馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、
賢い人間はそれを念入りに読む。
なぜなら、彼はただ一度しか
それを読むことが出来ないのを知っているから。
- ジャン・パウル -
(ドイツの小説家 / 1763~1825)
翌朝のSHR。
クラス代表が一夏になったと発表された。
何でも、オルコットさんが一夏に譲ったのだとか。
一夏本人は納得していないが、周りに後押しされて無理やり代表にされてしまったようす。やはり、面倒ごとを押しつけられているだけなような気がする。一夏が不憫だ。
そういえば。オルコットさんの一夏に対する態度が変わったような気がする。柔らかくなったというか、なんというか。僕に対しては平常運転だけど。ほんと、何か嫌われるようなことをしただろうか……?
「廉太郎、大丈夫か?」
「うわっ」
僕がそう、ぼんやり考えていると、一夏が僕の顔を覗き込んできた。びっくりしたぁ。
「だ、大丈夫だよ」
「でも何か最近元気ないよな。どうしたんだよ?」
「……何でもないよ。大丈夫だから」
「そうか?何かあったら遠慮なく言えよ?俺にできることだったら何でもするんだからよ!」
嗚呼、やはり、やはりいい奴なんだよ、一夏は。
いい奴だからこそ、一番困る。
いっそのこと一夏が嫌な奴だったら、こんなにも苦しむことがないのに。
……そう考えてしまう自分が酷く醜く、惨めだ。
「「…………」」
視線を感じ、そちらを見ると篠ノ之さんとオルコットさんがこっちを……というより、僕を睨めつけていた。そんなに僕が一夏と話しているのが気に食わないのかな。
「ごめん、一夏。トイレ行ってくる」
「あ、おう」
…………僕は、いない方がいいのかもしれない。
Φ
部屋に帰ってきて、まずは勉強。
今日の授業の復習からだ。
今日も今日とて内容を理解できなかったから、もう一度見直さなきゃ。
その次に宿題と予習。これもしっかりやっておかなきゃ、ね。
そのまま時間が刻々と過ぎていく。
夜の八時になり、先輩が帰ってくる。この人も生徒会の仕事で大変そうだ。
「……ただいま」
「……おかえりなさい」
あれ以来、先輩とは気まずい空気が流れたままだ。
でも、それは僕のせいだ。本当に申し訳ない。一ヶ月もこのままでいさせるのかと思うと、罪悪感が僕を押し潰す。
「君、ご飯は食べたの?」
「はい。部屋で軽く済ませました。時間が勿体無いので」
「ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ?」
「食べてますよ。餓死しない程度には」
「……………………」
悲痛な表情を浮かべる更識先輩。
何故、貴女がそんな悲痛な表情を浮かべるのですか?僕のせいですか?だとしたら……ごめんなさい。また、迷惑をかけてしまった。
「無理、しないでね」
「善処します。でも、僕は無理をし過ぎる程度じゃないと……とてもじゃないけどダメなんです。だから、そのお願いはきけないかもしれないです」
「藤井くん……」
「ごめんなさい」
僕が謝ると、何故か更識先輩は泣きそうな顔になった。また、僕のせいか。
「ごめん、なさい……」
僕は彼女に聞こえない程度に、もう一度ポツリと呟いた。
Φ
翌日、クラスでは一つの話題が盛り上がっていた。
それは転校生についてのこと。
曰く、それは中国人だとか。
曰く、それは二組に行くだとか。
曰く、それは代表候補生なのだとか。
でも、どのみち二組の生徒なら僕には関係ないだろうと、話題に興味なさげに僕は教科書に目を落とす。
「……また一人で教科書読んでる」
「……ホント、暗いよね」
「……友達とかいないの?」
「……いないでしょ。あんな感じなら」
時折聞こえる僕の陰口。
でも、もう慣れた。慣れというものは恐ろしく、苦痛なものでも辛くないように感じてしまう。
最も、それは表面だけで内部では傷ついているのかもしれないけれども。
「おはよう廉太郎」
「おはよう、一夏」
いつもどおりの時間帯に登校してきた一夏は、いつも変わらない爽やかな笑みで僕に話しかけてきた。
案の定、一緒に登校してきた篠ノ之さんとオルコットさんに睨まれる。殺気も込められているかもしれない。
「聞いたか?転校生だってさ」
「うん。二組に来るんだってね」
「二組ならあんまり関わりないかもしれないなぁ」
「クラスといえば一夏。クラス対抗戦は大丈夫そう?もうそろそろだけど」
「頑張るさ。負ける気はないね」
「専用機持ちが代表なのは四組だけ、か。一夏なら勝てるよ。頑張れ」
だが、その僕の言葉を遮るように一人の女の子の声が発せられた。
「その情報、古いよ」
声の方を見ると、小柄なツインテールの少女が腕を組んで教室の入口にたたずんでいる。
「り、鈴……!?鈴なのか!?」
「そうよ。久しぶりね、一夏」
どうやら、一夏の知り合いみたいだ。
「まさか、中国人の転校生って……」
「そう、私よ」
「まじかよ!なーんで連絡してくれなかったんだよ────」
そこからは一夏とその転校生の世間話に。
僕は蚊帳の外だ。まあ、いいけども。どうやら久しぶりに会ったみたいだし。積もる話もあるだろう。
「それじゃ、また後でね」
「おうよ」
どうやら話が終わったみたいだ。
「いやー、驚いた。まさかアイツが転校生で、しかも中国の代表候補生だったなんてな」
「え、そうなの?」
「ああ。しかも、二組の代表になったらしい。今度のクラス対抗戦で戦うことになるかもな」
「それは、凄いね」
なんて因縁的なのだろうか。
「ところで彼女と一夏の関係は?」
僕のその質問に、辺りの全員が耳をひそめたのが気配で伝わる。そんなに気になることなんだね。
「ん?ああ、幼馴染みなんだ。中学時代の」
「へぇ〜……」
中学時代の友達って、幼馴染みなのかな?
基準が良く分からないからなんとも言えないけど。
「あっ」
「へ?」
直後、一夏の頭からスパァンッという小気味いい音が鳴った。
「いったい!?」
「座れ馬鹿者。チャイムは鳴ってるぞ」
今日も一段と恐ろしい織斑先生なのだった。