……だが、そうは言っても、こう思わずにはいられない。

 

 

「不愉快だな」

 

 

 周囲の全てから無力の烙印を押され。嘲られ、蔑まれ、侮られ馬鹿にされ排斥され拒絶され否定され……ああ、まったくもって不愉快だ。

 私も似たような経験をしたことがあるからこそ、彼の痛みはよく分かる。

 元より私は遺伝子強化試験体として試験管の中で生み出された存在。戦いの道具、兵器として生み出されたようなものだ。当時の私はあらゆる場面で活躍し、いくつもの結果を残こすことで大きな期待を寄せられていた。

 だが、ISが登場したことによって私の立場は激変してしまう。従来の兵器はISの登場により立場を失い、その従来の兵器たちを扱うために生み出された私の立場も気がつけばなくなっていた。

 私のISに対する適合率を上げるため、左目に"ヴォーダン・オージェ"と呼ばれる機材を移植されるも、しかし結果は不適合。これにより能力を基準以下と大きく落としてしまい、私は軍部から役に立たない"出来損ない"と呼ばれるようになってしまった。

 

 

「……似ている、な」

 

 

 そこからの展開は、藤井廉太郎と同じようなものだ。

 周囲を見返すために、ただがむしゃらに努力して、体を壊そうとも心を殺そうともただ必死に自分を鍛え続けて。そうしているうちに、どんどん私は摩耗していって。……崩れ落ちるかと思われたその寸前に、私はあの人と出会った。

 あの人は、ただ崩れゆくだけだった私のことを救い出してくれた。手を差し伸べてくれた。無力でしかなかったこの私を、ここまで育ててくれたのだ。

 感謝してもしきれない恩人。敬服するに相応しい人物。あの人に出会えた私は、きっと幸運だったのだ。

 しかし、彼は今までそういった人物と出会えなかったのだろう。手を差し伸べてくれるような人物に。救い出してくれるような救世主に。

 

 

「それなのに、この男は……」

 

 

 崩れ落ちることなく、今の今まで耐え続けてきた。

 脆いまま強固に仕上がってしまった。

 先ほど私は、この男は何故こんなにも強いのだと、そう思っていた。だから私は愚かしくも一時の感情に流され貪欲に力を求めてしまったし、こんな"くだらない力"にも染まってしまった。……だが、違う。違うのだ。この男は並外れて我慢強いだけで、自分に嘘をつくのがうまいだけで、その実中身は弱く脆いまま。表面上は取り繕っていても、心は常に泣いたままなのだ。

 このままでは確実に崩れ落ちる。我慢とはいつまでも続けられるわけではない。

 昔の私のように、摩耗して、磨り減って、波にさらわれた砂城の如く崩れ落ちていくであろう。

 

 

「それは、それだけは看過できん」

 

 

 過去の自分と向き合っているかのような気分だ。

 昔の私の位置に彼がいて、昔のあの人の位置に私がいる。今度は、私が手を差し伸べる側の立場なのだ。

 そうだ。

 真にあの人を敬服しているというのならば、憧れているというのならば、彼女と同じことをしてみせろ。

 私は、強者でありながら弱きものにも手を差し伸べるあの人に強く焦がれたのだから。

 私が今やるべき事は、私が恨むべき対象を打倒することではない。

 私が憧れたあの人のように、この男を暗闇から救い出すことなのだ。

 

 

「フン」

 

 

 そして何より、私はこの男を失いたくないと強く思っている。

 理由は分からない。

 分かろうとも思わない。

 とにかく私はこの男のことを酷く気に入ってしまっているのだ。

 放ってはおけない。

 故に、そこで待っているといい。

 

 

「私が今、救い出してやる」

 

 

 

 ────まとわりつく汚泥を押し退け、私は地の底から這い上がった。

 

 

 

     ◇

     ◆

     ◇

 

 

 

「何が、起こってるんだよ……!」

 

 

 ピットでアリーナの様子を伺っていた俺は、そう叫ばずにはいられなかった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒのISが暴走して、あいつ自身が飲み込まれたところまでは分かる。

 だが、それに廉太郎やシャルロットが巻きこまれた意味が分からない。

 アリーナに再び戻ろうとする俺を、しかし邪魔する影が割り込む。

 

 

「行くな馬鹿者! 今お前が行って何になる!?」

「箒……!」

 

 

 彼女は俺の腕を強く掴み、決して離そうとしてくれない。

 

 

「藤井も言っていただろう。今のお前にはエネルギーが残されていない。行ったところで、お前もあの黒い塊に飲み込まれるのがオチだ」

「でもよッ」

 

 

 箒の言い分は正しい。

 馬鹿なのは俺だ。

 そんなのは分かっている。

 でも、でもさ、でもよォッ。

 

 

「だからって、廉太郎たちを見捨てろってかッ!?」

「救助班がじきに来る。今は彼女達に委ねるしかないだろうッ」

「この混乱の中救助班の人たちがすぐにやってくる確証はないだろ! 今この瞬間も廉太郎たちは危機に瀕してるっていうのにッ!」

「それでもだッ!!」

 

 

 あまりにも強い箒の語気に、俺は一瞬気圧されてしまう。それほどまでに、箒は必死だった。

 

 

「私たちが今すべきことは、ここで救助班が来るのを待つことだ。他にどうすることも出来ないし、他に何かをしてもいけないんだッ。……だから、頼む一夏。行かないでくれ。お前まであの黒い塊に飲み込まれてしまっては、私は、耐えられない」

「ほう、き……」

 

 

 懇願とも呼べる箒のその言葉に、俺は何も言えなくなってしまう。

 

 

「……」

 

 

 でも、それでも俺は行かなくてはならない。

 廉太郎たちを救わずにここでだまって見ているだなんて、俺には絶対にできない。

 千冬姉の経歴に泥を塗ったにも関わらず、なんの努力も積んでこなかった俺だからこそ、今この時動かなくちゃいけないんだ。

 だって、そうだろ?

 何も出来ないからって諦めてちゃ、いつまで経っても前には進めない。それを俺に強く教えてくれたのは、他でもないあの3人だ。

 廉太郎とシャルロットはどんな境遇に置かれても努力する大切さを俺に見せてくれた。ラウラ・ボーデヴィッヒは何の努力も積んでこなかった俺のことを否定してくれた。

 

 

 ────そんな彼らのことを、見捨てられるわけないだろう。

 

 

 もう停滞するのはやめだ。

 今この時、この瞬間、俺は前へと進む。

 

 

「いち、か?」

「悪い、箒。それでも俺は行くよ。ここで動かなかったら、俺が俺を許せなくなる」

「お前はッ、」

 

 

 声を荒らげて俺に食いかかろうとした箒を、しかし俺と箒のものではない二つの声が遮った。

 

 

「止めても無駄ですわ、箒さん」

「そうよ。そうなったらその馬鹿、意地でも行くだろうし」

「なっ、セシリアと鈴!?」

 

 

 意外なことに、現れたのはセシリアと鈴だった。

 気丈に振る舞ってはいるが、2人ともまだ怪我は完治していないはず。なのに、何故この場にいるのか。

 

 

「一夏、白式を展開しなさい」

「はっ?」

「いいから、早く。私の甲龍のエネルギーを分けてあげる」

「そんなことができるのか!?」

「えぇ、できるわよ。簡単なことじゃないけれど、まあ私ならできるでしょ」

 

 

 いつもと変わらない自信家っぷりに、思わず苦笑を浮かべたくなるも、今はそれが心強い。

 俺は白式を展開して、鈴に歩み寄る。

 

 

「なら、頼む。白式にエネルギーを分けてくれ」

「いいわよ。ただし、条件があるわ」

「条件? なんだよ」

 

 

 時間が無い。

 俺は鈴に答えを急かす。

 

 

「絶対に生きて戻ってきて。いいわね、絶対よ」

 

 

 真剣な表情だ。

 冗談でもなんでもない、鈴は本気で言っている。

 だから、俺もまじめに応えた。

 

 

「おう、絶対に廉太郎たちを連れて帰ってくる」

「よし、信じるわ。……ああ、それと条件はもう一つ」

 

 

 そう言って鈴は、箒の方を向いた。

 

 

「箒、なにぼさっとしてんの。あんたも行くのよ」

「なっ、わ、私がか!?」

「当たり前じゃない! この馬鹿一人を送り出すわけがないでしょ!」

「し、しかしだな、打鉄のエネルギーが……」

「あら、箒さん。そのために私がいましてよ?」

 

 

 ずいっと胸を張って前に出たのはセシリアだ。

 

 

「私のブルー・ティアーズのエネルギーを、あなたが纏うその打鉄に譲渡してさしあげますわ。それならば問題ないでしょう?」

「せ、セシリア……」

「なぁに狼狽してるのよ。……頼んだわよ。怪我のせいで動けない私たちの代わりに、あんたがそこの馬鹿を支えてやって」

「……っ! 分かった、任せてくれ!」

 

 

 どうやら、そう決定してしまったらしい。

 俺個人の意見としては、危険な場所に箒を連れて行きたくはないのだが……どうにも俺の意見を挟む余地はないらしい。それに、箒を連れて行かなければエネルギーを分けてもらえないらしいし。

 なら、やってやる。箒のことを守りながら、廉太郎たちを救い出してみせるさ。

 

 

「だから、待ってろよ3人とも……!」

 

 

 エネルギーの移行作業が始まる。やはりというべきか、瞬時に終わるものではなく、それなりに時間がかかってしまう。

 そうして時間を持て余した俺がアリーナに視線を向けた、まさにその時だ。

 黒い塊に、変化が起こった。

 




遅くなりました。
話は書き上がっていたのですが、なかなか良い区切りができず時間がかかってしまいました。
次回はもっと早く更新できるよう頑張ります。
ではでは、
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