IS《無力な僕は空を逝く》   作:砂肝串

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 ひとしきり泣いたあと、僕は目を腫らしていることなど気にせず外に出た。

 外の空気を吸って、気分転換しようと思ったからだ。

 空はもうすっかり日が暮れ、星が輝き始めている頃合。

 

「ふぅ…………」

 

 僕は空を見上げながら歩く。

 少し、落ち着いてきたかな。

 

「───、────」

「────。────」

「ん?」

 

 すると、木陰から誰かの話し声が聞こえてくる。

 これは…………更識先輩と織斑先生のものかな……?

 僕はもう少しだけ近づき、耳を澄ませる。

 

 

「……それで、どうだ藤井の様子は」

「……かなり手こずってますね。鵜呑みは遅いようです」

「……そう、か。済まないが引き続き藤井の教育と護衛を頼む。アイツは一夏とは違って、才能がないようだからな」

「……ですね。この数週間でよく分かりました。彼には確かに才能がない。まあ、そう考えると才能の塊である一夏くんの教育をした方が楽しそうっていうのはありま────」

 

 僕は最後まで聞かず、走り出した。

 このまま聞いていたら、僕の中の何かが壊れてしまいそうな、そんな気がしたからだ。

 僕は慌てて部屋に入り、ベッドに倒れ込む。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、もう嫌だ。何なんだよ、何なんだよッ!!」

 

 聞きたくなかった。

 あんな話、聞きたくもなかった。

 言われなくても自覚してる。自覚しすぎてるさ、僕に才能がないことぐらい。

 分かってるんだよッ!!

 

「何で……何でなんだよ…………畜生ッ」

 

 ここでも一夏。

 どこにいっても一夏、一夏一夏一夏。

 僕は一夏とばかり勝手に比べられて、そして失望され、無力の刻印を一方的に刻まれる。

 

 もう、どうしろっていうんだ。

 

 

     Φ

     Φ

     Φ

 

 

「……ですね。この数週間でよく分かりました。彼には確かに才能がない。まあ、そう考えると才能の塊である一夏くんの教育をした方が楽しそうっていうのはあります」

「おい、更識。それは────」

「でも、嫌ではありませんよ?むしろ、私を頼ってくれる弟みたいで、何だか嬉しいです。ちょっとだけ手のかかる弟、みたいな」

「…………」

「それに彼、凄い頑張ってるんです。一年生の中では多分、一番努力してますよ彼。才能がなくても、それを補おうとする根性はある。だから、私はそんな彼の手助けをしてあげたい」

「そうか」

「な、何ですかその目は」

「いいや、何でもないよ。ふん、弟と言うのならば、最後まで面倒は見ろよ?」

「分かってますよ。楯無お姉ちゃんにお任せください♪」

 

 

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     Φ

 

 

「負けちゃったね。でも、仕方がないわ。彼女は代表候補生で、君は素人なんだし」

 

 更識先輩は部屋に戻ってくるなり、僕にそんなことを言ってきた。

 

「でも、一夏も僕と同じ素人で、いい戦いをしました」

「それは…………」

「分かってます。能力と才能の差だってことくらい。そしてその差を埋めるには努力しなきゃいけないってことぐらい」

 

 そう、分かってる。分かっているんだ。

 

「そうね。実力をつけるには努力あるのみだわ。さあ、ここでへこたれないで私と一緒に頑張りましょう?」

「…………いいんですよ、先輩。本当に、今までありがとうございました」

「え?」

 

 僕の放った言葉に、彼女はキョトンとする。

 

「無理に僕に付き合わなくてもいいです。僕は、グズでどうしようもないから。先輩に教わったこと、何も生かせないで終わったし」

「何、まさかこの間の決闘で諦めたの?あれだけ努力してたのに────」

「一夏の方がッ!!」

「っ!!」

 

 嗚呼、最低だ。僕は今、最低なことを言おうとしている。

 彼女もまた、いい人だ。"先生に頼まれている"とはいえ、僕なんかの教育をしてくれているんだから。一夏の方がいいと言うのに、嫌悪感を出さないで、僕なんかと自然に関わってくれているのだから。優しい人だ。

 

 そして僕は今、そんな優しい人に最低なことを言おうとしている。

 

 

「────一夏の方が教えがいがあるんですよね?一夏に教育をしたいんですよね?一夏の方がいいんですよね?なら、僕にかまってないで、才能のない僕にかまってないで優秀な一夏を教育すればいいじゃないですかッ!!」

 

 

 嗚呼、言ってしまった。

 最低だ、僕は。ゴミだ。クズだ。どうしようもないカス野郎だ。

 

 

「……ッ!まさか……さっきの話を、聞いて…」

「ごめんなさいっ」

 

 ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………!!

 

「ちょっ、藤井くん!?」

 

 気づいたら僕は、駆け出していた。

 部屋を飛び出して、どこに行くでもなく校内を走る。走り続ける。

 

「……………………」

 

 気がついたら僕は、屋上で寝そべっていた。

 闇雲に走って疲れて、倒れたのだろう。どこまで情けないのやら。

 

「は、ははは……ホントに、何やってんだろ、僕…………」

 

 乾いた笑みが、星空の下虚しく響きわたった。

 

 

     Φ

 

 

 部屋に戻ると、更識先輩が暗い表情でベッドに座っていた。

 僕を見るなり、彼女は気まずい表情で視線をそらす。この人も、こんな反応をするんだな。

 

「その、藤井くん……私…………」

「ごめんなさい、先輩。取り乱しました。本当にごめんなさい。先輩は、先輩は親身に僕のことを教育してくれたのに」

「えっ?」

 

 僕が深く頭を下げたのを見て、彼女は再びキョトンとしてしまう。

 

「僕が、僕が勝手に期待して、勝手に自滅しただけです。だから、先輩は気にしないでください」

「そんな!わ、私がッ────」

「先輩は謝らないでください」

 

 先輩の声を遮って、僕は言う。

 

「全部、全部僕が悪いんです。何も持っていない僕が。才能も能力も実力もキャリアもルックスも何もかも持っていない僕が」

「藤井、くん……」

「それでも、努力は続けますよ?もう、僕には頑張ることしか道が残されてないんですから。僕は、多分先輩の優しさに甘えてたんだと思います。だから、僕はもう自分の力だけで頑張ります」

 

 嫌々やられるのは、こっちも嫌だから。

 自分一人の力でできるとは思わないけど……でも、その時は先生に頼ろう。先生は親切心とかじゃなくて仕事として教えてくれるから。だから…………こんな惨めな気持ちにはならないと思う。

 

「…………ごめんなさい。そして、ありがとうございました」

「……………………」

 

 その後、何とも言えない空気が僕らを包み込んだ。

 苦しい。胃が痛い。辛い。でも、この空気を作ってしまったのは僕だ。自業自得だ。なら、耐えなくちゃ。

 

 

     Φ

 

 

 まさか、あの話を聞かれているとは思わなかった。

 けど、どうも誤解させてしまったようだ。

 確かに才能がないと言った。一夏くんの方が教えがいがあるとも言った。だからと言って藤井くんの面倒を見るのが嫌なわけでもないし、何より最初こそ織斑先生に頼まれたからやったというのはあるが、最近では弟ができたようで、彼に何かを教えるのが楽しくなっていた。

 才能なんて人それぞれだ。才能がある方が珍しい。でも、彼にとって才能がないという事実は、私が思っていた以上にネックであったらしい。

 

(…………やっぱり、私なんかじゃ彼のことを理解できないのかな。周りから才能がある、天才だーなんて言われ続けてきた私じゃ)

 

 そりゃあ才能の塊で、教えたことはなんでも飲み込む勢いの一夏くんを教えた方が教えがいはある。ルックスに関しても、一夏の方が良く、一女としては彼の方がいいかもって思ってしまうことだってある。

 でも、だからといって彼のことが嫌だったというわけでは決してないのだ。

 

(ああ、もう…………どうして私はこう、弟とか妹とかと接するのが苦手なのかしら…………)

 

 気まずい空気が流れる室内で私、更識楯無はベッドに横たわりながら静かに自分を叱責するのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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